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第14話 優しさは皹割れ崩れる幻想で Ⅱ

少々モチベと自信と時間が削られておりました。すみません……。


「……どこ」

「あら、もう目が覚めたの?」

「――……っ!」


 私を見てそう言ったディーナに手を伸ばそうとしたが、それはジャラリと重たい音を立てて痛みとともに阻まれた。

 そこでようやく自分の体を見れば、手足は鎖で繋がれて、首にも何か冷たく硬い感触がある。

 辺りは薄暗く冷たい石壁のような部屋で、そこには血痕と思しき赤黒い痕が数多く残されていた。

 それに、力が入らない。


「……なんで、こんなこと――」


 するの? と訴えようとしたルーナに返ってきたのはディーナの容赦ない平手打ちだった。

 少し遅れて頬に痛みが広がるが、意識は別の場所にあった。

 あまりに突然で、予想なんてしていなくて。

 現実だなんて思いたくなくて。

 それでも冷静な部分が正解だと言わんばかりにけたたましく警鐘を鳴らす。


「こんなこと? 貴女にはそう見えるかしら?」


 昏い嗤いが、余計にルーナの不安感を煽る。


「……早く、外して……っ」

「それは無理なのよ。だって、貴女は私達の悲願のための部品なんだから」


 ――部品……?


「私達にはね、娘がいたの。でもね、その子は丁度ルーナくらいの頃に死んじゃったのよ」


 懐かしさを感じさせる口調で話し出すディーナの声が、何処か遠く聞こえる。


「それでね、私達は娘を作り出すことにしたの。幸い病気で死んでしまったから体は無事でね。あとは魔力で動くように体の中身を作り替えるだけだったの。勿論時間がかかったわ。でも、体は既に出来上がっているの。あとは、記憶だけ。その最後の部品が貴女なのよ、ルーナ」


 それを聞いても直ぐに理解することは不可能だった。

 一つだけわかることは、私は私として見られていなかったという事だけ。


「だけどね、私だって感情が無い娘を作る気なんて無いのよ。だから、貴女に色々な感情を植え付けることにしたの。私達と暮らした日々はどうだった? 楽しかった? 嬉しかった? 悲しかった? そして今、怒ってくれているかしら? 人間ですらない化物でも、感情くらいは理解出来たかしら?」


 瞬間、私の何かが()()()()と潰れて、砕けて、堕ちる音がした。

 色が消えて、音が消えて、目の前にある現実すら直視出来なくて、したくなくて。

 嘆いても、騒いでも、藻掻いても変わらない誤ちがそこにはあって。

 それに、私は知っていたはずなのに。

 あの時、私の大切を犠牲にして得た後悔はなんだったんだろう。

 無力さを、浅慮を、嘘に塗り潰された真実をまるで見ようとしなかった。

 だからきっと、これは罰だ。



 ――それでも、私は死にたくない。



 私の失敗で、命を落とした彼らに合わせる顔が無い。

 彼らだって、本当は怖かったはずなのに、それを悟らせること無く最後まで強くあろうとした。

 勝ち目の無い戦いだったとしても、初めから諦めたらそれで終わりだ。

 だったら、最後まで足掻いてやる。


「…………嫌だ」


 静かに口に出た拒絶の言葉。

 それでも、熱を帯びたそれは私の導火線に火をつけた。


「いくら貴女が嫌がったところでどうするの? 舌を噛み切って死んでみる? それも良いかもね。でも、貴女に出来るかしら?」

「…………嫌だッ! ……まだ、死ねないッ!」


 体を縛り付ける鎖とは違う何かに逆らって、必死に動かす。

 目の前で嘲笑ったような表情のディーナに視線で殺意をぶつける。

 ギシリと軋む細く白い手足に激痛が走り、皮膚が裂けて血が滲むが、そんなものは関係ない。

 このまま鎖に繋がれてこんなやつの玩具にされて一生を終えるくらいなら、手足が千切れて使い物にならなくなっても構わない。

 その結果として命を落とすのにも後悔はしない。

 だが、記憶は――思い出だけは別だ。

 唯一無二の何にも変えられないものを奪われるのだけは絶対に嫌だ。


「化物め……ッ!」


 吐き捨てる言葉と同時に、私を縛り付ける力が強くなり、遂には動けなくなってしまう。


「……余計な手間をかけさせないで」


 私を睨むディーナの目は、やはり別人のようで狂気すら感じるほどだ。


「ディーナ、準備は出来ているかい?」


 その部屋に、また一人と一人と呼んでいいのか分からない人形のような物を抱えてアルムが現れた。

 そして、その人形を私の隣に座らせて一息ついた。


「まさかあの状態から動けるとは思っていなかったわ。でも、もう準備は済んでいるわ」

「そうか。なら始めようか」


 その言葉を合図にして、ディーナは私と人形に交互に触れた。


「…………何を、したの」

「これはね、貴女の記憶をこの人形に移す為の魔法……とは違うわね。どちらかと言うと呪い――呪術と言うべきものよ。あぁ、勿論貴女の意識は完全に消し去って、エリィに残された方をベースにするんだけれどね」


 呪術の知識は当然に私も持っている。

 それ故にこの術の危険性を、絶対性を理解していた。

 発動したが最後、途中で止めることは出来ない。

 この呪術は古い記憶から奪っていく。

 もうこの世には居ない昔の友人との記憶。

 当時の人々の記憶。

 思い出そうとすれば思い出せたそれらは、既に霞がかかったように見えなくなって、消えていた。

 それからもまた一つと記憶が消えて、空白の部分が広がっていく。


「…………ぁ、ぁあ……」


 声にならない呻き声を発して、頭を掻き毟りたくなるがディーナがかけていた拘束の呪術がそれすら許さない。


(なんで、なんで疑わなかったの……ッ!)


 心の中の慟哭はこれまでの幸せそうに過ごしていた私をグサリと突き刺す。

 楽しそうに笑っていた私を。

 嬉しそうに走っていた私を。

 仕事をするアルムを悲しそうに見ていた私を。

 その全てが嘘だらけで、本当のことなんて何処にもなくて。

 もう、変わってしまった。

 優しさなんてものは都合のいい妄想だった。

 ぬるま湯のように逃れることが出来ないそれは、どうしようもなく居心地が良くて、私の心を腐らせた。

 地獄の底に落とされた私には、きっと光を望むことはもう出来ない。

 もう一回は無いんだ。

 愚かにも光に手を伸ばしたから幸せという幻想を見た。


「…………し、やる」


 自然と出てきたその言葉。

 掠れたそれは、言葉としては成り立っていなかったが、それでも自覚するには十分だった。

 証拠に、私の中に今まで知らなかった感情が芽生える。

 黒い双葉が憎悪や怨嗟を栄養剤にして急速に成長し出すそれは、皹割れ崩れた心へ根を降ろす。

 砕けた心を掻き集め、溢れた感情で縫い付けて。

 黒々としたそれは、私にとっては初めての感情で。

 でも、不思議と馴染んで思考が染まっていく。


「…………殺して、やる……ッ!」


 吼えるように放った言葉は、二人の嘲笑に掻き消された。


「そうか。勝手にするといいさ。では、私達は帰るとしよう」

「えぇ、そうね。明日、また来るわ。その時には、殺せるといいわね」


 私は部屋を去るその姿を睨みつけることしか出来なかった。

 それでも溢れるこの感情は止まらない、止まれない。

 坂道を転がる雪玉のように際限なく膨れ上がる純然な殺意はもはや獣と同じだ。

 でも、それでもいい。

 狂って、狂って、狂い続けて。

 化物になってアイツらを殺せるなら、私はそれでも構わない。

 それにもうまともに生きていける気がしない。

 ここで生き残っても待っているのは抜け殻のような私だろう。

 記憶を奪われ、感情を奪われ、それでどうする?


 ――それでも、やる。


 この感情だけは奪わせない。

 この後悔だけは消させない。

 この屈辱だけは忘れない。

 だから、魂にまで刻むように、焼き付けるように、消えない道標を。

 この殺意だけは本物だ。


「…………殺す、ころす、コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


 呪詛のように漏れ出す狂った声が、部屋に響く。

 その言葉に呼応させて全身に力を入れようとするが、まるで動こうとしない。

 外れない鎖に苛立ち、力を求めた。

 嘗てないほどに殺す為の力を渇望し、願った。

 飢餓感とも言うべき渇きが全身を支配する。

 巡る吸血鬼の血が脈打つ音が五月蝿いくらいに聞こえてくる。

 もう、なんでもいい。


 ――私に、あいつらを殺せる力を。


 悪魔に魂を売り渡すことになっても、それでも一向に構わない。

 こんな所で全てを奪われるくらいなら。


「……こんな所で、終われない……ッ!」


 ありったけの声量で叫んだ声は反響し、消えていく。

 ここで死ぬであろう私のように。

 ……そう思っていた。



























「――――なぁんだ。お前もそうだったのか」


 何処かで聞いた男の声が聞こえた。

 そんな訳ないと、幻聴だと思っていたのに、それは現実にそこにいた。

 二つの影と一回り小さな影が、部屋の入口にあった。

 それは黒で塗り潰されたように私は見えて、その目だけが黒く、紅く、狂気を孕んでいた。

 気づけばその目を見ていた。

 目が離せなかった。


 ――――私と同じだ。


 そう本能が感じ取った。


「…………誰?」

「誰と聞かれたら答えに困る。が、強いて言うなら……」


 それは頭に指を当てて口元を歪めながら言った。


「――――頭の狂った復讐者だよ」








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