第3話 「ファイト、ゆりね」
「それでは、新入生の皆さんは、番号に従って発表した10のグループに分かれて下さい」
グラウンドに出た俺たちは、入学式会場の席の番号に沿ってグループに分かれるように促される。
現在、新入生の人数は300人もいる。流石に、300人が一斉に模擬戦をやるわけにはいかないので、番号によって生徒たちを10のグループごとに分け、各グループ内で1対1の模擬戦を行うそうだ。
ちなみに、俺の番号は178番、ゆりねの番号は179番で、二人ともFグループに振り分けられた。
「Fグループの生徒は私の前に集合しなさい」
グループに分かれろと指示した教師とは別の中年の男性教師が俺たちに集まれと促したので、俺とゆりねはそいつのもとに移動する。
「1、2、3、4、.....、29、30。よし、全員集合したな。私は、これから君たちの学年を担当する古賀和だ。よろしく。それでは、模擬戦の意義や詳細なルールについて説明する」
グループの生徒がすべて揃ったことを確認した古賀和は、説明を開始した。
「まず、この模擬戦は、本学設立以来、入学式後に新入生が毎年行っている伝統ある行事であり....」
古賀和の説明の重要な部分を要約すればこうだ。
まず、模擬戦は1対1で行われる。対戦の組み合わせはさっきの番号によって発表される。使用できる魔術はBランク以下の汎用魔法のみ。武器等の使用は厳禁。ただし、素手での攻撃は相手に大きな怪我を負わせない範囲ならセーフ。勝敗は、一方が負けを認めその意思を審判の教師に伝えるor審判の教師が試合を止め勝敗の判定を行うor縦横50mに設定された試合場から一方が出る(その場合は出た方が負け)、以上の3つのどれかによって決まる。最後に、これはあくまでも模擬戦なので対戦相手に重篤な怪我を負わせないように細心の注意を払うことだそうだ。
「それでは、早速、対戦の組み合わせの発表に入る。初戦は163番と167番だ。次は、171番と173番、次は…、次は…、次は153番と179番、最後は154番と178番だ」
古賀和は次々と組み合わせを発表していく。どうやら、俺は一番最後、ゆりねは最後から二番目の順番のようだ。
「それでは、初戦の163番と167番は試合場に入り、準備せよ。私の合図とともに試合を始める」
163番と167番の女子生徒と男子生徒が試合場(といってもグラウンドに白線を引いて区切っただけのものだが)に入場する。
「163番と167番、ともに入場したな。それでは、試合を始める。スタート!!」
古賀和の少し甲高い掛け声により、戦いの火ぶたが切られた。
* * *
「どうしましょう、遼くん....ううっ....」
ガクブル、ガクブル
さっきまであんなに元気だったゆりねが俺の隣で半泣きになっている。俺たちは順番待ちを兼ねて他の生徒の模擬戦を、試合場の周りに設置された待機席(まあ、ただのパイプ椅子を並べただけのやつなんだけど)から見ていたが、ゆりねは初戦が始まるやいなやこんな感じになってしまった。
「無理です、無理です。私には魔術で戦うなんて無理です」
俺にファイトと励ました元気はどこへ行ったのやら、すっかり意気消沈したご様子だ。
「まあ、相手も基本的にBランクの汎用魔術までしか使ってこないんだし、そんなに緊張する必要ないよ」
「それがダメなんです!私Cランクまでしか実戦では使えないですし....」
ゆりねは基本的に魔術が苦手だ。それに極度の緊張しいでもある。これは、集中力が大いに必要な魔術の行使に不利になる。こんな、みんなが見ている場で戦うとなると、おそらくろくに実力が発揮できない。普段なら、頑張ればBランクぐらいの魔術は使えるが、おそらくこの場ではBランクどころかCランクの魔術も怪しい。Dランクの魔術が関の山だろう。
「そこまで、勝者170番。両者は速やかに退出するように。次、160番と165番入場せよ」
どうやら、今の試合は対戦相手の降参で終わったようだ。えっと、この試合が終わったってことは、次の次の試合がゆりねの番か。
ん、170番の銀髪の女子生徒がこっちをみているぞ。あっ、なんか手を振ってきた。ゆりねの知り合いか?
その女子生徒は試合場を出て、俺たちの元に駆け寄って来る。
「ゆりね、大丈夫?」
「ゆっきー、助けてよ~。私、戦えないよう....」
「そんなに弱気にならないの。頑張り屋さんのゆりねなら大丈夫だからさ」
駆け寄ってきた銀髪の美少女はそう言ってゆりねを励ましたあと、俺の方に視線を向け、話かけてきた。
「あの~、もしかしてゆりねの弟さんの遼河くんですか?」
「そうだけど」
「あたし、ゆりねの友達の明智 雪乃といいます。これから、よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。ところで、明智さんってあの明智家の....」
「ええ、柊家と同じ八大家の明智です。あと、呼び捨てでいいですよ」
「俺も呼び捨てでいいよ」
へー、やっぱりこの銀髪美少女は明智家の人間だったのか。
現在、日本では、日本の魔術師の間で大きな影響力を持つ八つの一族のことを八大家と呼び、明智家や俺たち柊家もその一員である。まあ、最も柊家は八大家の中でも、あんまり大したことなくておまけみたいな扱いだけど。
「そこまで、勝者160番」
早っ、もうさっきの試合終わったのか。
「次、153番、東條 怜斗君と179番入り給え」
基本的に、番号でしか名前を呼ばなかった中年男性教師、古賀和だっけか、はなぜか153番の生徒だけ名前で呼んだ。
東條 怜斗、聞いたことがある名前だ。ああ、思い出した。東條兄弟の弟の方か。
俺がこいつの名前を知っていたのには理由がある。まずは、東條 怜斗は八大家の東條家の人間だ。東條家は、しょぼい柊家と違って、八大家の中でも有力な一族で、多数の国会議員を一族から輩出し、マスコミにも太いパイプを持っている一族だ。その中でも、東條 怜斗とその双子の兄、龍斗は若手の天才魔術師兄弟として何度もテレビや週刊誌に取り上げられており有名なのだ。
くそっ、古賀和め、いやな奴だな。東條家に媚び売って名前を呼んだのだ。柊家も一応八大家の一つだぞ、名前呼べよ。
「うう、無理です。東條くんが相手なんて。帰りたいです、棄権したいです....」
すっかり、弱気になってしまうゆりね。無理もない。正確な実力は知らないし、まあ多分俺よりかは格下だろうが、少なくとも忖度はあるにせよ天才魔術師ともてはやされるからにはそれなりに東條 怜斗の実力は高いのだろう。ゆりねにとってはかなりの強敵だ。
「だめだよゆりね、棄権なんかしたら。一応、この模擬魔術戦への参加は進級要件になってるんだから、負けてもいいから参加しないと。留年になっちゃうよ」
半泣きのゆりねを必死に励ます雪乃。
あらら、進級要件だったのこれ。通う気ないとはいえ、帰ってたら、危うく入学初日から留年になるところだったよ、俺。
「そそ、まあ怖かったらさっさと降参するか、試合場の外に出ればいいんだからさ」
ゆりねに留年されては困る俺も必死に励ます。
「179番、早く試合場に入れ。179番、柊 ゆりね、早くしろ」
少し、いらだったような声で古賀和が呼びかける。おっ、今度は名前よんでくれたじゃんか。
「ゆりね、弟の遼河も見てる前でしょ。お姉ちゃんらしく勇気だして参加しなさい」
ゆりねを叱咤激励する雪乃。ゆりねと付き合いが長いのだろうか、扱い方がうまいな。
「そうですね、遼くんも見てるんですもんね。参加するだけしてみます」
雪乃の言葉が効いたのか、ゆりねは椅子から立ち上がり、試合場へと足を進めた。
「ひゃくななじゅうきゅうばん、早くしろ」
「はい、179番です。遅くなってすいません」
かなり時間がかかったがゆりねが試合場の中に入った。
「それでは、153番東條 怜斗君と179番の試合を始める。スタート!!」
あっ、またゆりねだけ名前呼ばないのかよというツッコミをする間もなく、ゆりねの試合が始まった。




