最終話 やるせなき脱力神
これで完結になります。お付き合い頂きありがとうございました!
冥界の果ての果て。
半年前、ウィーナが握力大魔王を倒した場所から少し外れたところにある荒野。
そこに二人の人物が立っていた。
ウィーナと冥王アメリカーンである。
ウィーナは普段の女騎士を思わせる鎧姿ではなく、フードを被った旅人風の装いだった。
「本当に、これで……お別れなんですかね……」
冥王が寂しそうに言った。
「ああ……」
ウィーナはそっけなく返した。
「せっかく、こうして再会できたというのに……」
「私も驚いている」
リアルとの戦いのとき、自らの心臓を矢に刺して放った命を捨てた一撃。
それによりリアルと相打ちになり、ウィーナは消滅して死んだはずだった。
しかし、想定外の事態が起こった。
リアルとの戦いの最中、ハチドリがウィーナに対して最後に使ったエリクサーがあった。
実はこのエリクサー、体力が完全に回復する通常の「エリクサー」と、一度使用した後、使用者の生命が失われる寸前に自動的に発動して体力をフル回復させる「エリクサーチャージャー」を半々に混ぜ合わせた特別製だったのである。
ウィーナの命の灯火が消えかけ、光となって霧散しようとしたのを引き金にエリクサーチャージャーの効果は発動した。
普通であればすぐに完全回復するのだが、如何せんブレンド品のためエリクサーチャージャーの濃度が薄く、発動に時間がかかった。
一旦は消滅したのだが、エリクサーチャージャーの効果自体は有効判定となっており、濃度が薄い分、一度霧散した光のかけらがゆっくりと集合し、戦いの終了後、大分後になってからの時間差で、ウィーナは元の姿に再生したのである。
しかし、やはりと言うか、どうにも濃度が薄いため、完全回復とは言わず、心臓の修復を最優先で行ったようで、他の傷跡は回復しきれなかった。
著しく体力を消耗し、異次元の地面に倒れこんでいるところを、丁度タイミングよく聖剣ジークを捜索していた冥王に見つけられたのであった。
まさに奇跡とも言える強運だった。ウィーナ自身、本気で死ぬものとばかり思っていたのだ。
冥王に助けてもらってその話をしたところ、冥王は奇跡ではなく、勝利の女神を信仰する人々の願いが、勝利の女神を生かしたのだと、これは必然であると言った。
そして、ウィーナは冥界を旅立とうとしていた。
リアルがやってきた、向こうの世界へ。
「ウィーナ。あなたがこの冥界に現れ、悪霊を次々と鎮めていったのを見たとき、私はこの冥界が救われていくような思いでした。我々は悪霊を、力によって冥界の奥深くへ押さえつけることしかできず、苦心していたというのに。できればこれからも悪霊達に救いを与えてほしかった」
「それは本来冥王であるお前の役目だ」
ウィーナが言う。元々、勝利の女神であるウィーナによって敗北の運命を与えられ、無念の死を遂げた悪霊に対する罪滅ぼしとして、商売も兼ねて行ったものなのだ。本来、よそ者のウィーナがすべきことではなかった。
「そう言われると返す言葉もありません」
「お前、先程から気になっていたが、いつもの変な喋り方は?」
「……はい、今日は冥王としてではなく、一人の男としてあなたを見送りに来たので」
冥王は相変わらず残念そうだ。
「そうか。……冥王」
「はい」
「やはり、私はあのとき一度死んだのだと思う。皆の前から消えるのが正解だろう。あれだけ部下を死なせて、のうのうと生きて顔を出すわけにもいくまい」
「そんなことはありません。あなたは他の者達に守られた分、力を取り戻してからはそれに余りある働きをしました。この冥界に。この冥王が証人です」
冥王が力強く言った。
「それに、後は弟達が私のしてきたことを継いでくれる。ウォーンは剣を受けとってくれたか?」
「はい。確かに。私自らの手で渡しました」
ウィーナは、それを聞いて弟の顔を思い出し、微かに微笑んだ。
「そうか。良かった……。なら思い残すことはない」
「しかし、まさか最高神様が直接私に語りかけてくるとは……」
冥王の下で密かに傷を癒したウィーナは、十分に休息を取った後、冥王に旅立つ旨を切り出し、自らの胸中を伝えた。
生きて帰った暁には、結婚する。
婚礼の発表と準備を思い描いていた冥王は酷くショックを受けていた様子だった。
ウィーナはあれから考えていた。
自らの未熟さを。人々の願いが届かず、力を失った自分の無力さを。
ウィーナがエリクサーチャージャーで命の輝きを取り戻していた最中、ウィーナはリアルの世界の民が、ウィーナに救いを求めている声なき声を感じ取っていた。
リアルとの最後の戦いの舞台となった次元を超えた世界。
その灰色の大地に点在していたドーム状の都市群。それは、『あちら』の世界線でのディログ大陸・メルール王国だったのだ。
そこの民達がウィーナに助けを求めている。
リアルは、神に対抗するためにあの世界の人類が造り上げた兵器だったという。
そんな兵器を造り上げた人類が神に救いを求めている。
その救いの声とは何なのか。神は必要とされているのか、それとも除かれるべき存在なのか。
ウィーナは自らの未熟さを痛感し、修業の旅に出ようと決心した。
次元を超えた先の世界を。そしてその世界を旅して、本当に勝利の女神であるウィーナが人類にとって必要かどうかを見極めるために。
冥王に、自らの決意を語った。冥王はウィーナの意を汲み取り、婚礼は中止し、ウィーナを送り出すと言ってくれた。ウィーナは、この冥王がこれほど器の大きいところを見せたのを初めて見たような気がした。
その後、冥王は最高神の声を聞いた。
ウィーナがそれを望むのであれば、最高神が封じた次元の裂け目を、僅かだけ再び開ける。ウィーナを送り出してやってくれと。冥王は姿かたちさえ知らぬ最高神に頼まれたのだった。
「すまなかった。約束したのに」
ウィーナは少しだけ顔をうつむけた。
自分は絶対死ぬと思っていたから、あのとき、婚礼を受けると言ってしまったが、まさか生き残ってしまうとは。
「いえ、いいのです。あなたが修業の旅を経て、更に強き女神として成長するのであれば、私はそれを阻むつもりはありません」
「……ありがとう、冥王。これはお前に預ける」
ウィーナは指にはめた破理の指輪を外し、冥王の掌に乗せた。そして、冥王の手を両手で包みこんで握らせた。
「ウィーナ」
「冥王、私は旅を終え、必ずこの冥界へ帰ってくる。そのときは、また最高神様が私達を引き合わせて下さるだろう」
ウィーナは冥王の目を真っ直ぐに見つめて言った。経緯はどうあれ、一度、自分の意思で約束をしたのだ。それを破る気はない。
「それまで、この指輪は、預かっておいてくれ」
「分かりました」
冥王アメリカーン。
自らと共に命をかけて戦ってくれて、首だけになっても最後の戦いに駆けつけてくれた。
そして、異世界に倒れ込んでいたウィーナを助け、聖剣も探し出し、弟へ託してくれた。
また、生きていたということを天界に知られたくないウィーナの為に、公には死んだことにし、よく似たダミーの魂まで用意し、天界の交渉に臨んでくれた。
あの天界神エタナールを相手に一歩も譲らず、ウィーナは死んだ、絶対に生き返らせないで貫き通したのだ。
ここまで、ウィーナの意思を尊重して尽くしてくれた男に対して、その想いには報いねばならないと思っていた。
「冥王」
「はい」
「……ありがとう。エタナール様を相手に、あれほどまでに……。ただ、冥界を危機に晒してまで私の為に」
「違います」
冥王は言葉を遮った。そして。
「あなたの為、だけではありません。たとえ、あなたの魂だろうと、下界の何でもない民一人の魂でも、あなたの死を偽装する為のダミーの魂でも、私にとっては同じ死人の魂。それをこの冥王に無断で天界へ持ち去ろうとしていた。たとえ誰の魂であっても、ゴキブリやノミの魂でも私は同じ行動をとっていました」
さも当然であるかのように、こう言い切ったのである。
「そうか……。冥王」
「はい」
「私が戻ってくるまでに、この悪霊渦巻く薄暗い冥界が、私の思い描いていた光溢れる美しい世界になっていることを願っている。お前も、王として成長しろ。私も、未熟な自分を鍛えあげてみせる。リアルのような存在を造り上げた民から、神など必要ないなんて言われないような神に」
「分かりました。最大限、努力しましょう」
改めてウィーナに向き直り、冥王は力強く宣言した。それを見て、ウィーナは笑みを漏らした。
「フフ、口ばっかりじゃないだろうな?」
ウィーナがそう言ったとき、二人の側の空間に紫色の稲妻が走り陽炎が発生した。そこには、人ひとり通れるぐらいの次元の穴ができていた。最高神が一時的に開けた次元の扉である。
「最高神様……」
ウィーナが薄暗い空を見て、呟いた。
「次元の入り口が開きましたか。では……これでお別れですね」
冥王がそう言ったところで、ウィーナは冥王のすぐ前に歩み寄る。
「最後に、再会を誓って……」
ウィーナはそう言って目をつぶり、冥王に向かって唇を向けた。キスの準備である。
それを見て動揺する冥王。
「い、いや……このような場所では! 一応、冥王ですから!」
「大丈夫だ。このような冥界の果て、誰も見ていない。最高神様以外は……」
「で、では……」
目を開けてみると、冥王は気を取り直して、慌てていた態度から一片、威厳たっぷりにウィーナの両肩に手を乗せ、唇をキリッとさせ自らの顔を近づけていた。それを見て再び目を閉じる。
今、正に、両者の唇が重なろうとしたそのときであった。
「ほ~っほっほっほ!」
甲高い女性の高飛車な笑い声が聞こえてきた。
そして、すぐ横の地面に亀裂が入り、土砂を火山のように巻き上げながら大地が割けた。
そこから姿を現したのは、巨大な足の姿をした悪霊だった。体全体が足である。周りに立ち込める足の臭い。やたらと足の臭い悪霊であった。
「なっ!?」
突如として乱入した臭い足に驚愕して、キスを中断するウィーナと冥王。
「やっと見つけたわよウィーナ! よくも我が夫、握力大魔王を倒してくれたわね! 夫の仇、この脚力大皇后が晴らさせてもらうわ!」
そう言って足の臭い脚力大皇后は、臭い足を振り降ろしてきた。
咄嗟に跳躍して回避するウィーナと冥王。
「冥王!」
ウィーナはすぐ冥王の背後へ飛んだ。
「はい?」
「後よろしく! お疲れ様でした!」
ウィーナは笑顔を見せ、冥王の肩を力強く叩いた。
冥王は呆気にとられた様子で、背後のウィーナと正面の足の臭い脚力大皇后を交互に見た。
「え、ええええええっ!? あ、ああ、は、はい! オールOKデース! ミーに任せなサーイ!」
思わず王族言葉に戻った冥王は、引きつった笑いを見せながらウィーナにVサインをした。
「お~っほっほっほ! この私の足の臭いをかいで死になさい!」
「ぶげえええっ!」
あまりの足の臭さに悶絶する冥王。
「肉体を滅ぼしてくれるわ! 肉体を滅ぼしてくれるわ! だってサクット! だってサクット!」
どこからともなく、どこかで見たような気がするスライムが現れ、冥王に加勢する。
「さらばだ! また会おう!」
冥王が脚力大皇后の放つ足の悪臭に、たまらず鼻をつまんでいる光景を背にして、ウィーナは意を決し、次元の穴に飛び込んだ。
次元の扉はすぐ閉じてしまい、そこでは冥王とスライムと脚力大皇后が戦っている光景が広がるばかりだった。
◆
天上より降臨せし勝利の女神 更に地の底へ
死者が集う冥界にて かつての女神は其の使徒共を率いる
人はウィーナと呼んだ 敗北の定めに嘆く魂を、永遠の呪縛から解き放つ者也――
やるせなき脱力神 ―― 完 ――




