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第10話 「校門を突破せよ」

「はあぁぁぁ~~~~~」


 俺は魔術学院の校門の前で深いため息をついていた。

 

 あれから、俺とゆりねは、テロのせいで遅延している銀座線を迂回してバスや電車を乗り継ぎ、なんとか、お昼休み頃には学院に到着したのである。

 

 それはいい。迂回したせいでかなり時間を食ってしまったが、まあ授業を受ける時間が減ったと思えばむしろ好都合だ。


 じゃあなんで俺がため息をついているのかというとだ、俺は校門をくぐることにプレッシャーを感じているのだ。


 校門、それは俺の侵攻を何度となく阻み、あまつさえ、俺の人生すらも歪めてきた難航不落の要塞である。俺が中学時代に不登校になった大きな要因の一つといっても過言でないだろう。


 中学の時、いや今でもだけど、朝に弱い俺はよく遅刻していた。一応、毎朝ゆりねが起こしてくれたものの、魔術学院は俺が通っていた公立中よりも始業時間が早かったのでゆりねは俺よりも早く家を出なければならない。そのため、俺が出発しなければならない時間までの間にはゆりねが家にいない空白の時間が生じてしまう。おかげで、その空白の時間帯に何度二度寝をして遅刻したことか。


 いや、寝坊して遅刻することだけならまだいい。問題は、遅刻した場合の学校への入り方だ。俺の通っていた中学は基本的に登校時間以外の時間はセキュリティーのため校門には鍵がかかっている。そのため、遅刻した場合は鍵を開けて中に入れてもらうために、校門の傍にあるインターホンで教員を呼び出すことになっているのだ。

 

 これでだ、呼び出した教員が何も言わずに門を開けてくれるならまだいい。しかし現実はそう甘くない。インターホンを押したときに応対してくれる教員はその時々でまちまちだが、門を開けに出てくるのはなぜかいつも決まって河井という中年の体育教師が出てくる。

 

 この河井という男は、昭和脳の塊のような根性論を振り回す男であり、また生徒を平等に扱わないという教育者失格の側面を持っていた。


 ある日、俺が遅刻して学校に着いた際、校門の前に先客がいた。そいつの名前は確か、稲本とかいう奴で、俺の一つ上の学年でワルで有名な奴だった。


 到着してしばらくすると、いつものように河井がやってきて俺たちを中へ入れた。基本的に、河井は遅刻した生徒は、そのまま素通しせずに生徒指導室に呼び出して指導を加える。その指導というのが、通称河井棒といわれる木製の棒で尻や腹をどつくという体罰なのである。今思えばよくこんな昭和みたいな指導法がまかり通っていたなと思う。保護者からのクレームはなかったのかと。


 だが、これにはからくりがあった。学校に入った後、河井はなぜか稲本を生徒指導室に連れていかれず、俺だけが連れていかれたのだ。当然、その後、俺だけが体罰を受けた。後で、聞いた噂では、河井はおとなしいいわゆる陰キャラな生徒や、家庭の荒れている生徒にのみにターゲットを絞って体罰を加えていたそうだ。要するに、親に体罰を言いつけれないような生徒のみに体罰を加えていた。そりゃあ、保護者からクレームがこないわけである。


 よくよく考えてみたら、河井が生徒をどつくのは生徒指導室のなかだけであった。普段の授業ではそんなそぶりを見せないどころか、いかにも面倒見のいい熱血教師を装っていたのだ。今思えば、これも自身の陰湿さと体罰を隠すためのカモフラージュであったに違いない。


 しかもだ、河井の陰湿さはこれだけにとどまらない。基本的に河井が俺に体罰を加える際は、河井は常にビデオカメラでその様子を録画していた。


 なんで、そんな自分の罪の証拠を残すかって?それは、俺が反撃してこないようにするためだ。基本的に、魔術師は、魔術を使えない一般人と比較して圧倒的に強い。魔術師としては弱いゆりねでも魔術を使えばヘビー級プロボクサーや幕内力士を圧倒できる、そのくらいの戦力差があるのだ。


 当然、魔術師の中でも最強レベルの強さを持つ俺と、ただの体育教師の河井では象とあり、いやティラノサウルスとミジンコくらいの戦力差がある。殺そうと思えば河井なぞ一瞬で殺せる。


 だが、そんなことはこのやたらと法律に厳しい日本ではできない。プロボクサーが街で一般人に喧嘩を売られても、その一般人を殴ればそいつが凶器でも持っていたわけでもない限り過剰防衛で罰せられる。 


 それは、プロボクサーのこぶしが一般人にとっては凶器となりうるものだからである。この過剰防衛は、魔術師もプロボクサー同様、いやそれ以上に厳しく適用される。


 恐らく、俺が仮に河井を殺せば、河井が先に暴力をふるっていた事実や俺が未成年であるということを加味しても、無期刑は確実だ。河井は自分が殺されないため、なおかつちょっとでも反撃したら警察にチクるぞと俺を脅すために証拠としてビデオを撮っていたのだ。


「大丈夫ですか?遼くん」


 校門前で嫌な記憶を思い出してため息をつく俺を心配したのか、ゆりねが優しく声を掛けてきた。


 思えば、俺もゆりねには随分と心配をかけてきたなあと思う。


 校門でのあの出来事でさすがに我慢できなくなった俺は、ゆりねにそのことを全部打ち明けた。本来なら、こういうことは親に相談すべきだろう。だが、俺の両親(俺にとっては義理のだけど)は関西でいくつもの会社を経営しており多忙で、なかなか東京で暮らしている俺たちのことに構っている暇はなかったのだ。そのため、俺にはゆりねしか相談相手がいなかった。


 事の顛末を聞いたゆりねは、普段のほんわかした性格からは想像もできないほど激昂し、俺を連れて学校へと乗り込んでいった。制止する教職員を振り切り、校長室まで直談判に行き、年齢にして4,5倍も長く生きている校長相手に一歩も引かず何時間にもわたり抗議し続けたゆりね。その、気迫は俺を密室で怒鳴りつける際の河井の気迫など足元にも及ばないほど凄かった。


 だが、そんなゆりねの抗議に校長はただ、「中学生のお姉さんじゃ話にならない。この学校の教育になにかご不満があるのでしたら、ご両親を通じて抗議なさってください。それでしたら、私も話を聞きますから」と、年齢を言い訳にして突き放すだけだった。


 時がたった今からすれば、このことは俺の嫌な思い出ノートの一ページとしてなんとか扱えるぐらいにはなっている。だが、この出来事が俺の教師への不信感を決定づけたといって過言ではないだろう。それに、校長への抗議に失敗した後の、ゆりねの悔しそうな泣き顔は今でも胸が痛む。


「学校、やっぱり嫌ですか?」


「いや別に....」


 本心で言えば、やっぱり嫌だ。だが、せっかく俺を学校に通わせようと努力するゆりねの気持ちを傷付けないために俺はそう嘘をついた。


「大丈夫ですよ、遼くん。遼くんは私と違って魔術が大得意ですし、きっとみんなから尊敬されるクラスの人気者になれますよ」


 ゆりねはそう言って俺の魔術の才を褒めてくれるが、現実はそう甘くない。日本では、勉強ができるけど、運動音痴でコミュニケーション能力の低い人間はクラスの人気者になれず、社会に出ても正当に実力を評価されず低く見られる傾向がある。一方で、頭の悪い人間でも、スポーツ万能だったりコミュニケーション能力が高い、というだけのことで過大評価される。それが腐った日本社会の現状なのである。


 これは、恐らくこの魔術学院でも同じことだろう。この魔術学院では、魔術が一般の学校の勉強に相当する。だから、魔術ができたところで何になる。そりゃあ、もし俺に優れたコミュニケーション能力があれば、魔術もできる、人付き合いもいい、理想的なクラスのハイスペック優等生として人気者になれただろう。


 だが、俺には圧倒的な魔術の才があろうとも、残念ながらコミュニケーション能力は最底辺だ。おそらく、この学院での扱いも、一般校におけるがり勉陰キャぐらいの扱いになるだろう。そうなってくると、この魔術の才は、ともすれば周囲から無用な嫉妬を買う足かせでしかない。


 才能のない人間は、才能のある人間に嫉妬し叩き潰そうとする。これは日本社会に顕著にみられる悪しき傾向だ。しかもだ、こういう時に真っ先に叩き潰されるのは、何でもこなせる万能人間ではなく、俺みたいな一部の分野では圧倒的な才能を持ちながらも、明白に平均より劣っている部分を持つ人間である。凡人は、万能型の秀才には叩ける部分を見いだせない一方で、天才の些細な欠点を過剰に取り上げて叩くのだ。


「それに、私と遼くんは同じクラスです。学校では、常にお姉ちゃんが一緒にいますから安心してください!」


 俺の暗い思考を遮るようにゆりねが以外な事実を伝える。えっ、同じクラスだったのか!もしかして、学校からのメールとかでクラス発表があったのか?その辺、ハナから学院に通うつもりもなかった俺は、全く確認していなかった。


 だが、これで少し安心した。もしも、もしもだ、万に一つもないだろうが、俺の気が変わってこれからも継続的に学院に通い続けることになっても、少なくとも1年のうちはクラスにゆりねという絶対に俺を裏切らない味方がいる。その事実がわかっただけで、少しだけ気持ちが晴れた。


「じゃあ、入りましょか!」


 そう言って、ゆりねはIDカードのようなものを財布から取り出し、閉まっている門の傍の門柱にあるパネルにそれをかざす。


 すると、門がガラガラという音を立てて開く。


 どうやら、この学院は遅刻しても、教員を呼び出して開けさせるといった面倒なことをしなくても、カードをかざせば自動で開く仕組みになっているらしい。これは、正直いいなと思った。このシステムなら遅刻のたびに嫌な思いをしなくて済む。


「早く、早く!お昼休み終わっちゃいますよ?」


 せかすゆりねに手を引かれるような形で、俺は学院に足を踏み入れ、教室に向かっていったのだった。



















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