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第1話 「新生活は突然に」

 コンコンコンと扉を叩く音がする。

りょうくん、朝ですよー」


 扉の外から、甘い女性の声が聞こえる。その声で目を覚ました俺は、もはや習慣になっているかのような慣れた口調で扉の外へ声を返した。


「もうちょっとしたら起きるから。先に朝飯食べといてくれ」


 いつもなら、「はーい、朝ごはんが冷めない内に早く起きてくださいねー」みたいなセリフが返ってくるところだったが、なぜか今日は違った。


「だめです、遼くん。はやく起きないと遅刻しますよ」


 遅刻という、俺にはしばらく縁がなかった言葉が耳に入ってきた。

 俺、ことひいらぎ 遼河りょうがは引きこもり歴2年弱の中堅(いや、20年、30年と引きこもっている大先輩方にしてみればまだまだひよっこだろうが)ヒキニートである。一応、学校には籍は置いてあるが、2年くらい前から一切行っていない。普段はのんべんだらりとゲームをしたりネットを見たりして一日中過ごしている。

 そんな、何物にも縛られない自由の権化たる俺に、遅刻という不可解な二文字が転がり込んできたのだ。

 何事かと思った俺は扉の外に聞き返してみた。


「遅刻って何に遅刻するんだよ。言っとくけど、絶対に中学なんかにはいかないぞ」


「何をとぼけているのです。今日からあなたは高校生なんですよ!」


 コウコウセイ、という単語に戸惑う俺。何それ、南米アマゾンの希少な鳥かなんかの名前かな?

どうやら、寝ぼけていまいち働かない俺の頭には、遅刻やコウコウセイなんて言葉は難しすぎたようだ。


「俺、鳥にでもなっちゃたのかな?」


「とぼけないでください、遼くん。とりあえず、部屋の中に入らせてもらいます!」


 寝起きのぼけた頭で必死にひねり出した渾身のボケはあえなく怒気をはらんだ女性の声に突っぱねられてしまった。


ガチャガチャガチャ


 開かない扉のドアノブを必死に必死に回す音がする。


「遼くん、鍵を開けてくださいー。開けないと強硬手段で入りますよ!」


 扉の外から鍵を開けるようにせがまれる。だが、俺はそれを無視する。


 強硬手段?鍵を壊したりあるいはピッキングでもするのかな?でも残念。俺の部屋の扉の鍵はただの鍵じゃあございませーん。魔術で練られた特別製の鍵でございます。これを解除するには、少なくとも鍵の制作者以上の魔術の技量が必要でーす。でもこの鍵は世界最高天才魔術師の俺が作ったものなのでございまぁーーす。即ち、この世にこの鍵を開けれるものは、そう、柊 遼河様たった一人なのです。


 そんな、煽り文句を心の中で叫んでいた俺だったが、人を馬鹿にしたばちが当たったのだろうか、予想外の事態が起きた。


「インフェルノ!」


 扉の外から術式を唱える声が聞こえたと同時に木製の扉が激しく燃え上がったのだ。


「ほげええええ」


 思わずそんなおかしな声を出してしまった。

 汎用魔術インフェルノ、火属性の魔術で、半径約5メートル以内にある対象物を発火させることができる。当然、木造家屋での使用は非常に危険である。


 そんな魔術を扉の外の人間は使ってきたのだ。


 やばい、と思った俺は火災を防ぐべく、水属性の魔術、ジェットウォーターを無詠唱で放ち消火する。

だが、消火の甲斐も虚しく、木製の扉は真っ黒に焦げ落ち、崩壊してしまった。


「ひどいです、遼くん。おねえちゃんを入れてくれないなんて!」


 そう言って、扉の残骸を潜り抜けて部屋に入ってきたのは、ネグリジェを着た黒髪巨乳の美少女、というか俺の姉(義理だけど)の柊 ゆりねである。


「そっちこそひどいでしょ。ひとの部屋の扉を燃やしてさ。賃貸なんだよここ。修繕費いくら取られると思ってるんだよ」


 最も、持ち家でも火事が怖いので家の扉は燃やさないで頂きたい。


「そんなことよりも、遼くん。早く朝ごはんを食べて、制服に着替えてください。一緒に学校に行きますよ」


 俺がいなければ危うく大火災になりかねない行為をそんなことと棚に上げて会話を進めるゆりね。


「学校って、俺はあんな中学なんて絶対行かないって姉さんも知ってるだろ」


「何を言ってるんです!もう、中学は卒業したんですよ!今日から私と遼くんは高校生なんですから」


 へっ?高校生?もうそんな時期か。というか、俺中学卒業になってたんだ。あまりにも、時間感覚に乏しいニート生活を送ってきたものだから気づかなかったわ。というか、いつの間に高校に入っていた?


 混乱する俺は、少し頭の中の記憶を整理してみる。


 まず、高校は中学までと違って義務教育ではない。即ち、何もしなくても自動的に入学できる公立の小、中学校と違って、ペーパーテストやら面接やらなんやらの試験、お受験をクリアしなければいけないのである。あれっ、俺受験なんてしたっけな?


 俺は脳をフル回転させて記憶を探る。


 受験、受験、受験。うーん、そもそも願書すら書いたことないぞ俺。試験は受けたっけ?あっ、そういえば先月、一個だけ試験受けたぞ、俺。


 それは先月のことだった。

 我が家(といっても俺と姉の二人暮らしだが)では、基本的に姉のゆりねが親から送られてくる仕送りの金の管理をしている。そのため、俺は金が必要になったらゆりねに頼んでお小遣いをもらっている。

基本的に、ゆりねはよっぽどの大金でなければ結構気前よく小遣いをくれるのだが、先月のある日、小遣いを無心しに行った際は違った。

 小遣いをあげるのはいいけど、その前に一つ仕事を引き受けて欲しいと頼まれたのだ。基本的に労働は大嫌い、無産市民万歳、ニート万歳な俺だったが、普段気前よく小遣いをくれるゆりねの頼みとあっては無下に断るのも悪いし、一つだけならと仕事を引き受けることにしたのだ。

なんでも、その仕事というのが、友達の替え玉受験ということで、俺は東京国立魔術学院高校まで受験に行ったのだ。

 試験は魔術に関する問題で、天才魔術師 柊 遼河様にとっては余裕しゃくしゃくな試験であり、筆記実技ともに、採点官を魂の底から唸らせる、100年に1度の出来、いや人類史上初の出来の答案であったといって過言ではない。


 首席合格を確信した俺は、替え玉の相手にはいい仕事をしてやったと自己満足に浸りながら、自宅へと帰宅し、お小遣い、いや仕事の報酬をGETしたのだ。


 と、ここまではいい。だが、勘のいい俺は気づいてしまった。


「あのー、もしかして、先月受けた試験、もしかして替え玉じゃなくて、ガチの俺の試験でしたか???」


 疑問をゆりねにぶつけてみる。すると、ゆりねは少しため息をつきながら答えた。


「ええ、替え玉は嘘です。あの試験は、正式な遼くんの東京国立魔術学院高校への入学試験です。そして、遼くんは見事、試験に合格なされました!」


 ぱんかぱぱーん、という祝福の効果音を口で唱えながら、その豊かな胸の谷間から『合格』の二文字が書かれた合格証書を取り出し、笑顔で俺に見せつける友梨音。


 なんで、そんなもんおっぱいに挟んでるんだよというツッコミは置いておいて、俺は目を皿にしてその賞状を見る。見る。見る。


 何度も見たが、その賞状に書かれた、『貴殿を本学、東京国立魔術学院高校への入学を認めここに記す』という文字と『柊 遼河殿』の文字は変わらなかった。


「俺、ほんとに高校受かっちゃったんだすか?」


 困惑のあまり語尾が狂ってしまう。


「そう、なんだす~。入学金と授業料はもう納めましたからね。今日から、遼くんは私と一緒に高校生になるんだす~」


 おちょくらないでよゆりねさん。というか、なんで勝手にそんなことを。高校行くなんて俺は一言も言ってないのに。


「なんで、勝手にそんなこと進めてたんだよ。言っとくけど、俺はどんな高校だろうと行く気はないからな」


 というかもう学校なんて組織とは死ぬまで関わりたくないね。そんな思いを込めて俺は異議を唱えた。


だが、


「そんなことはどうでもいいんだす~。それより、制服着てみて下さい。一緒に、入学式で制服ツーショットのお写真撮りましょう、遼くん」


ゆりねさんは聞く耳持たずといったご様子である。てゆうか、もうだすはやめてよ。ぱっちりとしたお目目をキラキラと輝かせ、物凄く幸せそうな感じで俺を見つめてくる。


「いやだから、高校行かないって....」


「制服ツーショット撮りましょう!!!」


 会話が成り立たない。

 長年の経験から、こうなってしまっては手に負えないと俺は感じてしまった。天才魔術師にもできないことはあるのだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。


「はあ....」


 俺は、深く深く深く、恐らく人生で一番深いため息をつき、話始める。


「わかったよ、ゆりねえ。でも、入学式で写真撮るだけだからな。そっから後はほっといてくれよ。」


 あくまでも、高校には通わないというスタンスを示しつつも、少しゆりねに譲歩してみる。


 だが、俺のそんな真意を見抜いているのか、あるいは見抜いていないのかはわからないが、ゆりねは大喜びで、


「わーい、遼くんとツーショット」


 などと子供のようにはしゃいでいる。


「通うか、通わないかは俺が決めるからな」


 心配だったので、重要事項だけ念押ししてみる。


 だが、

「大丈夫です、遼くん。あの学校の人はみんないい人ばっかりですし、それに遼くんをいじめるような悪い人はお姉ちゃんがやっつけます!お姉ちゃんに任せなさい!!」


 返ってきたのは無駄に明るくて頼もしいそんな返事だけだった。


 なにはともあれ、こうして俺は、経緯は無茶苦茶ながらも無事高校生になったのである。


























お読みいただきありがとうございました。

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