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第20話 月夜に舞い散る泡沫の夢Ⅱ

いつもよりは長めです。

描写が難しいです。

それでも伝わってくれたら嬉しいです。

『ブルルォォ……』


 スライムの重く低い鳴き声のようなものが静寂の中に響く。

 目は無いが、あいつは魔力感知で周囲の状況を探ることが出来る。

 それにどれだけ()()()かわからないが、知能も存在する。

 あの小屋の地下室にあった死体が全て消えていたのはこいつが全て喰ったからだろう。


「じゃ、殺るかッ!」


 まずは小手調べからだ。

 恐らく斬れる筈だが、今の状態での反応を見ておく必要がある。

 神剣を抜き放ち、闇夜を駆けて横薙に銀色の一閃を描く!


 抵抗感は無く、スライムの赤黒く粘性のある表面を斬り裂き、上下二つの塊へ別れる。

 ……が、やはり効いていないようで、ブルブルとその身体を震わせているだけだった。

 さらに二つの断面から触手のようなものがそれぞれへ伸びて、融合し、数秒後には何事も無かったかのように草原へ鎮座していた。


「……あー、これ普通に斬ってたら無理だな。魔力探知と解析で核の位置はわかるがあの速度で再生されると幾ら何でも間に合わねぇ」


 呆れながらも、誠には獰猛な笑みが浮かんでいた。

 やはり俺には苦手なタイプだと実感するが、それでも倒せない訳では無い。

 最悪はルーナに変わって貰えば済むことだが、それは流石にプライドが許さない。

 ルーナにはあの二人の相手と、必要ならディアの補助を頼んである以上は、俺一人で殺らなければならない。

 ともあれ、斬れる事は確認が出来た。

 なら次は――


「――――ッ!」


 地中を掘り進め、誠へ襲いかかったのはスライムの一部と思われる触手。

 その数は両手では足りないが、魔力で動いている以上躱すことは容易である。

 動きに合わせて躱すか、斬るかを選択し、適切な方法でその全てを処理していく。

 だが、そこで切り落とした触手もやはり本体へ融合されて、一向にその質量は減る気配を見せなかった。


「はー……二人には任せろとか言ったが、俺がやるのは絶対に労力の無駄だなこれ」


 相性だけで考えるならば、ルーナはスライム、誠がゴーレム、ディアが二人の相手をするのが一番だろう。

 ただ、それは復讐では無くなってしまう。

 特にディアが二人の相手をしているのは幾ら協力者と言えど、俺もルーナも許容出来ない。

 それをディアもわかっているからこそこの布陣になっている訳で。


「じゃあ、魔法攻撃でも試すか――」


 誠が使えるのは、属性で言えば光か闇系統の魔法だけだ。

 だが、そのどちらの魔法もあまり得意とはしていない。

 それは理解しているので、誠が実戦で使う魔法は補助系が自然と多くなる。

 二人の記憶を戻す為の隙を作る為に使ったのも、光属性魔法の『ライト』だ。

 多少のアレンジは加えていたが、その基本線は変わらない。

 よって、ここで使うのも補助系の魔法。


 ――『滅光(ヴォーパル・)付与(エンチャント)』。


 マモンの力を使った時に一度だけ使った、それまでの誠が知らなかった魔法。

 だが、使えるという事実がそこにはある。

 なら、それをいつものように解析して模倣するのみ。

 幸い今日までの間でルーナのレベル上げの序にダンジョンへ篭っていた。

 その間でこの魔法と、あの力の制御の練習を積み重ねてきた。


 ――だから、まずは斬られてくれ。


「――『滅光(ヴォーパル・)付与(エンチャント)』」


 静かに呟き、その魔法を再現する。

 系統で言えば、これは光と闇の複合魔法。

 その効果は、消滅の光。

 全てを呑み込み、掻き消す冷たい光。

 誠から闇夜を照らす光と、闇夜を呑み込む闇が溢れ、交わり、神剣へと宿る。


 鋭い視線をそのスライムへ向けて、再びスライムへと瞬時に肉薄。

 切っ先を突き立てながら突進する誠は、踏み込んだ場所では土煙を巻き上げ、闇を斬り裂く軌跡となってその力を振るう!

 速度が乗った刺突はやはり突き刺さっていた。

 ここまではさっきと同じだが、一つ違う点が存在する。

 それは突きが命中している範囲のスライムの体積が消滅していることだ。

 つまり、こいつに対して魔法攻撃は有効。

 さらに言えば、核は最大数を減らせることもわかった。 

 勿論学習された後の事まではわからないが、それでも十分な成果と言える。


「……けど、俺は欲深いんでね。――解放(リリース)ッ!」


 ()()()()()()()で、消滅の光の力を解放し、その身体を消し去っていく。

 これも誠がよく使っていた魔法の運用法である『解放(リリース)』。

 魔法の効果を周囲へ拡散・放出させる、広範囲への攻撃を可能にさせる技術。

 卓越した魔力操作技術が必要だが、もう何年も莫大な量の魔力操作を行ってきた誠からすれば出来て当然の技術だ。


 消滅の光は体内を舐め取るように暴れ、喰らい尽くして、漏れ出た光が異常な程に場違いな、幻想的な光景を作り出す。

 しかしやられた側はたまったものではない。

 現にスライムの体積は目に見えて減少し、始めの大きさの四分の一程度になっていた。

 ここで重大なのは、四分の三が()()した事だ。

 普通に切断するだけではまた融合していたが、その物が無くなれば話は別だ。

 幾ら『無限に進化する』スライムでも、無いものを創り出すことは出来ないはずだ。


「やっぱりこれは効くらしいなぁ。いや、練習した甲斐があったってもんだ。……と、二人はどうかな」


 グチャグチャと音を立てて蠢いているスライムから視線を外して、別の場所で戦っている二人の様子を確認する。


 ディアはどうやら苦しげなようで、まだ数体しか完全に破壊出来ていないようだった。

 短剣と魔法での攻撃を上手く組み合わせてゴーレム達の中心で踊るように戦っていた。

 MPは凡そ五割くらい残しているようではあるが、ちょっと目が怖いし、時折笑い声が聞こえてくる。

 ……まぁ、楽しそうで何よりだ。

 ディアには早く片付けられたら二人で遊んでいいと言ってあるので、張り切っているのだろう。

 ただ、様子を見るにまだ余裕はありそうだし、奥の手も使っていないようなので、一先ずは大丈夫だろう。


 続いてルーナを見ると、その辺りは既に激戦区のようになっていた。

 ……いや、あの二人相手にルーナが拮抗した戦いをする筈がない。

 それなりに手は抜いているのだろうが、明らかに地力が違いすぎる。

 あの三人は魔法戦闘を得意とするだけに、その差が顕著に現れていた。

 アルムとディーナは息切れ寸前なのに対して、ルーナは顔色一つ変えていない。

 訂正、あちらも結構楽しそうに嗤っていた。


 ……クソッ! こんなつまらん奴はさっさと片付けるべきだッ!


「羨ましいくらいにルーナの笑顔が眩しいなぁ……。俺も早くあっちへ行くか」


 既に誠の目にスライムの姿は映っていない。

 元々勝ちを確信した戦いだから当然とも言えるが、誠の行動には油断は一切無い。

 それにこれも全力でやっている。

 軽口を叩いているのは単純に斬っても殴っても良く分からない反応を示すスライムが嫌で、二人のことをおちょくって遊びたいという本心が漏れているだけなのだ。

 ……まだ全部の種明かしはしていないから、その後のあいつらの顔が楽しみなのだ。


 どんな目で見てくれるだろうか、どんな風に心が壊れるだろうか。


 ――人の心を壊す気持ちは、どんなものだろうか。


 前者はきっと、そう変わらないものなのではないかと、誠は考えている。

 現に俺も、ディアもルーナも、結局似たような目で、似たような壊れ方だった。

 だが、人の心を壊したことは、俺にはまだ無い。

 もしかしたらどこかでそうなっていたかもしれないが、俺自身が気付いていないならノーカンだろう。

 それも、俺が壊すのは、俺を、そしてルーナを壊した二人だ。

 楽しみでない訳が無い。


『ブルォォォォォァオオ!!』

「騒ぐな騒ぐな……。ったく、うるせぇったらねぇ……お?」


 くぐもった咆哮を上げるスライムに釣られて視線を戻せば、その姿形が変化していた。

 具体的には()()()()()()()()()()姿だった。

 ベチャっとした液体と固体の間のような質感だったそれは、張りのある肌のそれへ変わっている。

 中に骨が入っているのかどうかまではわからないが、しっかりとその二本の足を地に付けて立っていた。

 そして右手には誠の持つ神剣を模しているのか、同じような赤黒い色合いの剣が握られていた。


「ふぅーん、まぁ、何でもいいか。勝つのは俺だ」


 好戦的なその表情は、いつ以来のものだろうか。

 戦いが好きだと自信を持って言うタイプでは無いが、嫌いでは無いことは確かだ。

 バトルジャンキーでは無いが、ノってくるとペースは上がるし、動きの速さも、そのキレも戦闘中に向上していく。

 あの思考に追いつくべく最短距離で身体を動かしている感覚が、最高に心地良いのだ。


 話を戻すが、あのスライムは剣士の形を取っているが、その本質は変わらない。

 剣士の間合いで戦っていると思えば攻撃を食らうのは俺のはずだ。

 ……なら、ちょっと様子見てからでも遅くはねぇな。

 万が一にも外してはならないその時の為に、あれと戦うことを心に決める。


『ブルォォォォオ!!』


 首無し剣士が、誠へ向けて飛び込んでくる。

 あの剣も、あの身体もある意味では本物。

 だからこそ、誠は全ての感覚を集中させてその攻撃を、動きの癖を見抜いていく。


 上段から振り下ろされる剣を、誠が持つ神剣の腹でその軌道を逸らし、普通ならば少なからず隙になるそのタイミング。

 距離を無視するような伸びた脚による回し蹴りが誠の脇腹へ殺到し――吹き飛ぶ。

 スライムの重さでは無いそれが、誠の身体へ初めての攻撃の命中となった。


 吹き飛ばされながらも空中で体勢を整えながら舌打ち、魔法で身体強化を施しつつ、()()()()()()スライムへ斬りかかる。

 空中へ魔力で作った足場を設置して、それを蹴って推進力を得た誠が繰り出すのは右から左への横薙の一撃。

 光属性の属性付与を施された神剣が、受け止めた剣ごと、その胴体を上下に分割――身体は勢いのままスライムの後方へ流れるが、腕を振った勢いを利用してくるりと回って逆袈裟を加えてその身体を四分割していく。

 断末魔のようなものは一切上がらず、属性付与を施した攻撃ではあったが、あまりダメージとはなっていない様子だ。

 地面に脚がつき、ザーッと土煙を立てながらその勢いを次第に失わせてから、浅くなった息を整える。

 若干無理のある機動だっただけに、疲労感が滲んでくる。

 だが、予想は正しかったらしい。

 伸縮自在の身体とはここまで厄介なものなのかと実感させられる行動だった。

 しかし、それさえわかれば後は用はない。

 早いところで片をつけた方が良いだろう。


「お前と殺り合うのも、もう飽きたんでね。次で死んでくれよ」


 見れば既に斬った部分は結合して、元通りの状態になっていて、だらりと腕を垂らしている不気味な姿があった。

 挑発が通じるかわからないが、誠は左手で『かかってこい』とジェスチャーを見せる。

 すると、その意思が伝わったのか、人型のスライムが滑るように距離を詰めてきた。

 確実に剣の間合いから離れた場所から、突きを繰り出したかと思えば、その腕が伸び、濁った色の剣先が誠を目掛けて迫る。


「……もう、それは見切ったんでね」


 半身になってその突きを回避し、続いて伸びた腕から生えた無数の棘すらも、未来予知かと思うような動きで攻撃範囲から離脱する。

 神剣で切り落としても良かったが、それだともしもの場合が起こるので、可能な限り避ける作戦だ。

 普通の人間ならまず理解不能のスライムの攻撃を、誠は全て紙一重で躱し、受け流す。

 解析と並列思考を常時フル稼働させて、考えうる全ての可能性への対処法から、最適解を導き続ける神業。

 脳の回路が焼き切れるような熱さが全身に広がるが、それ以上に高ぶった感情が冷静さを維持させる。


 ギィンと金属がぶつかり合う音が、二人の間で響く。

 赤と銀が交差し、動きが止まる、このタイミング。


 誠の身体が沈み、地を刈るようにローキックを繰り出して一回転。

 思わぬ形だったのか、よろめき、空中で身体が横向きに倒れるスライムへ、追い討ちをかけるように今度は直上へ飛ばすように爪先で蹴りを叩き込む!

 まともに人間で言う脇腹の辺りに蹴りが入ったスライムは、くの字に身体を折り曲げながら、星月が煌めく夜空へ放り出される。


 何処へも逃がさないための、この一瞬。

 もしもなんて一縷の望みすらも残させない為の、必中必殺のタイミング。


「終わりだ――マモンッ!」


 今が、その時。

 超高密度の魔力の圧を放ち、一身に纏う。

 人でありながら神の力をその身に宿す、破滅の一手。

 それでも、己が望みを手にする為に、全てを犠牲にすると決めたから。


「――【神域模倣】」


 俺は、全てを超える。

 この一撃だけは、外さない。

 神剣へ『滅光付与ヴォーパル・エンチャント』を施し、中段に構える。

 《時空》の力が含まれた魔力は辺りに充満し、既に周囲の状況を余すことなく誠へ伝える。

 夜の冷たさも、風の流れも、焦げ付くような臭いも。

 そして、スライムの核の位置も一つ残らず、手に取るようにわかる。

 この全能感は、普通では味わえない。

 並列思考である程度慣れている誠ですら顔を顰めたくなるような過剰な情報量が脳に流れ込み、オーバーヒートしかけるが、強引に捩じ伏せて――瞼を閉じた。


 そして、呟く。


「――――剣界」


 ――刹那、漆黒の空へ銀の閃光が無数に刻まれる。


 スライムの体内に存在する無数の核は、全て()()に切断され、その破片は消滅の光に呑み込まれ、存在を消し去った。


 立ち尽くす誠の額には玉のような汗が浮かび、肩で息をしていた。

 全く動かさなかったとしか思えないくらいに同じ位置で構えたままの神剣を納刀し、霞がかった思考を振り払うように首を振る。


 ――剣界。


 かの『剣聖』が得意とする、領域内の全てを切断する技。

 誠が使ったのはその模倣だ。

 厳密に言えば同じでは無いが、限りなく近いものだ。 

 領域を知覚する能力をマモンの《時空》の力を込めた魔力で補い、《強化》で、その精度を限界まで高める。

 極度の集中の中で初めて使える、絶対の剣。

 剣技だけで戦えば、誠をしても十中八九負けるとすら思わせる『剣聖』。

 そして嫌いな人物でもあるあいつの技に頼るのは死ぬ程嫌だったが、復讐を優先させた。


 ともあれ、お楽しみはこれからなんだ。


「……さぁ、楽しませて貰おうか。こんなものまで使ったんだ。がっかりさせてくれるなよ……?」


 全身から筋肉が軋む音が聞こえてくるが、二人の元へ向かう誠の足取りは、異様に軽いものだった。


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