第4話 「罠」
試合が始まると同時に、ゆりねと東條 怜斗は魔術を展開し始めた。
まず、初動が早かったのは東條の方だ。腕の周りに魔術式の文様が光輝く。その文様を俺は解読してみる。
≪クリムゾン・ドライブ≫か。
≪クリムゾン・ドライブ≫はBランクの火属性の汎用魔術、つまりこの試合で使える最強クラスの魔術といっていい。
しかもだ、これを東條は何もしゃべらず、つまり無詠唱でやってのけたのだ。このクラスの魔術を高校1年生が無詠唱で組み立てることは容易ではない。
魔術を組み立てるには集中力やイメージ力の強さが一つの重要ポイントだ。なので、術式名を詠唱したほうが集中やイメージにはいいので、組み立ての際を失敗するリスクが大きく減る。
一方で、詠唱をするということは、術式名を相手に聞かれたりするリスクと、詠唱に時間がかかり隙が生まれるというリスクがある。そのため、このような近接戦闘では無詠唱で魔術を組み立てることが理想だ。
一方のゆりねは、
「インフェルノ!」
Cランクの火属性汎用魔術、≪インフェルノ≫を唱えた。これは先ほど我が家の扉を消し炭にした魔術である。半径5m以内にあるものを燃やすことができる一見強力な魔術だ。
しかしだ、この≪インフェルノ≫はおそらくこの試合においては全く意味をなさないであろう魔術である。なぜなら、この魔術は、干渉系の魔術だからだ。干渉系の魔術は、魔術師がもつ魔力による抵抗力のせいで、基本的に抵抗力の弱い自分より格下の相手にしか効かないのだ。
一応、東條はゆりねの半径5m以内にいるので射程範囲内であるが、二人の格の違いは明らか。ほぼ絶対に、ゆりねの魔術の技量が東條の抵抗力を上回ることはないだろう。
あーあ、負けたなと俺は思った。というか、東條の方も勝ちを確信してか組み立て終わった≪クリムゾン・ドライブ≫をうたずにいる。一方で、やはり予想どうり東條の抵抗力が上回ったのだろうか、≪インフェルノ≫は発動しない。
「あれっ、どうして」
戸惑うゆりね。
負けだと思った俺は腕でばってんを作ってゆりねに見せ、降参しろという合図を伝える。それを見たゆりねは審判の教師の古賀和のもとに駆け寄り、降参の意思を伝えたようだ。
しかし、おかしなことが起こった。古賀和が首をふり、指をさし古賀和に戻るように促したのだ。
試合場に戻るゆりね。そこで思わぬ事故が起きた。
東條の≪クリムゾン・ドライブ≫がゆりねに向かって撃たれたのだ。大きな火球がゆりねに迫る。ゆりねは咄嗟に防御しようとするが間に合わない。思いっきり火球が命中してしまった。
「きゃああ」
痛みに喘ぐゆりね。
「ちょっと、審判。ゆりねは降参するって言ったでしょ。なんですぐ試合を止めないの!」
俺の隣で観戦していた、明智 雪乃が大声で審判に抗議する。
「試合は続行しています。外野は静かに」
おかしいと思った。降参の件もそうだが、普通ならルール上はゆりねの安全を考慮して試合を止めるはずだ。
それにだ、東條もおかしい。なぜ今まで撃たなかった≪クリムゾン・ドライブ≫を、よりにもよってゆりねが試合場に戻ってすぐという防御が間に合わないタイミングで撃ったのか。
だが、その答えはすぐに分かった。
「ありがとうな、古賀和先生ェ。これで心置きなく、この落ちこぼれを成敗できるわァ」
東條は不敵な笑みを浮かべるとゆりねに近寄り、ゆりねの腕を持ち上げる。
「なぁ、ゆりねさんよ。あんた、そんなに魔術が下手なのになんでこの学院にいるんだ?裏口入学でこの学院に入ったのかな?なあって」
ゆりねを無理やり立たせた東條はゆりねを怒鳴りつける。一方、ゆりねはダメージから回復していないのだろうか、なにもしゃべることができない。
「落ちぶれたとはいえ八大家の末席にいる柊家なら一応裏口入学位できるだろ?正直に答えてみろよ、学院の恥さらしめ」
ゆりねへの罵倒を続ける東條。
「東條、何してるのゆりねを放しなさい!審判も早く試合止めて!!」
みかねた雪乃が再び大声を上げる。
さすがに俺もゆりねを罵倒する東條には腹が立ったので、
「はやく止めろ!!」
と叫んだ。
だが、古賀和は、
「試合は続行しています。外野は静かに」と続けるだけだった。
「ゆりねさんよ。俺はあんたが大嫌いだ。あんたみたいな無能がこの学院にいると、この学院の価値がさがる。つまりはだ、俺の経歴に傷がつくんだよオイ!」
罵倒を続ける東條。
ここで俺は悟った。こいつらグルなんだと。東條家の人間なら、その権力で教師を言いくるめることは容易だ。恐らく、古賀和も、この行為を見逃すことと、ゆりねと東條を試合で当てることを命令されたのだろう。逆らえば、東條家の権力を使ってお前を首にするとか脅されて。あるいは、賄賂でも受け取ったのかもしれない。
「だからよ、ここで今、学院を辞めますって宣言してみろよ」
罵倒を続ける東條。だが、俺と雪乃以外の観客席の者で東條に異議を唱える者はいない。恐らく、みんな絶大な権力を誇る東條家に目を付けられるのを嫌がり、何もできずにいるのだろう。
ゆりねはダメージが少し回復したのか何やら小さくつぶやいている。
「....ません。」
「聞こえねえな、はい、大きな声でぇ。」
「辞めません!」
ゆりねははっきりとそう答えた。
「ああっ、お前なんて言った?」
「辞めませんと言っているのです!せっかく遼くんと同じ学校に通えることになったのですから!」
再びはっきりした声でそう答えるゆりね。
「呆れた。こりゃ、痛い目見てもらうしかないなぁぁ、オイ」
そう言って、東條は制服のカッターシャツの袖をまくり、筋肉質な腕を見せつけた。
「この試合はどうもBランク以下の魔術しか使えないルールになっているらしいねぇ。でもねぇ、体術はいくらでも使っていいみたいでサア」
たしかに、ルール上は素手での攻撃は、相手に大きな怪我を負わせない範囲なら問題ないとなっている。
「俺さあ、柔道やってて体鍛えてるんだよね」
そう言って、東條はゆりねの右の二の腕を両手で掴んだ。まだ、動けるほどまでにはダメージが回復していないゆりねは無抵抗のままだ。さらには、東條の両腕に光輝く魔術の文様が輝きだした。あれは、恐らくCランクの強化系魔術≪エクストラ・フォース≫だ。あれは、身体能力を強化する魔術でランクこそ低いが、東條のように恵まれたフィジカルを持つ魔術師が使えばかなり強力な力を発揮する。
何やら非常に嫌な予感がした俺は、とっさに痛覚遮断の魔術をゆりねにかけた。
「だから、こんな細い腕なんて簡単に折れちゃうんだ」
ミリッ、ミリッ、ミリッ、バキッッ
東條が力をかけると、嫌な音がした後、ゆりねの腕は曲がってはいけない場所が完全に曲がってしまった。
「えっ?うそ?えっ?」
俺の痛覚遮断の魔術が効いてるのか、腕を折られた激痛に悲鳴をあげることはなかったものの、自身の腕の惨状を見て、いまいち状況を呑み込めないまま、顔を真っ青にするゆりね。まずい、痛みこそ感じていないだろうが、かなりひどく折れている。早く然るべき治療を施さないと、大変なことになる。
「ゆりね、大丈夫か!審判、早く試合を止めろ、早く早く。聞いてるのか、私は明智 雪乃、明智家の人間ぞ。その気になればあんたなんかすぐに首にできるんだから、言うことを聞け!」
物凄い剣幕で、審判の古賀和をまくし立てる雪乃。家名を使った脅しが効いたのか、あるいは雪乃の態度に圧倒されたのかはわからないが、古賀和は
「しょ、勝者は153番東條 怜斗君。次の試合があるので、両生徒は速やかに退出するように」
とだけ言って試合を終わらせた。
東條は試合後すぐに、試合場の外に出たが、ゆりねはまだ中にいる。というか、失神している。痛覚遮断の魔術をかけたから痛みは感じなかっただろうが、自分の腕の惨状を見て驚いて気を失ったのであろう。
俺と雪乃は倒れているゆりねの方に向かう。
「ゆりね、しっかりしてよ。ゆりね!」
必死になって失神しているゆりねを起こそうとする雪乃。だが、今起こしては逆効果だ。おそらく、もうすぐ、俺がかけた痛覚遮断の魔術の効果が切れる。もし、失神から回復した後に効果が切れたら、ゆりねは折れた腕の激痛に喘ぐことになる。そうなれば、ショック死してしまう可能性だってある。
そう考えた俺は、
「待て、雪乃。ゆりねを起こしちゃだめだ。今起こしたら、ゆりねは腕の骨折の激痛をモロに感じてしまう」
と言って雪乃を制止し、ゆりねに催眠魔術をかける。
「催眠魔術をかけた。1時間くらいは眠ったままだと思うけど、早く病院に連れて行って治療をしないと」
「ありがとう、遼河。この学院の近くに明智家が運営する病院があるから、早くそこに連れていきましょう!」
そう言って、雪乃は、ゆりねの折れた右腕避け、左腕を肩にかけ、失神しているゆりねを介抱しながら歩きだす。俺も雪乃だけに運ばせるには悪いと思ったので、病院までついて行くことにする。
しかし、そんな俺を阻む者がいた。
「154番東條 龍斗君と178番は試合場に入場せよ。おーい、178番 柊 遼河。どこへ行くんだ。早く、入れ」
審判の古賀和だ。
だが、こうなってしまっては試合なんてどうだっていい、もともと通う気ないんだし、留年でも何でも食らってやる。そう思った俺は、無視して歩みを進める。
「178番、試合放棄か?この試合は進級要件に含まれている。放棄すれば、留年に、あまりにも不真面目な態度な場合は退学処分が下ることもあるんだぞ」
古賀和が脅しをかけるが俺には効かない。雪乃の方は、理不尽な脅しに少し怒りを含んだ表情を見せているがだ。
「178番、柊 遼河、試合放棄でいいんだな。じゃあ、ついでに不真面目な弟の責任を取らすためにお前の姉、柊 ゆりねも退学にしておいて構わないな?」
「はあ、なんでそうなる?いくら兄弟だからといって弟の責任を姉が負う道理はないだろう?」
ゆりねの名前を出してまで、俺を挑発する古賀和。
「ははは、これは失礼。今のは、失言だ。たしかに姉が弟の責任を取る必要はない。だが、まあさっきの試合を見る限り、柊 ゆりねの魔術師としての実力は本校のレベルに達してないということは明らかだ。本校はねえ、実力主義の学校なんですよ。だから、実力がない生徒は容赦なく退学なり、留年なりを食らわせてもいいって学則になってるんだよ」
「だからといって、入学初日に退学させるのはあんまりだろ。最初はだめでも後から伸びる人間だってたくさんいるのに」
ゆりねへのあまりにも理不尽な扱いに抗議する俺。だが、帰ってきた言葉は、俺の抗議など知らないという感じのものだった。
「ええ、だからお前にチャンスをやろう。この、魔術模擬戦で東條 龍斗君を倒したら、お前の姉の退学の件はなしにしてやるから」
言っていることが滅茶苦茶だ。だが、なんとなく背景が読めてきた。さっきの試合の様子から、古賀和と東條兄弟がグルなのは明らかだ。古賀和は俺たちのことをどう思っているかわからないが、基本的に八大家はそれぞれの一族同士は魔術師界の勢力争いのライバルとあってあまり仲が良くない。特に、柊と東條は先代の柊家当主が東條家と派手にもめたらしく仲が非常に悪い。
今回の件は、大方、さっきの試合でゆりねを東條 怜斗が倒したように、次の試合で俺を龍斗が倒し、みんなの前で俺を侮辱し、柊家と東條家の格の差を見せつけようという算段だろう。たぶん、俺とゆりねが、両方とも東條兄弟と当たったのも、偶然ではなく、仕組まれていたのだろう。この計略のために。
そのために、東條兄弟は、古賀和に強権を使わせてでも、俺に試合に参加させようとしているのだ。そうとわかれば、ゆりねのことを考えれば俺は試合に参加するしかない。
試合に参加する決意を決めた俺は雪乃に
「ゆりねを病院まで連れて行ってくれ」
とだけ言い残して試合場へと足を向けた。
お読みいただきありがとうございました。次回、柊 遼河無双劇、開幕なるか!?お楽しみに!