第18話 儚い夢の狂騒曲
お久しぶりです。
体調やら時間が無いやら諸々で遅れました……
多分これからも同じようなペースになる時がありますが御了承を
今回は少々長めです。
仕上げをした次の日の夜に工房へ向かうと、ルーナの姿が見えなくなっていたが、そんなことはどうでもいい。
重要なのはここにただ一人残されていた私達の娘のエリィが意思を持って動いていることだけだった。
緩慢な動きではあるが、人形だったはずの少女は自力で立ち上がり、私を見て呟いた。
「……パパ」
まだ言葉を発することに慣れていないのか、酷く小さな声量だったが、それを聞き逃すわけがない。
紛れもないエリィの声だ。
懐かしさと再会の感動に襲われて頬を雫が伝い、床へ落ちる。音もなく濡れた床へは目もくれずに、私はその小さな身体を精一杯抱き締めた。
「……そうだよ、パパだよ。おかえり……エリィ」
エリィの身体は生きている人間程の温かさは無いけれど、私達が愛した娘であることに変わりはない。この身体だって、あの頃と全く変わらない。声だって変わらない。それだけで十分すぎるのだ。
「さぁ、エリィ。お家で帰ろう。ママが待っているよ」
「うん」
「その前に、服を着ようか。きっと似合うと思うよ」
そう言ってアルムが紙袋から取り出したのは下着と、つい先日娘の為に買った淡い水色のワンピースと、夜道でも寒くないように薄手のケープを並べる。
そして懐かしさを覚えながらも、次々と手早く着せていく。
感じる熱は魔力が元になって再現されているとはいえ、生身の人間のそれとは気色が違う。
けれど、確かに娘が帰ってきたという実感が持てる時間だった。
何でもない日常が、そこにはあったのだ。
そう考えたら目頭が熱くなり、頬を温かな雫が伝い、ぽたりと冷たい床を濡らして――止まらなかった。
否、止められなかった。
子供の前で泣くのはよそうと決めていたのに、そんな決意はいざ会ってみればぼろぼろと崩れて無くなっていた。
「パパ、どうしたの?」
「あ、あぁ。……大丈夫。なんでもないよ」
涙を拭って、とびきりの笑顔でそう答えた。
そうだ、私はパパだ。
どんな非情な手段で娘を娘ではない可能性を残して生き返らせたとしても、私はこの娘のパパなのだ。
いや、生き返らせたという表現は正しくは無いだろう。
厳密に言えば、娘は今も死んでいるのだから。
こうして動いていても、話していても、その心臓は魔力で動かす機構に過ぎない。
死者の冒涜だと非難されても構わない。
私は――私達はそれ程までに娘を愛しているのだから。
「さぁ、着替えたならお家へ帰ろう。ママが待っているよ」
「うん」
小さく頷くエリィ。
……しかし、本当の意味でエリィなんだろうか。
◇
森の隠し工房から街の家まで戻るのも一苦労だった。
誰にも見られないように移動するのはまだ楽だとしても、魔物に出くわす可能性もあるのだ。
念の為慎重に進み、時にゴーレムも駆使して魔物は避けることが出来たのは上出来だった。
街に至っては吸血鬼騒ぎが始まってからというもの、夜は門番の兵士が居らず、ザルも同然だった。
そうして誰にも見つかる事無く自宅へエリィと帰ることが出来た。
「ディーナ。帰ったよ」
「おかえりなさい。……あぁ、エリィ。私の事わかる? ママよ?」
「ママ?」
首を傾げて問いを返すエリィは、徐々に笑顔を取り戻してディーナの胸へと飛び込んでいった。
「ママっ」
「うふふっ、エリィなのよね。夢じゃ、ないのよね」
「正真正銘、私達の娘のエリィだよ」
この娘は、私達のエリィだ。
誰が何と言おうと、その事実は変わらない。
「今日はもう遅いから寝ましょう。久しぶりにみんなで」
「そうだね。エリィも今日は休もう。いっぱい歩いて疲れただろう」
エリィを見ればこくりこくりと首が上下に揺れているようだった。
それを見て、二人で目を合わせて笑みを浮かべていた。
あの日の続きを見ているようで、嬉しくて、愛おしくて、大切な時間。
この何気ない瞬間さえも、この日が訪れるまでは一度も無かったものだ。
埋め合わせの時間とは違う、何処までも甘く、蕩けてしまいそうになる今は、やはり私達が求めたものだ。
アルムが眠たげなエリィを抱きかかえて寝室へ向かい、ベッドへ下ろすと直ぐに寝息をたてて眠りについた。
「私達も寝ようか」
「えぇ。おやすみなさい」
二人はエリィを挟み込むように位置どり、 眠りについた。
それからの日々は至って変わらないはずなのに、全ての出来事が明瞭で、新鮮だった。
紛い物ではない、本物の娘。
私達が望んだ、唯一の愛の結晶。
時間を巻き戻すように、エリィとの日々は間を感じさせないほどのものだった。
だが記憶は多少の齟齬が見られるようで、時折不思議な行動をすることがある。
その度にエリィと触れ合い、理解を深める機会なのだと納得させて過ごした。
どうかこんな私達を赦してくれ。
エリィを完全な形で創り出せなかった私達を恨んでいるだろうか、憎んでいるだろうか。
でも、それだけ私達はエリィを愛しているのだ。
これだけは真実で、変わらないものだ。
「パパ、どうしたの? 怖い顔してる」
「すまない。少し考え事をしていたんだ。許してくれ」
「パパは、エリィのこと、すき?」
突然のエリィからの質問。
無垢なエリィの一幕である筈のそれは、一瞬だけエリィでは無いように思えたのだ。
理由を問われれば何となくとしか言えないが、僅かに感じた違和感。
(記憶が混ざっているのだろうか。いや、エリィだ。この娘はエリィ以外の何者でもない)
そう結論を出して、エリィを見つめて、答える。
「エリィのことが好きだよ。愛しているよ、エリィ」
しゃがんで、その腕に小さな身体を抱き寄せた。
華奢で、脆くて、懐かしい感覚。
頬と頬が触れ合い、温もりが伝う。
その時間を惜しむようにアルムは浸り続ける。
「ママ」
「どうしたの? エリィ」
「えっとね、ママは、エリィのこと、すき?」
可愛らしい娘の質問。
何時になく、奥底を見るような澄んだ瞳のエリィは、ディーナを見ていた。
「えぇ。大好きよ。エリィは私達の宝物なのよ」
そう言って愛を込めてその腕にエリィを抱き締める。
最近ようやく思い出せた、娘の感触を全身で感じながら、瞳が潤むのを感じる。
亜麻色の長髪を静かに梳きながら、ディーナは昔を思い出していた。
産まれたばかりで大変だった日々、すくすくと育っていくエリィへの愛。
苦しくも、楽しかった長く短い日々。
そして、それが突如として終わりを迎えた日。
エリィが死んだ。
その事実は当時の二人に重くのしかかり、潰れてしまいそうな絶望を味わった。
それでも、二人はエリィと共に過ごす日々を諦めなかった。
エリィの魂を死ぬ前の取り決め通りに、呪術によって縛りつけ、身体を魔力によって稼働出来るように生体改造し、足りない物を持っている人間から掻き集めて、ようやく創り出した。
だからこそ、私は更なる愛を娘へ注ぎ込む。
これは、正当な私達の権利。
弛まぬ努力と、研鑽と、才能と、執念が生み出した、私達の失っていた時間。
だから私は、もう手放さない。
そうして、更に強く抱き締めた。
◇
それから約一週間の日々が流れた。
その間の私達の生活は大きくは変わらない。
魔法道具を作り、店へやって来る客へ売る。
時折魔法道具の整備へ向かったりするが、それも大して変わらない。
変わったことといえば、夜の仕事が無くなったことと、やはりエリィがいることだ。
食卓を囲み、笑顔を交わし、温もりを感じる。
言ってしまえばたったこれだけの事だか、その時間が堪らなく幸福なのだ。
「さて、今日はもう閉店の時間だ」
既に日が落ち、街の住人は出歩かなくなる時間。
これも自身が作り出した噂のせいではあるが、今はそれすらも嬉しく思う。
手早く店内を片付け、居住スペースへと足を運んだ。
キッチンでは既にディーナが夕食の準備を進めているようで、ジューっと肉の焼ける音と、香ばしい香りが漂っていた。
仕切りの扉が開く音で気が付いたのか、ディーナがチラリと振り向いた。
「お疲れ様、アルム」
「ディーナもお疲れ様。エリィはどうしてる?」
「エリィなら部屋に居るわ。そろそろ夕食だから呼んでもらえるかしら」
「ああ。わかったよ」
ディーナに言われるがままにアルムはエリィを呼びに部屋へ向かう。
仕事で疲れてはいたが、その足取りは軽いものだ。
それもそのはず、二人にとっては毎日の楽しみと言っていい時間になっているのだ。
「エリィ。入るよ」
一応ノックをして、そう呼びかける。
しかし、中から返事が返ってこない。
眠っているのだろうかと考えたが、念の為に確認することにして、扉を開いて中へ入る。
「エリィ?」
結論から言えば、エリィは眠っていなかった。
ただ、ぼんやりと窓から外を眺めているようだった。
エリィの視線の先には暗くなりつつある街を淡く照らす満月。
一つだけのそれを一心に見つめていた。
「エリィ。そろそろ夕食だよ」
あまりに反応が無いのでトントンと軽く肩を叩く。
すると、ゆっくりとエリィは振り返り、アルムをじーっと見つめる。
その顔にはいつもの笑顔は無く、無機質な表情と、虚ろな瞳だけが宿っていた。
明らかにこれまでとは違うエリィの様子になんとも言えない不気味さを感じたが、その感覚を表す適切な言葉が見当たらない。
ただ一つだけ言えることは、何かが狂ったというあの時と同じ不安感とも、焦燥感とも言える何かがそこにあるということだけだ。
「パパ、私、行くね」
それだけを告げて、エリィは部屋を後にし、それに慌ててアルムが着いていく。
その途中で何度も止めようとしたが、呼びかけはまるで意味をなさず、エリィの歩みを止めるのには至らなかった。
そして夕食の準備をしていたディーナまでもエリィを連れ戻すために着いていくことになった。
家を出てもエリィは止まらず、二人が力ずくで止めようとしても逆に力ずくで振り払われてしまう始末だ。
「ディーナ、これは……」
「……わからないわ。少なくともあの時までは正常だったわ」
ディーナの言う通り、この日、あの時に初めてエリィの様子がおかしくなったのだ。
なんの前触れもなく、唐突に。
「だとしても、着いていくしかない」
「……そうね」
結局、二人はフラフラとしながらも確かな足取りで進むエリィを追うしかなかった。
闇に染まり、人の気配が消えた街に三つの人影。
追われる小さな影と、追う二つの大きな影。
駆けていくという訳でもなく、小さく一歩ずつ歩くエリィに合わせて後ろを着いていくだけだった。
そのまま騒ぎのせいで置かれることがなくなった門を潜り、街の外へ出てしまった。
街の外には魔物もいるし、この時間であれば何かに狙われても気づくのは難しいだろう。
そんな場所を何かに惹かれるようにエリィは歩く。
それから数十分程歩くと、今度は霧が辺りを覆っていた。
決して濃いものでは無いが、この時間であれば無視出来ない程度の視界の悪さを強いられることになる。
それでもエリィが突き進むので、それを見失わないように後ろに着いて二人も歩いていた。
「ねぇ、アルム。これは……」
「わかってる。警戒はしているさ」
二人は当然に警戒を進めていた。
紛れも無い異常事態だと、二人の経験が五月蝿いくらいに警報を鳴らしていた。
根拠が無いその予感だが、馬鹿にならないことも理解していた。
だが、それでもエリィがこの状態なので引くことが出来なかった。
そして、霧がはれた先に、二つの見下ろす影が見えた。
濡れた鴉のような全てを飲み込むと錯覚する程の漆黒と、正反対の全ての闇を塗り潰す純白。
黒の瞳は何処までも深く、昏く、絶望を鏡写しにするような色に、隠しきれない程の狂気を宿したものだ。
白は浮かび上がるような紅玉の輝きを放つ瞳だが、その本質は黒のそれと同じ。
射抜くような視線は二人へ向けられ、エリィに向けられていた意識が全て持っていかれる程の吸引力と言うべきものがあった。
そして、エリィはその黒と白の間に位置取り、おもむろに自分の力で縄のようなものを自身に括りつけていた。
どう考えても現実と思いたくないその光景、それ以前にあってはならない現実。
「エリィを、離せ」
冷たく、研ぎ澄まされた刃のような視線と言葉で、青く輝く満月を背に立つ二人を責め立てる。
一瞬の視線の交錯、そしてその男はニヤっと口を歪め、声を上げて嗤いだした。
心底苛立つようなその声音に、アルムも釣られて声を荒らげ、叫ぶ。
「何がおかしいッ!」
「……いや、思ってたより楽しそうだと思ってなぁ。そうだ、まずは自己紹介でもしようか。お前達のはいらねぇよ。散々聞いたし、お前達自身が知らないことも知ってるからさ」
至極冷静な様子で答える男に、今度は纏わりつく嫌な感覚を感じた。
竜の尾を踏みつけ、逆鱗に触れたような、そんな感覚。
底冷えするような寒気……いや、これは悪寒と言った方が正しいだろう。
それと同時に気になることも言っていた。
「……お前達は、何だ」
「俺は……そうだな。唯のイカれた復讐者だよ。隣は俺の付き添いだ。後は……いや、これは本人が言った方がいいだろ。とまぁ、前座はこの辺にして――」
そう男が言うのを睨みつけながら聞いていたが、それも直ぐに叶わなくなる。
「「――――ッ!」」
二人は目を焼く閃光に襲われ、視界を奪われてしまった。
恐らくその犯人は、あの黒い男。
だが、この状態ではどうすることも出来ない。
そんな中で、耳元に囁きかけるように声が響いた。
「――まずは、これで思い出してくれよ」
頭を鷲掴みにされる感覚と、それと同時に流れ込み、グチャグチャに何かが掻き混ぜられるような、耐え難い気持ち悪さ。
呻くアルムとディーナだが、力を弱めることなく、それは続いた。
拡張された意識の時間の中で自分のものでは無い何かを見せられていた。
それが記憶だと理解するのにどれだけかかっただろうか。
しかし、そう理解すれば話は早かった。
――こいつが勇者なら、殺すッ!
他の理由はどうでも良くなった。
目の前にエリィを完全にする部品があるんだ。
ここで逃せば、次はない。
エリィは囚われ、あの二人は私達の幸福の邪魔をする敵だ。
それも含めて絶対に殺さなければならない、人類の敵だ。
「アマノッ! 殺す、貴様だけはッ!」
「えぇ、本当に忌々しいッ!」
「クヒヒッ、そうか、思い出してくれたか! なら、当然俺の事情だって理解したはずだ。その上で名乗らせて貰うぞッ! ――殺しに来てやったぞ、化物共ッ! もう途中退場も、中途半端な幕引きも許さねぇ! こっからは何もかも全開だッ! 欲望の深淵で死んで逝けッ!!」
伏線回収しないとですよ、大変ですよ。
期待を良い意味で裏切れたらと思います。




