(8)
翌日は晴れだった。延期になっていた体育祭も無事に行われたが、瑛太の心中は今にも雷が落ちそうなくらいに荒れていた。
競技の合間に校舎裏に呼び出された瑛太は、女子に上目遣いで見つめられていている。しかも連れて行かれるところを薫に見られてしまった。
薫は瑛太に声を掛けようとしていた。だが、瑛太が女子に誘われているのを見て、「あ、ごめん、邪魔しちゃ悪いよね?」と、会合の意味を正しく理解した上で遠慮した。それがまた瑛太の苛立ちを増加させる要因となっている。というか、心が半分くらい死にかけている。
「二ノ宮くんさ、体育祭の振替休日、一緒に遊ばない?」
そう言って彼女は千葉にある有名テーマパークの名を上げる。家からすぐ行ける場所にあるため、小中学生でも卒業記念やらなんやらで、遠足のように訪れる定番の場所だった。
目の前の女子は中野と言ったか。薫のクラスの、スクールカーストの上位に位置するような少し派手目な女子だ。
大きな目に反り返ったまつげ。化粧をしているのだと思う。髪は体育祭仕様なのか丁寧に編んである。可愛いとクラスの誰かが言っていたような気がする。
喜ぶような場面なのかもしれないが、そういった感情はまったく湧き上がらない。
瑛太が以前の姿のときには、虫けらくらいにしか思っていなかったくせに。
こちらが知らないとでも思っているのだろうか。いや、そうであっても是の返事をもらえるくらいに厚顔で傲慢なのかもしれない。
「悪いけど、金と暇がない」
きっぱりと断る。大抵の女はここでがっかりしながらも引き下がる。金がない、は大抵の場合、最悪の断り文句だ。
けれど、中野は違った。
「じゃあ、わたしと付き合ってくれない?」
「は?」
「まどろっこしいの、通用しないっぽいから。彼女になったら一緒に行ってくれるかなって」
さすがにこの展開は初めてで虚を突かれる。だが、すぐに立て直して即答した。
「ごめん、そういう気にはなれない」
「立花さんが好きなの? 幼馴染なんだって?」
「答える必要ないと思うけど」
苛立ちが増す。なぜほとんど初対面のような女に、心の中を見せなければいけないのか。
「だとしたら、全然相手にされてないよね? この間、二ノ宮くんの事狙うって言ったけど、平気そうだったよ」
中野は勝手に話を進めている。
「どうでもいいだろ」
さすがに尖った声が出る。本当に付き合いたいと思っていたのかさえも疑ってしまうような不躾さだった。
「あの子のどこがいいの? 二ノ宮くんのことないがしろにしすぎてるし、ほんとイライラする。他の男子もだけど、見る目なさすぎ――」
断られたら相手の不幸さえも願ってしまうのだろうか。
思わず傍の壁に手を打ち付ける。破裂音に驚いたのか、中野は、ぎょっとして口を閉じた。
「あのさ。俺、忙しいから。これ以上アンタと関わり合うの、時間の無駄だと思う」
二度と話しかけるな。言外に込める。冷めた声と眼差しを向けると、瑛太はその場から立ち去った。
*
薫は気がつくとため息ばかりになっていた。
昨夜三兄から届いたメールについて話そうと、瑛太を探していた。だが見つけた彼は、中野さんに物陰に連れ込まれようとしていたのだ。
中野さんに睨まれてひとまず退散したものの、なんとなくヤキモキしながら、日陰になった階段の隅でお茶を飲んでいる。
「あーあ。宇宙兄からのメール、瑛太喜びそうなのに」
だけど、もし彼女ができてしまったら、誘うことはできないだろう。
再びため息が漏れたときだった。後ろから「薫」と声がかかった。
振り返ると瑛太がこちらに歩いてきている。思わず中野さんの姿を探すと、彼女は数歩後ろからしょんぼりと歩いてきていた。だが、薫の顔を見るなりむっと顔をしかめてグラウンドの方へ走り出した。
(ど、どうなったんだろ?)
瑛太に聞きたい気もしたけれど、何と聞けばいいのかわからない。
やはりここは告白だろうか。気になるけれど、最近の瑛太はそういう話を嫌う傾向があるし、機嫌を損なう気がした。
しかしここで聞かないのも気持ちが悪い。そもそも、遠慮など二人の間には必要ないはずだった。
「中野さんだったよね、今の。な、何の話だったわけ?」
遠慮をわざと忘れて問いかけると、瑛太は一瞬顔をしかめる。
そして隣に座り、長い足を投げ出した。
「女ってまじでめんどくせー。なんなの、あの手のひら返し。態度コロコロ変えやがって、馬鹿にしてるとしか思えねえ」
彼は小さくつぶやき、大分伸びた髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。その一言で、彼がどうやら何かをお断りしたことだけがわかった。
なんだかホッとしながら薫は話題を変える。
「昨日ね、宇宙兄からメールが来てさ」
さっきまでのもやもやはどこかに行ってしまっていた。ウキウキしながら概要を告げると、それまで曇っていた瑛太の表情がみるみるうちに晴れていく。それを見ていると薫も嬉しくなってくる。
「じゃあ、期末、死ぬ気で頑張らないとな」
「うん。で、夏休みにはたくさんカミサマの名前探そう。新学期には元通りになれるように!」
薫が手を掲げると、瑛太はかすかに笑ってハイタッチをした。




