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プロローグ 契約

手に取って読もうとしてくれている皆様、ありがとうございます。

ありがちかとは思いますが読んでいただけると嬉しいです。

「あいつらを振り切るのに随分かかったが、ようやく辿り着いたぞ」


 男の格好は全身のどこを見ても傷だらけで、血の赤黒い色が夜の闇に彩りを添えていた。

 さらに、夜の闇とは対称的な色が一つだけあった。

 腰から下げられている白銀に輝く一振の剣。

 それはこの世界で唯一の存在の『勇者』にのみ持つことを許される神剣『ディ・グラディウス』。

 神剣は世界が創られた時に、神から授かった伝説の剣と伝えられている。

 それから時が流れて『勇者』にのみ持つことを許される神剣となった。

 しかし、男は神剣を無造作に振り、森の草木を斬り倒しながら道を作る。

 その足取りはゆったりと足を引き摺るような格好だったが、どこか軽そうに見えた。


「さて、そろそろ見えるはずなんだが……」


 独り言を言う男の目的地、それは魔族領にあるとされる七柱存在する邪神の一柱である『強欲』の邪神が封印されている神殿だった。

 邪神の神殿は遠い昔の勇者が、その力を恐れて封印を施し存在も場所も秘匿され続けた場所だ。

 それが朧気ながらにも分かるのは、男もまた勇者であるからだった。


「俺は絶対に『強欲』を手に入れる。そして全てを手に入れる……あいつらに奪われてきた全てを……」


 その男の目には心を映し出すように、黒々とした炎が燃えているようだった。





「ようやく辿り着いた。ここが『強欲』が封印されている神殿……中々に陰気な所じゃないか」


 神殿と呼ぶその建物は至る所が崩れ、植物の蔦が絡みついて森と一体化していた。

 入口を塞ぐ蔦を斬り裂き、瓦礫を砕いて男は悠々と中へ入る。

 中はがらんとしているが、唯一強大な存在感を漂わせる岩を見つける。


「これは凄いな。封印されているはずなのにこれだけの力を感じるとはな。――だが、ここで止まる訳にはいかないんだ。絶対に」


 男は岩に手を伸ばし、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 それだけで神殿の外壁も天井も砕け散り、あまりに大きな魔力に耐えられずに塵すら残らず消え去る。

 それでも男は魔力を放出することを辞めようとしない。


「……はぁ。これだけやれば大丈夫だろう。――聞こえるか、『強欲』の邪神」


 短時間で大量の魔力を消費した対価として、息が浅くなり体が酷く重いが男の意識ははっきりとしていた。

 それは男の頭の中へ直接響いてくる声に歓喜していたからだった。


(我を呼び起こしたのは貴様か?よくもまぁ人の身でそれ程の憎悪を溜め込むものだ)

「これでも色々とあったんでね。だが今はどうでもいい。単刀直入にいこう。お前と取引したい」

(……ほう?この『強欲』である我と取引を望むか、人の子よ)


 邪神は酷く珍しいものを見たような声をあげた。

 それもそのはず、長年に渡って施されていた封印を弱め『強欲』が思念を伝えられるほどにした挙句、その上で取引を申し出てきたのだ。

 長い時を生きた邪神と言えども、このような体験は初めてだった。


「俺は全てを奪われた。過去も、今も、未来も全てっ! 大切な人にすら二度と会うことがない、それでも俺は生きてきた。あいつらに報いを――復讐をするために」


 重く深く、呪いの言葉を紡ぐように言葉を地獄から引き摺り出す。

 男が生きてきた人生は、心を壊すのには十分だったのだ。


「だが、あいつらに復讐するには力も時間も足りない。だから、お前の力が欲しい。その為だったら命でも何でもくれてやるさ」

(クハハハハッ! 面白い、面白いではないか人の子よ! 自らの復讐を果たすために邪神にすら命を捧げられる生物など初めて見たぞ! 気に入った! ならば取引といこうか、人の子よ)


 取引を申し出た男への返答は、意外にも好意的なものだった。

 勿論邪神の好意なのだから本当にその通りという訳では無いのだろう。

 それなりの対価がいるはずだ。


(我が望むは貴様のその魂。これは貴様の復讐が全て終わってからでいいとしよう。それとは別にもう一つだ)

「それぐらいで力が手に入るのなら安いものだ。それでもう一つはなんだ」

(我が望むもう一つの望みは、他の邪神達の解放だ。もしこの望みを貴様が叶えたのなら、魂は取らないでおこう)

「もう一つの望みは何故だ?」

(我の望みは我ら『大罪』を冠する邪神の頂点に君臨する邪神王の復活。その為には我ら『大罪』の邪神全てを解放する必要があるのだ)


 邪神の真の望みは邪神王の復活。

 だが、そんな存在はこの世界の何処を探しても見つけることは出来ない。

 それでも男にとっては復讐以外はどうでもいい些末なことだった。

 たとえ世界が崩壊するような事になっても、復讐さえ果たせれば満足して死ぬだろう。


「あぁ、いいさ。寧ろ俺からしたら得しかないがな。なら取引成立だ」

(迷わぬか。偶には人について見るのも良かろう。契約だ、貴様の手を岩にかざせ。貴様を主と認めて力を与えよう)


 男はその言葉に導かれるままに手を岩に伸ばす。

 すると天変地異とも呼べるような二つの魔力が混ざり合い、嵐を作り出した。

 外側はバチバチとスパークが発生し、周囲の木々を嵐が起こす暴風がなぎ倒していく。

 しかし、その中心にいる男と岩がある場所だけは凪のように静かだった。

 そこでは男があげる苦しげな声だけが響いていた。


「うっ……これは…俺の過去か……?」

(その通りだ。契約をする過程として記憶を見させて貰う。丁度いいだろう?少しは昔を懐かしんでみるといい)

「うるせぇ、俺はこんなことをしなくても絶対に忘れない。……忘れられない。だから早くしろ、こんなのを見せられたら一秒でも早くこいつらを殺しに行きたくなる」


 男が見ていたのは、この世界で送ってきた過去だった。

 俺が魔王を殺して直ぐに斬りかかってきた剣士の男、焼き殺そうとした魔法使いの女、封印しようとした聖女。

 装備していた『魔法道具(マジックアイテム)』に細工をしていた錬金術師、それを運び込んだ商人。

 逃げ切ってから俺を殺すために遣わされた暗殺者。

 街で俺を匿うふりをして情報を売った宿屋の店主。

 他にも色々思い浮かぶが、何よりもそれらを全て操っていた国王と王女たち。

 全てが昨日の事のように脳裏に焼き付けられる感触は常人には耐えられない苦痛だろうが、俺にとっては心地よかった。


 ――本当にクズばっかりだ。


 早くこいつらを苦しめて、痛めつけて――殺し尽くしたい。

 その光景を想像しただけで背筋をゾクリとしたものが走るのがわかる。

 別にこの感情を誰かに理解して欲しいなどとは思ってはいない。

 寧ろ、自分以外には誰にも理解されたくないとすら思っている。

 それが身を焦がすほどの憎悪や苦痛であったとしても、この感情だけが唯一俺を俺として認識させてくれる要因(ファクター)であり存在意義(レゾンデートル)なのだ。


 そんなことを考えていると邪神から声がかけられる。


(契約は今成された。さあ主よ、力は与えた。その力をもって成すべきことを成すがよい。我はそれを見届けよう、必要ならば力を貸そう。そして、望みを叶えよ)

「もう終わりか、意外と早かったじゃないか。力は……大丈夫なようだ。これで俺はようやく歩き出せる……もう二度と止まりはしない、二度と奪わせはしない!」


 男はニヤリと笑みを浮かべ遠くを見る。

 そして『強欲』の力を行使する。


「【我、理を欲する者 遍く全てを望む 世界は我に付き従う】『強欲』の大罪・『理想の簒奪者』! ――じゃあな、これまではお前達のターンだったがこれからは俺のターンだ。逃げるなんて興醒めなことはしないでくれよ?」


 膨大な魔力と引き換えに行使された大罪を冠する『強欲』の世界を揺るがす魔法。

 それは男の体を包み込み、この世界から完全に消滅した。


 止まっていた時が動き出す。

 塞き止められていた川の水を抑えるものがなくなり勢いよく流れ出すように、運命の歯車が回りだす。

 これがあの男にとっての真の始まりとなることをまだ知らない。






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