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第4話 俺だけが知る場所

 アルメリアに昇る朝日を部屋の窓から眺めながら、大きな欠伸を一つ。照り返る色とりどりの屋根が朝の街を彩る。


「ふあぁ〜、よく寝た……ひと月ぶりの柔らかベッドだからか熟睡だ」


 誠は長旅の疲れもあって、『外縁区』にある平均よりも良い宿に泊まっていた。予算的な問題もあって何泊も出来る訳では無いが、それでもここのベッドは素晴らしい。

 バネの樹というファンタジー植物がスプリングとして利用されているのだ。これは文字通りバネのような性質を持った樹木で、これが程よく体重を支えてくれる。

 お陰で負荷が分散されて体を痛めることもない。


 気の抜けきった顔を晒していると、部屋の扉が開いた。


「あっ、マコト様。起きていたんですね」

「ん? ついさっきな。もしかして温泉に行ってきたのか?」

「珍しいものだと言っていたのでつい」


 艶やかに笑うディアは、ほんのりと赤く染った頬がいつもと違う雰囲気を漂わせ、一層可愛らしく見える。


 ディアが言った通り、この街には少ないが温泉が存在する。これも『魔法道具(マジックアイテム)』の利用で成り立っているという話は聞いたことがあるらしいが、詳しい原理までは知らない。

 この温泉なのだが、大体が40度に届かないくらいの温いと感じる温度なのだ。

 それでも珍しいからか人気はあるようで、連日賑わっているとか。


「朝は人が少ないとは聞いたことがあるけどどうだった?」

「運がいいことに私だけの貸切でしたよ」

「へぇ。人がいないなら俺も行ってみようかな」


 確かに温いとは言ったが、だから行きたくないかと言われれば話は別だ。あれはあれで良いものだ。

 誠とて和の心を持つ日本人の端くれではあるので、それ系統の娯楽への興味は止まない。

 疲れ切った体には丁度いい休養になるのだろう。

 ……が、何事にも順序はあるのだ。


「それはそうと、今日はギルドの方に行ってからダンジョンに行く」

「ダンジョンですか……」

「一応冒険者だからな。それにレベル上げもしておきたい」

「確かにそうですね。それに私も色々試したいですし」


 ディアの実験にも期待していよう。

 手早く準備を済ませ、宿を嫌々引き払いギルドへ向かった。



 ◇



 アルメリアの冒険者ギルドは『外縁区』に設置されている。

 煉瓦造りの赤茶色の壁と、落ち着いた黒色の扉が見える建物がギルドだ。


「ここがアルメリアの冒険者ギルドだ」

「凄く……大きいんですね」

「そうだな。ここら辺は規模はそれほどではないがダンジョンが多いからな」


 主に迷宮には二種類ある。一つはダリアにある『常闇の迷宮』を初めとする、未だに攻略が殆ど進んでいない巨大な迷宮。もう一つは小から中規模の魔力の歪みから発生すると言われているダンジョンだ。

 似ているようで微妙な違いがあるので名前が分けられてはいるが、割と好き勝手に呼ばれたりしている。


 そして難易度が比較的緩めではあるが、ダンジョンが多く存在することから、銀級(シルバー)から金級(ゴールド)の冒険者が集まりやすいのがアルメリアのギルドの特徴だ。レベルにしてみれば高い冒険者で、50から70前後というくらいだろう。


 ギルドの中へ入ると、他の冒険者と見える人々から視線が殺到する。その全てが手の内を探ろうと全身をまさぐるようなものだ。日々ダンジョンで死と隣り合わせの生活を送っている者達の視線はレベルに関わらず鋭いものだ。

 それでも慣れたものなので、誠は素通りして受付嬢がいるカウンターへ向かう。


「何か御用でしょうか」

「この辺りで一番近いダンジョンについて教えてくれないか」

「この辺りで一番近いのは南門を出て、そこから南東に馬で一時間の場所にある『亡者の大墳墓』ですね。ここはアンデッドの類いが多いダンジョンですので――」

「そこまで聞けたなら大丈夫だ。ありがとう」

「っ……わかりました。お気をつけて」


 ギルドの受付嬢の話を遮って、誠は礼を言う。驚いたような表情を浮かべる受付嬢だが、流石に慣れているのか直ぐにお仕事スマイルに戻っていた。

 誠としては必要なことの確認は取れたし、そうなればこれ以上の説明を聞くだけ無駄なのだ。


 そのままギルドを出て、今日の方針を話す。


「もしかして今日はそのダンジョンに行くんですか?」

「いや、俺達が行くのは別のダンジョンだ」

「えっ?」

「俺達が行くのは『聖堂遺跡』と呼ばれる()()()()()ダンジョンだ」


 この『聖堂遺跡』というダンジョンは、現時点では未発見のダンジョンだ。

 誠がこのダンジョンを選んだのには幾つか理由がある。まずは宝箱の中身だ。誰も入ったことがない場所だからこそ、全てを独り占め出来る利点がある。次に、対ディーナ用の装備の入手の為だ。これはあれば嬉しいと言うくらいのものだが、こちらは少し厳しいだろう。

 これは『聖堂遺跡』の奥深くにいる『ダンジョンボス』が護る宝箱に入っているはずだからだ。通常であれば、相当の冒険者が6人パーティを四つ束ねた通称『レイド』を組んで討伐するのだが、それでも犠牲が出るほどには強いのだ。

 まともに二人で戦おうとしても相手にならないはずだが、これには一応の策は持っている。が、強力な反面で危険も未知数ではあるのであまり使いたくはない。少しでも危険だと判断すればボスとは戦う気は無い。あくまであれば嬉しいものなので、無くても多少面倒になるだけだ。


「それで、直ぐに向かうんですか?」

「出来ればそうしたいな。他に取られる心配はしなくていいが、時間を無駄にしたくない。それとディアの訓練の成果を見るのにも丁度いいレベルだろうからな」


 ディアはアルメリアまでの間に、誠から訓練を受けていた。その内容は主に剣での撃ち合いだ。

 その中でも特に防御に重点を置いて訓練をしてきた。攻撃ではない理由は、当てられなければ意味が無くなり、死ぬことになるからだ。そして、誠は最低でもレベルとして50くらい上の相手とでも防戦は維持出来るように、ディアが視認出来る限界の速度で剣を振った。

 この訓練を約一ヶ月続けて、ようやくものになってきたあたりなのだ。

 あとは実戦のみだったが、その機会がこれまで無かったのでそのついでとしてもいいだろう。


「絶対に大丈夫だ、なんてことは言わないぞ。何時だって想定外の事は起こりうるんだ」

「……わかっていますよ」

「ならいい。行こうか」


 そして二人は、ダンジョンへと向かうことになった。



 ◇



『聖堂遺跡』があるのは、アルメリアの北門を出て数分の場所にある岩場だ。ここにある一つの大きな岩――というか石板がダンジョンの入口になっている。

 しかし、それだけなら今まで見つかっていない訳が無いのだ。

 その理由は石板に描かれている文字が原因だ。

 このダンジョンの解放条件はどうやら石板に描かれている文字を読み解くことなのだが、()()()で書かれているのだ。その為、この世界の住人は解放することが出来ず、前回は誠がたまたま解放することになったのだ。


「それで、ここなんですか?」

「今開けるからちょっと待ってろよ」


 そう言って誠は石板へ手を伸ばす。

 ……これには何も意味は無いが、あれだ。雰囲気作りとかそういうやつなのだ。

 こういうのはそれっぽくやりたいという僅かに残された誠の遊び心なのだ。

 断じて『右手が疼く……ッ』とか『我が右眼の封印が』とかではない。唯の遊び心だ。


「“極光の寄る辺は遥か遠く、闇夜を照らす光とならん”」


 聞くものが聞けば興奮しそうな意味がなさそうでもない文字を読み上げると、石板は真ん中が観音開きのようになり、鏡のような面が広がっていた。

 これはダンジョンに稀にある『転送面』と呼ばれるものだ。勿論普通に出入り出来るダンジョンの方が多いが、何事にも例外はあるのだ。そしてその例外がこの『聖堂遺跡』なのだ。

『転送面』があるダンジョンに共通することは、中の魔物が他と比べて強いことと、その強さに合わせて強力な装備が入手出来る点だ。

 それ故に攻略には最善の注意を払って行われる……のだが、ここにいるのは誠とディアだけだし、他の冒険者と協力する気もない。

 そもそも『転送面』があるダンジョンにのこのこと入ってくる馬鹿はそうそういないだろう。そう信じたい。


「この中に入るんですか?」

「そうだ。これの向こうの部屋は魔物が寄り付かない安全地帯になっている。説明はあっちにいってからだな」


『転送面』があるダンジョンは特殊な構造を取られていることが多い。その例に漏れず『聖堂遺跡』も含まれるので、実際に見せてから説明した方が早いと誠は考えたのだ。

 いざ出陣……というところで、誠は何かに引っ張られる感覚を感じて足を止めた。

 その原因は後ろで誠のコートを摘んでいたディアだった。


「わかりました……けど」

「けど?」

「あの……これはちょっと怖いので、その、手とか繋いで……」


 手をもじもじとさせながら、そんなことを言ってきた。

 でもその気持ちはわからないでもない。

 一見鏡のように見える『転送面』に入れと言われても何となく嫌なものだ。誠も正直苦手な部類だ。

 それにこのままではスタートに立つことすらままならない。


「ほら」


 よって、やむなく手を貸すことにする誠である。


「ありがとうございます……っ」


 そして二人は手を繋いだまま『転送面』の奥へと消えた。











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