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第13話 優しさは皹割れ崩れる幻想で Ⅰ

 今日もいつもと変わらず店のお手伝いをしている。

 けれど、今日は来客が少なくて暇な日だった。

 なので、早いけれど夕方で店を閉めることになった。


「ルーナ、少し出かけないか? 偶には家族みんなでお出かけでも行かないか」

「……行きたいっ」

「なら着替えておいで」


 アルムが言う通り、家族全員で出かけるというのはあまり無いのだ。

 それは仕事が忙しかったり、どうしても手が離せない事が多くて時間が取れない為だ。

 私は残念に思ってはいたが、同時に凄いとも思っていた。

 私はアルムの仕事を見ているのは好きだ。

 だが、それとこれは話が別なので素直に嬉しくなって、直ぐに着替えるために自分の部屋へ向かった。


「……服、どれにしよう」


 クローゼットに入った服を手に取っては戻して、自分に当ててみたりするが、どうしても決まらない。

 そもそも店にいることが殆どなので、外出用の服を着る機会があまり無いのだ。

 そうして少しすると、コンコンとノックが聞こえた。


「……誰?」

「ディーナよ。いい?」

「……ん」


 返事をするとディーナが部屋へ入ってきた。

 その格好はいつも店で見る姿とは違って、長い金色の髪は緩く編み込まれ、ふんわりとした雰囲気を感じされる。

 そして控えめながら露出のある黒のロングドレスと、首元に輝く紫色の宝石のネックレスが大人らしさを醸し出す。

 ほんのりと甘い香りのする香水を付けているらしく、ルーナの鼻をくすぐった。


「ルーナは服を迷ってると思ってね。……これなんてどうかしら?」


 ディーナが手に取ったのは白い膝丈のノースリーブワンピースだった。

 言われるがままにディーナの選んだワンピースに腕を通して、鏡を見る。


「うん、似合ってるわ」


 ディーナの選んだワンピースは、これまで見たことがなかった私を鏡に映し出させた。

 きっと天使なんてものがいたらこんな姿なんだろうか。

 ……私は吸血鬼のはずなんだけれど。

 今それを言うのは野暮というものだろう。

 それに時間を無駄にはしたくない。


「じゃあ、いきましょう」

「……んっ」


 私はディーナの手を握る。

 その手は私と違って、柔らかくて暖かかった。



 ◇



 朱色の夕日が迫る灰色を押しのけるように照らすアルメリアの街は人が絶え間なく行き交っていて、何処からも活気のある声が響いてくる。

 そして、そこで見るもの、感じるもの、聞くものは全てが新鮮だった。

 ふわりと髪を撫でる風も、午後の日の明るさも。

 何よりアルムとディーナの二人に両手を握られて歩くというのは初めてだった。

 そして、たわいもない話をして笑みを零す。

 そんな何処でもある一幕のような時間でも、私にとっては全てが宝石のように輝いている。


「……ねぇ、アルム」

「なんだい?」

「……いつもありがとう」


 私という存在を助けてくれてありがとう。

 吸血鬼だと明かしても畏れないでくれてありがとう。

 こんなにも普通に接してくれてありがとう。

 口下手な私だけど、これだけは言いたかった。


「いいんだよ、ルーナ。私達だってルーナには支えられているんだから」

「そうよ? ルーナにはいつも助けて貰っているわ」


 優しい二人の言葉は、私の閉ざされていた心を癒していくようだった。

 今日もそれは変わらない。

 事ある毎に二人は元気の無い私に話しかけてくれた。

 毎日、毎日、遠くを見るような私に懲りずに。

 そして私は救われた。

 少なくとも私はそう思っている。


「……あっ、あれ」


 一つのアクセサリー店の前で指をさして止まった。

 ルーナの目に留まったのは小さな紫色の偽物の宝石があしらわれた髪留めだ。


「あれが欲しいのかい?」

「……んっ。……ディーナと同じ」


 他にも色の種類はあったが、ルーナにはその紫色の髪飾りが特別に良く見えていた。

 それにこんな時くらいしか見る機会が無いのだから、少しくらい我儘を言ってみたかった。


「ふふふっ、いいんじゃないですか? こんなに可愛いルーナなんですから」

「そうだね。すみません。この髪飾りを」


 ディーナの援護もあり、アルムは髪飾りを買ってくれた。

 それは高いものでは無かったけれど、それでも私は嬉しかった。

 そしてアルムから髪飾りを受け取って付けてみる。


「あら、似合っているわ」

「そうだね」

「……ありがとっ」


 二人からかけられる言葉に、私は舞い上がっていた。

 それに少し顔が熱い気がする。

 錯覚だろうけれど、それでも嬉しかった。


 それからも色々なお店に寄って買い物をした。

 洋服屋さんでは、私はディーナの着せ替え人形のようになっていた。


「これも似合うわよ、ルーナ」

「……そう、かな」


 今試着しているのは、胸元にフリルがあしらわれた白のブラウスと膝上の赤いミニスカート。ワンポイントとして首元に赤いリボンがチラリと見えるものだ。

 私としてはあまり着る機会がないタイプの服だったので戸惑っていたが、あの楽しそうな顔を見ていると気にならなくなっていた。

 ……でも流石に量が多すぎると思う。

 もう何度着替えただろうかわからないくらいに試着室には服が積み重なっている。

 例外として買うと決めた服に関しては店員さんが持っているようだけれど、それにしてもどうかと思う。


「これなんてどう?」


 ……またディーナが服を持ってきてしまった。

 それでも私は嫌な顔一つせずに再び試着室へ向かい、仕切りを閉める。

 そうしてボタンを一つずつ外して着替え始める。


 なんだかんだで私も嬉しいのだ。

 こうして平和に暮らして、ありふれた時間を楽しんで生きるのは初めてかもしれない。

 でも、と服にかける手が止まる。

 今の私があるのは私自身のせいでもあり、故郷に残った吸血鬼達のお陰なのだ。

 私には彼らがどうなったのか、その結末を知ることは今は出来ない。

 けれど、想像はつく。

 なら、私が俯いて過ごしていても仕方が無いのだ。

 前を向いて、彼らの分まで楽しく生きよう。


 そうして着替えた私はまたディーナに可愛いと声をかけられるのだ。

 それからも続くかと思ったが、それで終わりだった。


「……こんなに買っていいの?」

「いいのよ、こんな時くらい。それに可愛い娘が見られるなら安いものよ」


 ディーナは笑ってそう答えた。

 私だって嬉しかったのでそれでも良いかと納得して、また街路を歩く。

 そのせいで私は気付かなかった。

 二人の浮かべる表情に。



 ◇



「……それで、まだ着かないの?」


 どうせなら夕食でも食べて帰ろうという話になり、お目当ての店まで向かう途中だった。

 夕日が射していた時間は終わり、街に影が落ち始めていた。

 それに、人の姿がまるで見えない。


「大丈夫だよ。もうすぐ着くよ」


 そんな声が返ってくるので、私は前を見て歩くことにした。

 こんな景色も綺麗だと感じながら、何時だろうかとその時を待った。

 ……けれど、その時に既に全てが始まっていて、終わっていた。


「……っ、何、これ……」


 突然体に力が入らなくなって、ルーナは膝から崩れるように座り込んだ。

 理解が追いつかない状況に混乱して、二人に助けを求めようとするが、そこに二人はいなかった。

 いや、()()()()()()()()が居なかったと言うべきだろう。

 辛うじて視線だけを動かして見た二人の目は、冷たく、道端のゴミでも見るような目だった。


「随分と時間がかかったわ」

「まぁ、いいじゃないか。じゃあ、行こうか」


 別人のような二人が私を見下ろす。

 薄ら寒い感覚が徐々に広がっていく。

 あの時のような、どうしようもなく手遅れになった時の焦燥感。

 過呼吸のようになり、苦しくて胸を押さえようとするがその手は全く動かない。

 廻り霞む視界、正常な思考が叶わない頭を無理矢理動かそうとするが、それを僅かな希望が邪魔をする。

 違うと本能が拒絶しても、理性が拒絶を上書きする無限ループは、とてもではないが負荷が大き過ぎた。


「さぁ、ルーナ。楽しいところへ行こう」


 優しい声音とは裏腹の心無い目を据えて、アルムのハンカチが口元に当てられた。

 甘い香りがルーナを襲い、ギリギリだった意識は直ぐに刈り取られた。

 最後に感じた香りは、ディーナと同じだった。


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