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神様の名前探し 2  作者: 山本風碧
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(6)

 翌日。あの後眼鏡を修理しに行ったはずの瑛太は、新しい眼鏡で登校してきたそうだ。

 その噂は、棟が違うというのに驚くほどの速さで薫の耳まで届いた。


「薫、薫っ、ヤバイって! ニノミヤ! 一組の女子、わざわざ理系クラスまで見に行ったらしいよ!」


 潜めた声で、しかしテンション高く佳子が言う。薫が一昨日に感じた嫌な予感は、どうやら的中してしまったらしい。むしろ一日瑛太が休んだことで、潜伏していた何かが一気に吹き出したといった感じだった。


「これは、ニノミヤに春が来るのもカウントダウン寸前って感じ? もともと素養はあったんだし……ってねえ、薫、聞いてる? 野次馬行かないわけ?」


 憂鬱な気分だった。居場所を奪われるかもしれない、そんな恐怖だと気がついていた。


『もし二ノ宮くんを好きな子がいたとしても、立花ちゃんには敵わないから、告白するのは止めておこうって思っちゃうだろうなってこと』


 そんな小島先輩の言葉が引っかかっていたのだ。もし彼女ができたら、彼の隣を譲らなければならない。今までみたいに腐れ縁だと言いながら傍にいることはできなくなる。

 そうなったら、神社巡りも彼女とするだろうし、もちろん旅にも出れないだろうし。

 寂しい。薫はそう思った。


「……行かないよ。瑛太、見世物になるの嫌いだから絶対怒るし。それよりもう予鈴がなるよ」

「なんか……うーん……反応悪いなあ……余裕ぶっこいてるってわけでもなさそうだし」


 つまらなそうに口を尖らせた佳子は、ぼそっとつぶやいた。


「……あとはきっかけだけだと思ってるんだけどなあ」





 だが、昼休みになると、驚くことに瑛太が薫の教室にやってきた。

 久々の登場に薫は目を瞠る。

 瑛太が茶色のセルフレームでできた、スタイリッシュな眼鏡を掛けていた。


「な、なにそれ、カ――」


 カミサマにやられたの!? という言葉を飲み込み、


「いや、散財されたわけ!?」


 と言い換える。

  だから文句でも言いに来たのだろうかと思った。だが瑛太は小さく首を横に振る。


「学校内での事故だから、保険が降りる――っていうか、修理しようにも、部品がもうなかったし、新しく買った方が安いなら、安い方選ぶに決まってる。これは眼鏡屋のおねえさんが適当に選んでくれた」

「あ、そ……」


 あんまりにも替えないので、もしかしたらこだわりでもあるのかと思っていたが、愛着云々で物持ちが良かったわけではないらしい。それでこそ瑛太といえば瑛太なのだけれど……。


(うーん……見慣れない)


 というより似合っているせいで、端正な顔立ちが際立ってしまっているのだ。眼鏡屋のお姉さんも、さぞ選び甲斐があったことだろう。これは女子が騒ぐわけだ。

 周囲からの興味津々な視線を感じる。以前瑛太がやってきていたときとは、あからさまに違う感情が混じっている気がして仕方がない。


「で、で……なに?」


 視線を意識して、挙動不審な受け答えになってしまう。


「今週末空いてるか?」


 だが、瑛太はいつもどおりに飄々と会話を続けている。相変わらず空気が読めない――いや読まないのかもしれないけれど――やつだと思う。


「え、週末って体育祭だよ」

「だから、土日のどっちか。土曜に雨が降ったら、順延だろ。そんときは土曜で、土曜が晴れなら日曜」


 さっさと話を進めていく瑛太を一度遮る。


「っていうか、今更だけど、よく考えたら、話ってメールで良くない?」


 瑛太はわずかに眉を上げる。


「込み入った話って、打つのがめんどい。……って迷惑なわけ?」


 瑛太が不安そうに眉をひそめた。


「いや、そういうわけじゃないけど……ええと、なにがあるの?」


 言いながらも周囲の様子をうかがってしまう。前はそんなこと思いもしなかったのだけれど、とりまく視線が薫たちに刺さるようなのだ。

 それに、なんだか調子が狂ってしまってる気がして仕方がなかった。

 多分、この間の玄関での出来事のせいだ。

 あれは瑛太ではないのだから、忘れるべきなのだろうけれど。なんというか感触やあの眼差しが、体のあちらこちらに焼き付いてしまってなかなか落ちてくれないのだった。


「今週末さ。じいちゃんがお祓いするっていうから手伝わせてくれって言った。多分ハルさんとこ入れるの最後だろうから……薫にも立ち会ってもらえたらって思って。ほら、鈴木さんやめちゃったから人手も足りないんだ」


 ああ、そうかと思う。次兄の彼女の鈴木絵麻さんは、結婚準備のために二ノ宮神社を退職したのだ。今は京都で仕事を探しているらしい。


「バイト――謝礼も少し出るし、頼む」

「……お祓いってわたしでも大丈夫なわけ?」

「お焚き上げって知ってる? 正月にやるどんど焼きみたいなやつ」

「あー」


 神社に返ってきた古い御札などをお祓いして燃やすのだ。


「え、お社をハルさんの家の庭で燃やすの?」

「いや、今は消防法で禁止されてるから。どんど焼きのときってちゃんと消防署に申請してんだよ。あのサイズだし、お祓いだけして、粗大ごみに出すってことになったらしい」

「そ、粗大ごみ……」


 響きだけで罰が当たりそうだと思う。

 だからこそお祓いをするのだろうけれども。


「わかった。じゃあ手伝うよ」


 なんだか周りがいつもより静かで、聞き耳をたてられている気がする。

 ちりちりとした視線からも逃れたくて、薫はさっさと頷くことにした。



「二ノ宮くんって、お家が神社なの?」


 瑛太が去ると、案の定、クラスメイトが興味津々な顔で尋ねてきた。

 二年になってから同じクラスになった、中野さんだ。ショートボブの、目がパッチリしている可愛らしい女子だった。

 クラスの中でも綺麗どころ。どちらかと言うと地味に過ごしている薫とはあまり交流がない。こうして一対一で話すのははじめてかもしれない。


「あー、うん。二ノ宮神社の神主さんが瑛太のおじいちゃん」

「へえ……。立花さんって、二ノ宮くんの幼馴染なんだよね?」

「うん」

「ふうん。じゃあ、いろいろ教えてほしいなあ。二ノ宮くんって、背も高くって頭もよくって、かっこいいじゃん。狙ってんだよね」

「……はぁ……?」


 突然の展開に薫は面食らう。まさかこんな風に面と向かって、異性への好意を告げてくる女子がいるとは思いもしなかったのだ。

 薫の中では、恋の話は、おおっぴらに告げるような話ではなかった。誰かが誰かを好きみたいな話というのは、むしろからかいの対象になるため避ける話題だと思っていた。

 時には捏造した話が、残酷ないじめの材料になったからだ。


『あいつ、薫のこと好きらしいぜ~!』

『うわ~、薫ちゃんかわいそう……』


 あの性格と、さらに当時のもっさりした外見もあって、瑛太はからかいの対象になりやすく、様々なことでいじられていた。その中でも、幼馴染という薫の存在は、それだけで"いじり"のいい材料だったのだ。

 皆もそんなに悪気はなかったと思う。本人もさほど気にしていないふうだったけれども、薫は放っておけなかった。火種は小さい内に消さないと、火事になってからでは遅いような気がしていたのだ。

 瑛太がからかわれる度に薫は「幼馴染だし! そういうのやめて」と否定し続け、とうとう皆がその関係を認め、瑛太をからかうのに飽きるまで言い続けた。

 そうやって瑛太を守ってきたのだ。


(……ああ、そっか。もう、そうやってからかう人、いないのか。必死で否定する必要、無いんだ)


 この頃二人のことをとやかく言う人間が出てきたのは、高校生になって環境が変わったからだと思っていた。

 二人の関係を、また一から説明し直さなければならないのかと思っていたけれど、彼らが口を出すようになったのは、どうやら中学までとは別の理由のようだった。

 未だ中学生感覚のままで、自分だけが置いて行かれていたのだとはじめて気づかされ、薫は呆然とする。


「立花さん?」


 薫は、怪訝そうに問いかけられ、はたと我に返った。


「だめかな?」

「い、いや、別に……いいけど……」


 もう瑛太がからかわれることはないのだろう。ならば薫は彼を幼馴染という鎖から解放してあげるべきだ。

 だけど、この中野さんに自分の居場所を奪われるかもしれない――そう思うと、なんだか嫌だなと思ってしまうのはなんでだろう。

 彼女のことを知らないからだろうか。ただ、瑛太にはなんだかふさわしくないような気がして仕方がない。


(だってアイツ面倒くさいし……中野さん、面倒見きれるのかなあ)


 不安ばかりが募るけれど、はっきりと嫌と言えるほどの理由を持っていなかった。

 それに小島先輩の言葉も心に刺さったままなのだ。

 自分のせいで、瑛太に彼女ができないと言われれば、一歩離れなければならない気はする。ただ、どうしても心配でたまらない。瑛太が傷つくのが怖くてたまらない。守ってあげなければならないと、どうしても思ってしまうのだ。


(でも……それで瑛太が幸せになれないのはダメだもんね。やっぱ、そろそろ弟離れをしなきゃいけないってことか……)


 瑛太も言っていた。

『薫の人生だ。好きにすればいい』と。ならば薫も言ってあげなければいけない。『瑛太の人生だから、好きにして』と。

 薫は小さく息を吐くと、無理矢理に笑顔を浮かべる。


「じゃあ、今週末、お祓い見に来たらどう? アイツ、背筋伸ばしてるときは結構見れるんだよ」


 そう言うと中野さんは「え、いいの!? 嬉しい!」と意外そうに目を丸める。そしてお祓いの日時、場所などの詳細を根掘り葉掘り聞いたあと、顔を輝かせて席に戻っていく。

 どっと疲れた気がして、密かにため息をついていると、何か背中に視線を感じる。

 後ろを見ると、佳子が呆れたような目をして「ここまで来るとつける薬がないわー」と呟いた。


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