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[1]とあるスラム街の貧乏少年の証言

 僕の名はアルム。

 上には姉ちゃんがいて、下には妹と弟がいる4兄弟。

 だけど、血は繋がってない。

 みんな親に捨てられていて、この無法地帯のようなスラム街で身を寄せながら協力して生活してたんだ。


 これから話す事は、僕にとっては救世主でありみんなにとっての悪夢・・・・・・。

 そんな話なんだ。


「やめて!はなして!!」

「やめろーー!姉ちゃんをどうする気だ!!」

「うるせーガキだな!この娘は俺が貰ってやるんだよ感謝しやがれ!!」


 僕は必死だった。

 姉ちゃんは僕より6つ年上で16になる頼れる姉だ。

 いや、ごめんなさい。頼れる姉じゃなくて、頼り切っていた姉だ。

 弟も妹も僕も姉ちゃんを頼りながら生活してたんだ。


 今にして思えば、僕はなんて頼りない奴なんだろうと思う。

 せめて、妹と弟に頼られるくらいになって、姉ちゃんの負担を軽くするくらいの男であるべきだったんだと反省してる・・・・・・。


「だれが感謝なんかするか!このハゲっ!!姉ちゃんを返せーーー!!」

「さすがにしつこいな。お前らこのガキを始末しろ!!」


 僕達の姉ちゃんの顔が気に入ったからと言って、連れて行こうとしているこのハゲは近くに住む貴族様らしい。

 正直僕らが住むようなスラム街に近いとこに住んでる貴族なんて、たいした貴族じゃないと思う。

 けど、貴族は貴族。

 護衛も連れてるし、権力も持っていてここいらじゃ好き放題だった。


 黒服の男二人が僕に向かってナイフを向けた。


「や、やめて!!わ、私はもういいからアルムだけでも逃げるの!!」

「で、でも!!」

「アルムより幼い妹や弟があなたの帰りを待っているのよ!!死ぬのだけはダメ!お願い!!」

「はっ!そういう事だから諦めなガキっ!」

「ぐはっ!!」


 僕は黒服の男達じゃなく、このハゲにお腹を蹴られて痛みで地面の上で丸くなっていた。


「もういい、お前ら行くぞ」


 僕は情けなかった。

 姉ちゃんが強引に腕を引っ張られて行くのを地面に頬をこすりつけながら目で追うことしかできなかったんだ・・・・・・。


「にーちゃん!にーちゃん!!」

「おにーちゃん!おにーちゃん!」


 僕は気を失ってたみたいで、次に気がついたのは夕方で妹と弟が体を揺すってくれていた時だった。


「こ、ここは・・・・・・」

「おぼえてないの?」

「おにーちゃんとおねーちゃんがごはんをかいに――」


 意識がはっきりしてなかった僕だけど、妹のねーちゃんという言葉に全身を叩き起こされた。


「そうだ!姉ちゃんを助けないと!!」

「ねーちゃんどうしたの?ぼくおおなかへった・・・・・・」


 グーーっと弟のお腹から音が鳴った。


「ねー。おねーちゃんもよんでごはんにしよ?」


 妹のお腹からも音が鳴った。

 正直ご飯どころじゃない。そのはずだったけど、弟や妹のお腹を減らす音につられるように僕のお腹も鳴いてしまった。


「にーちゃん・・・・・・?」

「ねーねー。おにーちゃんどうしたの?」


 僕は涙を流しながら泣いてしまっていたんだ。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 僕は兄失格だ・・・・・・。

 年上として妹や弟を安心させてやるべきだったのに、泣いてしまってたんだから。

 妹も弟もそんな僕を見て、どうしたらいいか分からず一緒に泣いてしまっていたんだ。

 僕ら兄弟は3人で抱き合いながら泣いてた。日が落ち夜になるまで・・・・・・。


「ご、ごめんな。僕がしっかりしないといけないのに・・・・・・」

「わたしもごめんなさい。おにーちゃんとおねーちゃんのたすけできなくて・・・・・・」

「ぼ、ぼくも・・・・・・」

「そんな事ない!お前達がいてくれるから、僕はしっかりしなきゃって思えるんだ。それにお前達はまだ5歳と4歳だろ。もう少し大きくなってからでいいんだ」


 ぐーぐー。


 再度、妹と弟のお腹が空腹なのを僕に教えてくれた。


「まず、何か食べないとな。少しここでまってられるか?」


「「うん!」」


 僕は走った。困った時の最後の砦の店へ。


「おお、アルム!久しぶりじゃないか!」

「ごめんなさい!おじさん!」

「謝らんでいい。いつものだろ?今用意してやる」


 このおじさんはパン屋を経営してる人だ。

 僕は稼ぎこそ雀の涙だが、一応働いていたんだ。

 町のゴミを集める仕事をね。臭いし汚いし貰えるお金も少ないから誰もやりたがらない。

 僕はそれを手伝って僅かなお金を貰ってた。そんな時だ、僕はゴミの中から食べれそうなパンを見つけて食べてた。カッサカサで匂いもよくは無かった。でも、お腹は膨れたし体長を崩す事もなかったから・・・・・・。

 でも、このおじさんに見つかって盛大に怒られた。


 『そんなカビが生える直前のを食うんじゃない!!そんなにお腹が減ったならまだマシな売れ残りをくれてやる!』


 これが切っ掛けで、僕は売れ残りの硬くなったパンを貰っていたんだ。

 でも、頻繁に貰いに行くのは悪い気がして、ほんとに困った時にだけ頼ってた。


「ほらよ。こっちはサービスでまだ硬くはないやつな」

「あ、ありがとうおじさん・・・・・・」

「元気がないようだがどうした?」


 僕は藁にもすがるそんな思いで姉ちゃんの話をしたんだ。

 でも、こんな話をしてもおじさんを困らせるだけだと言ってから気がついた。


「そ、それは本当か?」

「うん・・・・・・」

「すまんが私では力になれそうにない。町長に掛け合って町民の総意として抗議して貰うのが精々・・・・・・。しかも、それでも白を切られておわるだろう。すまん」

「ぼ、僕もごめんなさい!変な事を言ってしまって・・・・・・」

「何が変だと言うのだ!大事な姉の話だろう!!相手は貴族。私に出来ることは残念だがあまりない。それでも希望は捨てるな!変などと言うもんじゃない!」

「・・・・・・ありがとう。おじさん」

「一応、町長には掛け合っておく。気をしっかり持つんだ」


 僕は弱気になっていた。僕は大事な姉ちゃんを心のどこかで諦めそうになっていた。

 そこに喝を入れてくれたおじさんに僕は感謝した。


 僕は妹と弟の元に戻り、寝泊りしていた僕達の住処に帰った。

 僕達の住処は主のいない廃屋。長年すむ者がなく荒れていった家だ。

 治安が悪い事も要因だと思う。そして僕等のような親のいない子供の住処になっている事、それもさらなる要因となってこの手の家が増えているらしい。


「ほら、いただきますして食べな」

「「いただきますー!」」


 元気のいい妹と弟の食べる姿を見て僕は元気を分けてもらっていた。けど、それは姉ちゃんの話を僕がまだしてなかったからなんだ・・・・・・。

 僕は言い出すのが怖くてせめて食事が終わるまでは、と思って黙っていた。

 先程まで妹や弟の笑顔から元気を貰っていた僕だが、食事が終わりそうになるとその笑顔を見るのが一変して怖く感じたのを覚えている。


「「ごちそうさまー!」」

「ん?まだ、パンが残っているけど食べないのか?しかもこれまだやわらかいやつじゃないか」

「おねーちゃんにたべてもらうのー!」

「うん!ぼくもねーちゃんにあげる!」


 妹や弟の優しさが辛かった。言い出せなかった僕も悪いかもしれない。

 僕は言葉ではなく行動で教える事にしたんだ。まるで妹や弟から受けた辛さを仕返しでもしてやるかのように・・・・・・。


「えっ!だ、だめだよ!」

「ど、どうしたのにーちゃん!」


 僕は姉ちゃんにと妹と弟が残した2つのパンをそれぞれ3等分に千切ったんだ。


「これはお前達のだ。食べるんだ・・・・・・」

「いやっ!おねーちゃんにあげるの!」

「ぼくもっ!」


 妹や弟が嫌がった。貴族に攫われてしまった姉ちゃんにあげるんだと・・・・・・。

 僕は無言で3等分のうちの自分の分を容赦なく口に運んだ。

 姉ちゃんは戻ってこれないんだと伝えるために。


「なんでたべるの!おにーちゃん!」

「ねーちゃんがおなかすかせちゃうよ!!」


 それでも妹や弟は察してはくれなかった。

 姉ちゃんに頼りきっていた妹や弟にとって、姉ちゃんはいて当然の存在でどうしようもなく家族だったんだ。

 また帰って来てくれる筈、それが壊れる事が考えられないんだ。

 僕はついに言葉で伝える事にした。


 とても、とても苦しい。ちゃんと言葉に出来るか不安になる程だ。


「姉ちゃんは、帰ってこない・・・・・・。た、たべ、るんだ!」

「どうしてかえってこないの?あした?あしたならかえってくる?」

「ならあしたまで、ぼくはまつ!」


 妹や弟は分かってくれない。姉ちゃんは戻ってくると信じきっていた。


「姉ちゃんは悪いやつに攫われたんだ!だから、帰ってこれないんだ!!」

「か、かえってくるもん!!」

「だから!来れないんだよ!!」

「そんなのいやだーー!」

「無理なものは無理なんだよ!!」


 平行線だった。もういくら言っても無駄なんだろうと僕は思った。

 けど、どれだけ否定しようと帰ってこないという事実が、明日や明後日・・・・・・、毎日情け容赦無く届くだろう。


「くるよ!わるいやつはゆうしゃってひとがたおしてくれるんだ!」

「そんな都合よく勇者が現れて助けてくれるわけないだろ!!」

「くれるよ!だってゆうしゃだもん!!」


 涙目になりながら必死にあって無いような希望にすがる、そんな弟を見て僕は苛立ってしまってた。

 そんな都合よく行く訳が無い。そんな世界なら僕等は親に捨てられる事だって無かった筈だ。甘くない、苦労を重ねながらなんとか生活する日々。

 僕にはそんな希望を持つ心の余裕すらなかったんだ。


「な、なんでかえってこないっていうの?おにーちゃんはおねーちゃんにかえってきてほしくないの?」

「そ、それは・・・・・・」


 妹の言葉が僕の心をグサリと刺さった。

 僕だって帰ってきてほしい!けど、どうしても現実を見てしまうんだよ!!


「僕だって帰ってきてほしいさ・・・・・・」

「おにーちゃん・・・・・・」

「でも無理だ!そんな都合よく勇者が現れて助けてくれる筈がないんだよ!!!!」

「にーちゃん・・・・・・」


 平行線だと思ってたが、ついに妹と弟は少しは理解してくれたようだった。

 僕が妹や弟の希望をへし折る形で・・・・・・。


 妹と弟の目から涙が溢れそうになっている。それを見て僕はこれで良かったのか?ついそんな事を考えてしまっていた。


 そんな時だった。あいつが現れたのは・・・・・・。


「今勇者って言ってませんでした?」


 妹と弟の背後から姿を現したのは、パッと見は僕と変わらない子供だったんだ。


「「ぎゃーーー!おばけーーー!!!」」

「いやいや、僕はお化けじゃないし」

「お、お前は誰だ!ここは俺達の家だぞ!」


 妹と弟は僕の服にしがみついた。


「そんな怯えなくても大丈夫だよ。危害を加えるつもりは無いから。ちょっと手を貸してほしいのと、勇者について聞かせてほしいだけだよ」

「そんな事言って僕達から何か奪う気なんだろ!そうはいかない!!」


 僕は咄嗟に食べ物を切り分けるのに使っていたナイフを掴み構えた。

 姉ちゃんが悪いやつに攫われ、妹や弟の希望をへし折った事で自分でも気付かないほど僕は気が立っていたんだ。


「見るからに素人だね。小さい子もいるようだし手荒な事は気が引けるが、力技でいこうかな・・・・・・」

「妹や弟に何かしたらただじゃおかないぞ!!」

「安心してよ」

「何をだ!!」


 次の瞬間目の前のやつの姿が消えて僕の後ろから声がしたんだ。


「あはっ。すぐ終わるから」


 背筋が凍る思いだった。

 僕はすぐに後ろに向かってナイフを向けようとしたけど、間に合わなくてナイフを持った腕を掴まれ前のめりに押し倒されてしまったんだ。


「さて、手早く終わらせるか」

「くっ、くそぅっ!!!」


 僕は背中を足で踏まれ腕を掴まれ動けなかった。そして頼みの綱だったナイフも奪われた。


「にーちゃんをはなせーー!」

「おにーちゃんをはなしてー!」


 そんな僕を助けようとして、妹や弟が小さい手をグーにして相手にポカポカと殴りかかった。

 僕はゾッとした。体も小さく力も弱い妹や弟がナイフを持った相手に向かって行ったんだ。

 もし、刺されでもしたらひとたまりも無い。それを考えたら僕は怖くて仕方なかったんだ。


「バカな事はやめろ!お前ら逃げるんだーー!!」

「やだーー!」

「おにーちゃんをたすけるのー!」


 妹も弟ももう涙目だった。勝てないことは分かってたんだろう。

 それでも僕を助けようとしてくれてて、僕は嬉しい気持ちともし刺されでもしたらという恐怖で心がぐちゃぐちゃだった。

 そして、姉ちゃんの気持ちが少し分かった。


「俺はどうなってもいい!!だから妹や弟は見逃してくれ!!!!」

「あー、いや。ほんとに酷い事する気はないからね?一応・・・・・・」


 首と目を精一杯動かして僕を押さえつけてるやつを見たら、やつは困ったような顔をしていた。

 そして、用は済んだとばかりに僕は解放された。


「わ、悪かった。ほんとに手を貸して欲しかっただけだったんだな」

「ま、驚かせた僕も悪かったとは思うからいいけどね。はい、君達も確認終わりっと」


 そいつは、妹や弟に銀の指輪を親指に嵌めて外した。


「なぁ、それ意味あるのか?」

「あるよ。これである人を探してるんだよ。で、その人が付けると黄金に輝くらしくてさ、その人を探すのが僕の仕事なんだ」

「へぇ・・・・・・」

「それで、さっき勇者の話をしてたよね?ぜひ聞かせてくれないかな?ぜひ!」

「あ、ああ・・・・・・」


 悪いやつではなさそうだったが、正直変なやつだと思った。


「ふむふむ。つまりだ、その君達の姉を攫った悪いやつがいて、勇者がいればきっと助けてくれるだろう。そういう事かな?」

「うん!ゆうしゃだったらぜったいたすけてくれるもん!」

「わたしもおねーちゃんをたすけてくれるってしんじる!」

「さっきも言ったが無理なもんは――」

「よし!とりあえずそこに行ってみよう!!」

「は・・・・・・?」


 その変なやつはいきなり、その悪い貴族の所へ行こうと言い出した。

 見たところ僕と変わらない子供だ。そんなやつが悪い貴族のところへ行って何をしようというんだか・・・・・・。

 馬鹿じゃないのかと思ったんだ。


 あの屋敷に乗り込むまでは・・・・・・。


「へぇー。ここがその屋敷か。それなりに数がいそうだなぁ。でもなんとかなるかな」

「なんとかってお前なぁ・・・・・・。相手は貴族だぞ?下手に手を出したら後でどんな事になるか・・・・・・」

「ねぇ、貴族って王様より偉いのかな?」

「そりゃ王様のほうが偉いと思うけど・・・・・・」

「だよねー。なら大丈夫だよ」


 僕はこの変なやつの言ってる事が理解できなかったんだ。

 無事に乗り込んで帰ったとしても、後でどんな報復を受けるか分からないじゃないか。

 それを大丈夫って言ったんだ。絶対おかしいだろ・・・・・・。


「ねー。勇者ってどんな人だと思う?」

「なにをのんきな――」

「うんとー!すんーごくつよいひと!」

「とってもね。やさしいひとならいいなとおもう!」

「そうだね。僕もそう思うよ」


 そしてなぜか妹や弟が付いてきていた。


「お前らはもう帰れって言っただろうが!」

「だってゆうしゃにあいにいくんでしょ?ぼくあいたいー!」

「わたしもー!」

「ああ!もうお前らなぁ――」

「おい!そこのガキども何をしている!!」

「げっ!!」


 屋敷を警備していたと思われる黒服の強そうな男に気付かれてしまった。

 今にして思えば大声出してた僕もどうかしていたと思うが・・・・・・。


「いやー、僕達はちょっと道に迷って――」

「勇者を探しにこの屋敷に入ろうと思って来たんだ」

「おいぃーーーー!!なに素直に話してんだよ!!こっそり侵入するんだろ!」

「きみこそ何を言ってるの?警備をしてる人の中に勇者がいるかもしれないんだし全員確かめなきゃでしょ?つまり正面突破一択さ!!」


 もうコイツ!!馬鹿だろ!!絶対馬鹿だ!!


「何が屋敷に入ろうだ!入れさせる訳ないだろう!!痛い目見せてやる!!!!」


 黒服の男が拳を振り上げ例の変なやつを殴ろうとしたんだ。

 その時だ変なやつの姿が一瞬消えて空ぶった黒服の拳を再度現れた変なやつが掴んでそのままぶん回して地面に叩きつけてた。


「がはっ!!」

「相手の勢いを利用する技ってほんと便利だよねー。前の世界で習っておいて正解だったよ」

「な、なにを訳のわからねー事を・・・・・・おっ!!」


 その変なやつは倒れた黒服の鳩尾に、トドメとばかりに勢いよく殴りつけ黒服の男を黙らせてしまったんだ。

 僕は目の前で起こった事が信じられず、呆けてしまってた。


「んー。この人も違うかー。ま、予想はできてたけど。でも一応確かめないとだしなー」

「わー!!すごいすごい!!」

「ねー!いまのどうやったの!こうぐるんってなってた!!」

「柔術っていう格闘技の一種だねー。相手の力や姿勢なんかを利用するんだ」


 妹と弟には好評だったようだ。

 僕はその妹と弟の反応を見て我に返ったんだ。


「お、おまえスゴイ奴だったんだな。けど、下っ端に手を出したんだし、もう後戻りできないような・・・・・・」

「しないから大丈夫」


 そう言ってスタスタ歩くそいつの考えが僕には理解できなかった。

 けど、そいつがなんとかしてしまいそうな予感がその時したんだ。


「あー!聞こえますかー!!これからこの屋敷に入らせてもらいますねーー!!!!」

「ちょ!!おまえ何やって――」

「だって、ちまちま相手にするの面倒だったからねー。きみ達はこっち来ないでね?危ないから」

「なんか知らねぇガキが敷地内に入りこんでんぞ!!とっ捕まえろ!!!」


 わらわらと、似たり寄ったりの黒服が出てきた。

 まるで蟻の巣をつついた時のようだった。


「「おおぉぉーーー!!!!」」


 しかし、その黒服の雄たけびは大きく思わず僕の足は震えてしまっていたんだ。

 でもそんな中でも平然としていた変なやつは、不適に笑ってたように僕には見えた。

 そして・・・・・・。


「あー、どいつもこいつもハズレだなー。ま、これも予想はしてたけどさ」


 30人はいたと思う。その黒服達を一人で倒してしまってたんだ。

 そして、例のごとくあの指輪を一人一人嵌めたりしてた。


「こ、こいつが居てくれれば、姉ちゃんを助けられるかもしれない・・・・・・」


 自分でも不思議だけど、僕はあれだけ否定していた希望を抱いてしまっていたんだ。


「本当についてくる気なの?正直危ないと思うけど」

「僕だって怖いけど、姉ちゃんを助けたいんだよ!」

「ぼくもー!」

「わたしもー!」

「はぁ・・・・・・。一応注意はするけど、君達を無事に護りきる保障はしないからね?」

「あ、ああ!」


 僕達はついに屋敷に入り込んだんだ。


「おりゃ!そりゃ!!ちっ、思った以上にすばしっこいな」

「んー。流石に素人ばかりってわけもないかー・・・・・・。面倒だなー」


 屋敷の中には外に出てきたやつよりも、強そうなのが居たみたいで相手のナイフを避けるので精一杯なようだった。


「ここだ!死ねーーー!!」


 変なやつがナイフをジャンプで避けた所を、ナイフ男が隠し持っていたナイフを反対の手で素早く取り出し切り裂きにかかった。

 景色がスローモーションに見えた。空中じゃ避けようはない。


 僕はここまでかと、そう思ったんだ。


 だが違った。スローで見えた景色の中、ナイフがあの変なやつに吸い込まれたと思った瞬間に変なやつは消えてスローだった景色が終わる。


「ぐはぁぁぁっ!!!!」


 僕には何が起こったかわからない。

 スローだった景色が終わると、ナイフを持った男の後ろに現れた変なやつがナイフを振り回してた腕を掴みナイフ男の後ろ側に投げ飛ばしていた。


「あーこの人指太すぎ。小指でも入らないや・・・・・・」


 ナイフ男は壁に派手に頭を打ちつけ気絶していて、変なやつは相手の手を持ち上げ指輪を付けようとしていた。


「な、なぁ。入らないときってどうするんだ?」

「ああ。簡単だよこうするんだ」


 変なやつはナイフを拾い・・・・・・、そ、そのナイフ男の小指の肉を先のほうだけ・・・・・・。き、切り落としたんだ。

 そして、変なやつがその指に指輪を嵌めると、量は多くないが指輪の隙間から血が飛び散った・・・・・・。


「この人は悪人みたいだねぇ。魔獣や魔族じゃないのにダメージが発生してる。でも流石に人相手だとダメージ量は低いみたいだ」


「「ひっ!」」


 さすがに、妹も弟も怖くなったのか小さな悲鳴を上げていた。

 そして、他にも悲鳴を上げたやつがいた。物音に気付き出てきた他の黒服の連中だった。


「「ぎゃーーー!!逃げろーーーー!!!!」」


 惨状を目にして大声を出す黒服連中・・・・・・。色々恨んだりした僕だが、今回ばかりは黒服達に同情せざるおえなかった。


「あはっ。あはははははははははっ!!逃がさないよ!!」

「きゃぁーーーーーーーーーーー!!」

「ぎゃぁーーーーーーーーーーー!!」


 ついでにその光景を目にした妹や弟も叫び声を上げ、恐怖の追いかけっこが始まった。


 ほ、ほんとにどうなってんだ・・・・・・。

 僕は考えるのを止める以外にどうすればいいか分からなかった・・・・・・。


「あとはこの部屋だけだね」

「そ、そうだな・・・・・・」

「「・・・・・・」」


 屋敷の中でも一際立派な部屋の扉を残し他の部屋をすべて見て回った。

 僕的にはとっとと中に入って姉ちゃんを助けたかったが、変なやつは『ボス戦の前にいける所はすべて確認しておく物なんだ』と言って聞かなかった。『でないと、2度と手に入らない物があるかもしれない』とも言ってた。

 僕には正直意味が分からなかった。


「んじゃ、行こうか」

「お、おう!!」

「「・・・・・・」」


 妹と弟はさっきの恐怖の追いかけっこがトラウマなのか、変なやつが怖いみたいで僕の服を黙って掴んで離さなかった。

 そんな中最後の部屋の扉を開けると信じられない光景が広がっていたんだ。

 その時の僕の顔は恐らく生涯で一番わけのわからない顔をしていたと思う。


「こ、この豚っ!こ、これが、これがい、いいのかっ!」

「あふっ!あふっ!もっとだ!もっとハッキリ強気で鞭を振るわんか!!」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

「この馬鹿もんが!謝ってどうする!!そのきつめの目付きは飾りか!!」

「か、飾りなんです・・・・・・」

「ばかめ!今からでもなりきれ!!女王様を気取り豚を見るような目で私を鞭で打つのだ!!」


 僕は何も言葉が出なかった。

 見た物をそのまま説明するが、姉ちゃんがピッチリした黒いツルツルした光沢のある服に網タイツで左手に鞭を持ち、ヒール?とかいう踵が尖った靴を履いてあのハゲを踏みつけていた。

 あと、そのハゲは縄で亀甲縛り?とかいうので縛られていた。

 変なやつが教えてくれたんだが、ヒールとか亀甲縛りとかよく知ってるなと感心した。


「んー。あのハゲが悪者なんだよね?だとすると、悪者を叩いてるあの黒服さんが勇者さんなのかな?」

「絶対違います!」


 ちなみに僕達の姉ちゃんです!!とは、とても言えなかった・・・・・・。

 姉ちゃんは顔は整ってるしスタイルも悪くない。けど、目付きがきつめで姉ちゃん自身もそれがコンプレックスだった。中身は優しくて頼れる姉ちゃんなんだけど・・・・・・。


 こんな姿は正直見たくなかった・・・・・・。

 あと、あの姿の姉ちゃんが勇者とか今までの勇者さんに失礼だから謝ろう?な?


「うーん。ド○クエとかあんな感じの装備があったような気がするんだがなぁ」


 ド○クエってなんだよっ!!!!


「まぁ、いいや。確かめればいいだけだし。さて、謎プレイはその辺にしてそろそろこっちの話をしてもいいかなぁ?」


 変なやつは空気を読まずにテクテク歩き姉ちゃんとハゲに近づいて話しかけた。

 姉ちゃんは自分の醜態に気が付いてたんだろう。顔を真っ赤にして下を向いていた。


「なんだ!貴様らは!!ここは私の屋敷だぞ!!何勝手に入り込んでやがる!!!!」


 芋虫が何かわめいてるようにしか僕には見えなかった・・・・・・。

 なんというか、もう少しシリアスなのをお願いしたい。もうさっきから頭が考えるのを放棄しっぱなしなんだ。


「僕は勇者さんを探してる者です。貴族なんですよね?ご存知ないですか?」

「勇者を探すだぁ?知るわけないだろが!!」

「じゃぁ、勇者の剣が折れた事は?」

「ああ!それなら知ってるぞ!あの王と祭りに参加した子供が折ったんだろう?その子供を勇者探しに出したとか言ってたがどうせホラだホラ!!子供にそんな大役できるわけないだろうが!責任を子供に押し付ければ風当たりが弱くなる程度の嘘っぱちだあんなの」

「ああ、そういう事か。疑問だったんですよねー、剣が折れた事は知られてるのに勇者探しの件はランドリウスから離れれば離れるほど、認知されてないようなので」


 僕は剣が折れた話ですら初耳だったけども・・・・・・。でも、少しだけ変なやつの素性が分かった気がした。


「まぁ、いいか。とりあえずお手をお借りしますね」

「は、はい・・・・・・」


 姉ちゃんはとても恥ずかしそうに手を出していた。


「んじゃ、こっちのハゲも試しておきますか」

「誰がハゲでカッコイイだ!このクソたわけなガキが!!!!」


 カッコイイは誰も言ってないだろう・・・・・・。この芋虫が!!


「あぎゃぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」

「おおー。すごいダメージ出たなぁ。相当な悪者だったんだなぁ」


 そして、恥ずかしそうにして視線を泳がせていた姉ちゃんと目があった。


「ね、姉ちゃん・・・・・・」

「あ、アル・・・・・・!!ナ、ナンダカ弟ニヨクニテル人アルナ。助ケニ来タアルカ?」

「ね、姉ちゃん!?」

「ワタシ、姉チャンチガウネー!」


 いや、どう見ても姉ちゃんだろう!!その格好以外!!


「どうやらあの姿を見られたくなくて、別人を装いたいようだなぁ」


 ああ、そういうことか・・・・・・。

 つーか!知らない振りをしたいのはむしろこっちだけどな!!!!


「ね、ねーちゃん?」

「お、おねーちゃんだよね?」

「ど、どうして妹やおと、ット!!ワ、ワタシ姉チャンチガウ!!デモ、トテーモウレシイアルネ!!」


 妹と弟があの姉ちゃんと抱き合っていた。

 もうバレバレだからそのカタコトやめてくれ!!


「これが感動の再会ってやつだよねー」


 うーん。感動か?これ感動の再会っていえるか?どう思うよこれ読んだ人達!!

 もう頭こんがらなんだが・・・・・・。

 そんな時だドンッ!という音と共に予期せぬ来客が現れた。


「おお!!アルム無事だったか!!」

「しかし、いったいこの惨状は・・・・・・」

「お、おじさん!それに町長さん!!」


 どうやら、おじさんが緊急事態だと言って急いで町長さんに掛け合ってくれたらしい。

 ただ、タイミングは最悪だったけど・・・・・・。


「きゃーーーー!!!!」

「お、おねーちゃん?」

「ねーちゃん?」


 姉ちゃんは叫び声をあげて、おじさんと町長に見られないように妹と弟の影に隠れた。


「もしかして、この人達が勇者なのかな?かな?あはははははははははははっ!!」

「それ勇者違うから!!」


 そして惨劇のすべての元凶である変なやつは、おじさんと町長さんに狙いを定めてロックオンしていた。


「なんだ?あ、あの子供は!!」

「なんという目付きだ・・・・・・。油断するなよ!元冒険者だった私の勘が危険だと告げておる!!」

「あははははははははははっ!!」


 僕は知らなかった。だが、不意に悟った。


 これがカオスであると!!


 まぁ、なんだ?色々あったが、無事に姉ちゃんは僕達の元に帰ってきてくれた。

 詳しい事はいえないが。というか頭が考えるのを何度か放棄してしまって記憶がないんだよな。うん。マジな話で。

 好き放題していた悪い貴族は悪事をすべて認めて真人間になったらしい。もちろん屋敷に突撃かました僕達はお咎めなしだ。

 僕はその後おじさんのパン屋で働くようになって姉ちゃんや妹や弟達に頼られる兄となった。おじさんが言うには『私の店を継いでくれる者がいないからな。これも何かの縁だビシバシ鍛えて立派なパン職人にしてやる』だそうだ。

 正直、このおじさんには感謝してもしたりないくらいだ。


 そして僕が最後に感謝をしたいのはあの変なやつだ。あの変なやつは色んな惨劇と恐怖を回りに振りまいていったが、正直あの時出会えなければ僕達の姉ちゃんは帰ってこないまま泣き寝入りで終わっていた事だろう。姉ちゃんがあの女王姿のまま生涯を終えたかもしれない・・・・・・。


 いつかまた会う事があれば、あの変なやつに僕が作ったパンをご馳走したいとそう思う。


 これが僕から見た勇者を探す亡霊の話だ。

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