裸と救世主
はじまりました!
戦争が戦争を生み、血で血を洗う戦乱の世。
これは、そんな世界を救うために異世界に転移した救世主の物語である。
森の中で一人、男が寝ていた。春の訪れを感じさせるそよ風が心地よく肌を撫でる。眠い目を擦りながら、男は起き上がった。
此処が何処なのか、なぜ自分は全裸なのか、一つずつ記憶を探っていくことにした。全く思い当たる節が無かった。全裸で森に寝転ぶ以前の記憶がすっぽりと抜けていたのだ。ただ、この男は今の自分の状況が非常に良くないものだという事だけは理解していた。
周りの草木が肌を傷つけること、寒さで体調を崩す恐れもある。春の陽気もそこそこに、しかしまだ風は冷たい。その証拠に男のふぐり玉がカチコチに固まっていた。弾まないゴムボールの様なふぐりは初めて触るな等と妙な関心をしつつ、男は冴えない頭で状況を整理する。そして男は自分の置かれている状況を見て、どうにも不幸な人生だと悲観した。
さらにもう一つ、全裸の男にとって不幸なことは、目と鼻の先の距離にいる恐らくは高貴な身分であろう女性が蔑むような眼差しで、自分を見下ろしていることだ。
幼い顔つきながらも凛とした眼、長く艶やかな髪を靡かせ、煌びやかな服を身に纏っている。目が合ってから数秒の沈黙があった後、高貴な女性が口を開く。
「変態ですか?」
嫌悪感を示しながらも、一応の敬語を使ってくれている様子だ。探られている様な問いに、どう答えることが正解なのか男は考えた。だが、すぐに男はこの状況に正解がないことを悟った。しかし、返答を間違えれば容赦のない罰があることも男は知っていた。
さてどうしたものか、男は思考を巡らすがやはり答えは出そうに無い。僅か数秒の沈黙すら許してはくれない雰囲気に包まれながらも男のふぐり玉はより固く縮こまっていく。
女性の蔑む視線が肌に突き刺さる中、ようやく男は意を決して答える事にした。ふと頭を過った、とある言葉を。
「世界を救いに来ました」
堂々と言い切った男に高貴な女性はさらに強い軽蔑の眼差しを向けながら冷静に答えた。
「やはり変態ですね。死刑です」
男は、そうだろうなと思った。
只今、死刑になる予定の不幸な男の名は、ケンドー。元整体師である。25歳の誕生日を迎えた翌日に過労死し、特に何も説明もなく異世界に転移させられた。森で全裸で寝ていたところを発見され、即刻牢屋にぶち込まれた。
ケンドーに死刑宣告した女性の名は、マリー。彼女は人間の国の王女であり、ケンドーが全裸で寝ていた森は彼女の家の庭である。アメジスト王国と呼ばれる人間の国の周りは美しい森で囲まれており、時折マリーは散歩をすることが彼女の安らぎのひと時となっていた。
公務に追われた彼女を癒す大事な散歩の時間に裸の男が自分の家の敷地で寝ていたのだからお怒りになるのは当然のことであった。さらに、彼女が死刑宣告をしたことは、この国にとっては至極当たり前のことである。なぜなら、この国は戦争の真っ只中であり、戦争中において階級の低い男が敵国に盗みをはたらきに来ることは常習化しており、ましてや全裸のケンドーはマリーにとって怪しすぎたのであった。
「死刑は明日の九時を予定しております」
マリーの側近と思われる女兵士から淡々と告げられた。展開が急すぎるし、死刑の予定なんて伝えないでくれとケンドーは思った。女兵士は落ち着いた口調で続けてこう言った。
「しかし、あなたの様な者にもチャンスはあります。今は有事ですが人員が不足しているため、あなたの有用性が認められれば死刑は免れ兵士として戦場へ行くことができます」
頭も悪く、運動神経も悪く、運もないケンドーは絶望した。