止まったままの思い
逢坂 一 (おうさか はじめ)
本作の主人公。高校2年生で地元の高校に通っている。
大晦日の夜に大掃除をしていた時に眺めていた卒業アルバムを見て、転校していった一人の少女の事を思い出したことがきっかけで連絡が途絶えた前川がどうなっているかを探すことに決めた。
飯山 大智 (いいやま たいち)
逢坂とは小学校からの付き合い。お互いに色々なことを言い合うことができる気さくな仲。
中学では進学普通クラスに所属している。部活には入っていないがアクティブ。
吉川 歩 (よしかわ あゆむ)
逢坂と同じ特進クラスの学級委員長。明るく朗らかな容姿と気さくで話しやすい性格で男女からの人気が高い。逢坂とは席が近いこともあってか話す機会が多い。料理研究会という部活動に入っている。
前川
逢坂と一緒の小学校だった少女。逢坂とはよく話す仲であったが突然の転校により連絡先が分からない。
唯一残された情報をもとに友人たちと探すことに。
下の名前までは覚えていない。
「なぁ、逢坂って好きな人いるのか?」
高校生にもなると、こういった年相応の話題は鉄板ネタである。仮に好きな人がいるとしたら無理矢理聞き出してクラス中に広めたりやそれを陰から応援してくれる心優しい人たちも出てくる。ただ、自分の秘めている思いを表に出すのはやはり恥ずかしいものであるので、あまりいい気分はしない。
俺は、慣れ親しんだ声の主に返答するためにゆっくりと寒空で乾ききった空気を吸い込んでから口を開いた。
「飯山はそんな話題を話すようなタイプだったか?いつも、くだらない蘊蓄を垂れ流すだけの壊れたラジオかなんかかと思っていたのだが」
「てめぇ、俺をそんな風に思っていたのかよ!!なんて奴だ!...じゃなくてだ。今回はちゃんと答えてくれないか」
いつもの吹聴しているときのふざけた目ではないことは分かった。目には真摯さそのものが宿っていた。その意志をくっきりと確認してから、視線を飯山から3階の窓から遠く見える校庭の門へと向けた。
下校中ということか、多くの生徒が行き交っている。年明け最初の登校日なので生徒の雰囲気もいつもより盛んであった。その中には男女で帰るカップルも視界にとらえることができた。新年早々仲睦まじいことで。彼ら彼女たちは一体どこで知り合ったのだろうか。同じクラスで、同じ地元で、同じ趣味仲間でといった感じでお互いに知り合う機会を得てそのまま恋人になったのだろうか。日本海側からやってくる冷たい海風を真正面から浴びながら、駆け巡る思考の意識の温度を直接的に引き下げた。
「飯山の質問には正確に答えることはできないが、俺が用意できる最大限の回答でいいならしてやる」
「いいから、早く言えよこのノスタルジック野郎、窓の外から他の女の尻なんて追っているんじゃねえ」
飯山は俺が質問を答えるフリをして校舎から女子生徒を眺めているかと思っていだようだ。
「全校生徒の女子を勝手にランキング付けしているお前には言われたくないね」
飯島は小・中学校と野球やサッカーなどをする典型的なスポーツ好青年であり、俺のようにインドアでやる気のない奴とは正反対だった。飯山と知り合ったのは小学校で同じクラスになって勉強の苦手だった飯山に俺が宿題の範囲を渋々教えてやってからだ。それ以来ずっと宿題が出る度に俺に色々聞いてくる。
しかし、高校生になってからはバリバリのスポーツ少年から転じて、帰宅部に。理由は「今までスポーツ漬けだったから色々なことを知りたい」とのことであった。それならわざわざ帰宅部になる必要はないだろうと思ったのだが、飯山は頑なにそれにこだわった。しかし、そこからが問題であった。
飯山は、色々なことを知りたいをとにかく情報収集することだと勘違いをし、デリカシーに反しそうなレベルまで調べる危険人物になってしまった。そして今では学校の女の子を勝手にランク付けして、ある男子グループにその名簿を売り飛ばしているとかなんとか。男子の中では割と有名な人物である。その噂は女子のほうにも伝わっているらしく残念系男子ランキングで堂々の1位に挙げられている。
こいつの力が社会に役立てる日が来ることを友人として願っている。
「ってお前、まさかそこまで知っているということは俺がひそかに編集していたこの学校で彼女にした後輩ランキングのことも情報がすでに洩れているのか!!」
「お前、そんなランキングも作っていたのかよ。ついでだから、1位から3位までを教えてくれ」
「あーそうだな。一位は竹井 真子2位は青井 響3位は宮代 綾 って。てめぇ話の流れで勝手に聞くなこれはまだ公表してないのに!」
飯山が狼狽えているが、俺はその3人を聞いても全くピンと来なかったので話の本筋に戻ることにした。
「本題に戻るぞ。お前は小学校の頃から俺と一緒だっただろ?あの時から気になっていた女の子はいた」
「おっ!それは初耳!これは大スクープになりそうだな!」
「お前はどこのネタに飢えている地方ライターだよ。もうちょっとマシな情報を収集しろよ」
「だってよぉ。てっきりお前はそういった恋沙汰には興味がないと思っていたんだよ。で、誰なのその人は?教えてくれよぉ!」
興味津々で俺の話を聞く飯山に対し、俺は口をきゅっと結んで伏し目がちで寂しげに答えた。
「実は、あまり覚えていないんだ。俺が仲良くしたいなと思ったときに転校してしまった」
「その女子生徒は前川っていうんだ。」
「前川?聞いたことないな。ちなみにそれはいつの話だ?」
「小学校4年生の時だ。お前と出会う前のことになるな。名前くらいは聞いたことあるだろ?」
前川は俺が小学校4年生の時に同じクラスで親しかった女子生徒だ。しかし、親の仕事の都合によって急に転校することになった。関東のほうとしか聞いていないのと当時は連絡先を聞くという考えを持っていなかったので音信不通となってしまった。なぜ、今になって思い出したかというと年末に大掃除をしているときに卒業アルバムが出てきたので、休憩がてらに読んると何か物足りない気がしたのだ。そう、それは転校していった前川のことだった。転校したのでもちろん俺の小学校の卒業アルバムには載っていない。
飯山が少々唸り声を上げながら必死に古い記憶を思い起こそうとしている。だが、諦めたのかはぁとため息をついて両手をお手上げのポーズにしながら顔を否定の方向に動かした。
「前川って人は知らないねぇ。俺がこうやって色々と情報を収集するようになったのは高校に入ってからで、小学校時代は普通に外で遊びまくってただけの健全な男の子だったからな」
飯山と話すようになったのは小学5年で同じクラスになってからだ。幼少期の飯山を知っている俺だから分かるが確かにこいつは今のように収集家ではなかったうえ、自分に興味のあることにしか興味の持てない人間だったからだ。
「その頃のお前を知っているから多分、そのことは知らないだろうなと思ったよ」
「うーん。だが、転校したってなると学年全体で話題にならないかふつう?」
「それは学年の人数が少ない学校の場合じゃないか?うちみたいな一学年300人クラスになると生徒数が多すぎてそこまで情報が回らないだろ?あとは、唐突に転校が決まったから学年で話題にならなかったんだよ」
飯山は俺のあくまでの推定話を話半分に聞き流しながら首肯して相槌を打っていた。このまま俺の無駄な予想話をしたくないのか話を切り上げて開口した。
「で、お前はその人に興味があるってことでいいのか?」
「ああ。そうだな。クラスで気になっていた女の子だったし」
前川と話した回数は非常に少ないが、その一つ一つを俺はヴェールに包むようにして大事に心の中で保管している。頭で覚えておきたいが、どうも記憶力が悪いのが欠点だ。
しかし、俺の中で成長しないままの前川が心の中に蟠っていると前川との関係性が壊れた時計のように永遠と動かずに風化していってしまうのではなだろうかという懸念が残っていた。
「なんだよ、俺がスポーツに打ち込んでいる間に青春楽しんでいるじゃないかこの野郎」
飯山はそういいながら俺に肩パンをしてきた。飯山のごつごつした拳は寒さのせいで痛みを感じなかったが、俺が受けるはずの痛みを誰かが代わりに受けている気がした。仕返しをする気分にもならなかった。
「で、なんでお前は俺にこんな話をしたのか?」
「そ、それは…だな」
飯山は何か非常に言いたげな感じだが非常に言いにくそうにしている。飯山は嘘をつくのが苦手な男なのだ。裏表の無いまじめな性格だからこそ意外と女子からの評価は高かったりするのだ。
飯山が言葉を言いかけようとしているときに、階段側から甲高い元気な女子生徒の声が聞こえた。
「な~に、男子二人でしけた話してんの~!」
そこにいたのは我がクラスの世話焼き学級委員長、吉川歩であった。