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人間リユース

作者: 片桐ハルマ

 人生は小説よりも奇である。

 オレはそんな事を言っている奴なんてほんの1%に過ぎないと心の底から思う。小説の中の主人公がもしも、なんの事件にも巻き込まれることなく平凡な1日を過ごし、大きな夢を見ることなく生きていて、どこにでもいる、今すれ違う大多数の人たちのような一般人として描かれていたとしたら、クソつまらないとゴミ箱の中に入るのがオチであろう。

 確かに、喜劇的かつ情熱的で悲劇的な人生を送る人は、「人生は小説より奇だ」。などと言えるだろう。しかし、先ほども言ったが大多数の人は小説の中の主人公に、英雄に、極論を言ってしまえば人生に夢を見る。

 そんな恥ずかしいことを会社の屋上で一人。缶コーヒーを片手にひとり呟くオレもその一人だ。オレの人生を小説にして書いたとしても自分自身でさえつまらないと思うだろう。学力は平均。体力も体育祭などで活躍できるほどのものはないし、むしろスポーツなどやってこなかった。体系は細身で170センチ中盤の日本人の平均身長。ルールには従順で法律を犯したことも無ければ、学生時代に校則すら破ったこともない。

 この会社に入って早や10年。上司の命令は、「はい。」の一言で、すべて聞き。今や部長の後釜を34歳確実なものに出来る地位にまでついていた。


「まあ、順調といえば順調か・・・」


 しかし、宮川 哲野(みやかわ てつじ)には敵は多い。何せやっているのは社内の首切り要員を見つける仕事だ。能率の悪い社員。遅刻など管理もままならない社員。反抗的な社員、などを割り出し最後通告までこなしている。無情、無慈悲かつ何より合理的に。そんなオレは誰が呼んだか「死神」なんて子供じみたあだ名が広がっているらしい


「・・・そんなこと言われても、こっちはこれが仕事なんだよ。」


 最近になってようやく気付いたのだがオレは意外とメンタルが強いらしい。未だにタバコにも手を付けていないし、酒の量も増えてこない。しかし、宮川は気が付いていないが独り言が増えてきた。

 仕事に効率を求めるのは当然のことである。同じ時間を消費するならより良い結果を出した方が優秀だ。無能なものをいつまでも置いておくことはできないし新しい人材を発掘する方が幾らかましなことも多々ある。

 効率のいい方に考え続けた結果が今の昼休み一人屋上で昼食後の缶コーヒーを飲んでいるオレがあるのだろう。


「さて、仕事に戻るか。」


 今日も約1名最後通告を行うものがいる。わが社の実績は宮川が人事を任されてから少しづつではあるが変わり始め、先月はなんと創業以来、その月で最も高い黒字を生んだ。もちろん「死神」というあだ名にふさわしく今年度の解雇者数は全年度を通してぶっちぎりでもあった。

 今回、首を切るのは植野 一(うえの はじめ) 46歳。社内での評判は良好で後輩社員の育成にも尽力しているのだが仕事の能率が営業三課の中で群を抜いて悪い。それだけならばまだプラスの方が多いと思っていたのだが、彼の育てた後輩たちはそろいもそろって仕事が出来ない。この問題を植野氏一人の所為にするのは少しやり過ぎだろうと頭を悩ませていたら、この度見事、毎回わが社が勝ち取っていた顧客を逃してくれた。痛い結果ではあったがまた会社内の改善が進んだと思うようにしよう。

 最後通告を宮川のオフィスで直々に年上の植野氏に突き付けた。毎度毎度クビにする者たちは自分の非を認めようとせず、妻子があるだの、家のローンだのと感情に訴えてくる発言を連発する。しかし、こちらもこれが仕事だ。会社から安くない給料を貰っている限りそれに見合う結果を出し続けるべきである。

 こうしていくつかの雑務を終わらし帰路に就く。毎日がこんな感じという訳ではないが大抵の日は定時に帰る事が出来る。本を読みながら帰路に就くのが毎日の楽しみ。


「今日は読み終わってしまったから、新しいのを買わなくては。」


 何気ない日が終わる。今日は定時よりも少し早いため、学生の帰宅時間と重なりそうだ。そのため本を買った駅前のデパートの屋上の端にあるフェンスに肘を置き買ったばかりの本を読む。転落防止のためか胸の近くまであるフェンスは少し高かったがそれでも小一時間のために喫茶店に行くのはバカらしかった。

 今回は珍しく哲学書なるものも小説と一緒に買ってみたのだが面白くない。どう生きるべきかなどもうすでに決まっているし他人の人生観など押し付けても欲しくない。


「無駄なことをしたかもな・・・」


 そんなことを小さく呟き腕時計で時間を確認しようとした時。大きな足音が聞こえた。と、思ったら宮川の背中に衝撃が走る。なにが起きたか全く理解出来なかったが、期せずして自分の身に何が起こったか理解する事が出来た。宙に投げ出された体が仰向けに変わるとフェンスに両手をつき上半身を乗り出した植野 一氏と目が合った気がした。その眼は、普段温厚な植野氏からは想像もつかないくらいに見開き、血走っていた。


 人間とは実に愚かだ。社会の中で生きるということは、おのれの中の本能を殺せなくてはならない。本能で社会を構成することのできる蟻とは異なり人間は知恵を持つことでそれをなしてきた。しかし、蓋を開けてみるとそんなことはなかった。復讐や飢餓。感情の縺れや相手への劣等感や優越感。人間を大きく動かし強く引き立てるものはいつだって本能だ。そこには社会の合理性や正当性など入るスキはない。だからこそ今オレは、宮川 哲野は宙を舞い、眼下に広がっていた川の中へと入っていくことになったのだろう。


「ああ、確かに。人生は小説なんかよりも先が読めない。」


オレもやっとこの言葉を心の底から言うことのできる、少数の方の仲間入りをすることが出来た。





 一切の装飾品など無い大きなホール。しかし、会議するためには席も無ければ机もない。無機質なコンクリートの壁には塗装すらされていない。その部屋の中には何十人かの老若男女が地面に直接寝そべっていた。その人たちはみな同じような真っ白いつなぎの服を着ており、背中には1からの数字を背番号のようにプリントされている。一人の男性が、ピクリと、動き目を覚ます。それが合図になったのか部屋の中の光量が一気に増す。部屋が明るくなったからか、一斉に全員が目を覚ます。誰かが何かを発するよりも早く何もなかったはずの部屋に映像が投影される。全員の視線がそのスクリーンに表示された不可解なマークに集められる。アルミ缶に書かれているリサイクルマークの中にピクトさんが両手を広げて直立したエンブレム。まるで人間をリサイクル可能と言わんばかりのマーク。

 そこまで思考をめぐらしたとき宮川 哲野は我に返ったこの状況はおかしいと。


「(確かオレは植野氏にデパート屋上から突き落とされて川に落ちたはずだ。死んでいなかったにしても病院に運ばれているはずだし、何よりなんで無傷なんだ。それにこの人たちは一体・・・)」


 もしかしたら天国なのかもしれないと手の甲を抓ってみたりしたがやはり痛みを感じる。もちろん天国でも痛みを感じる可能性も十分に存在するのだが、痛みを感じ、ここまで自身を感じれるということは十分に現実と捉えてもいいだろう。


「(そうなるとここは死後の世界。もしくは、転生待ちと考えてもいいかもしれないな。しかし、そうなると目の前の人間味あふれるロゴマークの説明がつかない。)」


 自身が想像出来うる形で表現されているとしても全員があの壁を見て何も言わないことも気になる。などと以外にも落ち着いて状況の分析に入り始めようとしている宮川の思考を遮る形で女性の声がホール内に響く。


「大変、嘆かわしいことですがあなた方は自ら命を落とすという許されざる行為をしました。ですので、あなた方が不要と投げ捨てたその命。わが日本国のために活用させ地いただきます。」


 なに?自ら命を投げ捨てた?ふざけるな。オレは愚かな考えしかできなくなった人間の本能によって殺されたのだ。と、宮川は叫びたくなったがこの状況に困惑しているのか声が出てこない。それに、状況が理解できていないのか他の誰一人として声を上げることをしない。スクリーンには奇妙なマークから数字とグラフの書かれた図形に変わる。


「このように我が国の出生率は年々減少し超後期高齢化社会が進んでいます。さらにそれに追い打ちをかける形に若者の失踪や自殺など愚かな行為が後を絶ちません。」


 主な自殺の原因などや他の国との対比など数多くのスライドを淡々と女性の声が語る。宮川は、その女性の声を話半分に聞きながら違和感に気付く。

 声を出すことが出来ないのだ。どう頑張ってもAの母音の発音すら行えない。口は開くのだが、声帯を震わす事が出来ない。どうやらこのことに気付いたのは宮川だけではないらしく幾人かが自らの喉に手を当てて声を出そうとしてみたり、周りの人に訴えかけ始めた。その状況をモニタリングしているのか女性の声がスクリーンの内容とは異なる内容の話を始める。


「もう何人かの人たちは気づき始めていますが、あなた方の声帯を切除させてもらっています。私からの説明は一度しか行わないので、その邪魔をしてもらいたくはないからです。音を立てて騒いだりしてもかまいませんが、こちらはあなた方を人として扱いませんのであしからず。」


 その言葉に全員が静まり返る。ほとんどの人はそれくらいの教養があったことに宮川は安堵する。人として扱わない。その言葉はたいへん恐ろしいものだ。一人が騒いだだけでここにいるすべての人間が殺されることも十分にあり得る。


「では、本題に入らさせていただきます。我が国の現状況を打破するために我々は極秘裏にあるプロジェクトを実行させていただきました。その名も人間リユース計画です。」


 人間リユース?その言葉をうのみにするのであれば人間を再利用するということだ。それなら自殺者ばかりを集めたことにも納得がいく。人生を終え、一度は死を選んだ人たちを集めて実験にでも使うのだろうか。しかし、そんな非人道的なことが行えるわけがない。


「もちろん、あなた方を人体実験に使ったり非倫理的なことをするために集めたわけではありません。むしろもっと有効に使わさせていただきます。」


 スライドが切り替わり、近年発表された細胞の先祖返りに関する研究の記事が表示される。この研究は、人体を構成する細胞に特殊な薬品を加えることで、DNAに刻まれた細胞分裂を止めるための因子を無くすことを可能とする研究で。それにより、細胞は再び細胞分裂を行い、失った器官の再構築や全く新しい器官を作り出せる可能性が強くなった。という、ある学者先生の新聞記事だった覚えがある。


「この研究は我が国が世界を牽引している研究の一つです。そして、まだ公表はしていないのですが、完全な細胞の先祖返りにはすでに成功済みです。さらに各器官の再構築も完全のものになりました。」


 スライドが切り替わり、何かしらの実験を行い喜ぶ研究者たちの姿が投影される


「そして、その研究を基に医療技術以外での細胞の先祖返り技術と人体構成技術の利用を行う、それこそが人間リユース計画なのです。」


 女性の声がわずかに上ずってきた。もともと研究者の彼女にとって極秘と言われ誰にもしゃべることが許されなかった自らの研究を発表できることはこの上ない幸せなことであろう。

 そんな、背景など知る由もない宮川たちは音のないざわめきが広がっていく。


「(つまりはここにいる自殺者たちはその研究成果によって救われたってことか?いや、医療技術じゃないって言ってたな・・・)」


 研究に関する細かい説明をわかりやすいスライドと共に説明してくれる女性の声を聴きながら人間リユース計画について思考を巡らす。 


「では、人間リユース計画の全貌を話しましょう。人体の細胞を薬品投与により先祖返りに成功した我々は次に特定の期間で止める実験を始めました。それが完全な形による若返りです。人体を構成するすべての細胞を一定の年齢にまで引き下げ、脳機能つまり記憶はそのまま、再び人生をやり直してもらう。これが人間リユース計画なのです。この計画はあなた方にとってもとても有意義なものでしょう?」


つまりは、〇ナン的な状況にして天才的な少年少女を増やすことが人間リユース計画らしい。確かに、人生に失敗して自殺という形を選んだ自殺者にとってはまさに人生リセットボタンを手に入れたに近い話であろう。だが、自殺の理由は三者三様もう一度なんて生きたくないと思っている人にとっては迷惑なことこの上ない。

 もちろん、現状の生活に満足はしないものの、不満のなかった宮川にとってもそこまでうれしい話ではない。生きているのなら元の生活に戻ることを強く望む。しかし、宮川の切な願いも次の女性の言葉によって砕かれる。


「もちろん、死にたい人はその後にもう一度死んでくれてもかまいません。ですけれど今のあなたという存在は、現実社会ではすでに死んでいます。」


 人体を若返らす説明を表示していたスライドは数十枚の写真に切り替わる。そこには、ここにいるすべての人たちの死体となった写真と、その死因が事細かに書かれていた。

 宮川 哲野(みやかわ てつじ) 33歳 独身 某社勤務  死因:溺死

会社内で人事部に所属しており社員の勤務状況ならびに解雇に関する業務の責任者。解雇宣言などが多く社内では孤立していたとの情報も多い。それよる心労がたたり某デパートの屋上より川に飛び込んだ可能性が高い。一人で屋上に上がっていく姿が多く目撃されており事件性は薄い。当日も解雇宣言をした日ということもあり該当者の人柄を調査したが殺害の線は薄い。遺書等などの発見の情報はないが自殺の線が濃厚。


「(ふざけるな!)」


 心の底から怒りがこみ上げてきたのはどれくらいぶりであろうか。何より腹が立つのはあの男が周囲の評価や今までの行動だけで善人とされ容疑者と見られていないことだ。あの本性むき出しのあの目は計画的でないにしても確かな殺意を感じた。

 しかし、疑問も残る。あの写真と文章では確かに宮川哲野は死んでいる。ならここにいるオレは一体何なのだ?


「今スライドに出ているのはDNAレベルで同一のあなたです。もちろん、一度死んだ人間蘇らせることは出来ません。ですので、あの写真に写っているのは、初めから死体として作ったあなた方のクローンです。」


 再びホール内に声のないざわめきが広がる。クローンの作製は倫理的問題から国際法で禁止されている。しかし、元々死んでいるクローンを作ることで人の死を偽装するなどそんなことがもしまかり通ってしまったら。


「ちなみに戻るのは6歳程度に戻ります。人間の脳細胞は約3歳で成長が止まるので現在までの記憶と知識の欠損は存在しないと思われます。」


 スライドは刻一刻と変わっていくのだがもうそんなことに意識は向かない。

体のみが若返る。つまりは30年間積み重ねた知識と経験を若い頃からやり直せる。ということか。確かに魅力的な話ではあるのだが・・・

 宮川の周りの人たちも一度は自分の人生に諦めたにも関わらず懲りずに新しい人生を受け入れよう押し始めている。


「ではでは。話もこれくらいにして早速、投薬と行きましょうか。もちろん拒否権などありません。何せあなた方は、死人ですから。」


 女性の声がそう告げると天井の方から、ガコガコと、何かが開いていくような音がする。すると上から霧状に薬が散布される。恐らく人体を子供に戻すための薬であろう。

 宮川は、ルールには従順な性格だ。効率を重視し、長いものに巻かれる。それが一番楽に生きる方法であると知っている。故にここで何を言ったところで子供にされることには変わりはない。であるならば、


「(受け入れようその運命。だが・・・。)」


 そして、心の中で誓う。私をこんな目に合わせたものへの復讐を。

 宮川自身の気付いていない。宮川自身も宮川が最も忌み嫌う合理性を欠いた、復讐心に突き動かされる獣であることに。

 霧状に散布された薬は一寸先も見えないくらいに濃く散布される。宮川を含め全員が再び眠るように気を失っていく。








研究日報1

細胞の先祖返りの研究中誤ってマウスを細胞単位で分解してしまった。ついでなのでそのマウスの細胞を検査してみたところ完全に先祖返りに成功していた。やはり、特定の時期で先祖がえりをするよりも完全に元に戻す方が簡単に成功するようだ。であるならば特定の器官ごとに先祖がえりを試みるのが近道になるだろう。この技術は革新的だ。治らない臓器を完全に作り直すことが出来るようになれば、もっと多くの人を救えることにつながるだろう。




 どうも、片桐ハルマです。

 今回も空想科学(SF)というよりは都市伝説で語りつくされたような内容になっています。元ネタとして一番近いのは、小学生探偵でしょうか(笑)。

 でも、今回重要なのは、自殺者を回収するために、情報を引き抜いているという事、自殺者が分かっているのにそれを回収するだけで、止めようとはしないという考え方にあると思っています。私は、学生時代にいじめの現場も自殺者も見たことが無いのですが、聞く話ではそういった雰囲気というか、変化があると聞きますので、そう言った変化に目ざとくなる必要もありそうですね。


 二回もSFでしたので、次回は少し変わった方向の話を投稿できるようにしたいなと思っています。

 要望があれば連載も考えますので、感想お願いします。

では、来月の短編と、連載もお願いします。


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