エピローグ Ⅰ
大幅に遅れました。
理由……というか近況については活動報告の方に書いてきたので、気になる方はそちらをご覧下さい。
短いですが、どうぞ。
宝石のように整った美貌を持つ彼女――セラフィは薄い笑みを貼り付けて城内を歩く。
機嫌は上々、これからが楽しみで仕方がないような雰囲気である。
その理由というのが――
「――あぁ、全く。何とか間に合いましたわ。現状で使える財源は目減りしましたが、それ以上に回収すればいいだけの事。民衆からの支持も、兵士の士気も一先ずは解決と言って良いでしょう。勇者様様ですわね」
――勇者。
大量の命を供物として、儀式魔法を行使して異界から召喚された規格外の戦闘力を持つ存在。
魔王と对を成す、世界の均衡を守る者。
そして、セラフィにとっては屈辱の象徴になってしまったもの。
だが、今は話が別だ。
寧ろその屈辱感を上回る欲望に満ちていた。
「あのクソ勇者もこうすれば良かったのですよ。犬は鎖で繋いで躾をするべきですわ。穢らわしい異界のクズとなれば尚更に」
自分の迂闊さを戒めるように呟く。
この世界の住人では無い人間なんて家畜も同然、生かしてやっているという意識なのだ。
それに、セラフィは王族である為に、あの伝承も教育されている。
勇者なんて冠を付けていても結局は魔王を倒す為の道具に過ぎず、その役目が終われば捨てるだけの価値のないゴミへと姿を変える。
何もおかしいことは無い、至って普通のシナリオ。
それが、途切れた。
「……また思い出してしまいましたね。ですが、もう暫くの辛抱です。私も是非見たいものですね、あの逃げ出した勇者の憎悪に塗れる表情が」
これは、私の意地であり、復讐。
国を欺き、裏切った勇者への報復。
小賢しい鼠を引き摺り出すのには少々大掛かりにはなってしまったが、実益も兼ねているのでその辺の心配は無い。
とはいえ、最近は働き詰めだったので睡眠不足だ。
化粧で隠してはいるが、セラフィの顔には薄らと隈が見える。
「一度休みましょうか。どの道今出来ることは私には少ないですし、後はクライスやアレスに任せておけば良いでしょう。今回の勇者は当面の教育は彼らに任せて問題ないですし」
今回召喚された勇者に関して言えば、既に城内にも、国民にも大々的に発表している。
差し引きでリスクよりも利益が上回ったのだ。
お陰で王都は活気が溢れて、金回りが良くなっていると誰かが言っていた。
なら、少しくらいは休んでも大丈夫だろう。
金や兵は替えが効くが、自分の体はそうではない。
そう思い、自室へとセラフィは戻りーー
「ーーセラフィ様」
天井から呼ぶ声がした。
「ーーどうかしましたか?」
「アーノルド辺境伯より、文書を預かりました。文書は机の上に」
「そうですか。ご苦労さまです。もういいですよ」
セラフィの言葉ののち、その人物は気配を消した。
彼はアーノルド辺境伯から使わされた使者であり、度々こうして文書が届けられる。
全ての貴族からこうして文書が届けられる訳ではなく、アーノルド辺境伯に関しては魔族領の瀬戸際であるが故にこのようなことになっている。
ーーということに表向きはなっている。
「どうしてこんな時に。……いえ、こんな時だからこそ、でしょうか。あの方ならば十分に有り得ることですしね。……口が堅いのと、彼にどうする気もないというのが救いでしょうか」
嫌悪感をまるで隠そうともせずに呟きながら、セラフィは蝋で封をされた文書を読んでいた。
近況の報告であったり、必要な物資の補充要請だったりと、書いてあることはいつも通りだったがーー
「ーーあぁ、やっぱりですか。……ですが、これは好都合ですね。どうせなら彼にも協力して貰いましょう。王国の更なる繁栄の為に」
◇
私は、どうして生きているのだろう。
自由もなく、人としての尊厳もなく、ただ家畜のように扱われる毎日。
人前に立つ時は常に笑顔でいるように命令され、慣れない剣術なんかの訓練は酷く詰まらない。
それ以外の時間は暗く閉ざされた牢屋の中で過す、凡そ人の扱いではない日々が、この世界に召喚された日から続いていた。
そんな生活を強いられれば当然精神は磨耗し、肉体だって限界へと近づいてくる。
「…………ぃたい、いたいよ……」
首に付けられた鉄の首輪は冷たく、重い。
手脚は鎖で繋がれて、歩く度にジャラジャラと音を立てて、『私』という存在が逃亡することを許さない。
「…………私、何がいけなかったんだろう。お兄……会いたいよ…………っ」
あの日、突然に消えてしまった兄のことを思い、少女は涙を流す。
どうしようもなく絶望的な今、どうにもならないと分かっていても彼のことを思ってしまう。
もう、私に『私』が残っている時間は少ないかもしれないけれど、この思いだけは本物だと信じて、今日も私は刻み続ける。
魂を蝕み、犯し、侵食せんとする何かに負けないように。
その甘い誘惑を跳ね除けることはとても辛くて、苦しくて、痛い。
少しでも気を抜いてしまえば、その瞬間に私は堕ちてしまうだろう。
そうなれば楽になるのかもしれないが、それよりも全てを失うことになるという予感が、私を瀬戸際の場所で留めていた。
だから、私はその時まで抗おう。
私が、『私』であるために。




