第7話 「久しぶりのおはよう」
ピピピピ、ピピピピ
目覚まし時計の電子音が俺の部屋に鳴り響く。
「朝か....」
眠い目をこすりながら、俺は寝起きの耳にはすこし刺激的な電子音を出す目覚まし時計を止めて、時刻の表示された液晶を見る。
6時30分
いつも、学校に行くゆりねに7時ごろに起こされて、けど眠気に勝てずに二度寝して10時ごろに腹が減ってようやく布団から出てくる俺にとってはかなり早い起床時間だ。
あの試合の後、ざわめくギャラリーを無視して、俺はすぐに病院へと向かった。ゆりねの様子を見に行くためだ。幸い、ゆりねの腕は折れてはいたものの、俺が使える高ランクの治癒魔術ならすぐに完治できる程度の折れ方だったので、俺が治しておいた。
おかげで、昨日の晩にはゆりねはすっかり元気になり、いや少し過剰すぎるほど元気になっていた。腕が折られたことなんか忘れたような感じで、嬉しそうに入学式の写真を眺めて、京都にいる両親のもとにそれを送り付けていたのだ。
そんな感じだし、ゆりねについては特に心配していない。東條のことは少し気掛りだが、ゆりねは俺と違って社交的で明るい性格で友達も多いはず。昨日みたいに、教師と裏で組んでたとかいう特殊な状況でもない限り、例え、東條とかにいじめられても、雪乃みたいな友達が守ってくれるはずだ。
さて、ではなぜ俺はこんな早起きをしたのでしょう。早起きは三文の得だから?いやいや、違う。最近は早起きすると心臓病のリスクが増えるなんて研究もある。三文の得どころか損なのである。というか、3文は現代の貨幣価値にしてたったの90円なのだ。仮に、得をするにしたって90円のために生活習慣を変えてやるもんか。俺の睡眠時間はプライスレスだ。
朝のおいしい空気を吸うため?それも違う。たしかに、朝の空気は澄んでいておいしい。だが、それだけだ。俺はおいしい空気のために貴重な睡眠時間を犠牲にできるほどの空気愛好家ではない。
ではなぜ早起きをしたのだろうか。答えはなんとなくである。なんとなく早起きをして、朝の早い時間から活動してみたかったのだ。平日の早朝から通勤通学に追われる学生、サラリーマン諸君を尻目に、秋葉原にでも行って、ゲーセンとかで遊んだり街をぶらぶら歩いたりして、昼には土日なら行列ができるような人気のラーメン屋にでも入って、また日が暮れるまでゲーセンで時間を潰す、そんな一日を過ごしたいがために早起きしたのだ。
トコ....トコ....
静かな足音が聞こえる。寝ている俺を起こすまいと気遣って、朝食を作り学校に行く支度をするゆりねの足音だ。
トコ....トコ....
足音が近づいてくる。俺たちが住んでるマンションの部屋の構造上、ゆりねは俺の部屋の前を通らないとリビングにはいけない。たぶん、部屋で制服に着替え終えたゆりねが朝食をとりにリビングまで向かっているのだろう。
トコ....トコ....
ついに足音が俺の部屋の前まで到達した。というか、昨日扉を燃やされたせいで廊下に立つゆりねと目が合った。
「あっ、遼くん。おはよう。起きてたんだね」
「あっ、ああ、おはよう」
なぜか、おはようと一言言うだけで少し天ぱってしまう。そういえば、いつも朝は扉越しに「いってきます。遼くんも早く起きてくださいね」と声を掛けられるだけだったのだ。こんな風に顔を合わせておはようの挨拶をするなんて何年振りだろうか。
「遼くん、学校は....」
「行きません」
いきなり嫌な質問が来たが、きっぱりと拒否の意思を示した。
「そうですか、わかりました。約束ですもんね....じゃあ、私は先に朝ごはん食べときますね」
少し、残念そうな声でそう言って、リビングへと去っていくゆりね。だが、これは昨日約束したことだ。高校には行かない。けど、入学式だけは行ってやる。制服で一緒に写真を撮るためだけに。ゆりねの気持ちを満足させるためだけに。
そうと決まれば、よし二度寝だ。早起きはどうしたって?慣れないことはするもんじゃない。めちゃくちゃ眠い。いったん寝て、ゆりねが家を出る7時ごろに起きよう。普段、10時に起きるんだから7時でも十分に早起きだ。ゆりねが出て行ったリビングで一人で朝食をとったら、さっさと着替えて予定どおり秋葉原へ出発だ。今日は久しぶりに外で遊ぶぞ。そのために、体力は温存しなきゃいけない。だから、俺はしばらく二度寝することにする。
しかし、しばらくたっても眠れない。なぜだろう、慣れない早起きのせいで体内時計が狂ったのだろうか。やっぱり早起きは三文の損だな、もう絶対早起きなんてしてやるもんか。
それから、30分近くが経ったがやはり眠れない。時計を見たら、丁度7時になっていた。そろそろ、ゆりねが出発するころだ。そろそろ、起きる準備をしよう。
トコ、トコ、トコ
足音が聞こえてきた。多分、ゆりねは学校に行くために出ていくのだろう。
「いってきます。遼くんも早く起きてくださいね....」
中学に通っていたころと変わらない、朝の挨拶をするゆりねだったが、その声はいつもより少しだけ寂しそうな感じだった。
だけど、行ってやるもんか。例え、どんな態度でも、号泣されてでも俺は高校には通わないぞ。
「あの、もし気が変わったら、午後からでも登校しても大丈夫ですよ。うちの学校、遅刻とかにはあんまりうるさくないですし、寝坊して午後からの人も結構いますから....」
午後からだろうが行かないぞ。だいたい、俺は朝が弱いから学校に行きたくないわけではない。学校が嫌いだから行きたくないのだ。
「じゃあ、改めていってきます....」
それだけ元気のない声で告げたゆりねは玄関のドアをガチャリと開けて出て行った。




