第12話 欲へ焼べるは羊の骸
「さて、用事も十分に済んだし帰るとしますか」
もう必要な事は揃った。
後はやつが動くのを待つだけだ。
だが、一つだけ心配な事もある。
ルーナのことだ。
何の罪もないあの娘だけは、どうにかして助けたいとは思っていた。
それが個人的な感情からくる、前回へのささやかな贖罪なのだ。
とはいえ、誠の優先度が復讐の方が高いのは確かで、それが果たせなくなるなら容赦なくルーナを見捨てるだろう。
でも――
「――嫌だな。助けられなかったものと、助けられるものは違う。俺は確かに復讐に身を置いたが、外道になるつもりは無い。少なくとも害になる相手以外には」
手が届くあの娘まで見捨ててしまえば、俺の何かが壊れてしまう。そんな気がした。
でも、そのルーナすらも結果的には餌に使おうとしているんだ。
「ハハッ、俺ももう手遅れかもな」
自嘲気味な笑いが込み上げる。
狂って、狂って、行き着いた場所がここなんだ。
まともな精神ではやっていけない、壊れたガラクタであることも許されない。
そんな俺だが、幸いルーナを部品にした時の手順は知っている。
だから、助けようと思えば命くらいは助けられる。
「……とはいえ、助けたとしても直ぐに死なれたら寝覚めが悪いしなぁ」
その後にルーナが幸せに暮らせる可能性を思い浮かべたが、考えても無駄だと気付いて直ぐに思考の隅に追いやった。
そしてもう用はないとばかりに、くるりと振り返って帰ろうとした。
だが、作業台の上に置いてあった一冊の手帳のようなものを見つける。
中身が気になりパラパラと見ていくと、どうやら日記のようなもののようだった。
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○月✕日
エリィの容態が急変した。
やはりもう助からないのだろうか。
各地から様々な魔法薬を取り寄せて試したが、どれも効果を示さない。
このまま娘は……エリィは死んでしまうのだろうか。
12歳なんて早すぎる。
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○月✕日
エリィが死んだ。
ピクリとも動かなくなった小さな体は、もう冷たい。
あぁ、どうして、どうして死ぬのがエリィなんだ……
何故私ではないのだ……ッ!
だが、諦めきれるわけがない。
人の道を外れようとも、私は娘を取り戻す。
ディーナもいるのだ、いつの日かきっと叶う。
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○月✕日
今日は三人も冒険者を捕獲出来た。
だが、とてもではないが血が少なすぎる。
魔力を凝縮させる過程で血の体積まで減ってしまう。
それでも、確かに前へ進んでいる。
今は材料を揃えることに注力するとしよう。
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○月✕日
徐々に準備は整ってきたが、まだ足りないものが二つある。
心臓の代わりとなる核と、記憶の定着だ。
私達が望むのは人形ではなく、元気だった娘なのだ。
核は魔晶石を使えばいいが、記憶はそうはいかない。
どうにかして丁度いい部品を見つけなければ。
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○月✕日
森へ錬金術の材料を取りに行っていたところ、倒れている少女を発見した。
これは天啓だと、そう感じてしまった。
なにせエリィと同じような背格好の少女なのだ。
私達の時間を埋める有り合わせにも、最後のパーツにも育て上げられるかもしれない。
そう思い、家へと連れ帰ることにした。
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○月✕日
数日眠ったままだった少女が目を覚ました。
名前をルーナと言うらしい。
それにこの少女は吸血鬼だと、正体を明かしてくれた。
確かに吸血鬼は人間にとっては恐ろしい存在だ。
当然に私だって怖いが、ある意味好機でもあった。
これなら更に早く事を進められそうだ。
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○月✕日
私は街の人間を夜に襲うことで、材料の調達を早めることにした。
既に罪悪感何てものは消えていたが、如何せん数が多い。
そして遂には吸血鬼が出るなんて噂が立ち始めた。
これは嬉しい誤算だ。
いざとなったら本物へ擦り付けられるのだから。
さあ、今日も行くとしよう。
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○月✕日
遂に全ての準備が整った。
魔晶石も手に入り、エリィの体も最終調整を残すのみだ。
止まり続けた時がようやく動き出すのだ。
その時には、ルーナにも見せてあげよう。
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誠は最後までその日記を読んで、深く息を吐く。
「……もう呆れてくるよ。こんなの、クソほどにも面白くねぇ」
特に知りたくもなかった事情だったが、それで足りなかったピースが埋まった気がした。
理由も、過程も、手段も、ルーナの存在理由も、大切な物も。
「お前達は何も見えてないよな。あるのは腐った欲望だけだ」
だから警戒すれど、本気ではない。
完璧だと思い込んで、詰めを誤る。
その隙間から軋んで崩れるとは知らずに。
「見せてやるよ。教えてやるよ。永遠に続く狂気の声を、身を焼き尽くす後悔を、手が届かない無力さを。俺が味わって二度と忘れないと魂に刻み込んだ戒めを――」
忘れようとしても離れないその時を。
巻き戻らない理不尽を。
手遅れに気付かない愚鈍さを。
俺自身が辿ってきた地獄の底を這う虫けらのような日々は、もう終わった。
俺とお前達の違いは、それを知っているか、知らないか。
自分達の世界でだけ生きるお前達には理解すら出来ない。
だが、理解なんてしなくていい。
俺が地獄に引き摺り込む、ただそれだけなのだから。
「……長居しすぎた。帰るか」
ここまで解れば、もう用はない。
次にここに来るのは、きっと遠くはない。
何となくだが、そんな気がする。
そうして俺は小屋を出た。
「さて、さっさと戻らないとディアに拗ねられるな」
「――あっ、久しぶりだね」
聞き覚えのあるその声は、小屋の屋根の上からだった。
「――ベル、何でここに……」
「何でも何も面白そうだから、かな」
屈託のないベルの笑みが、何故か不気味に見えた。
そもそもこの距離なら絶対に『探知』に引っかかるはずだ。
「……いや、今はどうでもいいか。実は俺もお前を探していたんだよ」
「そっかー。で、何の用かな?」
屋根に座って伸ばした足をブラブラと動かす姿は子供そのものだが、纏う雰囲気とはまるで乖離している。
そして、誠もベルの可能性について聞く。
「単刀直入にいくぞ。お前は……邪神か?」
邪神。
その単語を聞いたベルの眉がピクリと動いた。
――ということは、
「せいかーい! 流石にヒントをあげすぎたかな?」
「明らかにあの言葉は俺には言ってなかったと思ってな。てことは考えられる可能性は一つ、だろ?」
「そうなるように仕向けたとはいえ、何とも複雑な気分だね。じゃあ、自己紹介といこうか。僕は『暴食』の邪神、ベル! ……でもこの状態じゃ力が使えなくてねっ」
少年のような見た目のそれは――邪神。
別に今更驚くつもりは無いが、聞き逃さない事もある。
「力が使えないってのは、自力で封印を破ったのか?」
「そうだよ? もしかしてマモンから聞いたのかな。まぁいいけどね。お陰で僕は力の大半を失ってる状態なんだよね」
「なら、契約したらどうなる」
「契約すれば宿主に依存するから力を与えられるよ? もしかして僕と契約したいの?」
あははと笑いながらそう言うベルだが、こちらはそうはいかない。
「当たり前だ」
「やっぱりそうなるかー。でも、お兄さんじゃ駄目かな」
「……親和性か」
「残念だけど僕とお兄さんじゃ無理だね」
ここに来て親和性の話か。
確かにこいつに引き寄せられる感じは無い。
だからってここで逃がす訳にもいかない。
「マモンとの契約があるんでね。お前には着いてきて貰うぞ」
「ふぅーん。それは良いけど……マモンとの契約?」
ベルは着いてくるのは良いらしいが、興味を示したのはそこではなかった。
「全ての邪神を解放するって契約があってな」
「てことは邪神王の復活かぁ。あははっ、それ、理解して言ってるのかな」
唐突にベルから威圧が発せられる。
それは紛れもなく人では届き得ない神と呼べる程のもので、誠をしても息を詰まらせた。
「でも知ってたらそんな事言わないはずだし、これが封印を破ったってことなのかな」
「説明は、してくれるんだろうな?」
「したいのは山々だけど、喋ったら僕、消されちゃうから駄目だね」
消される? 何に?
だが、目を見る限り嘘をついているようには見えない。
それにそんなことを知ったところで誠にとってはどうでもいいものだ。
「……まぁいい。じゃあ、来るんだな? ベル」
「信用無いなぁ……」
不貞腐れた態度ながら、ベルは屋根から降りて誠の後を追った。




