第11話 後悔と失意の破片
半月よりも横に太った月が浮かぶ夜。
アルムとディーナはにこやかに並々と注がれたワインを片手に話す。
「そっちはもう終わりそう?」
「ああ。もう準備は整っているよ。それよりも“核”は確保出来そうかな」
「その事なんだけどね……」
ディーナは席を立って掌ほどの小さな箱を持ってくる。
その中身は――
「今日、手に入ったわ。これぐらいなら丁度いいでしょう?」
それはとある客が持ちかけてきた取引で手に入れた魔晶石だ。
“核”として使うにはそれなりの大きさと純度が必要だが、その条件を十分に満たしている。
「これだけのものならば直ぐにでも取り掛かりたいくらいだよ。でも、万全の調整をしてからにしよう。一週間……いや、五日もあれば仕上げ以外は完璧にしておくよ」
「わかったわ。なら私もその時に片付けをしておきましょう」
「そっちはディーナに任せるよ。……楽しみだよ、もうすぐそこに見えているんだ」
再び二人は微笑み合う。
来るべきその日を思って、待ち焦がれた光景を思って。
――全ては娘の為に。
◇
子供達と存分に遊ぶ反面で、本来の目的を果たした誠とディアは宿へと戻っていた。
動けないとまではいかないものの、どうにも疲れが溜まっている。
それに誠の場合はルーナの影に付けた監視の魔法を遠距離で維持しなければならない。
一応アルム達に露見しないように偽装に偽装を重ねてはいるが、やり過ぎということは無い。
だが、それとは別のことが二人を悩ませていた。
それはベルのことだ。
あの場にベルがいた事は百歩譲って偶然だとしても、どうにも気掛かりな言葉を残していた。
そしてその可能性を誠は考えていた。
「マモン、一応聞くがあいつはどうなんだ」
(……疑っているようだが、我にはあやつの記憶は無いぞ。それにもし仮に邪神ならば我が力を感じられぬ訳が無い)
誠が疑っていた可能性、それはベルが何かの邪神なのではないかというものだ。
あの言葉の真意はわからないが、少なくとも目の前にいる人に言うような内容では無いと誠は感じていた。
それなら他に誰がいるのかと考えた結果、この結論に至るという訳だ。
「お前が本当に感じ取れなかっただけってのは無いのか?」
(……無いとは言いきれないな。しかし、その場合の条件は厳しいぞ。そもそも自力で封印を破る必要があるからな。いくら緩み始めている結界といえど、中から無理矢理破ることが出来るのは『傲慢』と『憤怒』、そして『暴食』くらいだろう)
「なんだ、可能性としては大きすぎるな」
(しかし、それだけの力を使えば外に出られたとしても弱体化は免れまい。もし仮にその通りになっていたのならば我が力を感じ取れない理由付けにはなるぞ)
それを聞いてしまうとさらに疑いが強まった。
それならあっちだけが邪神であるマモンとレヴィアの存在を知覚出来たとしてもおかしくないということか。
「てことはもしかしたらあいつも連れてかないとならないのか」
もしそうなったら意地でも契約させよう。
そうすれば力だけは手に入るかもしれない。
そう考えていると、ディアの声が聞こえた。
「マコト様、私は先に休ませて貰いますね」
「ん、ああ。おやすみ」
そうだな。ここで考えていても埒が明かない。
それなら俺も体を休ませておくとするか。
誠もベッドに入り、目を閉じた。
◇
それからの数日は、嵐の前の静けさとも言えるものだった。
魔晶石の反応も、ルーナの影に仕込んだ監視も常に追っていたが、それといった情報は得られなかった。
……途中でルーナが温泉に入った時は焦った。
咄嗟の判断でその時は同調を切ったが、いや危なかった。
だって何も言ってないはずなのにディアの冷ややかな視線を感じたんだもの。割とマジな危機だった、うん。
とはいえ、じっと待っているのも味気が無いので近場のダンジョンでレベリングをしたり、装備の調整に明け暮れた。
見た目としてはあまり変わらないが、以前よりも質の良い革鎧へ変わったせいか、可動域が広くなった気がする。
あとやっていた事と言えば、ベルの捜索だ。
だが、これに関しては全く進展がなかった。
というのも、あの孤児院に言ってベルの事を聞いたが誰も知らないと言うのだ。
気味が悪いと思う反面、誠が抱いていた疑いが確信めいた感覚を帯びてくる。
そして五日目の昼間、誠は一人で調べに来るべき場所に来ていた。何故昼間なのかと言われれば絶対に鉢合わない時間だからだ。
ディアはアルムの店の前で待機して貰い、万が一が起きても良いように念話による連絡役をして貰っている。
「――懐かしいなぁ。此処がお前らの夢の在処なんだろ?」
アルメリア付近の森に入って、獣道を進んだ先にある結界が施された場所。
鬱蒼と木々が茂るだけに見えるが、それは全てまやかしだ。
誠は辺りを見て目印である緑色の鉱石を見つけ、魔力を流す。
これ自体にも認識阻害の魔法がかけられているが、知っているものには見ずらいかなと思う程度の効果しかない。
「ここでお前は何をしていたんだろうなぁ。どうせ碌でもないことだろうが」
結界が消えて現れた小さな小屋を見て呟く。
ここはアルムとディーナの隠し工房であり、前回の世界で本性を知った場所でもある。
誠は小屋のドアを開け――ようとしたが、鍵がかかっているので、それならと倉庫からとあるものを取り出す。
鈍色の細い棒状の金属……針金だ。
そしてそれを鍵穴に差し込み、何度か捏ねくり回すとカチャと鍵が開く音がした。
昔スパイ映画とかでピッキングをしていたのを見て、練習したことがあったのだ。
それがこんな所で活きるとは思っていなかったが結果オーライだ。
ドアに手をかけて一つ深呼吸して、開く。
小屋の中は錬金術に使う器具や道具だと思われるものがあちこちに散乱し、何かが描かれた羊皮紙が大量に積み重なっていた。
芸術家のアトリエのような光景だが、目的の物を難なく見つける。
「……なぁんだ。もう仕上げまで出来てるじゃん。って言ってもこのままじゃ欠陥品だって事は気づいてないみたいだけどな」
漆黒の瞳を細めてそれを見る。
小屋の壁に背を預けるようにした、丁度ルーナと同じくらいの背格好をした一目では人間としか思えない人形があった。
しかし、心臓があるべき場所は穴が空いていて、表情は感じられない。
「……駄目だ。まだその時じゃない。今壊しても意味が無い」
大丈夫だと思っていたが、現物を見たらそうも言っていられなくなった。
あいつらの醜い努力の結晶が目の前にあるのだ。本当に生殺しもいいところだ。
けれど、今日はこれを壊しに来た訳では無い。
あくまで目的は情報を集めることと、体を焦がすように沸き上がる感情に枷をかける。
「にしてもこうして見ると何とも言えない不気味さだな。こんなのを娘だって言い張るのは無理があるだろ」
生気を感じない人形を見て呟く。
「……でも、ここは何も無いみたいだな。なら、この下か」
誠の目は床の一角へ向いていた。
そこは誠からすればアルムとディーナという人間の本性と言うべき場所。
思えば場所を知っているだけで見るのは初めてだ。
俺の心臓が最後の材料だと告げられてから、ここへ来ることは無かった。
だが、俺は見なければならない。
向き合わなければならない。
目を逸らし続けてきた真実を。
逃げ続けてきた過去を。
「……既に全身にピリピリする嫌な感じが纏わりついてるんだよ。取り返しがつかなくなったあの時と同じような感覚が」
俺の全てが裏返った裏切りの日。
味方だと思っていたものから浴びせられる色の無い視線。
狂気と愉悦に満ちた表情。
当然のように振り下ろされる切っ先。
その度に夢だと願い、逃避し続けた代償が今の俺だ。
嗚咽を洩らした日は数知れず、嘘だと叫んだ慟哭は掻き消され、全てを恨んだ怨嗟の熱だけが身を焦がす。
抜け殻のような俺に残ったのは後悔と失意、復讐心だけだった。
そして後悔と失意はいつの間にか復讐心に内包されて、歪な今の俺が残った。
極限まで必要無いものを削ぎ落として、芯だけの鉛筆のような体でここまで来た。
「――長いようで短かった。これはある意味俺へのご褒美だ」
途切れることの無い復讐という冷たい炎を、改めて焚き付ける為の可燃剤。
誠はその場所の床を外すと、地下室へ続く階段が現れた。
生暖かく、腐乱臭を何倍にもした普通なら吐き気を催すような空気が漂う薄暗い階段を下っていく。
一段、一段と十回程繰り返し、最後の一段を降りた先には僅かに空いた鉄の扉があった。
その扉を躊躇うことなく開けて、広がる光景を見て口元が吊り上がっていくのが自分でもわかる。
「……これが答え合わせかよ。本っ当に最高だよ、お前ら。サイコパスは真人間に見えるとはよく言ったもんだな。でも、これで後腐れなく殺せる」
誠がまず見たのはコンクリートのような壁に赤いペンキをぶちまけたような赤黒い血の華だ。それが四方の壁にも同じように広がっている。
部屋の奥の方にはいくつもの白い人骨と思しきものが転がっていたり、はたまた肉が付いたまま放置されている場所には白い蛆が群がっている。
一方扉に近い場所には綺麗にされた作業台と、その横には恐らく死んでからそこまで時間が経っていない首なしの死体が逆さに吊るされて、血液をぽたぽたと下に置かれた容器に垂らしている。
これが俺が見ることのなかった真実の破片。
それでも俺は進む、そう誓ったから。
……でも、これだけは言わせてくれ。
「これはあくまで俺の為の復讐だ。味わった後悔も、痛みも、全て俺だけのものだ。だからお前達の為に復讐はしない」
そう、これは俺が望んだ復讐。
ここで死して骸を曝すお前達には関係ないことだ。
だが――――
「――せめて、同情くらいはしてやるさ」
やけに部屋に響く声に返事をするかのように、蛆が肉を食べ終わった骨がカタッと音を立てて崩れた。




