第9話 布石
それから程なくして二人は安全地帯を発見して、『聖堂遺跡』から脱出した。
外に出てみると、夜の帷が落ちて半分の月が辺りを照らす頃合だった。
やけに冷たく感じる夜風を浴びながら街へ戻り、宿に着いた途端に泥のように眠った。
そして朝に至る……
「……体、動かねぇ」
極悪過ぎる状態異常、筋肉痛に苛まれていた。
大抵の状態異常に対して耐性を持っている誠ではあるが、筋肉痛は無理だ。
というかいつ以来だよこんなの。
最近の中ではまるで気にしたことがなかったが、これもマモンのせいだろうか。
「てかこれ再生じゃ治らないのか?」
誠の持つ技能に『再生』というものもある。
効果は傷などの自然回復だ。
これは部位欠損なども魔力を使えば回復出来る優れものだが、このままということはどうやら筋肉痛には機能しないらしい。
うんうんと唸っていると、部屋の扉が開いて一人の少女が入ってきた。
「マコト様……起きないんですか?」
「違う。起きれないんだ」
「そうですか。早くしてくださいね。私は朝食を作ってくるので」
どうやら既にディアは起きていたらしい。
部屋に居ないことはわかっていたが、朝食の為に買い物に行っていたらしく色とりどりの野菜が入った籠を持っている。
まず起きているか確認しに来たらしく、今から朝食を作ってくるようだ。
ディアはまた部屋から出ていった。
それと、起きないと起きれないはまるで違う。
……なんか言い訳をしている子供みたいに思えてきた。
ちょっとばかり悩んだ末に無理にでも起きることを決意する。
「んっ、っ……っし。一応起きれたか」
正直めちゃくちゃ痛い。
でもやるべき事があるので結局起きなければならないのだ。
手早く清潔な衣服に着替えて、ディアの帰りを待つことにする。
しばらくしてディアが持ってきた朝食を食べた。
1日や2日程度しかダンジョンに潜っていなかったはずなのに、どうにも美味しく感じた。
◇
今日の誠の目的地は冒険者ギルドだ。
目的は端的に言うと金だ。
ギルドでは、色々な情報を扱っている。
それは魔物の情報であったり、ダンジョンの情報であったりと様々だ。
そしてその情報を新規で持ち込むと、内容によっては情報料が貰える。
誠が持ち込むのは未発見ダンジョンの『聖堂遺跡』の情報だ。
それに『転移面』付きとなれば、その情報の重要性は他のダンジョンなどの比ではない。
「――てわけだ」
「成程、貴重な情報ありがとうございます。そんな近くにダンジョンが……しかも『転移面』付きがあるなんて」
深刻そうな顔でギルドの受付嬢がそう言う。
ダンジョンがそれだけ街に近い場所にあれば、大抵は直ぐに冒険者を募って攻略に出るのだが、『転移面』付きのダンジョンだとそうはいかない。
綿密に計画を練って、高位の冒険者を呼び、万全の体制で攻略に動き出すのが普通だ。
それには当然お金もかかるし、時間もかかる。
それ故にギルドを悩ませる問題になるのだ。
「それと、中にいた魔物はホーリーアーマーと天使種。それ以外はわからない」
これは当然に嘘だ。
本当のことを話したら絶対に攻略に参加させられる。
それは本当の目的を遅らせることになるし、何よりこんな所で時間を無駄にする必要は無い。
しかし、これだけでも有用な情報なのは確かだ。
それに面倒な奴は片付けたんだ、これで相殺としてもいいだろう。
「そうですか、それだけでも十分すぎる情報です。それでは少々お待ちください」
席を立ってギルドの奥へと走っていった。
5分くらいすると、いつか見た重量感を感じさせる袋を持ってきた。
「こちらが今回の情報の報酬となります。早い段階で情報が出たのでこちらとしても動きやすくなります。本当にありがとうございます」
「いや、いいよ。有難く受け取るよ」
誠は報酬の入った袋を受け取り、中身を見る。
そこには銀銅、少しの金と、様々な色の貨幣が見えた。
一先ずはこれだけあれば十分だろう。
礼を言って誠はギルドを後にした。
「あっ、終わりましたか?」
「あぁ、上々だ」
報酬の入った袋を上下に振って、ディアに見せる。
「凄いですね」
「『転移面』付きのダンジョンだったし、妥当なところじゃないか」
もし情報が無かった場合の被害を考えればこの報酬は正当な評価とも言えるだろう。
そうでなくてもダンジョン内にあった宝箱からでた物でも既に満足だが。
そもそもあの錫杖の価値でこの袋の中身と釣り合うくらいだろう。
金が増えるのは悪い訳では無いので良いのだが。
「よし、それじゃあいつことでも見に行くか」
「何か用事が?」
「確かあそこには異界倉庫の指輪があったはずだからな。あれは便利だしディアにも持っていてもらいたい」
「それはつまりあれが作った物を私がつけるんですか」
あからさまに嫌がるディアだが、こればかりはこれから必要になるものだ。
「……嫌だろうが我慢してくれ。腕は確かなんだ」
復讐の対象になるくらいには憎いが、それでもあいつの錬金術の腕に関しては随一だ。
なのでこれはやむを得ない。
そう言い聞かせ、アルムが営む魔法道具の店へと向かった。
◇
扉を開けると、前に来た時と変わらない場所だった。
唯一変わっていることといえば……
「……あいつ、いないな」
「ですね」
「外にいる時から薄々気付いてはいたけど……でもどうせ買っていくだけだ。いてもいなくても変わらない」
そう結論づけて、店に並ぶ魔法道具から目的のものを探す。
にしても本当に量が多い。
魔物避けの結界を張るものや、魔力で明かりがつくランプ、その他沢山の有用な物が置いてある。
だが、これもいずれ俺のものだ。
だが、そのタイミングは少なくとも今ではない。
なので手早くするために、ディーナを呼ぶ。
「すみません、これいくらになりますか」
会計を済ませるカウンターの奥の部屋にいるであろうディーナを呼ぶ。
すると少しして女性が出てきた。
「あら、お客さん。ごめんなさいね。それで、どれです?」
「これだ」
誠が指さしたのは当然異界倉庫の指輪だ。
「あぁ、これですか。でしたら金貨10枚ですね」
値段を聞いて誠の顔が引き攣りそうになるが、なんとか耐える。
やっぱり高いな。
手持ち全部でも金貨3枚がいいとこだろう。
だが、俺は錬金術師ならば誰もが欲しがる物を持っている。
「高いな」
「仕方ありませんよ。これでも他よりは安いと思いますよ?」
柔らかい笑みを誠へ向ける。
……耐えろ、耐えろ。
いくらなんでもここで騒ぎを起こすのは馬鹿のやることだ。
「どうしてもそれが欲しくてな」
「そう言われても無理なものは無理ですので」
「そうだよな。でも、これならどうだ?」
誠はとあるものを取り出す。
拳程の大きさの透明な鉱石――魔晶石だ。
これは魔力が長い月日をかけて濃密に凝縮された、言わば魔力の塊だ。
産出されるのは主に洞窟型のダンジョンか、宝箱の中からだ。
そして魔晶石は、高品質の魔法道具を作る上で最も重要な役割を持つ。
魔晶石の特性は、魔力の伝達率にある。
勿論その魔晶石の純度にもよるが、平均しても95パーセント以上という脅威の数字だ。
使わない場合では精々50パーセントがいいとこなので、高品質の魔法道具を作る場合は必要不可欠な物になる。
それに、こいつらの目的のために必要だと考えられているはずの物だ。
断れるわけがない。
「これは……魔晶石!? それもこんなに純度が高いなんて。これは一体どこで?」
それを見てディーナの顔色があからさまに変わった。
魔晶石と言うだけでも貴重な物なのに、それが拳台の大きさとなれば全ての錬金術師が慌てふためくというものだ。
そもそもこいつに関していえばそれ以外にも用途を知っているだろうが。
「詳しくは言えないがダンジョンからとだけ言っておこう。それで、この魔晶石と指輪で交換と言ったらどうだ?」
「この指輪と……ですか? お客様がいいのでしたらこちらは構いませんが」
「なら交渉成立だ。ほら」
ディーナに魔晶石を渡し、誠は指輪を手にする。
「あ、そうだ。アルムは何処にいるかわかるか?」
「主人なら孤児院の方に魔法道具の整備に行っていますよ」
「そうか」
端的な返事だけを残して、誠とディアは店を出た。
「マコト様、良かったんですか? こんな高いものを私に」
「当たり前だろ。それに俺自身の目的の為でもあるしな」
誠はあの魔晶石に細工をしていた。
と言ってもちょっと魔力を混ぜて、隠蔽しておいただけだが。
だが、こうすることであの魔晶石が何処にあるかが誠にはわかるようになる。
「それと、アルムの様子も見に行こう。孤児院に行っているってことはあそこなはずだ」
この街に来て一番初めに訪れた場所、そこにアルムはいるはずだ。
一度様子を見に行くとしよう。




