視線
空は快晴、お散歩や買い物、友達とのランチにはピッタリ。
でも私は部屋にいる。
外に出ることがままならない病気を抱えて
今日もしんどい1日が始まる。
由美の病気は自律神経系の病気と気分障害だった。
一般の病気とは違い理解される事が少なく、約束を守れなくて何人も友達を無くし、今では約束が守れなくなるのが怖くて友達と連絡も取らなくなった。
仕事も出来る身体ではないのでベットに1日中横になってる。
常に来る目眩と吐き気と戦っていた。
そんな由美が唯一リラックス出来る時間がある。
裏手の楽器屋さんに若い人達が募って話をしているのを見たり、実際に音楽が流れて来るのを聞いたりすることだった。
家族や近所の人はそれをうるさがるけど、由美には年齢相応の人達と繋がれた気がしてとても楽しかった。
「よう、由美ちゃん。今日も覗きかい?」
2階の部屋の窓から顔を出すと早速見つかった。
楽器屋のオーナーとはよく顔を合わせるようになってからの友達だ。
人見知りの由美にも上手に話を持っていく会話上手な長野さんというオジサンだった。
「覗き見なんて嫌な言い方しないでよ、私だって楽器があったら参加したいもん」
そんな事を冗談交じりで笑いながら言えるのは長野さんくらいなものだった。
「今日も辛いのか、たまには降りて来てみんなと話せよ。気分もよくなるぞ。」
長野さんは由美を娘のように心配してくれる。
「ありがとう、でもなんか緊張するし、私はここから見てるのが一番なの。ごめんね長野さん。」
「いいってことよ、可愛い由美ちゃんが笑ってくれるなら俺だって仕事も捗らぁ。」
ふふっと笑うと長野さんはそれを見届けて店内に入って行った。
由美にもお客さんの中でお気に入りの人とそうでない人がいる。
あるパンクロックの人達は由美にはどうにも不躾の様に感じてどうにも苦手だ、その人達が来ると窓から顔を引っ込めてしまう。長野さんは悪い奴らじゃないと言うけど、大きな声で夜中でも笑う姿を由美はつい怖くなってしまうのだった。
フォークソングをする女性は特に好きだ。可愛いラブ・ソングやかっこいい人間くさい歌を歌う人達、いつか自分も同じ事をしてみたい。そう思えてくるのが由美にとってのご褒美だ。
男性は少し苦手だけど、フォークソングを歌う男性は礼儀正しくて優しい人が多かった。
特に大好きなのはロックをしてるおじ様達で、彼らの熱気は若者と同じくらいなのに礼儀もしっかりしてて音もいい。
お客さんの顔をちらっと確認してからベットに横になって話を聞くのが好きだった。
(あ、あの人だ)
由美には妙に気になる青年がいた。
長野さんは由美の事を秘密にしているのに、由美の存在に気付いてるらしく、いつも店内に入る前に由美の部屋の窓をちらっと見る。
その表情は何を思っているのか分からないくらい静かで由美は「覗くんじゃねーよ」とでも言われてるのかとヒヤヒヤしてしまうのだった。
その日も由美の方をちらっと見て店内に入って行く。
(やっぱり覗いてるの気に入らないのかなぁ…)
由美はそう思いながらも何故か否定されてる気がしなかった。彼はギターが好きらしく何本もギターを持っていて夜毎スタジオでギターを弾いてるのだが、その音がいつも優しいからだ。
包み込むような、受け入れてくれるような、とても優しい音がいつも由美を包み込んでいた。
「向こうが嫌いでも私は好きだもんね、この音。」
そう言うとベットに横になっていつもの音を聴き出した。