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第8話 近くて遠い距離

 私はもう逃げたくなかった。

 逃げていても何時までも解決しないことを知っているから。

 だから私は戦うと言った。

 ……けれどこれは、厳しい。


「――――ッ!」


 またしても錫杖が身体を掠め、一陣の傷をつける。

 鋭い痛みが決意を固めた心にまで届くようだ。

 それでも私は耐えなければならない。

 勝ち筋を掴むために。


「……強くなったと思っていましたけど、まだまだですね」


 だからと言って手を抜く訳では無いが。

 猛然と振るわれる銀色の光を勘と経験で捌いていく。

 時折受け損なうが、それでもここまで防戦を維持出来ているのが異常な程だ。

 実際には数秒の出来事がディアには永遠に続くような錯覚さえ覚えさせていた。

 しかし、状況がディアの後ろで動く。


(この魔力は……マコト様ですっ!)


 私自身がこの身を捧げると決めた主の、いつもとまるで違う程の魔力が膨れ上がるのを感じた。

 荒れているようで静かな、しかし確固たる強さを纏った魔力。

 それを感じて、私は何故か安心していた。

 未だに死と隣り合わせの剣戟をしているのに、だ。


「ディア!」


 誠の名前を呼んだだけの一言。

 それでも私には意図が伝わる。

 即座にその場を離れ、邪魔にだけはならないようにと必死に頭だけを動かす。


 ――そして、闇が駆ける。


 最早そうとしか言えないような速度のそれへと眼を向ける。

 すると私からはまるでわからないが、目が合った気がした。

 一瞬の視線の交錯、それだけで十分だった。


(マコト様……ッ!)


 初めて見る本当の本気を出した誠を目で追おうとする。

 コマ送りの様な世界での1ページ目は、無数の銀閃とほぼ同時に同じだけの傷を刻まれた『悪魔憑きの祓魔師(デビルズエクソシスト)』だ。

 神業と呼んでもまだ足りないと思わせるほどのそれは、殺し合いだと言うのに芸術とも見て取れる一つの絵だった。


「こんなの……凄すぎますよ」


 感動や羨望、そして畏怖すら抱く程の剣技はディアの心を虜とした。

 剣士とも呼べない端くれではあるが、誠の剣をいつも見てきたからこそその凄さが分かる。

 そして、その足元にすら自分は及んでいないことも。


 そうこうしているうちに、誠が回し蹴りで相手を吹き飛ばしているのが見えた。


「マコト様……ごめんなさい、私……」

「何言ってんだ? 十分に耐え抜いただろ。不満か?」


 マコト様の言うことは正しいのは分かっている。

 でも、それ以上に自分の無力さを知ったのだ。

 だからなのか、いつもなら喜べるはずのその言葉はチクチクと刺さるようだ。


「いえ、そんなことは無いですけど……それより、その力は?」

「これは、簡単に言えば諸刃の剣ってやつだ。っと、お話は後だ。取り敢えずアイツを片付けてくる」


 そう言って、またマコト様は駆けていった。

 それからの戦いは圧倒的過ぎて、どちらかと言うと蹂躙という方が正しいくらいだった。

 特に最後の魔法、あれの効果は凄まじかった。

 まるで紙でも切るように悪魔も『悪魔憑きの祓魔師(デビルズエクソシスト)』も葬り去っていた。

 でも、正体のわからない嫌な感じが纏わりつくような感覚を感じた。

 それが何かを考えようとすると、急にふらりとマコト様の体が倒れるのが見えた。


「――マコト様ッ!」


 どうにか床に倒すことなく受け止めたが、重さに耐えきれず床に座り込むようにして支えた。

 ディアはそこから体勢を動かして、いつもの膝枕の格好になる。


「……気を失ってしまっているようですね。ああ、一応ポーションを飲ませておきましょうか」


 そう思い、腰のあたりに常備している緑色の液体であるHPポーションを取り出して、気づく。


 ――気を失っているのにどうやって飲ませるのか、と。


 そう考えて、一つの案が浮かぶ。


「口移しなら……いえ、でもこのままでは危険なことに変わりは無いですしっ」


 自分で言っていて体温が上がっていくのがわかる。

 きっと今の顔は林檎のように赤くなっていることだろう。

 いつもそんな妄想をしている訳では無いが、そういう展開も考えたことがない訳では無い。

 しかし半ば無理矢理するのは気が引けると思ってしまう。

 だが、そこでようやく思い出す。


「……あっ、かけるだけでもいいんでした」


 緊急事態で飲ませる以外の選択肢が見えなくなっていたみたいです。

 ……若干の願望が入っていたのは認めますけど。

 ともあれ、取り敢えずポーションを半分マコト様にかけて、残りの半分を自分で飲むことにした。

 喉を通る苦味と僅かな酸味が渇いた体を刺激する。


 そうして一息つけば、独り言が始まった。


「全く、マコト様は約束を守らないんですね。勿論それは自分自身の為だったり私の為ってことはわかるんですけど……だとしても限度があります」


 柔らかな笑顔を浮かべて誠の頬を撫でる。

 丁度真っ直ぐになるように寝かせているので、その時少しばかり顔との距離が近づく。

 息すらかかりそうな距離だか、今のディアには何処までも遠く感じた。


「こんなにボロボロになるまで酷使して、私がいなかったらどうする気だったんでしょうか」


 いや、そもそも戦おうと言ったのは私でしたね。

 きっと一人なら逃げていたはずです。

 なら、これは()()()()……?


「……あれ、なんで、勝手に涙が……」


 ひとりでに流れ出す雫がぽとり、ぽとりと白い床に落ちていく。

 本当は間違っていたんじゃないかと、それは本当に正しい選択だったのかと、遠い記憶の自分から問いただされている気がした。

 でも、一つだけ違うことを私は知っている。

 私は誰かに強制された訳では無いのに戦ったことだ。

 勿論マコト様がいてくれたからだというのはわかっている。


 ――だけど……それでも……


「……私はまた無くしてしまうかもしれなかった」


 もう大切な人は、失いたくない。

 それが過去という牢獄を壊す切っ掛けをくれた人なら尚更だ。

 どうしようもなく歪んだ感情からくるものだとしても、今の私にはこれしか残っていないんだ。


「……きっといつか、貴方の傍に本当の意味で寄り添えるように強くなります。独りでなんていさせません」


 ディアは静かに呟いて、また頬を撫でた。



 ◇



「……あぁ、ぶっ倒れてたんだった」


 目が覚めた誠の目に写るのは何処を見ても白いだけの天井と、ディアの上半身。

 どうやらまた膝枕のようだ。

 ……何故だろう、この完全なデジャブは。


「起きましたね、マコト様」

「あー、すまん。一応どうなったか聞いていいか?」


 誠が聞きたかったのは倒れる直前からのことだ。

 正直うろ覚えで何となくしか覚えていない。

 しかし返ってくるのはお叱りの言葉だった。


「……その前に、言うことがあるんじゃないですか」


 静かな、けれど怒気を孕んだような声音で問われる。

 けれどその言葉とは裏腹に、ディアの瞳は優しかった。


「……心配かけたな」

「本当ですよ、全く」


 そこでようやく空気が弛緩する。

 俺はまた約束を破ったみたいだ。

 だとしてもこれじゃなきゃ勝てる見込みが無かったのだから許して欲しい。

 オーバーリミットでは出力的にギリギリな割に勝算が低かった。

 ……いや、これも言い訳か。

 だが、反省は後だ。


「それで、どうなった? 見たところそのまま気を失ってたのか」

「そうですね。時間としては一時間くらいですかね」

「そうか。あと、ポーションありがとな」

「ふえっ!? あっ、はいっ」


 お礼をしたはずだが、何故こんなに慌てているんだろうか。

 それまでのクールなディアさんが台無しだ。

 でも、お陰で体が動く。

 なので膝枕から自力で起き上がって、ディアに手を伸ばすと、掴んで立ち上がった。


「えっと、あいつらは……っと。ちゃんと消滅したみたいだな。アレだけは残ってるみたいだが」

「アレ?」


 あの戦闘の最中に誠はあるものだけを残していた。

 それは禍々しい装飾が施された銀色の錫杖だ。

 遠目でもキラリと光を反射させているそれはすぐに見つかった。


「さて、まずは鑑定からだな」


 その銀色の錫杖を鑑定にかける。


 ・魔吸の錫杖

 攻撃を当てた対象の魔力を奪う呪われた錫杖。一定量の魔力を溜めると『悪魔召喚』を行うことが出来る。


「ふーん、魔力を奪う……ねぇ」


 書いてあることは簡単だ。

 しかし『悪魔召喚』ときたか。

 これがあいつだけでなく持ち主にも使えるならば中々に有用な物になるだろう。


「有難く貰っておこうか」

「……大丈夫なんです?」

「この手の装備品は結構珍しいからな。それに魔力を吸収するってのは役に立つ」


 そう、魔力を吸収するのだ。

 使い方次第では魔法使いにも有利に動けるようになる。

 勿論条件は厳しいが、誠が使うぶんにはまず問題ない。

 そうして異界倉庫へと放り込む。


「で、取り敢えずここから出るか」

「ならまずは安全地帯(セーフティエリア)に向かいますか」

「そうだな。ボスを倒せなかったのは惜しいが、今の俺達じゃ無理だしな」


 とてもではないがもう無理をする気は誠にはなかった。

 そして二人はまた安全地帯(セーフティエリア)を目指して歩き出す。



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