第2話 奇妙な恩人
これは、夢だろうか。
ぼんやりとそんなふうに考えながら、俺は俺自身を俯瞰していた。
手錠を掛けられ鎖で壁と繋がれた俺の身体は見るからに痛々しい生傷が至る所に存在した。
薄暗い牢屋のようなーー実際その通りなのかもしれないがーー場所で、俺は人としての扱いを放棄されていた。
今の俺は、都合の良い実験動物という表現が正しいだろう。
その証拠に、俺はとある人に“管理”されているのだから。
「ふむふむ。やはり勇者というのは頑丈なんだねぇ。それに成長もこの世界の人間と比べて早い。……何が関係しているんだろうねぇ」
俺を研究している白衣姿の彼女は、その結果を紙につらつらと書き連ねる。
それも鉄格子越しにである。
「……ふざけんなよ」
不快感を全開にして、俺は彼女へ言葉を投げた。
「いやぁ、私は何もふざけてなんかいないんだけどねぇ。至って真面目にやっているし、何より君のことは大切に扱っているだろう?」
柳に風といった様子でひらりと躱され、そんなことを言い出した。
だが、彼女の言葉もあながち間違いではないのも事実ではある。
王国の連中に捕まった俺は、拷問ついでに研究されることになったらしく、ここ1ヶ月程は彼女の研究に付き合わされている。
内容はそれこそ拷問紛いのことから、普通の質問など様々で、俺としては拍子抜けするようなものだった。
食事も三食出てくるし、毎日身体は清潔にされる。
牢屋の中というのと、ほぼずっと手錠と鎖で繋がれているのを除けば、確かにマシな扱いではあるだろう。
てっきり死ぬんだろうなと思っていただけに、未だに生きている事実が嘘なのではないかと疑ってしまうくらいだ。
……だからといって痛みを感じないかと言われれば、それは違う。
「じゃあ、今日も時間だから我慢してねぇ」
あくまで平坦にそう言うと、彼女は俺の足へと魔法を放ちーー
「ーーっ!」
ふぅ、と吹いた風がズタズタに斬り裂いて、辺りに血の海を作り出していた。
何度もやられている事だが、どうやっても慣れる訳がなく、短い呻き声をあげて顔を顰めた。
しかし、それを見守る彼女の視線は真剣そのもので、俺自身もまた、必要なことだとこの時には割り切れていた。
「さぁ、いつも通りやってみようねぇ」
「……わかって、るさ……っ!」
傷だらけの足へと魔力を集中させて、俺は元の状態を強く意識した。
すると、傷が内側から塞がっていく奇妙な現象が起こり、ものの数秒で完全に治っていた。
血痕はついたままで気持ち悪さは残るものの、これが今の俺がするべきだと判断したことだった。
「……ほら、治ったぞ」
「そうみたいだねぇ。……うん、本当に化物じみているねぇ」
「ほっとけ」
足をジロジロと見ながらそんなことを言う彼女に無愛想な返事を返す。
直ぐに彼女はデータを紙へと書き込んで、一つため息をついた。
「……もう充分じゃないかねぇ?」
優しげな視線を向けられ言われたのは、そんな言葉だ。
その言葉が意味することを、俺は知っている。
「なんだ、もういいのか」
「元より君とはそういう契約じゃないか」
「……アイツらはどうする気だ?」
「あー、君が勝手に逃げ出したとでも言っておくことにしようかねぇ」
ふふっ、と不敵に笑って彼女は言う。
つられて俺も、口元だけが釣り上がった。
「そうかよ。……まぁ、お前との約束は果たすさ。ここじゃない、どこかで」
「……そうしてくれると私も楽になれるというものだねぇ。場所は覚えているかい?」
「当たり前だ。……見つけられるとは限らないが、それでもいいのか?」
最終確認とばかりに、俺は問う。
すると、彼女はこくりと首を縦に振って、
「それでもいいよ。きっと、君ならーー」
そこからは聞こえなくて、真っ白に染められてーー
「ーー……懐かしいものを見た」
起きがけで呟かれたそれに反応する声は、一つもなかった。
両隣のベッドでは、まだ二人は静かな寝息を立てて眠っているらしく、起きる気配はなかった。
温かなベッドの中でこのまま起きていようか、二度寝をしようかと迷ったが、日程も考えてそのまま起きることにした。
そして、二人を起こさないように部屋から出て、顔を洗いに行くのだった。
パシャリ、と冷たい水が顔に当てられて、ぼんやりとしていた意識が急速に覚醒する。
二度三度と繰り返して、顔についた水滴をタオルで拭いて、ふぅ、と一息ついた。
朝早いからか、この季節にしては涼しげな風が髪を撫でてとても心地良い。
梅雨も明けて、夏に差し掛かるくらいの今日この頃は、日中は暑くて過ごしにくくなってきていた。
だからといって夜間に移動するのは色々と問題があるので却下している。
俺達三人の戦力的には問題ないが、それに慣れすぎるのもよくないし、人間は日の光を浴びて生きているべきだ。
一人吸血鬼がいるが、あれは考えないことにしよう。
「……それにしても、なんでまたあんな夢を見たかな」
思考を今日見た夢へと戻して、俺は少しばかり考える。
あれは良い夢ではないが、悪い夢でもない、なんとも微妙なラインのものだ。
あの日々がなければ、今の俺はここにいないだろうとすら思えるくらいには。
だから、彼女には感謝こそすれど、恨むことはないだろう。
それに……彼女に託されたものもあるしな。
この世界の彼女は覚えているはずがないが、俺はその約束を覚えている。
俺らしくないとは思っているが、約束すら守れない人間になる気はない。
対価は既に受け取っているのだから、俺もなるべく努力はするべきだ。
望んだ結末になろうと、そうでなかろうと。
「……よしっ、戻るか」
これ以上考えても埒が明かないと思い、ピシャリと両手で頬を叩いて気を引き締め直して、俺は部屋へと戻ることにした。
「……何やってんだ、ルーナ」
「うへへぇ……マコトの匂い……」
あくまで静かに、ディアにバレないように配慮した上で俺のベッドの上で変態行為に勤しんでいる残念吸血鬼を見て、そっと扉を閉めておこうと思ったのは当然の権利だと言わせてくれ。
一悶着はあったが、何とか出発の用意を済ませた俺達は、馬車へと乗り込んでいた。
御者が出来るのが俺しかいない関係上、二人には荷台でゆっくりと休んでおくように言ってある。
どうせ退屈な道のりだし、ルーナに至っては起きてることすら困難なようなので、別にいいだろう。
「ほら、いくぞ」
「わかりました。……ほら、ルーナも早くして下さい、置いていきますよ?」
「……ううっ、また、気持ち悪くなる……」
本当にルーナは馬車で酔うのが嫌いらしく、既に顔を青くしていたが、乗らないという選択肢はない。
若干怒り気味のディアと、ディアへの怯えと馬車への嫌悪感が半々のルーナが荷台に乗り込んだのを見て、俺は馬車を走らせた。




