クロとシロ
96&46 6話 逆転
あれは夏だったような気もするし、冬だったような気もする。季節なんてどうでもよかった僕は、君を見つけて嬉しくなったんだ。僕の名にピッタリの、君。
「世界がうまく回るためには、砂が必要なのだ。その砂は強い感情と共に生成される。後は命を絶てばいい。対というシステムはそうしてできた。あちらで死んだ対の個体をこちらで引き抜いて、世界を回すために利用する」
「魂は永遠にこの、砂時計と呼ばれる世界に縛られ次第に消えて逝く。拒むことは許されない。世界の崩壊が来るその時まで、この営為は行われる。絶えることはない。そしてお前たちだけが特別なわけでもない。先代もいる、先々代もいる。後代もいる」
「特別ではないお前たちでも、その稀なる豊かな感情は、とても役立つ。多くの砂を生成して、ひとつ残らず世界を動かすのに活用すれば、数年は持つことだろう。戦え、戦えよ。その剣を以って感情を湧かせ」
そんな声が聞こえた。僕が死んだときのことだった。目を覚ましたら居場所があって、そこを追われた。あぁ、数奇な運命だとも思ったが憂いている暇などなかった。
仲間がどんどん減っていった。砂になって、石になって、消えていった。散っていった。愛する故に選択をしなければならない、この苦しみを。彼らは感情の頂と捕らえていた。それがどれだけ人間という生き物に残酷だと言う概念を浮かばせているかなど、考えてはいない。有効かつ最大限に利用している。ちまちまとなんて集めるわけがないのだ。利用して世界を回さなければ、世界は崩れる一方だから。
「僕らは歯車の一部分、か。とてもじゃないが重荷だなぁ」
「いいや、僕たちは人柱のようなものさ。それに神様が導いてくださる」
「ねぇ、クロ。クロ・フィーナ」
僕は彼を殺さねばならない。それがこの世の契で、僕の役目だった。武器は剣。
「君の名は僕にとって大切だった。なぜかは分かるよね?僕は君で、君は僕だったから。名前、返すよ。僕たちは個人になったんだ」
ありがとう、美しい名を。一時でも幸せだった。
僕はとても自由だった。自由すぎた。だから仕方がない。人生が終わってなお、死を迎えねばならないなんて。とてもつらいし怖い。けれどももしかしたら、死ぬ間際に神様に願えるかもしれないと思った。
「そうか。僕たちは対になったのか。クロ・ルフェナ。ああ、久々だ。本当の名を口に出せるなんて」
彼は小さく幸せだと言った。その言葉に僕の胸内ははち切れそうになった。
この世界は愛を唱えている。なのに何故、こんなにも愛を遠ざけるのだろう。彼を愛してやまない。どうしてこの世界は矛盾しているのだろう。矛盾さえなければこんなにも、こんなにも苦しむことはないだろう。
「シロ・フィーナ。うん、しっくりくるなあ。実は仲間内にね、言われたんだ。名を大切にって」
「死んだのか?」
「うん。人は死ぬと星になるんだよ、とか言っていた。人生は悲劇だと嘆く人だったのに。あの人にも大切な人がいた」
恋人ばかりが愛おしいわけではないんだ。友人や家族も同様に愛おしいと思う。それが恋愛へと変わっていくのは一種の人の勘違いだ。一線を越えたとか例えられるけれども、一線を越えても恋愛にならない時もある、大いにあり得る。愛より出でた愛とでも言えば伝わるだろうか。美しく高貴で、儚い。どんなに人が求めても得られるものではない。それが愛より出でた愛。それこそが恋愛と言われるべきなのに、人間はそれに遠く及ばない愛というものを恋愛と勘違いしている。
「僕は。……、俺はお前が憎い」
クロは一人になった。僕も一人になる。そう。彼を残すために。
相手の剣を弾いた。剣を振り、枝を払い、肉を切り、血飛沫の中をひたすらに前へ。すでに虫の息の相手を木の幹へと追い込み、心臓を狙う。まっすぐに迷いなく剣は心臓を突いた。噴出した血潮は手を、顔を、視界を、心を赤く紅く染め上げていく。まるで世界が終わったかのように、崩落したかのように。感情さえ流れて行ってしまった。それが自分の崩壊だとしても何の感情も浮かんでこない。冷静にその場の出来事を処理している。
この世界は俺の居場所であり同時に敵だ。残酷無慚で生きにくい、そんな空間。
「はぁ、はぁ。んっ、はぁー」
呼吸を整え、前を見る。置いていかれた感情が次々とあるべきもとへと戻ってくる。徐々に認識できてくる。手がわなわなと震える。剣が手から滑り落ちた。
コトン……――――。軽い音が空気を震わせる。それを否応なく拾った耳。
この世界で一瞬の隙も見せてはいけない。夜も安心できない。気疲れっていうのだろうか、疲労が溜まっていく一方だ。それでも尚やるべきことがあるのだ。この意味もない戦を終わらせなくてはいけない。このために生きて、生きて、生きて、生きて、最後は地に這いつくばり死ぬ。運命という奴だ。受け入れなければならない。どんなに身勝手であっても、どんなに我儘でもだ。
そんな奴でもこれは受け入れがたい。向き合わなければならないと分かっていても、理解しても。罪悪感は一向に濃くなっていくだけだ。あいつをこの手で殺めるのだ。いや、もうすでに殺めてしまった。確かに運命に従って僕はそいつを手に掛けてしまった。目の前で目を閉じ、安らかに眠っている。
「あ。……、あぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああ!!!!」
何もこんな結果に、こんな末路にしなくても。しなくてもいいじゃないかっ!!憎くて仕方がない。この世界が、運命が、自分が。どうして俺が生き残った?
最後に神様は応えてくれた。彼を生き残してくれと願った願いを。嬉しかった。一番嬉しかった。