第3話 とある少女の昔話
連載から一ヶ月……なんとか続けてこられましたっ
どうかこれからもよろしくお願いしますっ!
私はルーナ。
少し前にアルムという錬金術師に拾われて、今はその店の手伝いをしている。とは言っても私に出来ることなんてお客さんが来たら挨拶をすることと、物を運ぶことや掃除くらいなものだ。
私はあまり人と喋るのは得意ではないが、それでも少しでも役に立とうと頑張っている。
そして今日もいつもと変わらずに一日を過ごしていた。
いつもの様に挨拶をして、私を引き取ってくれたアルムとその妻のディーナが作っている『魔法道具』を運んでいた。
しかし、午後にいつも来る人とは違う雰囲気を纏った二人が来た。
一人は黒髪黒目で黒いコートを着込んだ鴉みたいな男の人と、銀髪紅眼で背が少し高めの男の人と同じような黒色の外套を羽織った綺麗な女の人だ。
「……いらっしゃいませ」
私はいつもの様に挨拶をする。
すると、男の人と目が合った――気がした。それは身分が高い人が私を見るような纏わり付くような視線とは違って、安心感をもたらすものだった。
しかしその感覚も直ぐに無くなって、二人は既に店の『魔法道具』を見ている最中だった。
今のはなんだったんだろう。
さっきの視線は私のことを知っているような目だった。
何処かで会ったことは無いはず。そもそも私がこの店に来る人以外と関わることは殆どない。あるとすればアルムの仕事で着いていく孤児院くらいだ。
でもあの二人はそこにはいなかった。
……だめ、今は仕事に集中しよう。
そう思って二人のことを意識から手放した。
◇
「いつもありがとう、ルーナ。今日はもう休んでもいいよ」
「……わかった」
今日の仕事はもう終わりだ。
優しい父に返事をして、ルーナは仕事の手伝いを終えて自分の部屋へ戻る。父と言っても血の繋がりは無いのだが、それでも私は父だと思っている。
私の部屋は物が少なく、女の子らしくない部屋だと言われた。もっとも、私にはそのらしさがわからないので変わらないと思うが。
疲労感と満足感が支配する体は、直ぐにベッドへ向かった。倒れるように横になると、ふんわりと優しい匂いがした。
私はこの匂いが好きだ。お母さんはお日様の匂いだよと言っていたが、私にはわからない。
お日様に匂いがあるなら、光にも匂いがあるのだろうか。
そんななんとも言えない事を考えながら、一つ寝返りをうつ。
――私はこんな所にいてもいいんだろうか。
いつも一人になると考えてしまう。
今の生活に満足していないとか、感謝していないとかそういう問題ではない。もっと、私の本質的な部分の問題だ。
お父さんには私の正体を話してはいるが、それでも変わらない態度で接してくれている。もしかしたらお母さんも知っているかもしれない。
普通の人なら怖がって私には近寄ろうともしないだろう。それでも二人は私に手を伸ばしてくれた。
だから、私は二人のために生きよう。手を伸ばそう。
私が救われたように、優しく、優しく。
そうしているうちに、意識は闇の中へ沈んでいった。
◇
「ルーナちゃん、入るわ……あら、もう寝ちゃっていたのね」
うふふと手を口元に当てて微笑む女性はルーナが眠っていることを確認すると、起こさないようにドアを閉めた。
「ルーナちゃんはもう寝ていたわよ」
「そうか、きっと疲れていたんだろう。……そろそろ私も行ってくるよ」
「気を付けてね、アルム」
アルムと呼ばれた男とその妻のディーナは軽く口付けをする。
外を見ればまだ月が高く昇っていて、街は影の国になっている。
しかし、アルムも負けじと闇に紛れる漆黒の外套を纏いモノクルをかけた顔だけが浮かんでいる。
「大丈夫、もう少し。もう少しだ、ディーナ。あと数週間もあれば必要な量は集まる。そうすれば私達の願いの結晶は完成するんだ」
「ええ、そうね。でも、油断は禁物よ。百が必要で一欠片でも足りなかったらそれはまるで別物なのよ。それに私は貴方まで失いたくないわ、アルム」
「わかっているさ。それじゃ、行ってくるよ。遅くなるから先に眠っていてもいいよ」
「いってらっしゃい。それならそうさせてもらうわ、とてもじゃないけれどもう眠たくて……」
「おやすみ、ディーナ」
その会話を最後に、漆黒の闇が支配する街へアルムは溶けていった。
◇
何も無い、黒でもなく白でもない、もはやそんな概念すら存在しない世界。
でも私という存在は確かにそこにいた。
もうこうなってから300年ほどだろうか、時間の感覚が曖昧になっている。
肉体を持たない魂の存在だからこそこうして理性を保てているが、それもそろそろ終わりらしい。
――魔王核による選定、それに私は選ばれたらしい。
それと同時にこの世界がひび割れて崩れていく。
この光景を私はこれまで何度も見てきた。
もうすぐ私は肉体をもって誕生する、その兆候だ。
昔のみんなは生きているだろうか、死んでいるだろうか。でも、殺されたりしていなければ生きていることの方が多い。
私達『吸血鬼』という種族はそういうものだ。
その中でも私は特別な存在である『真祖』だ。
その特徴は吸血鬼の弱点である日光、十字架、銀などの無効化が一つ。さらに、通常であれば血を吸った相手を眷属とするのだが、真祖の場合は逆に血を与えなければ眷属とすることが出来ないことだ。
しかし、勿論弱点もある。共通のものとしてはやはり心臓だ。これを潰されてはどうしようもない。もう一つは寿命だ。通常は定期的に吸血行為をしていれば半永久的に生きられるのに対して真祖は300年ほどの寿命しか持たない。そして、寿命が無くなると封印状態になる。
さて、話を戻そう。
私はそうして誕生と封印を幾度と無く繰り返してきたが、魔王核の選定に選ばれたのは初めてだ。
だから、今回の誕生は少しばかりいつもと違うものになる、そう直感した。
それがたとえどんな結末であろうとも。
生まれた時の私の体は12歳くらいの小さなものだった。
肩にかかるくらいの揃えられた金髪と透き通るような瑠璃色の瞳。そして少女と言うよりは人形のように整った顔立ちだけが年齢とかけ離れている。
とは言っても不思議と調和が取れていて悪い印象は与えないという神がかったバランスの顔立ちだが、体格だけは相応だった。
……要するに、絶壁だったのだ。
いや、気にしてない。うん。
まあこういうこともあるよねって言う感じだった。
ではここで一つ重大な点を言っておこう。吸血鬼は吸血行為をしなければ成長しないのだ。
なら同族からすればいいと思うだろう?
しかし、真祖と通常種の血は混ざり合えないのだ。よって吸血出来るのはそれ以外からとなるが、吸血行為をされると自らも吸血鬼になることが知られているためいくらこれを話しても吸血させてはくれないのだ。
その時に私は察した。
――詰んだ、と。
何がそこまで気を焦らせていたかというと、自分が魔王城の玉座に座っているのにまるで威厳がないと言うことだった。
しかし、この心配は杞憂に終わった。
それから2年後のある日、魔王核が新しい魔王を決定した。そして、それは私ではなかった。
その時は嬉しいような嬉しくないようなといった具合だったが、浮ついていた私には気づくことが出来なかった。
程なくして再編された魔王軍が吸血鬼が収める領土へと侵攻してきたのだ。
その数凡そ500。とは言っても一人一人が強力な魔族や、それに操られる魔物なだけあって、かなりの苦戦を強いられた。
吸血鬼も総戦力である300の個体で応戦はしたが、当然に相手は弱点を知っている相手で、昼間にばかり攻められて戦力が削ぎ落とされていった。
そして遂に耐え切ることが出来なくなった吸血鬼は、せめて私だけでも――真祖だけでも逃がそうと決意を固めた。
「……みんなは、どうするの」
「我らは『真祖』ルーナ様へと忠誠を捧げる身。どうか、後ろは振り返らずに走ってください」
「『真祖』様は我らの希望であり、唯一の護るべきものなのです。ですからどうか……」
「……怖く、無いの?」
もし私ならここで臆して逃げただろう――自らが使える主すら見捨てて。
でも、彼らはここにいる。
「ルーナ様がいるから、我らは恐怖など感じられませんな」
「全くですよ」
はははと笑う彼らの顔は――泣いていた。
瞬間に体にチクリと小さな痛みが浮かぶ。
私が魔王になれていれば、きっと皆は……そう考えたがもう遅い。
過去が変えられないならせめて今と未来くらいは変えてみせる。
「……ありがとう、みんな……」
私は数名の護衛と共に魔族領の吸血鬼が住まう森を抜け出した。
走って、走って、時々転んで。
まるで言うことを聞かない体を無理やり動かして走った。
追っ手が来ることもあったが、隠れたり迎撃して逃げ続けた。
その過程で何人もの仲間を失い、私が運命の場所に着く頃には既に誰もいなかった。
「……私、一人だけ」
遠く離れた森を一人でふらふらと彷徨い続けた。
何処へ行けば良いのかもわからず、けれどどうにかして生きなければならない。私のために死んだ彼らのために。
だから、私は歩く。
棒のように感覚がなくなった足を引き摺り、視界が回る気持ち悪さに耐えながら、ずっと。
しかし、無茶に無茶を重ねる行軍は長くは続かなかった。
私の体力が限界を迎えて森で倒れてしまった。
「……ま、だ……ぃや……」
こんな所で死ぬ訳にはいかない。
どうかと私は願った。
――死にたくない、と。
けれど未来は明白で、もはや変える余地が無いほどに絶望的な状況だ。
それでも私は願った、生きたいと。
そして、その時は訪れた。
――温かな手の温もりと共に。
「……これは酷い。直ぐに手当てをしなければ」
優しい男の声だった。
ぼんやりと浮かぶ人影に精一杯の力を振り絞って手を伸ばす。
「……たす、け、て……」
「もう、大丈夫だ。少しだけ寝ていなさい」
その言葉を聞き届けた私は、抱き上げられる感覚と共に瞼を閉じた。




