第23話 月夜に舞い散る泡沫の夢 Ⅴ
少し遅くなりました。
後書きの方に色々と書いていますので、見ていただけたら嬉しいです。
狂ったように嗤う三人、目を腫らしながら嗚咽を漏らす一組の男女。
その男女を美味しそうに喰らう、ぎこちない動きの何か。
べっとりと赤黒い液体に塗れた小さな身体は、渇きを満たすように血を啜り、肉を食む。
骨を噛み砕く重い音が聞こえる度に、声とは聞こえない音が、満月が照らす漆黒の夜へと響く。
「…………ァァッ、なぜ、なぜ――」
激痛に顔を歪めながらも亡霊に取り憑かれたようにそう繰り返す。
今宵を彩るは、その顔、その声、その感情。
……そうだ、もっと、もっとだよ。
「何故って言ってるから教えてやるが――そもそもさ、お前らの人形は完成品なんかじゃなかっただけだ」
記憶を戻した時に俺が材料だってことも入っていたはずなんだが、どうやら伝わっていなかったらしい。
どの道そんな余裕はなかったのかもしれないが、それは今言っても仕方ないことだ。
もしその事を少しでも理解出来ていればこうはならなかっただろうが、既に手遅れ。
「……ねぇ、そう言えば、私を悪魔って言ったよね?」
「ん? そんなこと言われたのか?」
「それはまた勘がいいと言うべきなのでしょうかねぇ……」
ふとルーナが言った言葉に、二人がニヤニヤと悪い笑みを浮かべて答える。
「……何が言いた――ッ!?」
憎悪を湛えたディーナの双眸が向けられたが、それは人形の少女の食事によって遮られ、再び灰色の大地へ赤が舞う。
人肉の味など考えたくはないが、あれにとっては美味しく感じるのだろう。
貪るように食い散らかし、グチャグチャと気持ちの悪い音が聞こえる。
「……クハッ、あぁ、それだよ! その顔、良いじゃないか!」
「……そうだねっ♪」
「もっと鳴いてくれて良いのですよ?」
生臭い空間で、その三人だけが意に介すること無く嗤う。
一点の曇りもない感情が、狂気となって場を支配していた。
「あぁっと、忘れるとこだった。良く聞いてくれよ? ――その人形、始めから治ってねぇんだよ。動くように細工はしたがな? ……悪魔ってのはな、人間――特に魂が大好物らしくてさぁ。呼び出して、魂を喰わせる代わりにその人形の振りをさせてたんだ」
悪魔を使役する為の対価は――人間の魂。
それと、ある程度の魔力。
後者は余裕でクリア出来た。
前者に関して言えば、あの部屋に残っていた魂を喰ってもらうつもりだったんだが――
「――喰わせちまったよ。お前らの娘の魂」
地に赤を引き摺りながら視線を向ける二人を、言葉の圧と共に見下ろす。
――今、どんな気分だ?
そう訴えるように、酷薄な笑みを貼り付けた顔で。
その言葉を、信じたくはないのだろう。
だが、それは二人にとってはどうでもよかったのかもしれない。
娘が娘ではないことを、どこかでは考えていたのかもしれない。
理解なんて及ばず、戯言だと叫びを上げているのかもしれない。
しかし、誠はその表情からわかる、確かなものを感じた。
足の裏からビリッと電流が駆けるように広がる刺激は、一瞬で脳髄へと届き、甘く蕩けるような快楽をもらたした。
「……地獄に、堕ちろ…………ッ!」
「……人類の、裏切り者め……ッ!」
呪詛とすら思える、黒い沼の奥底から出てきた言葉だろうが、それはおかしい。
少なくとも、誠はそう考えてしまうし、ルーナも、恐らくディアも同じだろう。
そもそも、前提からして噛み合わない。
「地獄に堕ちろ? 元より地獄の住人だぞ? お前らが堕としたんだがなぁッ! 裏切り者? 始めに裏切ったのはどっちだ? なぁッ!?」
「……あははっ♪ 地獄にっ、行くのはっ、二人っ♪ ……私達は、引き摺り込む側っ♪」
誠は慟哭のような、全てを否定するいつの日からか抱いた感情を吐き出すように。
ルーナは童女のように、やけに楽しそうな調子での言葉だが、その端々に黒く染った精神が見え隠れする。
ただ一つ共通するのは、それが二人の心からの言葉という事だけ。
多少の感情の差異はあれど、向かう先は同じだった。
「だからさ、そろそろ終わりにしよう。――もう、いいよな」
誠は、人形に取り憑いた悪魔へ聞く。
「いいよな」と聞いてはいるが、そこに悪魔の拒否権は介在しない、そういう契約だ。
誠は闇を斬り裂く銀色の神剣を抜き、ルーナは空気を焦がす蒼炎の剣を宙へ浮かべる。
そして二人は悪魔の返事を聞くことなく、アルムとディーナの目の前で手始めに人形の腕を斬り落とす。
銀閃と蒼炎はそれだけでは留まらず、続いて脚を、胴を切断、あるいは溶断し、パーツがあちこちへと散らばる。
首だけが繋がった人形は、依然として瞳に力が宿ったままだ。
それを目の前で見せられた二人は、現実を現実として直視出来てなかった。
枯れた声で「夢だ」と何度も繰り返すが、一向に覚めることは無い。
傷口の熱さは精神を犯し、抉るような痛みは気絶という選択肢すら取らせてくれない。
そんな中で、娘の身体がバラバラになっていく光景は、心すらも粉々に砕くには十分過ぎた。
血の気がスーッと引いて、血を流しすぎたせいもあるのだろうが、まるで身体が言う事を聞かない。
いくら悪魔が身体を乗っ取っていたと言われても、そこにいるのは紛れもなく娘と同じ身体の何かだ。
腕が無くなり、脚を落とされ、半分の身長にまで斬り分けられるのは、耐えられないようだった。
「…………ゃめてッ!」
「頼むっ……それ以上はっ……エリィのことは――」
涙声で、懇願する二人。
「は? 何言ってんだよ、お前ら。もし俺らがそう言ったら、お前らは止めたのか?」
「……分かりきったこと、聞いても意味ないよ? 答えはノーっ♪」
地面に落ちた人形の頭へそれぞれの剣を突き刺さり、少女の声で悲鳴を漏らし、それ以降は身動きを取らなくなった。
「…………ァあッ、エリィ……」
「…………ゆ、ゆめ、そうでしょ、ねぇ……」
物言わぬ人形へ、乾いた血がこびり付く腕を伸ばすが、それは届かない。
代わりに与えるのは、届かないという絶望と、痛み。
アルムの腕は誠が、ディーナの腕はルーナの剣が切断し、血の華を夜へ咲かせた。
「――なぁ? お前らの大切なものも、壊してやったぞ? 壊すばかりじゃ味わえない感情だろッ!?」
「……壊すだけなんて、不公平っ♪」
心底楽しげに嗤う誠とルーナを、微笑ましそうに眺めるディア。
この時間だけは任せて欲しいと、事前に頼まれていた為に、ディアは何があっても手を出さない。
そんな忠誠とも、盲信とも思えるディアの行動に感謝しつつも、誠は再び視線を向ける。
身体中を人形に喰われ、片腕を無くした二人。
誠とルーナを堕とした二人。
それが今、自分の足の下で這いつくばっている。
なら、やるべき事は一つだ。
もう散々耐えただろう?
もう待ちきれないんだろう?
そんな風に語りかける幻聴が聞こえてくる。
その言葉に「そうだな」と、短く心の中で返す。
「じゃあな、これが報いだ。地獄で後悔でもするんだな」
「……バイバイっ♪」
同時に首元へ断罪の剣が振り下ろされ、その頭と身体を永久の時へ誘った。
肉も骨も断ち切る感触は、もう慣れた筈だった。
だけど、その一瞬だけはやけに鮮明に、鮮烈に、魂に焼け付くように心を縛り付けて離さなかった。
全身を形容し難い快楽と甘さが襲い、余韻に浸るように二人は揃って夜を照らす月を見上げた。
変わらず照らし続けていた月を雲が遮り始め、やがてその時間を洗い流すようにポツリ、ポツリと天から雫が落ちる。
雨が地を打つ音と、残された三人の息遣いだけが、静かに鳴るばかりだった。
程なくして本降りになった雨が降りしきる中で、ルーナが口を開いた。
「……マコト、ありがとう。私一人じゃ、こんなこと出来なかった」
月光のように柔らかに微笑んで、ルーナが言った。
水気が染み込み、所々肌に張り付く白いワンピースには血の赤が点在し、彩りを加えていた。
復讐を遂げた興奮がまだ尾を引いているのか、桜色の頬の赤みが引く気配はない。
そんなルーナを見て、何となく聞いてみたかった。
「後悔してるか?」
実際、復讐が終わってどうなんだ、と。
俺の場合の復讐は、これが終着点では無く、通過点。
優劣を付けるつもりは無いが、それでも始まりに過ぎないものだ。
だから、経験者に聞きたかった。
その質問を聞いたルーナの表情は、誠の目からすればはっきりしない、曖昧なものだった。
少し思考の間を置いて、一歩、ルーナが誠の方へと踏み出した。
「……多分、ちょっとだけ、後悔してる……と思う」
余程言いたくなかったと見える、大量の苦虫を噛み潰したような、引き攣った表情。
そんなルーナだが、「でも」と続ける。
「……これは、私が決めたことだから。私がそう望んだのは確かで、その結果はとっても甘くて、ほんのちょっとだけ苦くて酸っぱかった。多分、それだけ」
苦くて、酸っぱい。
その言葉が示すものは、俺には完全にはわからない。
俺はルーナのように、一つの『家族』として時を過ごした訳では無いし、それがルーナにとっては初めてと言っていいものだったのだ。
恐らくは、その落差なのだろう。
それに、「多分」と言っているあたり、まだ整理が完全にはついていないと見える。
偽らざる本音……というものなのだろう。
唐突に風が吹いて、濡れた服が体温を奪う速度が加速するが、二人の頭にはそんなものは入ってこない。
湿り気を帯びた金色の髪が纏まりつつ風に靡き、月光を反射させて煌めく。
「……私は、もう忘れない。この味も、後悔も」
薄い胸に手を乗せて、ルーナは誓う。
もう二度と、同じ道を歩まないと。
「……そうか」
何故か、ストンとその言葉が誠の胸には収まった。
後悔は、忘れてはいけない。
同じ過ちをしない為に、愚かな自分を戒める為に。
それと同時に、自分にもそんな時が来るのかと、何となく考える。
が、答えは出そうにない。
きっと、その時にならなければわからない類のものなんだろう。
なので、誠は話題を変えることにした。
「それで、ルーナ。これからどうするんだ?」
「……?」
キョトンと小首を傾げて、「何言ってるの」と言うようなルーナの姿が誠の視界へ入る。
「……いや、一応ルーナの復讐は終わったからな。俺としては嫌な奴を無理矢理連れていこうとは思えないんでな」
誠はあくまで復讐の為に生きている。
そんな誠に着いていくというのは、少なからず関わりを持つことになる。
血生臭い日々が嫌な奴を連れていく気は無いし、そんなのを連れていても邪魔になるだけだ。
「……私は、マコトに助けられた」
「ついでだ、気にするな」
ルーナをあの場所から助け出したのはもののついでだ。
逃げるならそれでも別に良かった。
だが、ルーナはここにいる。
「……マコトが居なかったら、今の私はここに居ない」
「あー、そうだろうな」
結果としては、確かにそうだろう。
「……マコトはまだ、復讐する相手が居る」
「クソみたいなのが山ほど居るな」
これから何度も、同じように復讐を繰り返すことになるだろう。
国単位での相手もあれば、個人を相手にすることもあるはずだ。
そのどれも一筋縄ではいかない、はっきり言って強敵と言える者ばかりだ。
「……だったら、私はマコトに着いていきたい」
瑠璃色の双眸が、誠の漆黒の瞳を見上げる。
蒼い月のようなそれは、確かな決意を秘めていた。
どうしようもなく綺麗で、穢れていて、純粋なルーナの視線。
確かにルーナが協力してくれるなら、大幅に出来ることが広がる。
それに、俺達への理解も問題のないレベル。
さらにはルーナはベルと契約している以上は、なるべく近くに置いておきたい。
総合的に判断しても、断る必要は無い。
だが――
「――折角楽になったのに、また背負うのか?」
復讐は、重くのしかかる穢れた十字架のようなものだ。
全てを遂げるまではその重さは減ることなく、寧ろ時が経てば経つほどに重くなる。
その十字架から解き放たれたのに、わざわざ他人のそれを背負いたいのか、と。
しかし、誠へ向けられるのは鋭い視線。
「……本気で言っているなら、怒る。じゃあ、なんの為に私に記憶を見せたの? ……あんなのを見せられて、私だけ楽になったら終わりなんて、無理」
悲しそうな、泣きそうな、そんな雰囲気。
それでも、その意思だけは確かだと、全身からひしひしと伝わってくる。
……覚悟は十分、か。
人が良すぎる気はするが、それは言うべきじゃないのだろう。
「……なら、これからもよろしくな」
「……んっ。絶対に、離さないっ」
誠が差し出した片手を、ルーナが両手で包む。
白く、濡れたままの手だったが、ほんの少しだけ暖かい気がした。
同時に、俯いたルーナから鼻をすするような音が聞こえてきた。
小さな肩は僅かに震えて、どこか寂しげだった。
そのまま誠の方へとルーナの身体が傾き、誠はそれを片膝立ちで受け止める。
ルーナの細い両腕が首の後ろへ回されて、顔は胸元へと埋められていた。
「……今だけ、このまま。……お願い」
突き放すことも簡単で、無視だって出来たその『お願い』を、誠は静かに受け入れてルーナの背中を摩った。
それを皮切りにルーナの感情が溢れ出して、止まらなくなる。
不定形なリズムを刻む嗚咽と、涙が滂沱のように湧き出て、誠の胸を温かく濡らす。
その度にビクッとルーナの身体が震えて、首に回る腕の力が僅かに強まる。
様子を見ていたディアが変な顔で近づいてきたが、その時ばかりは誠も止めさせた。
きっとこれも必要なものだ。
今日という日を忘れない為にも。
……さて、俺は次の復讐を考えることにしよう。
より残酷に、より凄惨に、より苦痛を与えて殺す為には考えなければならない。
何をすれば痛みが伝わるか。
何をすれば心を壊せるか。
片方だけでは満足なんて出来やしない。
両方奪われた俺が片方だけでも残してやる義理なんて無い。
やるからには徹底的に、慈悲は無く、決定事項である死へ導くまでにどれだけの絶望を与えられるか。
だから俺は考えよう。
だから俺は戦おう。
だから俺は――亡霊のように生きよう。
奥底で煮えるマグマのような、熱くも冷たい、昏く深い感情の坩堝で、復讐者は嗤う。
まだ俺の復讐は始まったばかりなのだから。
エピローグや閑話等は入りますが、この話で2章の本編は完結です。
ここまで見て頂きありがとうございます。
まだまだ続く予定ですので、温かく見守っていただければと思います。
更新頻度ですが、5〜7日に1話くらいになります。
宜しければブクマや評価、感想等頂けると嬉しいです。気が向きましたらポチッとして頂けると作者が喜びます。




