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第9話 「ボタン連打」

ポチポチポチポチ


 早く来い早く来い。制服に着替えて家を出た俺はマンションのエレベーター前で、下りボタンを連打していた。ちなみに、俺たちの部屋があるのはマンションの11階、このマンションの最上階だ。しかも、角部屋。普段は、上からの騒音が一切ない快適なこの部屋を気に入っていた俺だったが、この時ばかりは最上階に住んでいることを後悔していた。


 一基しかないエレベーターの表示板を見る。今、エレベーターがいるのは10階で下り方向に動いている。つまりは、一旦、エレベーターが1階まで降りるのを待って、11階まで登って来るのを待たなければいけないのだ。


 表示板の数字が変わった、が9階で停まってしばらく変わらない。2、30秒立つとようやく8階に表示が変わったが、ここでもまた停まった。おそらく、今はこの時間帯だし、通勤通学のために地上に降りる大勢のマンションの住民たちのせいでエレベーターはラッシュ状態になっている。たぶん、今は乗客を乗せるために1階づつ停まってでしかエレベーターは動かない。


 これはまずいぞ。今、エレベーターは8階ってことは、1階ごとに30秒停まるとして1階に降りるまで240秒、4分かかる。ということは、この時間だし、上りのエレベーターに乗って来る人は少ないにしてもここまでエレベーターが来るまでに5分ぐらいかかることになる。そして、それに乗って降りるのにまた4分かかる。


 いっそ、飛行魔術を使って下まで降りるかと思ったが、これもダメだ。基本的に魔術は、魔術学院のような許可を得た場所か、私有地以外での使用は法律で禁じられているのだ。これを破るとかなり重い罪に問われる。そんなの無視して使うって手もあるが、この通勤通学の時間帯にはマンションの前の道路には大勢の通行人がいる。恐らく、魔術を使えば即通報されてお縄になる。


 情報収集をしようとスマホを見ると、ロック画面に表示された時刻は7時50分を指していた。そのまま、ロックを解除して、ツイッターのアプリを立ち上げ、検索欄に、銀座線 テロ、と打ち込む。


 すると、『やばい、警察めっちゃ来てる』 『怪我人も何人か出てるらしいぞ』 みたいな書き込みが何件も見つかる。


 やばい、これはもしかしたら本当にゆりねがテロに巻き込まれているかもしれない。ネットの書き込みを見て余計に心配になる俺。心臓がバクバクしてきた。


ええい、

ポチポチポチポチポチポチポチポチ


 ネットを見ても心臓に悪いだけだと思った俺は、再びエレベーターの下りボタンを連打する。たまにせっかちな小学生とかが連打していることがあるが、基本的にエレベーターのボタンは連打したところで早くついたりしない。ボタン連打で早くつくなんて荒唐無稽な迷信が通用しないことは、世間一般では常識だ。


 だが、焦っていた俺にはそんな常識は関係なかった。わらにもすがる思いでボタンを連打し続けた。


ポチポチポチポチポチポチポチポチ


 繰り返すがボタン連打には何も意味がない。そんなことは頭では十分に分かっている。だが、何もせずただボーっと待っていることに耐えられなかった俺にはそうするしかなかった。


ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ


 さらに連打を加速させる。なりふり構っていられない。人差し指だけで押していたが、もう一本の指を使うしかない。人差し指と中指のツインターボだ。


ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ


 10階からしばらく各駅停車で動いていたエレベーターが、6階で停まった後は、一気に1階まで降りた。ひょっとしたらボタン連打が効いたのかもしれない。


ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ


 エレベーターは1階で上りに変わった後、今のとこ一度も停まらずに7階まで来ている。


ポチポチポチポチポチ


 そろそろ、あほらしくなってきた。でも、多少は気分が楽になった。今エレベーターは8階、いやそれも通過して9階、それも通り越して10階だ。


ピンポーン


 エレベーターの到着音が鳴る。念願のエレベーターがついに到着した。


 ドアが完全に開く、その前に俺は半開きのドアに体をねじ込ませて中に入る。降りる人優先だって?そんなことは気にしない。第一、この時間帯上りエレベーターに乗ってる奴なんて多分いないだろう。


 素早く体をねじ込ませてエレベーターの中に入った俺は、すかさずドアの横の『閉』ボタンを押そうと手を伸ばす。


もにゅん


 んんん?ボタンってこんな柔らかかったっけ。なんか押すとこ間違えたかな?


 落ち着こう、冷静にボタンを見て押そう。ボタンはこんなに柔らかくない。そう思ってドア横のボタンに視線を移した俺だったが、視界に入ってきたのは整然と並んだボタンたちではなくゆりねとゆりねの豊かな胸に埋まった俺の人差し指だった。


「もう、ダメですよ遼くん。女の子の胸を勝手をに触ったら」


 なぜかそこにはゆりねがいたのだった。


「なんでここにいるんだすか???」


 動揺のあまりまた語尾が狂ってしまう。


「はい!遼くんが来るまで待っていたのです!」


「待っていただって???」


「はい、ずぅーとエレベーターの中で待っていました!」


 ゆりねはさっき7時に家を出た。今はだいたい8時くらいだ。ていうことは、1時間近くエレベーターの中で待っていたことになる。やばいじゃん。ずっと1時間もエレベーター降りることなくエレベーターに乗り続けるなんてちょっとやばい子じゃないか。きっと他のマンションの住人にも変な目で見られただろうに。


「なんで俺のこと待ってたんだよ!学校には行かなくていいのかよ?」


 出席が緩いとはいえ、サボリはよくない。まあ、引きこもりの俺が言えたセリフじゃないけど。


「遼くん、普段あんまり外出しないから、もし午後から登校するとしてもちゃんと学校までたどり着けるか心配でしたのでここで待ってました!」


「小学生扱いかよ!俺だって一人で学校ぐらい行けるわ!」


「ふふっ、でもお姉ちゃん嬉しいです。遼くんが学校行く気になってくれて」


 俺の抗議を無視して、嬉しそうに笑うゆりね。つい1時間ほど前の暗い声が嘘のようだ。

 

 ていうか、なんか勝手に学校に行くことになってるし。まあ、制服着てるんだからそう思われても仕方ないけど。


 でも、よく考えたら学校に行く意味ないような。もともとは、テロに巻き込まれたかもしれないゆりねを心配して家を出てきたんだし。ゆりねの無事が確認された今はその心配もなくなった。


「じゃあ、いきましょうか!今からなら、1限は無理ですけど2限ならまだなんとか間に合いますし」


 そんな俺の考えをよそに笑顔でエレベーターの1階のボタンを押すゆりね。もう、すっかり俺が学校に行くって思いこんでるし。


 ここで、学校行かないって言って家に引き返す手もあるが、それしたら、ゆりねは今朝みたいに、いやそれ以上に落ち込んだ感じになるだろうし....


 ああもう仕方がない。こうなったら、今日だけは、今日だけは学校行ってやるよ。










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