退職願 2
月曜日の夜、便箋や封筒くらい家にあるだろうと思っていたが、便箋は柄入、封筒は茶封筒か赤枠入しかない事が判明。
仕方なく100均まで出掛けた。
が、封筒はB5。便箋は柄入しかなく、コピー用紙はA4しかない。
別の店に行くのも面倒だなと思いながら店内をふらふらしてると、目に付いたのは落書き帳。
紙質は微妙な感じがしないでもないが、ある意味ぴったりかとそれにした。
スマホの見本を見ながら退職願を書き、判子をしっかりと押すと乾く気配がない。そのまま朝まで放置した。
朝、判子は乾いていたが、若干滲んでいた。まぁ、気にする事ではないか。
封をして、忘れない様にしっかり鞄の中に入れる。
朝礼の前の掃除を始める前に、社長に退職願を渡してミッションクリア。
わくわくが止まらない。
正直、退職になろうがなるまいがどっちでも構わないと思っている。
数年前から辞めるのが先か会社が潰れるのが先かと話していたのだ。早いか遅いかの違いでしかない、と思っていた。
朝礼では仕事の話だけで自分の話は出ず、まぁ退職願は朝出したばかりだしと気にせず仕事を始めた。
工場内には自分を含めて6人いる。機械に3人、作業に3人。
機械の3人、以後、工場長・Wさん・オタ君と呼ぶ。
作業の3人、以後、漁師・自分・後輩ちゃん。
普段関わるのは、他に事務員さんとMさんくらい。
昨日話した時点で、自分が辞めたら漁師も辞めると言っていた。そして漁師が、辞める時は後輩ちゃんも一緒に辞めようと誘っていた。
社長は以前から朝礼で、「売上が減っています。2・3人減らしたら、残業も増えるし、給料もしっかり払えると思います。」と言っていたが、売上が上がっていた頃でさえ日給月給でそれほど上がっていないのに、誰も信用しない。
仕事が増えて大変になるだけである。
それは既に経験済みの事だ。
自分が入院した時、漁師が入院した時。代わりに仕事するのは当たり前と言わんばかりに、労りの言葉もなかった。
かなりの負担になるからの「一緒に辞めよう。」である。
で、朝から工場長と漁師が長々と立ち話をしている。
仕事の話なら立ち話で長くなる事はないので昨日の事か。
朝礼での仕事の話が聞き取り難かったので自分も交ざりに行った。
仕事の確認をした後で昨日の話をする。
「退職願を出すのは就業規則を見てからだ。」
と漁師がいい、
「だから出すなと言ったのに。」
と工場長も続ける。それをさっくりと
「相手するのも面倒。」
と自分。
それに、就業規則など、今まで1度も見た事はない。
帰り際、工場長を捕まえ「受けて貰えると思ったのに。」と社長が言ったらしい。
いい事が何一つないのに何故そう思えるのか謎だ。
その時に「自分が辞めたら漁師も辞めると、噂で聞いた。」と言ったらしい。
もっとも、そう伝わる様に態と漁師が話を流したのだが。
で、社長が退職願を出せと言ったにも拘らず、「考える。」と言ったんだとか。
今更考え直されても、自分が納得出来るとは限らない。
「出せと言ったのは社長の方だし。」
漁師は「自分が辞めたら負担が増えるだけ。」と怒りがおさまらず、
「昨日からイライラが止まらない。」
と険しい顔をしている。
せめて負担の増える周りに根回しでもしていれば、もう少しましな対応もしたかもしれない。
漁師自身も辞める時に有利になるようにと
「知り合いの伝で弁護士に聞いてみる。」
と不穏な様子。
その一方で、自分と後輩ちゃんはわくわくが止まらない。
仮に、自分が残る事になっても、問題の先送りでしかない。
工場長。既に定年を超えている。
Wさんは来年の2月に定年を迎えるらしい。
2人が辞めたらオタ君も残る気はないと言っている。
自分は9月で辞める予定。
漁師と後輩ちゃんも残る気はない。
会社、詰んでる気がするけど。
水曜日。
今日の朝礼でも何もなし。
漁師、ネット検索で色々と調べたらしい。
就業規則。退職金の変更。有給休暇。
ここで有給休暇が出てくるのは、取れないからだ。
会社が買い上げ、出勤日数の少ない月の給料に上乗せしている。
有給休暇が何日あるのか、正確に知っている社員がいるかどうかも分からない。
いわゆるブラック会社なのは分かっていたので、自分はそれほど気にはしていない。
が、漁師は付け入るネタは多ければ多い方がいいと、昨日とは打って変わってヤル気な様子。
知り合いから就業規則を手に入れてくれと言われたらしい。
昼休みに、社長の姉の経理担当に見せて貰ってコピーしていた。
「色々と知らない事が書いてある。」
と、悪い顔で嗤っていた。