第22話 月夜に舞い散る泡沫の夢 IV
ごめんなさい遅くなりました。
なんと言うか、難しかったんです。
時は数日前のダンジョン内へと遡る。
ルーナのレベル上げの為に、またしても『聖堂遺跡』へと来ていた。
誠はマモンの力を自在に使う為に、ルーナはレベリングの為に、ディアは技のレパートリーを増やす為にある程度纏まりながらではあったが、魔物達と戦っていた。
「にしてもルーナのそれエグイな。魔法使い相手なら無敵だろう。反則もいいところだ」
「……私が一番驚いてる。それに、もう一つも便利。相性がいいみたい」
「だな。俺もその状態のルーナとはやり合いたくないな」
苦笑いで誠が言う。
ルーナの場合はベルとの契約で手に入れた力の試運転も兼ねている。
私の目から見てもあの力は恐ろしいものでした。
普通の魔法ならばまず攻撃を当てるのは不可能でしょう。
固有技能ならばまだ可能性があるようですが、私も戦いたくない力でした。
それだけに、私の力というものに疑問を覚えます。
これが本当に全ての力なのか、と。
そう思っていると、珍しくレヴィアから声がかかりました。
(力が羨ましいの?)
「えぇ。それはもう」
(当然よね。私の契約者だもの。……なら、貴女も試してみる気は無い?)
「何をですか?」
(ほら、あの男がやってるでしょ? 私の力を借りるのよ)
それを言われて、成程と思ってしまいました。
マコト様はマモンの力を借りて、あの力を使っていると言っていました。
それと同じようなことがレヴィアにも出来るのでしょうか。
(でも、貴女では私の全てを貸そうとすると、身体が耐えられないでしょうから、使うとしても《毒》か《水》のどちらかだけね)
「……まぁ、それは貴女が私の心配をしていると思いましょう。それにまだ死ぬ訳にはいきませんから」
(そうだったわね。それで、試してみる?)
「それで力が手に入るのなら」
私は、その力を欲しました。
そして、それは結果としては成功したと言えるでしょう。
初めはマコト様に呆れたような目で見られましたがあれも中々……いえ、なんでもありません。
事情をマコト様に話したら、見てるところでやる分には良いと言われたので、ちゃんとその指示には従うことにしています。
倒れたらマコト様が傍に居てくれるので、どちらかと言えばご褒美のような気がしましたが。
兎に角、私はその力を自在に操る為に何度も練習しました。
いつか来る時の為に――。
◇
暫く溶剣で相手をしていましたが、中々数が減りません。
まだ片手の数くらいしか屠れていませんね。
……これは予定よりも少ないですね。
「邪魔ですよッ!」
全方向から群がるゴーレムへ向けて溶解毒を風に乗せて撒き散らす。
無機物が相手なだけに、睡眠毒や麻痺毒が意味をなさないのが、苦戦の原因になっていた。
生物相手なら無類の強さを発揮するディアの毒だが、それも含めて相性が悪いのだ。
それをわかっていながらも、ディアはゴーレムの相手をしている。
ディアの優先順位は何事よりも誠が上に来てしまうので、役に立てるなら何でもいいのだ。
それに、なんの勝算もなく戦ってはいない。
「ほんと活きのいいガラクタですね。斬っても溶かしても襲ってくるなんて、材料はケダモノですか?」
杖を持っていたゴーレムは、既に全ての杖を腐食したので、素手で襲いかかっている。
剣持ちは半分くらいだが、叩きつけるような使い方しかしていないのでどの道変わらないと思っていい。
それらの攻撃を一身に引き受けながらも、踊るように剣の舞踏を見せるディアだが、それもどうやら疲れたようだ。
人が相手なら鳴き声が出るのでまだ楽しめたかもしれないが、相手は物言わぬ木偶人形。
気分が乗らないにも程がある。
「ですから、そろそろ終わりにしますね?」
クスクスと笑い声をあげながら、ディアは奥の手を切る。
この数日で、実戦でなんとか使い物になるレベルのものだが、この人形相手なら、その効果は計り知れないものになる。
「――同化」
自身が契約する邪神であるレヴィアを、その身に宿して、一時的に神の力を手にする。
当然危険と隣り合わせ、下手をすれば死んでしまうような、無茶苦茶な方法。
それでも、私は力が欲しかった。
マコト様に必要とされる為の力が。
そして、ディアから蒼い魔力が吹き出す。
濃密で、深い蒼。
それは全てのゴーレムを囲うように、空間へ散布されていく。
誠と違うのは、マモンが自己強化に特化しているのに対して、レヴィアのこの力は範囲的に機能することだ。
だからと言って本人へ負荷がかからない訳では無い。
あくまでディアの魔力がレヴィアと同化したことによって変質・増幅されただけだ。
ある程度は身体強化もされるが、その程度ではあまり意味をなさない。
だから、ディアがこれを使うのは数秒。
しかし、その数秒で全てが終わる。
「――静寂の時を今ここへ」
静かに紡がれる詠唱。
マモンの《時空》とは別物ではあるが、似通ったその力を世界へ認識させるための言葉。
「――冷たく遠く永遠の眠りを」
私が望むのは、ただ一つ。
「――顕現せよ、零の世界」
いつまでもこの時が続いてくれと。
その願いを届ける為に、私は詠う。
「――――凍絶刻壊」
――全てが止まる。
その魔法は、レヴィアの《水》の力。
《水》……氷へと昇華する力の本質は――《途絶》。
ディアはその力をもって、蒼の魔力を散りばめた範囲内全てを《途絶》させた。
大気の流れも、物体の動作も、魔力の流れも、突き詰めれば全て運動の結果として起こる事象。
それらの動きを極限まで遅延させて、擬似的に停止させるのが、ディアの魔法。
時間が切り抜かれたかのように身動き一つ、最早魔力の流れすら感じられなくなったゴーレム達を順に眺めていく。
何処を見てもディアに襲いかかろうとした体勢で固まったゴーレムのみ。
飛びかかろうとしていた個体に至っては、空中に縫い付けられたように落下もしていない。
不自然過ぎるその光景。
既に体力も、魔力も枯渇寸前ではあるが、それでも嗤っていた。
これが、代償。
自分の身体と引き換えにして、神の力へ手をかけた。
それでも、後悔なんてものは無い。
だって、最高に気分が良いのだから。
こうして、マコト様の役に立てることが果てしなく嬉しいのです。
今はこれくらいが限界ですが、私は貴方の隣に居たいのです。
「これは……クセになってしまいそうですねっ。ですが、私はこの顛末を見届けなければなりませんので。ガラクタの皆さんは退場して下さいねっ」
高揚感と脱力感が交互に襲ってくる感覚を、何処か心地良いとすら感じながら、動かなくなったゴーレムの核を壊して回るのだった。
◇
「ルーナ」
「……マコト。思ってたより早い」
「当たり前だ。あんな脇役の相手なんてさっさと終わらせるに限るからなぁ。……で、こっちは?」
「……んー、ちょっと盛り上がりに欠ける、かな」
一帯を焦土に変えておいてそれは無いんじゃないか? と言うのは口には出さない。
何せ、ルーナはちゃんと嗤っていたから。
それはもう、良い顔をしていた。
この世の快楽を貪って、浸り切ったような愉悦の表情。
瑠璃色の瞳が狂喜のそれへと染まり、上気したような頬が少女特有のあどけなさと混合し、酷く魅惑的な雰囲気を漂わせていた。
「まぁ、俺もわかってるから何も言わないさ。――おい、立てよ。そんなんじゃ顔が見えないんだよ」
今度は灰色の大地へその身を伏した二人へと、その矛先を向ける。
全身に焦げ色がつき、爛れた皮膚が痛々しいその姿は、ルーナとの戦闘の結果だろう。
……いや、戦闘ですらなかったのかもしれない。
ルーナには傷一つ付いていないのだから、ここで起こっていたのは蹂躙というのが正しい。
「え……りぃ…………」
「まってて……いま、たすける……から」
細く呻く声が、無惨な姿に変えられている二人から発せられていた。
しかし、その瞳には初めのような熱量は無く、何処か虚ろで、意識がはっきりしないようだった。
「クヒヒッ、何だ、殺すとか言ってたのにその体たらくか? 随分と余裕じゃないか」
「……遊びたりないなら、また治す?」
「ヒッ……」
どうやら、既に何度か治して壊してのループを繰り返しているらしい。
ルーナがそれを言った途端にディーナの表情が怯えたような、恐れるようなものへ変わり、か細い悲鳴をあげた。
「ルーナ、何したんだ?」
「……こんがり焼いたり、腕や脚を焼き斬ったり、土の杭を全身に刺して地面に磔にしたり?」
「楽しそうだなっ、それ! ……あー、俺も魔法が使えたらなー。もっと面白いことが出来るのになぁ」
「……その分私が手伝うよ? 私の血があれば強引に再生させられるし」
ルーナは基本的には大抵の魔法が使えると言っていい。
勿論、水と光属性に類する治癒系の魔法も使えるが、それ以上に便利なものがある。
『血操術』。
自身の血液を魔法の媒体として使うことにより、その効果を高める固有技能。
他にも単純に血液を操ったりも出来るが、そちらはあまり好きでは無いらしい。
「ともあれ、俺だって遊びたいんだよっ」
「……わかった。じゃあ、治って♪」
やけに軽い声で告げられたそれは、ある意味では残酷な言葉である。
ルーナの指先に小さな血の珠が浮かび、魔力へと変換されて霧散していく。
そして、二人の傷だらけで瀕死の状態だった身体がみるみるうちに、時間が巻き戻されるように修復されていく。
ただ、服まではどうしようもないようで、破れたままの場所からは傷一つない皮膚が見えていた。
「いや、まじですげぇなこれ。再生レベルで治ってるし」
「……それで、どうするの? まだ遊ぶ?」
「俺としてはこの手で嬲ってみるのもいいかと思ったが、それもあんまり効果が無さそうだしな」
「………………」
横目でルーナへ視線を向けると、自然に躱されてしまった。
まぁ、怒っているわけじゃ無いのでそれは良いが。
ルーナが肉体的に甚振ったのなら、俺は精神的にいこうじゃないか。
「でも、その前に……」
もう一人の到着を待つことにしよう。
折角のご馳走なんだ、最後を見られないのはお手伝いだとしても不憫過ぎるからな。
そう思い、ディアが戦っているであろう場所へ目を向けると、既にゴーレムを全て破壊し終えた白い影がこちらへ向かっているのが見えた。
「マコト様ぁ♪ おまたせしましたぁ〜」
「……おう。取り敢えず、飲め」
下投げてディアへとMPポーションを与えて、その症状を少しでも和らげさせようとする。
ディアも時間が無いことがわかっているからか、有無を言わずにクッと一気に飲み干していた。
「こっちはこれでよし、と。――アルム! ディーナ! 俺は優しいからな、お前らの望みを叶えてやるよ」
「何を言って……」
「聞こえなかったのか? 娘と別れの挨拶くらいはさせてやるって言ってんだよ」
そう言って、まだ泣き叫ぶエリィに括りつけられている縄を神剣で断ち、自由にさせる。
「ほら、お前に会いたいって言ってんだから、さっさと行ってこいよ」
「……パパ! ママ!」
直ぐにエリィは立ち上がり、それを呆然と見ていた二人の元へ駆け寄っていった。
暫くしてようやく理解が及んだのか、アルムとディーナは二人でエリィを抱きしめていた。
「……エリィ!」
「ごめんね、ごめんねエリィ……っ」
誠達の前に広がるのは、絶対に有り得なかったであろう光景。
家族の愛とやらを、こうして目の前で見せつけられるのは吐き気がして、全身がむず痒くなるが、それでも顔だけが嗤っている。
――その理由は単純。
「…………ッ、な、んで」
「アルムッ!」
肩を押さえて蹲るアルムと、その突然の出来事に叫びをあげるディーナ。
肩には歯型のようなものが付いていて、赤い血肉が剥き出しになっている。
滴る血液、上がる叫び声、狂気に満ちた嗤い声。
「――パパ! ママ! …………ニんゲンっテ、おいシいネ♪」
口元を血で濡らしたエリィが、悪魔のように微笑んだ。
もっとどうにかならなかったのか……。




