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悪役令嬢と十三霊の神々

【β版】 夜明け前

作者: 冴條玲

 私は闇の神オプスキュリテを信仰する、山あいの小さな公国の第二公子ガゼル・アヴァローヴ・オプスキュリテ。

 七歳でトランスサタニアン帝国の第一皇女グレイス・トランスサタニアンと婚約させられて、それから十年、グレイス以外の女性との私的な会話や交遊を禁じられてきた。


 グレイスは世にも稀な美貌の才媛で、光の聖女の愛娘としても名高い。

 誰もが私をうらやんだけれど、私は釈然としなかった。

 もう、顔も名前も忘れてしまったけれど、七歳の頃の私には、初恋の少女がいたのに。

 政略結婚なのか、私の意向を無視して、たった一度、会っただけの皇女(グレイス)との婚約を決められて、会えなくなった。

 グレイスが嫌いなわけではないけど、それが子供心にもショックだったのに。


「ねぇ、ガゼル様。私、アスタール伯爵令息から言い寄られていますの。私を、伯爵と争って下さる?」


 半年ぶりに公国を訪ねてきたグレイスが、艶やかな桜色の髪にしなやかな指を遊ばせながら、私を上目遣いに見た。

 意味が、わからない。

 私と婚約しているのに、グレイスには自分で伯爵を断る気がないようなニュアンスだと感じたのは、おそらく、私の気のせいではないんだろう。


「もぉー!」


 不満そうに頬を膨らませて、グレイスが肩をすくめた。


「ガゼル様って、本当につまらない方。顔だけなんだから!」


 胸がざわつくこの気持ち、何だろう。


「伯爵領の方が、ガゼル様の公国よりずっと大きくて豊かなのよ? それでも、ガゼル様が見知らぬ伯爵なんかにグレイスは渡せないって、私への情熱的な愛を示して下さるのなら、ガゼル様でもいいかなって思ったのに。黙ったまま、何も仰らないって、どれだけ腰抜けでいらっしゃるの。帝国の伯爵と私を争うのが怖いの?」


 私は知らず、左手で右手首を抑えていた。

 刹那、吐き気を催すほどの苛立ちを覚えて、グレイスに手を上げそうだったんだ。


「もぉー! もぉー! 顔だけで選ぶんじゃなかった! 妹のカミーラなんて、ガゼル様の公国より豊かな国の王太子様と、帝国の侯爵令息様に争われてるのに!」


 つまらなさそうに窓の外を見て、グレイスが吐き捨てた。


「――何にもないド田舎」


 公邸の最上階からの眺めが、どれだけ美しいと思ってるんだ。

 グレイスの故郷は都会の大帝国だけれど、私は――

 あの国に婿入りはしたくない。

 あの国の景色を美しいと思ったことなんて、ないから。


「ガゼル様、そんな風にうつむいたままで、何も仰りたいことがないのなら、私、ガゼル様との婚約はもう破棄したいの。この婚約を申し入れたのはこちらからだから、悪いとは思っているわ。だけど、何にも知らない四歳の時にガゼル様を見て、綺麗で優しい人だから結婚したいと私が思ったからって、責任を問うような真似――しないわよね?」

「――ええ。そうですね、グレイス」


 喜んでって、言ったら失礼なんだろうから。

 グレイスの言うのも、もっともだと思う。

 四歳の時の言動の責任を追及されたら、私だって困る。

 だけど――

 それでも、胸がざわつくのはどうしてだろう。

 四歳のグレイスの気まぐれのために、私が犠牲にさせられたものの大きさを、グレイスはわかっているの。


 ――落ち着こう。

 グレイスは今だって十四歳だ。

 わかっていなくて当たり前なんだ。


 私は公子といっても兄がいるから、大公位は継がない。

 そんなに、結婚を急かされるわけじゃない。

 七歳の子供の初恋を諦めさせられて、それから十年、異性との交遊を禁じられたくらいのこと、「私が犠牲にさせられたものの大きさ」なんて、大袈裟な言い方だよ。私がおとなげないんだ。


 そう――

 初恋と言ったって、顔も名前も思い出せない。

 その程度だったわけで、まして、婚約した時、グレイスは四歳だったんだ。


 私はようやく、顔を上げてグレイスを見た。

 誰もが振り向く、美しいはずの桜色の髪も、天使もかくやの愛らしさと称賛される麗容も。

 私にとっては、ずっと、『君は幸せ者だね』と言われて納得することを余儀なくされるだけの、心を殺すことを強いられるだけの、圧力でしかなかった。

 

 私を見て。

 私だけを見て。

 上位の男性と私を争って。


 応えても、応えても、エスカレートするばかりで終わりのないグレイスの要求に、もう、応えたくなかった。


「わかりました、グレイス。ご期待にそえず、申し訳ありませんでした」


 はっ、と、グレイスが「最後までつまらない方」と言わんばかりに息を吐いて、長い髪を振って私に背を向けた。

 私の心には最後まで、釈然としないものが残ったけれど。

 それでも、グレイスが振り向かずに私の部屋を出ていくと、ずっと灰色だった世界に光彩が戻ってきたような、晴れ晴れとした寂しさが残った。


 私を呼ぶグレイスの綺麗な声が、嫌いだったわけじゃない。

 ただ、大切だと思うものが合わないんだ。

 グレイスと話すと、悲しい気持ち、惨めな気持ちになることが多かった。



 ――さようなら、グレイス。

 君に、君の望む場所での幸いがありますように。

シリーズ本編『悪役令嬢と十三霊の神々』

https://velvet-kazakiri.ssl-lolipop.jp/kaza/dezel/


ガゼル公子に報われて欲しいという声をたくさん頂いてしまったので、ガゼルJrの話を『エトランジュがヒロインの乙女ゲーム』仕立てで構想してみました。


シリーズ本編『悪役令嬢と十三霊の神々』を読んで下さった方なら、この後の展開は想像がつくと思われますので、いったん完結です。

「ちょっと待って、詳しく!」

万が一、ガゼルJrとエトランジュの物語の詳細にまでご興味を頂ける方がいらっしゃいましたら、こちらでお楽しみください♡(*´∇`*)

 ↓↓↓

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第2話 もう一つの縁談

ttps://www.alphapolis.co.jp/novel/153000069/239523711/episode/4540978

グレイスの馬車が公邸から出て行くのを見送っていたら、大公陛下からの呼び出しを受けた。まぁ、当然かな。グレイスとの婚約破棄についてのお叱りがあるよね。

★☆=========================================☆★


なろう様でも、本編の連載が完結してから連載するかもしれません。

※ 詳しく書くならR指定が必要になる気がするので、とりあえず、R指定の変更に寛容なアルファポリス様で連載中です。

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悪役令嬢と十三霊の神々


【漫画】はじめての邪神戦 ~悪役令嬢と十三霊の神々~


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少年と舞い降りた天使



夜明け前


シナリオが始まる前に滅んだ国の物語

【短編】シナリオが始まる前に滅んだ国の物語 ≪完結済≫


先代の公子様と闇巫女様の物語の【シナリオ編】です。
※ ただし、シナリオはエトランジュのご両親によって原型をとどめないほど書き換えられました。

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