千三夜目
本来、アラビアンナイトとは狂った王「シャハリヤール」の魔の手からヒロイン「シェラザード」が自分自身と妹をその英知で千と一夜を凌ぎ、大団円を紡ぎ出す物語である。
だがそのメインキャストたちが実は幻であったなら……。
これはそんな、もうひとりの紡ぎ手が織りなす、もうひとつの千夜一夜の物語。
目覚めると父の顔がそばにあった。その背中越し、窓から飛び込む日差しのまばゆさにわたくしは目を細める。
上から覗き込むように私を観る父は驚きに大きく瞼を見開き、次に喜びの涙を流し、最後ににっこりと微笑んで言った。お帰り、と。
「おはようございますお父様」
なにかしら・・・、頭の中に白いもやがかかっている感じがする。
なぜ、枕元にお父様がいるのかしら・・・・。
寝る前に見たものと、部屋の雰囲気が違うような気がする・・・・。
あれこれ思ううちに、わたくしは夕べ一緒に手を繋いで寝たはずの姉の姿が見えないことに気付く。
「あの・・・・お父様。お姉さまはどこにいらっしゃるのかしら」
首をかしげながら不思議そうな顔をした父は、すこし間を置いてから、静かにわたくしに問う。
「おお、わが娘や。お前の言うところのお姉さまとは誰のことだね」
「千と一夜の永きに渉る不思議な物語で、かの王の魔手からわたくしを守り抜いたひとであり、また、あなたの最初の娘であるひとでございます、お父様」
父は、やはり不思議そうな顔で首をかしげたあと、しかし今度ははっきりと返事を返した。
「娘や。私にはふたりの娘は居ない。私の最初の娘はお前であり、最後の娘もやはりお前であることをお前に話しておこう、全知全能のアッラーに誓って。その大切な一人娘が、めでたい婚儀の途中に事故に遭い、どれだけ揺さぶっても眠り続け・・・・。そして私がいかほどに悲しんだことか」
ああ! そうだわ。
そしてわたくしを覆っていたもやが突如として晴れ、忘れていたことの全てがわたくしの元に帰ってくる。
そうだわ・・・・シャハザマーン様には兄上はおられず、わたくしにも姉は居ない。
あの日。サマルカンドの名君と謳われたシャハザマーン王に見初められ、幸せの絶頂にあったわたくしは、嫁入りのその日に輿を担いだ象が暴れて投げ出されたのだ。
「そう、お前はあれから千と二夜もの永きに渉って眠っていたのだよ。だがよく帰ってきてくれた」
「千と二夜・・・・。そんなに永い間、わたくしは眠っていたのですね」
「どうやらお前はその眠りのうちにあった永き日々を、私の思いもつかぬような出来事のうちに過ごしたらしい。ドニアザードや、聞かせておくれ。眠りの中のお前に起こった不思議の出来事の数々を」
「おお、お父様。わたくしの眠りのその中で、シェラザードお姉さまの語ったその不思議なお話の数々をお話しするのには、わたくしが眠っていたのと同じだけの、永き月日が必要なのでございます。お父様がその事をお許しくださるのなら、わたくしが、わたくしの夢をお父様に語るのになんの障害がございましょうか」
「わが愛しき娘ドニアザードよ。アッラーにかけて、お前が夢のうちに起こった出来事の数々を私に語るのにいかほどの障害も無いことを誓う」
「それでは、まずは第一夜目のお話から・・・・」
そしてわたくしは語り始める。
わたくしの永き眠りの中で幻の姉が語ってくれた、千と一夜の夢物語を。
あとがき
はじめましてー。purumiと申します。
数々の楽しげかつ、怪しげな物語の要素を含みまくって余りあるアラビアンナイト。
少なくとも日本で普通に教育を受けて育てば、シンドバッドやアリババの話を知らない人は少ないと想う、絶対におらんとは言わないが。
そのアラビアンナイトのストーリーテラーとして登場する、魅惑的なキャラであるシェラザード嬢(シャハラザードだったり、シェヘラザードだったりしますが、今回はシェラザード表記を採用しました)。
そのシェラザードが千一夜を乗り切って大団円に漕ぎ着ける原動力となっているのは何を隠そう妹のドニアザードの存在。原文で読んだわけじゃないのでアラビアンナイトの全てを理解したわけじゃないが、少なくとも岩波文庫版の全十三巻を読んだ限りでは俺にはそう思えるんだよねえ。
ところがこの妹、なんの芸があるわけでもなく姉に比べるとインパクトもへったくれも無い。シェラザードの名は知っていても「その妹の名は?」と問われると答えられない人が多いのでは? でも個人的にドニアザードという名前の響きとか凄く気に入っていて、こいつをヒロインにして何か書きたかった・・・・という、ただそんだけの理由で深く考えずにとりあえず書いてみたので推敲もなにもあったもんじゃないなあ、しかもそれを人様の見る場所にアップしてしまうという厚顔無恥っぷり、略してムチプリ。毎度稚拙な文章でごめんにぇー>>読んでくれた人。
まあ、あとがきと書いていいわけと読めってことでひとつよしなに。