第16話 少女が望む奈落の黎明 Ⅱ
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
それでは本編をどうぞっ
「偽りだらけの世界に、お前は何を求めてるんだ?」
……私が、求めるもの?
きっとその答えはもう知っている。
アルムとディーナのあの顔がこびりついて忘れられない。
五月蝿いくらいに響く憎しみの声は『殺せ、殺せ』とその感情を駆り立てる。
その相手を、コイツは殺すと言った。
私が手を加えない復讐なんて、許せるわけが無い。
「お前が何を考えてるのかは知らねぇが、俺らはあいつらを殺すぞ? お前がどう動こうが関係無い。それが俺のやるべき事だからだ」
私のことは関係無い?
「…………ふざけ、ないで……」
「あぁ? なんか言ったか」
血が滲む私の腕がこの男に踏まれ、グリグリとすり潰すように脚を動かす。
けれど、痛みは感じない。
こんなの痛みじゃない。
「…………巫山戯ないでッ!」
だから、これは違う。
こんな重みのない言葉は、私には響かない。
「……何も、知らない癖にッ!」
叩きつけるように叫びをぶつける。
どうせこいつは私の中身なんて理解出来ない。
苦しみも、悲哀も、嘆きも――憎悪も。
黒く濁った感情を、本当の意味でお前なんかがわかるわけが無い。
そんな心を覗き見るかのように男は続ける。
「あぁ。俺はお前の本心は何一つ理解出来ないし、するつもりもない。だけどな、これだけは言わせてもらうぞ」
わかった口を聞いて何を言う気だろう。
どうせ諦めるなだとか、そんなことを言う気だろうか。
「イラついてんだろ? 腹が立ってんだろ? なら、自分に嘘なんかつくんじゃねぇよ。そこで嘘をついたら、もう、戻ってこれねぇよ?」
イラついてる? 腹が立ってる?
……なんで。
嘘をつくな?
……いいえ、これは真実。
わかってる、もう、わかってる。
痛いくらいに、全部。
「本当はもうわかってんだろ? 黒い感情が煮えたぎって、熱くて熱くて仕方ねぇんだろ? あのクソみてぇな薄ら笑いを浮かべるアイツらをぶっ殺してぇんだろ? それが本当にわかってないなら、お前はもう関係無い。さっさとどっか行け」
……そっか。
もう、痛いのは嫌だ。
もう、裏切られるのは嫌だ。
――大切なものを壊されるのは……嫌だ。
「…………関係無くなんて無いッ! ……アイツは、私が殺すッ! ……私を裏切ったアイツを、彼らを嘲笑ったアイツを、全て、壊してッ!」
アルムを壊して。
ディーナも壊して。
隣の人形も……壊して。
これは、そう、復讐だ。
ただ一つしかない記憶すら奪ったアイツらをへの、復讐だ。
どうやって殺そう。
全身を炙って殺そう。木綿でじっくり首を絞めて殺そう。互いに互いを殺させよう。手足を一本一本千切って殺そう。
これが殺意、これが復讐。
殺す。
殺すころすころスこロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…………
呪詛の如く紡がれる魂の言の葉だけは、やはり嘘では無かった。
一つ言う度に楽になる。
「それだけか? それだけの言葉で片付く感情なのか? 優しい夢は、楽しかったろ?」
確かにこの短い日々は楽しかった。
擦り切れた心は癒され、幸福に浸っていた。
……今となっては、押し付けられただけだとわかるけれど。
「……とても楽しくて、優しくて、痛い程に居心地が良い幻想だったよ。……でも、もう、夢を見るのは止めた。……都合のいい私は、もう死んだ。……今は、ただ、アイツらを殺したい。……それしか、考えられない」
もう私は望まない。
光の届かない深淵で、力の無い自分自身を呪った。
力が欲しい、そう奥深くから声が聞こえる。
渇いた身体が今は無い何かを求めるように、それは暴れ回る。
「だったら、俺に。……俺達に着いてこいよ。俺も、ディアも、そしてお前も差異はあれど、根元は同じだ。憎くて、憎くて仕方がないんだろ? 自分を貶めたヤツらを同じように苦しめて苦しめて――殺したいんだろ?」
その男の言葉で初めの親近感のようなものの正体がはっきりとわかった気がした。
あのただでさえ奥が見えない漆黒の瞳に見えた、その黒すら呑み込む黒。
同じだったんだ、私と。
だからこんな状況でも比較的冷静に話を聞いていた。
何となく聞かなければならない気がした。
なら、私の答えは一つだ。
「……殺し、たい」
「その為の力も、欲しいんだろ?」
「……欲しいっ。……アイツらが殺せるなら、私はどうなっても、いい」
力を手に入れられるのなら、形振り構っていられない。
そんなことにかける時間なんて無い。
この命を、魂を捧げるくらいで力が手に入るのなら、私は喜んで売ってやる。
その答えを聞いた男は、あの二人とは違う嗤い顔を浮かべる。
昏く、闇を体現する破滅を望むその笑みは、きっと悪魔のそれだろう。
だとしても、拒絶なんて出来るはずがない。
私自身が望んだ場所にいる人間だ。
だったら私も嗤っていよう。
きっとこれが正しい私の……私達の姿だから。
「なら、これでも飲んどけ」
男が私の口に苦味のある液体を流し込むのがわかったが、それが害のないものだと理解して大人しく飲み干す。
どうにも苦くて好き好んで飲もうとは思えないが、今は致し方ないだろう。
「……っ、これ、は」
「あー、なんだ。さっきの詫びだと思ってくれ」
「……全く、マコト様は不器用ですね」
「うるせぇ。ディアも随分と静かだったな」
「あれは二人で話すべき事だと思いましたからね」
「……違いねぇな。それで、合格か?」
誰に向けたかと思えば、それはきっと私であり、隣の二人でもあるのだろう。
その証拠に全員の視線が交錯する。
「私はマコト様に付き従うのみです。それ以上でも、それ以下でもありません」
「っし、それなら決まりだな」
男の手が私へ伸びてくる。
至って普通に見えるその手は、如何してか遠いようで近く感じられた。
「もう一度だけ言うぞ。力を望むなら、復讐を望むなら……俺達に着いてこいよ」
改めて告げられるその言葉。
この手を取れば力が手に入る……?
この手を取れば復讐が果たせる……?
そんな自問自答に答えるものは私の中には居ない。
既に理解したことだ。
私自身がやらなければ、それは始まらない。
ここでこの手を取るのが、私にとっての始めの一歩。
私も確認の為に彼らの目を見る。
男の黒く濡れた瞳、女の紅く煌めく瞳のどちらにも共通する負の感情は今の私……いや、それよりも濃密で、深い色。
けれどそれは彼らが決意という面で一歩先にいるだけのようにも感じた。
私自身の感情が負けるとは微塵も思わないし、勝ち負けを決めるものですらない。
……だから、私はその手を取ろう。
「……私を、……いえ、私も……殺る。……だから、連れて行って」
「あぁ。俺達はお前を歓迎するさ。ようこそ、地獄の一丁目へ。……それとな、俺達がお前を連れていくんじゃない。お前も並んで歩くんだよ。一歩引いた傍観者はもう終わりだぞ」
……ああ、やっぱりこの人は、悪魔だ。
逃げ場を無くして、既に同罪の共犯者だ。
……でも、それでもいい。
逃げなんて甘えが無くなるんだ。
「それじゃ、契約といこうか。それと、良いものを見せてやるよ」
「……良い、もの?」
「きっと腹から嗤えるような、俺からの些細なプレゼントだ。お前が知らないお前の、な」
私を試すようなにやけ顔は、挑発的で、どうしようもなく魅力的だった。
そして、それは始まった。
まず感じたのは、何とも言えない気持ち悪さだった。
私という存在をぐちゃぐちゃに掻き回すような不快な感覚だったが、それも一時を境に止んでいた。
その理由は明らかに自分のものでは無い記憶を見せられていたからだ。
「今は、記憶を見せあっている状態だ。どんな気分だ?」
「……いきなりは、驚く。……けれど、ありがとう」
誠の魔力が流れてくる痛みに顔を歪ませながらも、私はある記憶を見ていた。
雨が地面を打つ中で向かい合う二人。
その一人はこの記憶を見せている彼で、もう一人は馴れた顔のアルム。
当然にその会話の全てが聞こえて、その中に私の名前もあった。
その成れの果ては、私には冷たく響く。
それでも大して驚きもしない自分が今いる。
「……私、一度死んでる……? ……誠は勇者?」
「あー、その辺の話は後でだな。そろそろ十分だろ。これで俺との契約は完了だ」
どうやら契約が終わったらしい。
だが、こんな契約を私は知らない。
そんな疑問を置き去るように今度は隣にいた少年が前に出る。
「それじゃ、今度は僕の番だね。僕はベル。まぁ、邪神とかどうとかは置いといて、君は力が欲しいかい?」
「……欲しい」
「よしっ! なら契約しようか」
少年らしいニッコリとした笑みでルーナへ答える。
だが誠がそれを遮った。
「いやいやいや、お前対価はどうするんだよ」
「あっ、そっか。契約って面倒だね。よし、ならこうしよう。僕さ、美味しいものが食べれればそれでいいんだよ。だから、美味しいものを沢山食べさせてくれればそれでいいよ」
この条件が良いのか悪いのか私には理解が及ばないが、そんなことはどうでもいいのだ。
要はこのベルと契約すれば力が手に入る、それだけわかっていればいいのだ。
「……わかった。それでいい」
「良かった。じゃ、手を出して」
「……んっ」
柔らかな白い手が、ベルの手へ伸びる。
それは記憶を見せたマコトと同じようで、少しだけ違った。
特に痛みもなく、記憶を見せられることも無い。
ただ……
「……身体が、熱い……っ」
「おい、大丈夫か」
芯から熱されるような熱量だが、痛みや不快感といったものはまるで感じない。
それよりも自分があるべき姿になっているという方が正しいとすら思えるほどだった。
……それと、喉が渇いた。
「これで契約は完了だよ。宜しくね、マスター」
「……よろしく。ベル」
これはまだ始まりに過ぎないのだろうけれど、今がこれまでで一番良い顔で嗤っていられるから。
――私はもう、迷わない。
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