5・懲
前方で年配のご婦人が叫んでいる。
なるほど、ではその前を走る「ばいく」の男が持っている手さげはご婦人の物であろう。
斯様に早朝より窃盗とは、年寄をはじめから狙っているとしか思えぬ。
何たる卑劣。
ちょうどこちらに向かって来ている。
「男の風上にもおけぬ」
向かってくるばいくの前に弁慶が如く立ちはだかる。
「死にてえのかてめえ! どきやがれ!」
「見縊るな! 死など恐れてはおらぬ!」
突っ込んで来るばいくを素手で受け止める。
猪にぶつかられたが如き衝撃。
「ぬん!」
しかし、どうという事は無い。
そのまま押し合いになる。
拙者は、相撲では誰にも負けた事は無いのだ。
否、島左近殿を除けばだが、それは已む無かろう。あのお方は格が違いすぎる。
このバイクとやらが左近殿より強い筈も無い。
「う、うそだろおい!」
何でも、このばいくとやらも「強化かあぼん」や「強化せらみっく」で作られているらしく、見た目より遥かに軽い。
盗人が焦るも、斯様に軽き車で拙者を止めれるものか。
「ぬぇい!」
「うわああああっ!?」
そのまま下手投げでひっくり返す。
ばいくに挟まれ、動けなくなる男。
「ぐ、ぐええ……なんて怪力だ……バ、バケモン……」
「惰弱な」
20貫にも満たぬであろうばいく如きを返せぬとは、嘆かわしき事。
重さからして米俵より軽いではないか。
拙者は確かに、日の本にいる頃も怪力でならしたものだし、その力も記憶と共に蘇ってきている。
しかし、それを差し引いてもこの世界の男どもは軟弱がすぎる。
ひょろひょろと細く、何でも機械任せ。米俵の一つも持てまい。
斯様な具合で、敵に攻め込まれでもしたら、どうするつもりなのであろう。
理解に苦しむ。
ばいくに挟まれた男はそのままに、ご婦人に手さげを返していると、
「死ねやあ!!」
「ぐおっ!」
車が突っ込んできた。
真横からぶつかられ、そのまま近くにあったごみ袋に突っ込む。
衝撃たるや、なかなかのもの。息がつまり、脇腹から鋭い痛みが走る。
「むむむ……」
拙者ともあろう者が、完全なる油断であった。
商店街は入り口に車止めがあるはずであるから、ばいくならまだしも、いかにして入って来たかわからぬが……。
どうやら盗人の仲間らしい。あのばいくが逃げられるよう、無関係を装いつつ手助けするために近くに潜んでいたのであろう。
拙者が起き上がる間に、盗人のばいくを引き起こして助け出している。
「ふざけやがって……!」
盗人は、鉄の棒を握っていた。
確か特殊警棒なる護身用の棒だ。
その程度の棒など、拙者からしてみれば菜箸のようなもの。
むしろ問題は車に戻った男だ。さしもの拙者とて、素手で車に真っ向から向かうは厳しい。
さりとて盗人を相手に引くわけにはいかぬ。塀に背中を預けながら立ち上がる。
せめて愛刀・蝶々開があればあの程度両断して見せようが……。
刃に乗った蝶が裂けた事より付いたその名の如く、戦働きの褒美に拝領した名刀。
常に我が傍らにありしが、生まれ変わった今、腰にそれは無し。
「ぶっ殺す!」
警棒を持った盗人が襲いかかる。
かの柳生石舟斎殿は無手にて刀を制したと言う。ならば武士でも無き相手に、素手とはいえ負けるわけにはいかぬ。
所詮、殺した事も無かろうに、殺すなどと甘い言葉を吐く雑魚だ。
殴りかかろうとした刹那――
「ぎゃああああっ!!」
盗人の振り上げた警棒に、突然の落雷が直撃した。




