やっぱり意識なんてしてない
次の日は行きづらかったがレジの受付もあるので何とか頑張って行くことにした。
「由美ちゃんこんばんはー、今日もよろしくね。」
長野さんは何も気にしてない風に話しかけてきた。
(なんだやっぱり意識しなくていいんだ)
由美はなんだか気が楽になった。
元々コンプレックスが強くて恋愛には向いてないと自分でも思っていたから、余計なプレッシャーが抜けて行く感じがした。
「今日の予定は誰?」
「今日ね、少なくて平井くんだけなんだ。」
(げ、平井くんなんだ)
何かと突っかかってくる平井に由美はだんだんと苦手意識が出てきていた。
「由美ちゃん、俺ちょっと今夜は遅くなる用事あるけど、平井くん1人だから大丈夫だよね。仲良いみたいだし。」
「仲良くなんかないよー。」
思わず少し迷惑そうな顔をしてしまった。
どこからそんなイメージが付くのだろうか。
「そうだった?じゃあ俺行ってくるからね。」
長野さんは肩をぽんと叩くと出て行ってしまった。
人気が無くなった楽器屋はなんだか冷たい空気に包まれてる気がした。
「あれ?今日由美ちゃんだけ?」
平井が来たのかと思ったが、声が明らかに女の子だった。
「瞳さん、あれ?今日平井くんだけって聞いてたんだけど。」
「あー、そうなんだ。連絡せずに来たからねー。ギターの修繕費遅れてたからさ、渡すだけに来たから。ちょっと待っててもいい?」
「どうぞ、奥の席片付けるね。」
瞳は大学のサークルでギターヴォーカルをしているらしい。見た目も華やかでスキニーパンツが良く似合う美脚をしていた。
本人曰く、人前に出るから常にダイエットを頑張ってるらしく、常にお腹を空かせているというイメージだった。
気さくな性格な為、由美ともタメ口で話すのがいつの間にか定着していた。
「あーもうお腹空いたー。」
今日もご多分に漏れずいつものセリフを言った。
「暖かいコーヒー入れようか?マリームもひとつだけなら太らないでしょ。」
「お願いしよーかなー。由美ちゃんってさ、甲斐甲斐しいよね、いい奥さんになりそう。私なんか自分の事だけで精一杯。もう彼氏の世話なんかめんどくさくて。」
長野さんのこだわりでコーヒーは豆からひくミルが置かれていた。
「えー、私は男の人と付き合った事あるけど、私がこういう事するのが当然だろって感じの人でさ、ありがとうとか全然言ってくれない人だったから、甲斐甲斐しいのも問題だと思うよ?変に気を使う関係ってのも面白くないしね。」
自分のコーヒーも入れながら瞳の所へ戻って行った。
「そうなのかー。え、じゃあ今彼氏いないの由美ちゃん。」
「いないよ、それ以前の問題だね。生活も昼間はずっと横になってるし、ここのレジ受付だって真似事みたいなもので全く役立ってないもん。時々具合悪くなって長野さん居ないのに早く帰っちゃう事もあるし」
「そういう時だからこそ彼氏が必要なんじゃない。支えてくれる人が居るだけで違うよ。」
「私を選んでくれる人が居るとは思えない…」
由美は自分のコンプレックスである体型と病気の事を思うと人とお付き合いするなんて考えられなかった。
「そんなご謙遜を…、本当にそこん所はマイナス思考だよね。」
瞳は少し呆れたような顔で由美を見た。
「長野さんみたいなさ、落ち着いた大人の男の人だったら由美ちゃんとかも安心して一緒に居れるんだろうね。」
突然長野さんの名前が出てきて由美の心臓が跳ねた。
(まただ、もういちいち反応するのは男の人と接するのに慣れてないからだな…)
でも確かに長野さんとだと気を遣わずに済んでいて、いい意味で緊張感がない。
「そうだよねー。長野さんみたいな男の人もう1人くらい居ないかなぁ。」
それは本音だった。長野さんの空気感に包まれてたら安心だろう。由美はコーヒーが落ちきったのでマリームを入れて瞳に出した。
「ありがとう、私もさ、歌は常に歌っていたいんだけど、生活があるでしょ?だからよく彼氏と喧嘩になるのよ、彼は公務員目指してる安定志向の人だから、結婚したらって事まで考えてるらしくて。」
「へー。瞳さんも色々大変なんだね。ていうか彼氏持ちも大変なんだなー。」
由美は自分の言葉に笑ってしまった。羨ましさがどこか入ってたから。
「隣の芝生は青いよね本当に。」
「そうだね。」
瞳も笑いながらコーヒーを口に持っていった。
「今日由美ちゃんがいて助かったよ、なんか彼の事でモヤモヤしてたからさ、聞いてくれるだけで違うもん。」
「本当に?それだったら嬉しい。」
その後も瞳と女の話で盛り上がった。
平井が来たのは予定より遅れたくらいで
「ごめん、遅れたわ。なんだ今日は女同士で盛り上がってんのか。」
そう言うと由美の許可も取らずにスタジオに入って行った。
今日はいつものアコギではなくエレキを持ってきているらしい。
「平井ー、なんだよ挨拶もなしー?」
瞳が声をかけても我関せずだった。