1・日常
高等学校なる場所で、今日も今日とて拙者は授業を受けている。
授業自体、拙者の知らぬ知識が得られるゆえ、興味深くはあるのだが、やはり体を動かさぬ座学はつまらぬ。
社会なる教科の教師殿が講釈されている。
ひょろひょろともやしのようであるが、この世界の大人とは大半がそのようにか弱い。
身の丈こそ立派なだけに勿体ない事だ。
「この世界の総人口はみなさんが知っている通り、100億人。東西南北それぞれに存在する四つの大陸からなる世界は、基本的にはその大陸ごとの共同体に国家は属している……まぁこれは常識ですね。西部連合は移民政策の失敗から、出生率の差で世界宗教アヴァロン教に対し新興のアルカディア教勢力が拡大。内部での激しい宗教戦争により、泥沼の内戦状態になりました。また、南部連合は分裂危機を戦争に転嫁、国境線を接する各国と戦争状態となり、結局体制崩壊を起こし、分裂。大量の難民が発生。しかし、それは食糧危機を加速させる事が明白でした」
あくまでおさらいというように教師殿は言うが、いなばとして生きた記憶と胴狸三十郎の記憶が混雑している拙者には、記憶を整理する意味でもこの説明は有難い。
「そこで我ら東部連合は難民の受け入れを拒否。結果、人類史上未曽有の10億単位での餓死者を出しました。栄養状況の悪化は、大規模な疫病を招きました。ですが、東部連合の選択が間違いだったのではありません。多産な低所得者層が大量死した事で人口は抑制に向かいます」
いつの世も戦が無くならぬというわけか。国民主権と聞くが、人の宿業は消えぬらしい。
己が連合を正当化するあたりも成程、変わらぬ。
「続いて熱帯雨林の壊滅による酸素危機を受け、エコ戦争が勃発。自然環境は人類共有の財産であり、それを特定の国家・集団が破壊するのは許されないとの考えから、先進国と発展途上国の間で大戦争が起きたのです。結果として、核の使用も辞さない先進国は先進管理制を導入。発展途上国の産業は完全に管理される事になりました。人口も環境も、国家による統制が当然という時代になったわけです」
人口統制というのは、また不可思議な事を思いつくものだ。
食料が足りぬと言うなら、人が増えねば五穀を作るのにも事を欠きそうなものだが。
いなばとしての知識では、人の増える速度が食料供給より速いゆえと思われるが、戦争ばかりしている世界で人がそこまで増えるというのも不思議だ。
「人口管理の一環で、ミドルネームに兄弟の何人目かを示す必要があります。基本的に一子が亡くならない限り二子の許可は下りません。無許可で生んだ場合、その家庭は法律上の様々な制約を受けるのです」
教師殿がそう言った瞬間、級友の視線が一瞬、拙者の隣席に集まった。
それは、級友たる女子「ふある・2・ふあつら」こと「ふあら」にである。
緑の黒髪が腰辺りまで伸び、美しい。
この教室において唯一、「2」のみどるねえむを持つ人物だ。
彼女は、口を引き結んでその視線に耐えている。
なんでもこの人口抑制に反する兄弟もちは蔑まされているようだ。
全く下らぬ事。
胴狸三十郎も九人兄弟が次男であった。長男、一郎太は病に死したゆえ、拙者が家督を継いだ。
関ヶ原では、兄弟が東軍西軍に分かれ戦ったのだ。家名を残すために敵味方に分かれるのは珍しくも無い。
一子に拘るこの世界は理解できぬ。
級友も、特に男ども、下らん侮蔑の眼など、男の風上にも置けぬ。
「小童ども! 女人にそのような視線を向けるとは無礼千万! ふあらに文句あらば、拙者が相手仕るぞ!」
立ち上がって叫んだ拙者を、級友たちは怪訝な視線を向けるものの、すぐに目をそらし、反論しようとすらせぬ。
「……いや、そういうのいいから」
ふあらは冷たく言う。
彼女はかなり気が強い。拙者のかつての妻は、己を全く出さず夫を立てる人であった。
この世界では女子が強く、そういった者はほとんどおらぬらしい。別に気にはならぬが。
教師殿は教師殿で呆気にとられた様子だ。
「あーうん。……イナバウアー君、廊下に立ってなさい」
……理解できぬ。




