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第15話 少女が望む奈落の黎明 Ⅰ

 彼女は鎖に繋がれていたのに、目だけは死んでいなかった。


「…………誰?」


 絞り出すような声がディアでもなく、ベルでもなく、俺に向けられているのがわかる。

 仄暗い部屋に二つの蒼い煌めき。

 闇夜を照らす月のような、美しくも儚い光。

 そのはずの瞳は何処か黒く澱んでいて、狂気と渇望を秘めた光。


「誰と聞かれたら答えに困る。が、強いて言うなら……」


 頭に指を当てて口元を歪めながら言う。


「――――頭の狂った復讐者だよ」


 自分で言っていて可笑しくなるが、事実なので仕方ない。

 それに少しは警戒の色が取れたように見えた。


「……本当に、今日は初めてばかり。それで、何をしに来たの?」


 不安定さは収まったルーナが問う。


「何をと聞かれたらちょいと困るが、一先ずは……」


 誠はチラリと隣にいるベルを見る。


「はいはい。全く邪神使いが荒いなぁ」

「これぐらいはして当然だ」


 呆れたようなベルを窘めて、ルーナの元へ歩み寄る。

 そして、ベルが首元の首輪に右手を添えてその力を行使する。


「じゃあ、いくよ」


 金と蒼の二色の魔力がベルを起点として吹き出し、首輪を包み込む。


「……なに、これ」


 不安気な声をベルと誠に向けるが、その返事は直ぐに目に見えて現れる。

 暫くしてルーナに付けられていた首輪と鎖が、ベルの魔力によって掻き消され、痛々しい赤い痣だけが残る。


「……えっ」

「ふぅ。これでいいでしょ?」

「呪いも消えてるな。ありがとう」

「もっと褒めてくれても良いんだよ?」


 胸を張るベルだが、確かにそれだけの事をしているのだ。

 この呪いというのは本来術者を介して行われる為、解呪するには相応の技量が求められる。だが、如何に呪術と言えども魔力から出来ていることには魔法と変わりがない。

 なので元々は錫杖の力で解除するはずだったが、ベルの能力のお陰でそこは任せることにした。

 ベル曰く、『食べて』いるらしい。

 正直何処まで本当で何処まで嘘なのかわからないが、それでも効果の程は折り紙付きだ。弱体化しているとはいえ流石邪神といったところだ。


「とまあ、前座はこの辺にして。なぁ、ルーナ。今、どんな気分だ?」


 嫌味たらしい笑みを、ルーナへ向ける。

 お前のさっきの言葉を聞いたからこそ、俺は聞きたかった。

 なぁ、お前の見えている世界はどうだ?

 色付いてるか?

 希望に満ち溢れているか?

 でも、大体想像はつくさ。


「…………最悪。……今まで生きてきた中で、一番」


 自嘲気味な細々とした声音だったそれは、それでも誠には聞こえる。


「そうか。まぁ、当たり前だな。こんな所に監禁されて、呪いまでかけられて死ぬのを待つだけだったんだからなぁ」


 白々しく言う誠ではあるが、顔だけが嗤っている。

 当然だ。俺だってそうだった、と昔をしみじみと思い出し、それならと本題に入る。


「ところでなぁ、俺はこれからアルムとディーナを殺しに行くんだよ」

「…………ッ!」

「どんな殺し方をしてやろうか。磔にして全身の皮を剥いで剥いで、じわじわやるのもいいなぁ。毒と薬で一生飼い慣らすのもいいなぁ。きっと犬みたいに鳴いてくれるだろうよ」


 その殺し方を思い浮かべて、ぞわりと背筋を走る感覚と快楽で蕩けそうだ。

 どうしようもなく焦がれてきた時はそこまで来ていると考えると()()()でもしたくなるものだ。

 お前はどっちだ?

 外側から見ているだけの観客(ギャラリー)か、自ら演じる役者(プレイヤー)か。


「…………私も」


 ぽつりと、ルーナの意思が湧き出る。

 闘志とは違う熱量が、瑠璃色の瞳に灯る。


「…………私にも、殺らせて」

「なら、お前に何が出来るんだ? そもそもお前が殺る必要なんて何処にも無いぞ?」


 敢えて俺は否定の言葉をぶつける。

 決意が生半可な気持ちでないことを確かめる為にも。

 俺達と並んでその道を歩ける資格があるのか確かめる為にも。

 それはどうしようもなく昏くて、冷たくて、その感情にだけ囚われる鎖と枷を自分自身にかけて鍵をかける事だから。

 一歩踏み出せば戻ることの出来ない世界で、お前は自分を見失わないのかと。


「…………それでも、私が殺らなきゃ意味がないッ!」


 部屋に響くその声は、半ば悲鳴のように誠の耳に届く。

 苛立ったような、悲しむような、煮える感情をただ吐き出しただけとも思えるそれでは()()()()


「駄目だな。お前には何も無い。それだけの事を叫ぶなら何故動かない? 枷が外れてから直ぐに殺しに行かない? 殺したいんだろ? 憎いんだろ?」


 だからお前には何も出来ないと言ったんだ、という意図を込めてルーナへ問う。

 静かな声音に重厚な殺意と威圧を乗せて、その反骨心を折るべく見下ろす。

 鋭く、深く、重い視線で死を見せるくらいに。


「お前のその言葉には、重さがないんだよ。まだ甘ったるい幻想に縋り付いているようにしか聞こえねぇんだよ」

「……違うッ! 私は――」

「――何が違うんだよ。一度見た夢は楽しかったよなぁ。わかるぜ? でも、お前はそこで何を見た? 他人からの称賛か? 絶え間ない感謝の言葉か?」


 自分で言っていて反吐が出そうだ。

 優しい夢は終わりなんだよ。

 全ては欺瞞で、幻想で、理想論で。

 欲望を隠す虚飾と、嘘だらけの現実は全部ぶっ壊れるんだよ。


「その果てにあったものは何だ? 一つでも嘘があったか? 見たものは全て真実だったんじゃないのか?」


 気付いた時には取り返しが付かなくなって、どうしようもなくて。

 それを真実だと信じたくなくて。

 拾い集めた欠片を大切そうに眺めるのは楽しいよな。

 甘くて、酸っぱくて、苦くて、()()だったそれは跡形も無くて。

 それでも容赦無く追い立てるそれはクソほどに面白くないよな。


 ………………でもな?



「偽りだらけの世界に、お前は何を求めてるんだ?」



 お前は一体、どうしたいんだ?

 殺したい()()なら、お前はこっち側に来る資格は無い。

 俺達は復讐者で、お前は殺人鬼。

 たったそれだけだ。

 そこに『死』という結果を求めるか、『自己満足』という結果を求めるか。

 仮にお前がアイツらを殺そうとするなら、きっとお前は俺達の敵だ。

 自分が干渉しない、それに復讐ですらない殺しなんて許容できる筈がない。


「お前が何を考えてるのかは知らねぇが、俺らはあいつらを殺すぞ? お前がどう動こうが関係無い。それが俺のやるべき事だからだ」

「…………ふざけ、ないで……」

「あぁ? なんか言ったか」


 苛立ったような声と共に、足元の細い手を踏みつける。

 押し潰すように脚を動かし、生意気なそれを削ぎ落とすように。

 だが、


「…………巫山戯ないでッ!」


 その全てを跳ね除けて、激痛が走っているはずの体を起こして叫んだ。


「……何も、知らない癖にッ!」

「あぁ。俺はお前の本心は何一つ理解出来ないし、するつもりもない。だけどな、これだけは言わせてもらうぞ」


 俺の本心がお前にわからねぇように、俺もお前の本心なんてさっぱりわかるわけがねぇ。

 例えば同じ名前の感情一つとっても千差万別。範囲も、強弱さえも。

 それでもな、俺は踏み込むぞ。


「イラついてんだろ? 腹が立ってんだろ? なら、自分に嘘なんかつくんじゃねぇよ。そこで嘘をついたら、もう、戻ってこれねぇよ?」


 俺は、嘘を知った。

 俺は、裏切りを知った。

 俺は、憎悪を知った。

 俺は――――復讐心を知った。


「本当はもうわかってんだろ? 黒い感情が煮えたぎって、熱くて熱くて仕方ねぇんだろ? あのクソみてぇな薄ら笑いを浮かべるアイツらをぶっ殺してぇんだろ? それが本当にわかってないなら、お前はもう関係無い。さっさとどっか行け」

「…………関係無くなんて無いッ! ……アイツは、私が殺すッ! ……私を裏切ったアイツを、彼らを嘲笑ったアイツを、全て、壊してッ!」


 声を荒らげ、狂気に溢れる言葉を叫ぶルーナは、誠が知っていた静かなルーナとは違かった。

 いつもの静謐な面が太陽だとすれば、きっとこの狂気的な面は、月。

 だが、今それはどうでもいい。

 重要なのはルーナが復讐者(こっち)側の人間で、その一点で唯一分かり合えるという事だけ。

 ……正直、良かったよ。

 お前がこっち側に来たのはきっと正しくて、間違いだ。

 それでもな、それが正しいと思うならさ。

 もっと、もっと、魅せてくれよ。


「それだけか? それだけの言葉で片付く感情なのか? 優しい夢は、楽しかったろ?」

「……とても楽しくて、優しくて、痛い程に居心地が良い幻想だったよ。……でも、もう、夢を見るのは止めた。……都合のいい私は、もう死んだ。……今は、ただ、アイツらを殺したい。……それしか、考えられない」


 そこまでわかっているなら、後はもう簡単だ。

 身体を蝕む感情に身を委ねて、抜けられなくなっていく。

 コールタールの海に沈むように、重く纏わりつくどす黒いそれからはもう離れられない。


「だったら、俺に。……俺達に着いてこいよ。俺も、ディアも、そしてお前も差異はあれど、根元は同じだ。憎くて、憎くて仕方がないんだろ? 自分を貶めたヤツらを同じように苦しめて苦しめて――殺したいんだろ?」

「……殺し、たい」

「その為の力も、欲しいんだろ?」

「……欲しいっ。……アイツらが殺せるなら、私はどうなっても、いい」


 小さいながらも、覚悟が決まった返事を返すルーナに、笑みを浮かべてしまう。

 きっとそれはどうしようもなく歪んでいて、醜くて、不純物なんて一切無い嗤い顔だろう。

 それでも、俺がその顔で嗤うように、ルーナもまた嗤っていた。

 ……でもまぁ、ケジメだけはつけておくか。


「なら、これでも飲んどけ」


 誠はルーナの口にHPポーションを咥えさせる。

 そして、少しずつ苦味のある緑色の液体を流し込ませる。


「……っ、これ、は」

「あー、なんだ。さっきの詫びだと思ってくれ」

「……全く、マコト様は不器用ですね」

「うるせぇ。ディアも随分と静かだったな」

「あれは二人で話すべき事だと思いましたからね」

「……違いねぇな。それで、合格か?」


 ディアの気遣いに感謝を顔に出さずに現し、もう一つの事を済ませる。


「私はマコト様に付き従うのみです。それ以上でも、それ以下でもありません」

「っし、それなら決まりだな」


 誠はルーナへ手を伸ばす。

 お前にはついてくる資格がある。


「もう一度だけ言うぞ。力を望むなら、復讐を望むなら……俺達に着いてこいよ」


 良く言えば勧誘、悪く言えば悪魔の道へ誘う魔の手。

 死んでも死にきれない程に切望するなら。

 大切を奪ったヤツらを壊したいと求めるなら。



 ――全部棄てて、やり直すんだよ。


今年はこちらで投稿納めです。

来年もよろしくお願いしますっ!

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