転生、再会、そして
96&46 7話 光という影
クロ。僕は願ってしまったのだ。神様に残酷にもお前の生を願ったのだ。神様はね、案外近くにいたよ。ルビィさんとカナリアさんだった。おかしな話だよね。人間の形をとって僕たちを操っていた。違うな。見ていた。感情を集め、実ったところを収穫するために。あぁ、なんてつまらないのだろう。
「彼を生かしてあげよう。けれど、代償を負わせようか。彼は君を探し続ける。この世が崩壊するときまで」
「え……」
「あぁ、運命よ。呪い殺せ。この穢れた身を、この穢れた命を、散らせ給え」
「そんな」
「己が望みを恨むがいい。その心を恨むがいい。神に願ったお前の弱さを恨め」
僕は絶望した。それが彼らの望みとも知らずに。
俺は失った。大切だとあれだけ言ってきた者を殺めて、そして石になる運命を免れて。そこで意識を失った。暗闇の中、あいつが叫んでいるようだった。
春の兆しが見える頃、俺は生まれついた。その頃から薄っすらと誰かの面影が脳にあるのだ。チラチラと見え隠れする誰かを、俺は知っている気がした。ずいぶん懐かしいように思えた。会いたいと思った。
夏、猛暑とでも呼ぶような時期、俺は生まれた。物心つく前から優しげな笑みを浮かべる誰かを知っていた。懐かしさと悲しみが渦巻いているのだ。会いたいと叫んでいる。それはもう、激しいくらいに。
彼はずっと僕を探している。僕を探していつの時代も彷徨っている。砂となった僕に会うために。この世界が動くたびに僕たちの感情からできた砂が消費される。僕は彼らが憎いと思ったのに、けれども生きて欲しいと願ってしまうのだ。
「君は愛おしいのか。彼らが愛おしのだな。いいことだ」
「人間はとても愚かで儚い生き物だ。けれども他の動植物よりも考え進もうとする。その健気さは賞賛してもいいほどだ」
「気に入った。一時、お前に生をやろう」
僕は彼らに気に入られたようだ。生を少しの間、得ることを許された。彼に逢いに行こう。そう思った。第一にそう思った。
僕の名前はシロ・フィーナ。彼の名前はクロ・ルフェナ。きっと素晴らしい再会だ。楽しみだ、とても楽しみだ。
冬生まれの俺は冬という季節があまり好みでなかった。ウィンタースポーツと呼ばれる類は楽しかった。けれども、冬という静かで寂しい季節は、別れの代名詞のような秋よりもずっと、別れの印象が強かった。その理由は分からない。脳裏に張り付く誰かの笑顔のせいかもしれない。そう長年思い続けていた。
久々の休業日。とても今日は気分が良かった。何故だろう、空は曇り雨でも降ってきそうなのに。俺はいつになく機嫌が良かった。良かったついでに好物の肉を、お気に入りの飲食店で食べた。ものすごくおいしかった。素晴らしい日だと感心した。あの謎の人物にでも遭遇するのだろうか。会えたらそれはそれで嬉しいことだ。長年の謎が解かれるのは心地もいいだろう。
外はやはり曇っている。雨が降りそうだ。傘を持ってくるべきだったな。ぼんやりと外を見ていた。雨が降り始めた。会計を済ませてまだ弱く振っている間に帰ろうと思った。会計を済ませて外に出ると大降りとまではいかない、いうなれば中降りか。何て思いながらその中へと入っていった。するとすぐに呼び止められた。
「クロ?あ、雨です。傘、使いますか?間違って二本持ってきちゃったんですよ」
「え、あ、ありがとうございます。なんで二本?」
「知り合いを迎えに行ったんですけれど、途中で来られなくなったって連絡が来ましてね。ほんと、参っちゃいますよ」
なんだか懐かしい感じがした。クロと名を呼ばれたのも気になる。彼を見れば見るほど懐かしさが込み上げてくる。知らない人だ、なのになんだろう、この既知の感覚は。俺はこんな感情を知らない。
その人は笑みを浮かべて傘を差しだした。受け取って差した。雨音が響いて聞こえた。ソワソワとした、浮ついた感情が胸中に広がっていった。この人は誰だろう。名前はなんていうのだろう。あの脳裏の人なのだろうか。長年の謎なのだろうか。
「あ、雨が強まってきました」
傘のビニールにあたる雨粒が音を立てて跳ねかえる。その音が確かに強くなった。この人はなんで俺に傘を渡してくれたんだろう。女の人に優しげに貸せばきっと好意を持たれるだろうに。あ、これは嫉妬か。男の嫉妬は醜いと言うけれど、これはそんなものなのか。初対面の人間にこんな感情を持つはずもないが。隣の彼が何かを言った。
「 」
「え?」
目の前に閃光が走った。車のクラクションが鳴った。傘が手から離れていった。強い衝撃を全身に受けた。あ、と思った。
96&46 8話 シロの願い
愛おしいと思うからこそ、生きて欲しいと望み、身勝手に命を絶ってしまう。僕はその代表例だ。彼を大海原にほっぽり出して自分は悠々と自由を手にした。何とも許され難い行為だ。でも、そのことに気が付いた時には遅かった。神様の言った代償は上面で、その裏、世界を動かす動力を永遠に作り出すようになっていた。彼を生かしたことが全ての原因だった。彼を生かしたがために彼を苦しめ、そして利用される、永遠に。この輪廻からは逃れられない。メビウスの輪を歩き続けるのだ。きっと抜け出せると信じて。どんなに謝っても許されることではない。許されてはいけないのだ。償いの場までもが用意されていた。永遠に生き、砂を生成し、世界を動かす。そして僕の生きる理由は彼。自らこの状態を作ったと言っても過言ではない。あぁ確かに、僕を恨むのが筋だ。
幾年月が通り過ぎた。何回も転生が繰り返され、魂は何度も蘇った。クロは何回も死を味わった。苦しみを味わった。僕はそれを見ていることしかできない。だから僕はもう、彼に干渉しない。あの日、傘を差しだしたあの日、交流を果たしたあの日。彼の死を知っていた。言葉にして伝えた。神様はそれを許さなかった。雨音にかき消され届かなかった声。その後彼は死んでしまった。その惨劇を目の当たりにして、僕は願ったことを後悔した。僕と出会えば寿命を前にして死ぬ。そんなことを神様が言った。許せなかった。だから僕はクロに背負わされた代償を自らに背負わせてもらえるよう、神様に頼んだ。神様は快く許した。そして僕は世界の支柱に組み込まれ、クロは僕を忘れ平和の内に過ごすことになった。
「滑稽な人間よ。君ほど狂っている人間はいないだろう」
「面白い人間よ。君は何がしたかったのか。私には理解ができぬ」
「さぁ、世界を回しておくれよ。君の作る砂で時計を進めよう」
「なぁに。世界はこの先もずっと、続いていくさ。愛が無くならない限り、対は消えないのだからな」
「感情を持ったのがそもそもの間違えだったのだ。感情を持てば材料にされる、そのことを忘れた人間が愚かだ」
神様たちは話していた。人間が感情を持ったことがいけない事だったのか。あぁ、そうだったのか。なんだか腑に落ちた。スッと何かが抜けて行った。
「あ、壊れてしまったようだ」
そう最後に聞こえた気がした。
この後のことは、ご想像にお任せしようと思います。