終わりと始まり
戦っていた。理由もなく、互いに想っていてもそれは否応なく背負わされていた。無限に続くループの中に立っていた。だから誰かそのループの輪を鋏で切ってくれないか。このループを打ち切ってくれ。後世に残さないでくれ。悲しみなんて、憎しみなんて生きる糧にならないから。最愛を愛せる世界をどうか。
二人の神が初めにそう思った日、世界は誕生した。神々の戦争から逃れるように二人の神は世界を作った。自分たちの感情を費やし作った。
それからどのくらいの年月が経ったか。人間が感情を持った。二人の神が持っていた感情を人間が吸っていく。世界を保とうと神は、対という存在と砂時計と呼ばれるもう一つの世界を作った。
1話、2話と区切ってありますが、小段落のようなもの(都合上の区切り)ですので気にしないでください。
注意はしていますが、脱字や誤字があるかもしれませんので前もって謝罪します。すみません。
96&46 0話 果て
相手の剣を弾いた。剣を振り、枝を払い、肉を切り、血飛沫の中をひたすらに前へ。すでに虫の息の相手を木の幹へと追い込み、心臓を狙う。まっすぐに迷いなく剣は心臓を突いた。噴出した血潮は手を、顔を、視界を、心を赤く紅く染め上げていく。まるで世界が終わったかのように、崩落したかのように。感情さえ流れて行ってしまった。それが自分の崩壊だとしても何の感情も浮かんでこない。冷静にその場の出来事を処理している。
この世界は僕らの居場所であり同時に敵だ。残酷無慚で生きにくい、そんな空間。
「はぁ、はぁ。んっ、はぁー」
呼吸を整え、前を見る。置いていかれた感情が次々とあるべきもとへと戻ってくる。徐々に認識できてくる。手がわなわなと震える。剣が手から滑り落ちた。
コトン……――――。軽い音が空気を震わせる。それを否応なく拾った耳。
この世界で一瞬の隙も見せてはいけない。夜も安心できない。気疲れっていうのだろうか、疲労が溜まっていく一方だ。それでも尚やるべきことがあるのだ。この意味もない戦を終わらせなくてはいけない。このために生きて、生きて、生きて、生きて、最後は地に這いつくばり死ぬ。運命という奴だ。受け入れなければならない。どんなに身勝手であっても、どんなに我儘でもだ。
そんな奴でもこれは受け入れがたい。向き合わなければならないと分かっていても、理解しても。罪悪感は一向に濃くなっていくだけだ。あいつをこの手で殺めるのだ。いや、もうすでに殺めてしまった。確かに運命に従って僕はそいつを手に掛けてしまった。目の前で目を閉じ、安らかに眠っている。
「あ。……、あぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああ!!!!」
何もこんな結果に、こんな末路にしなくても。しなくてもいいじゃないかっ!!憎くて仕方がない。この世界が、運命が、自分が。どうして僕が生き残った?
葛藤はいつまでも続いた。二人だけの空間が、時間が過ぎていく。隣にいた大切なものを失くした、その喪失感はまるで生き物のように這いつくばり、思い出を喰らう。
ファロゥ。そこが僕の居場所であって生きる場所だった。それは偽りではない。そして彼もロンドが居場所だった。幼いころから記憶や体感が同じで共有しているようだった。まるで鏡の外と中のように互いが互いの影であり光であった。
そんな僕たちに居場所は問いかけた。
「お前たちに大切なものはいるか?犠牲を払ってでも守りたいものはあるか?自分がどうなっても守りたいか?世界が崩落しても?周りがすべて敵でも?守りたいものが敵対してもか?」
面接だ。耐えればいい、耐えて堪えて。どうせ答えは無い。ならばそのまま水に流してしまえばいい。しかし現実は厳しかった。最終決断の時はすぐに来た。
「お前は守りたいものか居場所、どちらかを選べ」
ああ。世界は無慈悲だ。それでも守りたいものを選んだ。その結果が戦だった。戦うことになってしまった。どこか分かっていたことだったのに僕は彼のために、約束のために、様々な思いが交差するこの戦の線上に立った。
『どんなことがあっても一緒だよ』
約束をした。過去に、昔、幼いころに二人だけで。
だからシロは笑ってくれる。
だからクロは耐えてくれる。
交差する気持ちに互いは気が付かずに、そのまますれ違った僕らの道はもう二度と交わることはない。平行線をたどることになる。幼き記憶は同じものでも、もう一つにはなれない。鏡は割れてしまった。二人を繋いでいたモノはもうどこにもない。
96&46 1話 対(&orVS)
「おーい、ルフェナ。ルフェナ!朝だ、起きろ」
柔らかい日差しの中、温もりを感じながら布団を剥ぐ。
「はーい。……、おはようございます、ナァ」
「おはよ。ふふ、寝癖立っているよ」
「え?あ、ほんと。笑はないでくださいよ」
「いいじゃん。面白いんだもん」
少しの間、二人は戯れた。否、一方的にナァがルフェナをいじっている。年はどちらとも成人と相違ない。若干、ナァの方が年上のようにもみえた。彼ら以外の声はどこにもなかった。ナァは笑いを堪えつつ片目を開いて言った。
「ねぇ、ルフェナ。なんでフィーナくんと逃げなかったの?」
「唐突だね。……、僕たちは個々になるべきだと思ったんです。いつまでも鏡のように表裏一体になっていてはいけない気がしたんです。だから……」
「だからこの戦を借りて、個々になろうと思ったわけ?」
固まる表情。その中、ただひたすらに逃げ道を探すように動く目。図星だったようだ。
ナァは笑った。世界は愛で溢れている。故に争いが起こる。嫉妬、愛憎、喪失、憎悪、恐怖、欲望……。原因なんてちっぽけで、でも個人では背負いきれない大きい荷物となって周りを巻き込むのだ。自分がそうであったように、一人一人それに向き合うのだ。そしてその結果が戦を生んでいた。誰かへの愛がその人を突き進める。でもその愛が途絶えるとその人は道を失うのだ。どれだけ賢明な人でも、どれだけ欲深くても、誰かへの愛や誰からかの愛がなければ生きてはいけても、歩けない。道を外れ自分を失い途方に暮れ、死ぬのだ。そしてその反対に、その愛がある故に身を亡ぼす者も多くいる。周りからの羨望が嫉妬に変わって、希望が絶望に変わって、その身を蝕んで骨すら残さずに死に至らすのだ。汚れた布を巻きつけられて。そう、この世界は愛がある故に歪みがある。
個々でなければならない。それは約束を果たすうえで必要なことだった。でも、この戦を利用したわけではない、巻き込まれただけだ。結果として利用につながったわけで。そんなの言い訳だと知っている。どう転ぼうが結果は結果でしかない。こんな方法は避けたかった。でもこうでもしなければ個々にはなれない。だから選択をした。強いられるままに、神様が望むままに、自分を曲げて他人を裏切ってまで、悲しみの渦に身を投じた。嫌な結果さえも受け止める。仕方がない、やるしかないのだから。この世界が望んだ、二人という存在になろう。
「そうだね。ただ利用されるよりはいいから。仕返ししてやろうって、ね」
対になっていた二人は次第に急速に引き剥がされていった。その代償は計り知れない。でもそれを変えることはできないから、代償を背負い前へ進む。それしか選択肢は残されていない。
“世界は個人の世界観を網羅する。見えている世界と目に見えない世界が交差したその地点、今というのが切り開かれる。でも、それ故に世界は矛盾している。”
そして世界は崩れていった。端から徐々に。中心へと向かって亀裂が走るたび、他の亀裂とぶつかり合わさって後ろが崩れ砕ける。それをぼんやりと見ていた。寂しいとは思った。悲しいとも思った。けれどどこか安心していた。安らいでいた。これでもう苦しむこともない。無になれると思った。でも、残された片方はどんな気持ちになるのだろうか。裏切ってまでこういう結果を持ってくる必要はなかったのではないか。でも、君に生きていてほしいな。そう思ってしまうのはいけないことなのだろうか。いや、愛しているからこそ君のためにこの選択をするのだ。そうだよね。合っているはずなのだ。でもこれは私の一方的な自己暗示だ。君には関係のない。
「あたしも、この戦を利用した。ルフェナの気持ちは薄っすらわかる。あたしは大切な人を裏切った。辛かったよ、でもね。それ以上にあの人があたしを見てくれないことのほうが辛い」
「何それ。おかしいですね」
個人の希望なんてそんなもの。
「生きていてほしいって思った。だって、あたしよりあの人のほうがずっと強いから。背負わせてしまうけれど、きっと大丈夫」
呪文のようだ、“大丈夫”なんて。
「そうですね。生きていてほしいと願ってしまいます」
きっと、いや絶対に精神の強い人なんていない。どこか弱いのだ。絶対の意志もどこかで葛藤し揺らぐのと同じ。死に対して敏感になるのと同じ。生に対して貪欲になるのと同じ。憎いと悔しいと歯を食いしばるのと同じ。挫折を味わい続けるのと同じ。喪失、消失を実感するのと同じ。強いって思われるのは耐えるからであって、決して強いわけじゃない。どこかで苦痛を感じ一人抱えてしまうのだ。そういう人はすぐに崩れ道を失う。愛するが故に愛があっても足りなくなってしまうのだ。だけれど一方的に押し付けてしまう。
この世界は紡ぐことを止めた世界だ。この世界は“愛”という存在が大前提にある。友情、愛情、家族愛など、誰に対してでも愛がある。そして“対”というのがある。二人で一つの関係が存在する。対の二人は離れることもできない表裏一体の存在。紙の裏表とでも言えばいいだろうか。まあ、簡単に言えば愛で結ばれているのだ。それこそ、恋人であったり、親友であったり、兄弟であったり。
ごく普通の世界だろうが、それが結果として戦を生んだ。互いに互いを否定し、受け入れ、反発し、そして火花が散る。その火花が火種につくと徐々に燃えていき、最後には燃焼し灰になる。その連鎖を切らない一貫性の世界だ。変化を起こすことはできない。いや、変化を起こせない。
「生きていてほしいと思います。でも、そんなの相手にしてみれば酷いことじゃないですか。僕も人のこと、言えない性質ですが」
「仕方ない。そう言ってしまっていいものでもないのだけれどね。ご飯、食べよ。私にとってはきっと最後の御飯だ」
きっと白いのだ、未来は知らないから。不可侵領域にポツリ現れた奇跡の領域のようなもので。知らないうちに次々と切り開かれていく。僕にできることをしよう。それが彼の未来を切り開くのだと信じて。
ご飯はおにぎりだった。綺麗な三角おにぎり。おいしそうに食べることも会話もあまり弾まず、黙々と冷えてしまっているおにぎりを食べた。ナァにとっては最後かもしれない、食事。
あれ、なんだろうな、寂しい。今までこんなこと感じなかったのに。