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はじめに  ~近年蔓延している大きな誤解に対する警告~

 この小説は「触手料理を広めるために出版された本の一部」という設定で書かれています。

 触手型モンスター

 他の生物とかけ離れた造形や、ヌメヌメとした独特な光沢感は多くの人々の嫌悪感を誘った。また、触手が獲物に絡みつく様子や、柔らかくしなやかに動くその様子には独特の官能性があった。相手の体内に触手を入れる様子も、ナニかを暗示させた。

 それ故に、触手型モンスターは様々な作品で『背徳的なモラル』の象徴として使われてきた歴史がある。事実、裏社会の好色家なども触手を好む輩は多く、触手に違法な改造を施した業者が摘発される事件も多い。2体の触手が互いを絡ませて交わる絵画が描かれたり、伝説の邪神の象徴としてレリーフに使われていたりなど、創作物でも使われている。




 最初にはっきり言っておくが、この本の中に 卑 猥 は 一 切 な い。

 触手が官能的なイメージを持たれるようになったのは、その実体を知らないものが触手について妄想で書いたからだ。触手は迷宮にしかいないので、探索者ではない作家などは伝聞や標本からその動きを予想するしかない。見たこともない異形の怪物の姿に、迷宮の外の創作者は邪淫の象徴としての側面を見出したのだ。

 触手に似た一例として「オーク」が挙げられるだろう。彼等も、人間の女性を攫って子供を産ませる存在として、恐れられてきた過去がある。数百年前はまだ魔物の情報ネットワークができておらず、ガセの情報が出回りやすかったのだ。その結果、間違った情報が「常識」として定着し、未だに創作物などで使われているのである。


 ここ十数年、触手型モンスターの生態を誤解した者が不用意に近づき、重大な被害を受けるケースが後を絶たない。おそらく、春画や官能小説を見て勝手な憧れを抱いたのだろう。臓器を突き破られた者、生命力過剰欠乏症になった者、感染症になった者……など被害は様々だ。

 創作物の内容を鵜呑みにして、触手型モンスターに近づくのは愚行としか言いようがない。高レベルの触手型モンスターは人間の骨をたやすくへし折り、小さな傷口すらも力ずくで広げて侵入する。また、成長した触手は新たな能力に目覚める個体も多く、『麻痺毒』や『神経寄生』などの相手を無力化するスキルで強者殺し(ジャイアントキリング)すら成し遂げる。


 もし貴方が快楽を求めるなら、知性のない触手型モンスターに襲われるよりだったら、素直に高級店の男娼を買った方が良い。男娼はテクニックと加減を知っているし、貴方に甘い言葉をささやくこともできる。それに比べて触手型モンスターは、人間のの都合を考えずに手加減なしで襲い掛かる。

 それに、触手型モンスターの目的は「魔力の吸収」なので、相手の体内に触手を「入れ」はするが「出し入れ」はしない。一応、【反発の結界】を「一定以上侵入した相手を弾き返す」「数秒ごとに発動する」などの条件をつけて設置すれば疑似的に動きを再現できるが、術式を工夫しなければ単調な動きになってしまう。

 人間に快楽を与えるように進化したのは、裏社会で改良された品種以外は存在しない。野生種の触手は、生きるために活動する誇り高き野生動物であり、断じて人間が快楽を得るための玩具ではないのである。


 もし野生で愛玩品種がいたとしたら、それは何者かによって異法に遺棄されたものだ。万が一見つけたら、生態系に影響が出る前にすみやかに探索者組合に連絡をお願いしたい。報告者には報奨金が与えられ、組合員なら評価の上昇に繋がるだろう。




『触手型モンスターについて』

 正式名称は『半独立栄養生物』。他の動物と違い食事を一切必要とせず、純粋な生命力の吸収でのみ生育する特殊な生物種。生存に水を空気を必要としているのは判明しているが、それ以外に生命活動に必要としている者は不明である。

 触手型モンスターは他の生物と違う点が多く、既存の種とは一線を帰した生態をしている。その結果、現代にいたるまで未だに分類わけが進んでいないほどだ。近年の学会では「古の邪神を由来とするもの」「悪の科学者が作り出した人造生命体」「空の向こうから来た外来種」なんて説が大真面目に語られていることからも、その異常性は伝わるだろう。


 彼等の異質な点は3つ。

①自己複製の能力を持たないこと

 彼等は生物種でありながら、自分で自分を複製するシステムを一切持たない。一般人が触手型モンスターを見る機会がないのも、彼等が野生の触手を見る機会が一切ないためである。一応、広範囲に広がった触手が分断されることで、それぞれが根付いて分裂したかのようになることもある。だがそれは他者の介入によるものであり、触手型モンスターが単独で子孫を作ることは基本的に不可能だ。


 触手型モンスターは、基本的に迷宮の【モンスター複製機能】によって増える。

 迷宮は、ゴーレムを製造して集めさせたモンスターの遺体から、ほぼ無限大に再現個体を作る機能が備わっている。触手型モンスターの増産はその性質を利用したものであり、違法に改良された触手も主に「非公開の迷宮」の中で量産されているという。



②全身が触手のみでできていること

 触手型モンスターを構成するのは大量の触手──皮と筋肉だけである。

 脳や脊髄などの中枢神経どころか、食べたものを分解する消化器官すら持たない。大量の触手がイガグリのように固まって四方八方に突き出ているだけの非常にシンプルな構造をしている。周囲の生き物を感知し捕まえることから、感覚器官を持つことは明らかなのだが、いくら解剖してもそれらしきものは出てこない。明らかに肉体構造が従来の生物と異なるのだ。


 身体の表面は特殊な粘液で覆われており、魔力を媒介しやすい効果がある。また、触手は分泌する液の粘性をコントロールする能力があり、サラサラにして潤滑剤として使ったり、ベタベタにして相手の捕縛に利用することができる。また、魔力が非常に溶け込みやすい性質があるため、薬師組合や魔術師組合に持ちこめばそこそこの値段で買ってもらうことができる。



③他者の生命力を吸収する能力があること

 触手型モンスターの最も特殊な点は、【生命力吸収】のスキルである。【体力吸収】と【魔力吸収】の効果を兼ね備えた有用な能力だが、通常なら不死術師(リッチー)などの高ランクアンデッド以外がこのスキルに目覚めることは無い。だが、触手型モンスターは低ランクの個体も含めて例外なく【生命力吸収】を保持している。


 触手型モンスターの狩りは、奇襲・捕獲・無力化の3ステップで行われる。

 通常時、触手型モンスターは低ランクの【隠密】を使って潜伏している。これは、意識を強く持てば斥候職でなくても看破は可能だ。だが、狩りと狩りの間でうっかり気がぬけていたりすると、見逃してしまうことも多い。

 そうして油断している探索者や獣が間合いに入ると、数十本の腕を広げて対象を拘束する。最初は加減することなく全力で相手を締め付け、相手が逃れられないようにする。相手が暴れても抑え込み続け、抵抗すれば更に力を強める。骨折するくらいの力で締め付けるため、獲物は必死になって暴れて体力を消耗する。


 そうして縛った対象から、【生命力吸収】で残ったエネルギーを吸収する。吸収するペースはゆっくりだが、確実に生命力は削れていくため、最終的に戦うための体力がなくなる。相手が疲れて大人しくなったところで、触手は【粘液分泌】で粘性最大の体液を分泌する。粘度の高い液はネズミ取りのような接着力があり、もやは抵抗は不可能である。


 最後に、触手のうち数本を、口や傷などの隙間から相手の体内に入れる。触手型モンスターは皮膚に覆われた部分より、粘膜との接触の方が生命力を吸収しやすい。そうして吸収しやすくなったところで、相手の生命力を残すことなく、カラカラのミイラになるまで搾り取り続ける。


 このように、触手型モンスターは複数のスキルを使った絡め手で相手を倒す。種類によっては更に毒を使うものや動き回る個体もいるが、大抵はこの手段を取る。触手自体の強さはD級相当だが、その厄介さにより時としてC級として扱われるのである。

 触手型モンスターは男女問わず忌避される傾向が強く、迷宮では彼等に生命力を吸われた死骸がよく転がっている。もし、迷宮内でミイラのような死骸を見つけたら、すぐに逃げた方が良いだろう。


『なぜ、触手を食べるのか』

 味覚の魔力ソムリエの資格持ちである私が、昔から好んで食べていたのは触手型モンスターだった。

 通常、生物ごとの魔力の性質はマチマチだ。人によって属性を帯びた魔力の比率に差異があり、上位者であれば魔力の摂取で個人を見分けることもできる。そのため、生物は体内に取り込んだ魔力をそのまま吸収することはできず、体内で分解して自分と同じ性質の魔力に再構築する。

 だが、触手型モンスターは生命力をダイレクトに吸収し、分解せずにそのままの状態で利用する。そのため同種のモンスターを複数襲った触手の中では、それらの生命力が純度の高い状態で濃縮されることになる。多くの生命力を吸った触手は「旨みの火薬庫」と言っても過言ではない。食べた瞬間に口の中には魔力が溢れ、その強烈さに病みつきになる羽目になる。



 私は、多くの触手型モンスターを討伐し、その味を食べ比べてきた。触手がたくさんいる迷宮では捕まった者も多く、今まで私は多くの探索者を救出している。自慢じゃないが、触手に襲われた人間を救出した数では、全探索者ギルドの中でトップクラスだ。そうして何人も救出する中で、その経験から分かったことが1つあった。

 それは「触手型モンスターの被害者に触手を食べさせると、衰弱から早く回復する」ということだ。


 触手に何時間も捕まっていた人間は大概衰弱しており、すぐに大量の食材を摂取させて生命力を回復させる必要がある。だが、自分とあまり合わない魔力を過剰摂取すると肉体に何らかの異常を及ぼしてしまう。荷物には限りがあるし、偶然その場に適した属性の食材があるとは限らない。

 そんな時、適している食材が「被害者を襲った触手型モンスター」なのである。触手型モンスターの肉体には、被害者から吸収されていた魔力がほぼそのままの状態で閉じ込められている。つまり、触手をそのまま食べさせるだけで、簡単に回復が狙えるのだ。


 私は、様々な触手を美味しく食べるための研究を行った。触手はモノによって触感や味に違いがでる。だからこそ、その肉質を見極めて様々な方法で調理を行う必要がある。この作品の中では、そうした触手の調理方法について解説していきたい。



『触手の下処理について』

 触手料理を作る上で欠かせないのは、粘液の下処理にある。

 触手型モンスターが相手にするのは人間だけではない。ゴブリン、オークなどの人型モンスターや、ヤギや猪などの動物、はたまた毒性の高いスライムを襲った可能性もある。野生の触手が危険とされるのも、「何の雑菌が付いているか分からない」というのが1番の理由になる。


 例え高レベルの耐性持ちでも油断してはいけない。私も昔、高位魔族を襲った触手を生で食べたことがあったが、その時は重度の呪病になって死にかけた。おそらく、その呪いは魔族の肉体には影響がないものだったので、治療されることなく残っていたのだろう。レアな触手をそのまま味わいたかったので後悔は微塵もないが、それでも周囲の人々にたくさんの迷惑をかけてしまった。


 安全に配慮してこの本に出てくるレシピは全て「下処理をして粘液をとった触手」を使用したものとする。この本を読んで、自分でも触手料理に挑戦したくなる人はいるだろう。だが、絶対に粘液を食べるのはやめてほしい。粘液は呪病や雑菌を媒介しやすいため、耐性のないものが食うと感染症の危険があるのだ。


 触手を捌いて調理する際は、

①粘液を皮ごと剥いて排除する

②教会で祝福を受けた塩で洗う

③1度凍結させて、洗いながら解凍する

④「スズシロ」と言う草を使う。(※1)

 これら4つのどれかを状況に応じて使って、綺麗に粘液を排除してほしい

※1

スズシロ

 東方の限られた地域でしか取れない植物。真っ白の根は丸々として大きく、葉も栄養価が豊富で美味しい。別名として「オーネ」「フロフキ」「キリボシ」「アイマゼ」「ガッコ」などが挙げられる。


 触手のぬめり取りに使われるのは「根」であり、皮を剥いて摩り下ろしたものを使用する。水を大量にかけながら、全体をゴシゴシと洗う。イカやタコと違って吸盤はないため、比較的スムーズに洗うことができる。

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