第6話 「圧倒」
「死ねえぇぇ、柊!」
最初に動いたのは弟の怜斗だ。駆け出し、魔術武装≪雷斬≫が届くであろう範囲まで近づいたところで、大きく振り上げた≪雷斬≫を振り下ろす。狙いは恐らく、俺の右腕だ。さっきの宣言どおり、腕を切り落す気だ。
しかもだ、急に怜斗の動きが速くなった。恐らく≪雷斬≫に込められた魔術は身体強化系でそれを使ったせいで急に動きが速くなったのだろう。俺は、≪雷斬≫を避けようとするが、間に合わない。怜斗の動きが速すぎる。追いつかない。やばい、このままだと右腕を切り落とされる。
なーんてね。避けられないなら避けなければいい。切り落とされるぐらいなら、腕なんかなくなってしまえ。
「ベルゼバブ☆」
即座に≪ベルゼバブ≫を詠唱して術式を組み立て、発動させる。ふっふっふー、俺ぐらいのレベルの魔術師になれば、体を動かすより、術式を組み立てるほうが早いのだ。
「死ねえぇぇ」
怜斗が振り下ろした≪雷斬≫が俺の右腕を切り落とそうとする。だが、そのまえに俺の右腕が爆散し、結局切ったのは、制服のカッターシャツの袖だけだった。
「な、なんだ!うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
≪雷斬≫を振り下ろした怜斗が、突然苦悶の表情を浮かべて、右腕を抱えだした。
「痛い、痛い、痛い!腕がぁぁ、焼け焦げる!」
右腕を抱えて、絶叫する怜斗。ついには、持っていた≪雷斬≫を落としてしまう。
突然の出来事に、もう一人の対戦相手、龍斗も何もできずに立ちすくんでいる。
「お、おい!怜斗に、怜斗の右腕にまとわりついてるそれはなんだ!お前、何をした!」
怜斗の右腕には大量の蠅がまとわりついていた。
SSランク魔術≪ベルゼバブ≫
使用者の体の一部、または全部を魔力で作られた蠅に変化させる魔術である。この蠅は、対象にまとわりつき、その肉を喰らい、魔力を吸い上げ、最終的には術者に魔力を還元する。かなり高位の魔術で使用には高い技量を必要とするが、相手から魔力を吸い上げるという強力な魔術である。
「SSランク魔術≪ベルゼバブ≫を使っただけだが?」
「SSランクだと!!なんで、おまえが、あの落ちこぼれの柊ゆりねの弟のお前がそんな高度な魔術を使えるのだ!」
そのご意見もごもっともだ。普通、どんな優秀な魔術師であっても、高校生が使える魔術はせいぜいAランクの、その中でも比較的簡単な汎用魔術までだ。Sランクの魔術でさえ、使える高校生はごく一握りであろう。
「なんでだろうなあ?わからんわ。気づいたら使えるようになってただけだし」
「なっ、とぼけるな!!こんなの絶対あり得ない!お前、なにかセコイ手でその魔術を身に着けたのだろう、そうに違いない!」
いやセコイ手って、基本的に魔術はそんな抜け道みたいな方法で覚えれるわけじゃない。それは、長年魔術師をやっている東條 龍斗なら十分に理解しているはずだ。魔術を使うには才能も必要だが、魔術の知識を頭に叩き込むことや時間を費やして反復練習することといった努力も必要だ。むしろ、才能1に対して努力9といったぐらいに魔術の習得には膨大な努力量が必要なのである。
ところがだ、なぜか俺は、俺だけは違ったのだ。物心ついたときから、特に誰から教わったわけでもないのに、なぜか高ランクの魔術をいとも簡単にポンポンと使えてしまったのだ。
だから、俺はこんな曖昧な返答しかできなかった。
「痛い....痛い....。頼む、柊。術式を早く解いてくれ。頼むから....」
もはや、叫ぶ気力もないのか、地面に突っ伏したまま虫の息で俺にそうつぶやく怜斗。どうやら、俺と龍斗がおしゃべりしてた間に、かなり怜斗の右腕にまとわりついた蠅は魔力を吸い取とり、怜斗を衰弱させたらしい。
「わかった、わかった。解いてやるから」
そう言って、俺は≪ベルゼバブ≫を解除すると、怜斗の右腕にまとわりついた蠅は一瞬で跡形もなく消滅し、代わりに無くなっていた俺の右腕が元に戻った。
「ふぇ~~~~~~~」
≪ベルゼバブ≫を解除するや否や、怜斗は間抜けな声を出して気絶した。おそらく、蠅に魔力を吸われ過ぎたことによる魔力欠乏症が原因であろう。危ない危ない、危うく殺すところだった。魔力は、血液などと同じく、大量に失うことにより死亡の危険があるのだ。
「さてと、おい東條 龍斗。あんたの弟はこのザマだ。どうする?まだやるか?それとも負けを認めるか?」
基本的に、俺はあまり争いを好まない。できれば、試合を早く終わらせて早く家に帰りたい。
なので、俺は龍斗に降伏勧告をしてみる。
「くそっ、わかった。今の俺にはあの魔術を防ぐ手立てはない。負けを認めてやるよ」
あれっ、案外素直なんだな。てっきり、逆上して襲い掛かって来るかと思ったのに。意外と兄の龍斗の方は話が分かる奴なのか。
「そうか、じゃあ....」
「ああ、この試合はあんたの勝ちだから、さっきの柊 ゆりねの退学の件もなしだ。古賀和には俺から伝えておく。あと、あんたが審判を攻撃した件についても俺の方でなかったことにしてやるよ」
それだけ言い残して、龍斗は気絶している弟を肩で抱えて試合場を出て行ったのだった。
こうして俺の試合はあっけなく幕を閉じた。