第5話 本物
三人の騎士を見届けた誠は整備された道へ戻っていた。
勿論使える装備は全て回収して異界倉庫に入れてある。
何かに使えるかもしれないし、いざとなれば売って金にもなる。
しかし当面は心配要らないだろう。
「さて、これでようやく自由に動ける。まずはレベル上げといきますかね」
誠のレベルはさっき騎士を一人殺したお陰か1つ上がってレベル14になっていた。
このレベルで技能の使用制限が無ければ今いる15層でも十分に安全と言えるだろう。
それにもしもの時は転移石を使えばいい。
幸い3つもあるので1つくらいなら使ってしまっても問題ないだろう。
どの魔物を中心的に狩るか考えていた時だった。
(我が主よ、ちょっとよいか?)
「ん?……ああ、『強欲』か。なんだ?」
(いちいち『強欲』と呼ぶのは面倒だろう?これからはマモンと、そう呼べ)
どうやら『強欲』としか呼んでいなかった邪神にも名前があったらしい。
「マモンか、わかった。それで何の用だ?」
(これ迄は主が怪しまれないように姿を隠していたというのに……と、そうではない。――実はこの迷宮から邪神の気配がするのだが心当たりは無いか?)
「この迷宮から?何処だ。俺はそんなもの感じないが」
(そうか。そこまで強いわけではないから正確にはわからんが……恐らくここのずっと下だ)
マモンはずっと下から邪神の気配がすると言った。
しかし誠は気が向かない。
と言うよりは時間が無いのだ。
今日から数えて4日か5日程度で王都への魔物の侵攻が始まる。
そしてその戦いが終わるには恐らく丸1日はかかるはずだ。
その頃には誠が帰らないことを不審に思ってダリアに騎士が派遣されるだろう。
そうなってしまえば逃げるのは困難になってしまう。
「てことはその邪神の元に行くなら最高でも5日しかかけられない……いや、1日は少なく見積もるべきか」
(時間が無いのなら無理にとは言わない。時間がある時にでも来てくれれば良い)
「いや、こっちとしては気が向かないが行っておきたいのは確かだな。今のままだとあいつらが来たら相当まずいから戦力をあげることは急務だ」
(それはいいのだが、どうするのだ?記憶を見たところこの下へ行ったことは無いようだが)
「なんとでもするさ。必要ならお前の力も貸してもらうぞ」
(心配せずとも良いぞ、主よ。必要な時は力を貸そう)
どうやらマモンも力は貸してくれるようだ。
これならまだ希望はあると言ってもいいだろう。
しかしそればかりに頼るのは良くない。
結局信じられるのは自分だけなのだから。
それから誠はレベル上げに勤しんでいた。
狙いはパラライズフロッグとゴブリンの群れ、それとポイズンサーペントだ。
ポイズンサーペントは噛み付いた相手に牙から遅効性の毒を注入して、弱らせたところを攻撃してくる魔物だ。
しかし誠からしてみればいい獲物だ。
飛びかかって噛み付いてくるだけなのでそのタイミングでカウンターを狙えば楽に倒すことが出来る。
また、上顎の牙の根元に毒腺があるので解体して回収しておく。
大体誠がいた15層の魔物を間引いたことを【探知】で確認し、どうしようかと考える。
「今のレベルは……18か。ソロでこのペースなら上々だろう。だがこれじゃまだ足りない、全然足りない」
仮に邪神の元へ行くのならさらにレベルを上げて、準備も万全にするべきだろう。
そう考えて今日は街へ戻ることにする。
一つやることもあるからな。
「これで5層まで戻ってきた……技能を使ってしまえばこんなにも早いのか」
誠は15層から今いる5層まで、技能を使って移動していた。
使っていたのは【縮地】と敏捷強化魔法だ。
強化魔法は分類としては無属性に入るため、誠でも使える数少ない魔法だ。
【縮地】に関しては概ね問題は無かった。
これなら色々と短縮出来そうだ。
「でもレベルが低いせいか妙に疲れたな。少し休むか……」
そう言って異界倉庫から革の水筒を取り出し喉を潤す。
冷たい水が熱くなっていた体を冷やす感覚が心地よい。
一息ついた誠は水筒を異界倉庫にしまい、また歩き出す。
曲がり角を歩いているときだった。
突然正面からの衝撃が誠を襲った。
しかし思っていたよりも軽く、ぶつかってきたと思われる少女が床に倒れているだけだった。
「立てるか」
誠はその少女に手を伸ばす。
しかしその少女は手を取らずに自力で立ち上がって誠を見た。
少女はボロい外套で身を隠し、汚れでくすんだ白に近い銀髪を軽くなおす。
すると前髪に隠れていた赤い瞳が姿を現した。
普通なら綺麗なはずの赤い瞳は虚ろで、どこか狂気的なものを感じた。
銀髪に赤眼は、確かアルビノの特徴にこんなものがあった気がすると思い出した。
それとは別に、特徴的なエルフのような耳が見えた。
――これは面白そうだ。
一目でわかる絶望し切った眼差し。
それを俺は知っている。
もしかしたらこいつは掘り出し物になるかもしれない。
そう思い誠は少女に話しかけようとすると、逆に話しかけられることになる。
「………早く消えて。邪魔」
「なぁ、お前はなんでここに居るんだ?」
「……答える必要は無い、でしょ?」
「そうか。なら質問を変えよう。お前はエルフの筈だが何故その特徴が欠損している?」
その質問を聞いた途端に少女は腰にあった短剣を誠の首元へ突きつけようとする。
誠からしてみれば躱すことは簡単だ。
だが敢えてそうしない。
その理由は一つ。
「なんで、なんで躱そうとしないッ!」
「なんでって、そんなの殺意が丸っきり足りてないからだ。お前は何がしたいんだ?」
「私は……私は、生きていても意味が無い。……だから、死にたい」
少女の返事は自殺願望だったが、誠には脚が震えているのがわかっていた。
だから少し押してみることにする。
「こんな迷宮のど真ん中で死にたい、か。なら何故魔物がいる方から逃げてきた?」
「それは……」
「そんなに魔物に殺されるのが嫌なら、俺が殺してやろうか?苦しませずに殺してやる」
誠は神剣を引き抜き、少女の首元に突き立てる。
このまま勢いをつけて斬れば一瞬のうちに殺すことは可能だろう。
それをわかっているのか少女は床に膝を落としてポツリと言葉をもらした。
「私は……死んでいるのと同じです、生きている意味なんて無いんです。私の居場所は何処にもない。壊れた……いや、壊された。あいつらが許せない、けれど私には力が無い」
「力が無い。……だから諦めるのか?お前の居場所を壊した奴らを死んで許せるのか?」
「そんなわけ……ないッ!死んだところでこの思いは消えない。それでも私にはどうすることも――」
「ならお前がその力を手にしたらどうしたいんだ?まさか何もしないわけがない訳がないよなぁ?」
予想通りの反応に思わず口元が緩んでしまう。
そうだ、もう一歩だ。
その壊れた心に正直になれ。
「そんなの……決まってる!私を壊して、裏切ったあいつらを、この手で全て壊したい…!……あぁ、そっか。そうだったんだ……私は、復讐がしたかったんだ」
気付いてしまえばもう止まらない。
あの時の出来事が全て瞬時に回想される感覚。
復讐とはそういうものだ。
「ようやくまともな顔付きになったな。さて、そこで提案だ」
「てい……あん?」
「お前は復讐がしたい。そうだな」
「私は、復讐がしたい。貴方のおかげで見つけられた」
「それは良かった。なら、復讐をさせてやる。俺とくれば力を手にすることも出来るだろう。だが、俺が伸ばした手を取ればその復讐が果たされるまで縛られる。それでも来るか?」
「私にそれを言うのは、卑怯ではないですか。……そもそも戻れる道も明るい未来なんてものも無いんですよ」
「それもそうだったな」
その事は俺だってよくわかっている。
復讐という牢獄に囚われたら、果たすまでは抜け出せない。
だが、敢えて聞いた。
復讐者かどうかを確かめるために。
「おい、マモン。お前を介しての契約はやれるか?」
(造作なきことだ。その代わり我の力に耐えられることが条件にはなるが、ある程度は力を貸せるようになる)
「そうか、それは丁度いい」
ニヤリと誠は少女に笑いかける。
それは地獄へ引き摺り込む悪魔の笑み。
だが地獄に住むものからすれば救済の手。
それを拒めるはずがない、絶対に。
「なら契約といこう。だがこれは唯の契約じゃない。俺と契約した邪神を介しての、だ。勿論それ相応のリスクだってある。だが、耐えられるのならお前は力を手にできる。――引き返すならこれが最後だぞ?」
誠はわざとらしい挑発的な態度で少女を見る。
それを聞いた少女は獲物を見つけた獣のように口を歪ませて、
「それは安心出来そうな条件ですね。いいですよ。復讐できるなら、悦んで」
「クハハッ!いいな、いいなぁ!なら契約といこうか。手を出せ」
誠は少女の手を握り、邪神を介して契約を施す。
それは誠にとってはギリギリ耐えられる程度の痛みだったが、少女は違うようだった。
誠の手を握る少女の手は力がはいり、震えているようだった。
そして痛みを堪えるように呻き声が次第に聞こえてくる。
それでもこの少女は手を離そうとしない。
「ンッ……ッ…これが、契約、ですか。変な感じですけど、妙に安心出来る……」
「何処までお前は期待値上回ってくるんだよ。でも、最高だ。それと、互いの記憶を共有しておこう。きっとお前も身に覚えがある話の一つや二つあるだろうよ。――マモン、記憶を繋げ!」
(承知したぞ、主よ)
マモンを介して互いの記憶が流れ込んでくる。
感覚としてはとても気持ち悪いものだったが、見える記憶が似たものばかりで誠はつい笑ってしまった。
そしてそれは少女も同じようだった。
「これは……ご主人様の記憶?フフッ、どうしてこんなにも自分の過去を見ているような気分になるのでしょうか。確かに私と同じです」
「お前も中々いい壊れ方してるな。にしてもお前みたいな本物を偶然とはいえ見つけられて俺は嬉しいよ、本当に」
二人は顔を見合わせて嗤い合う。
もう確認は十分だ。
「私は復讐をしたい、今日それがハッキリわかりました。ご主人様がいなければ亡霊のように生きているだけだった。だから、私は貴方と共に復讐を遂げると誓います」
「なら俺も改めてここに誓おう。必ずこいつらに復讐をする。死にたいと願う程に苦しめて、嬲って、体も心もバラバラにしてやる。だから、来てくれるか?ディア」
「当然です。今日この日から私が居るべき場所はマコト様の隣です。――絶対に、逃がしませんからね」
その関係は対等であって、決して対等ではない歪な関係。
―――復讐者は二人、常闇の世界で狂ったように嗤う。
少々強引かな…とは思いますけどそこはご都合主義ということで