第96話 死ななかった戦士達
次回、最終話です。
冥王城、空席となっている玉座の前に、冥王四天王のキヌーゴとアツアーがいた。
冥王アメリカーンはアツアーを取り返し、無事に天界との話をまとめて帰還してきた。冥王が留守の間、将兵や執政官達は気が気ではなかった。
しかし、冥王は無事に帰ってきた。流石は冥王、というべきか。
この玉座の主は今、城にはいない。僅かな供回りの者を引き連れ、ウィーナの屋敷へと出かけていた。
「しかし、天界に連れら去られてよく生きて帰ってこれたのう……」
名誉大神官キヌーゴが口髭をなでながら、呆れたように言った。
「うん、俺もそう思う」
終騎士アツアーも呆れた様子であった。
「悪運の強い奴じゃ」
「それは爺さんもだろう。ちゃっかり雑用を卒業して、元の地位に収まってるじゃないの」
「悪運じゃない。ワシがいないと冥界神教を抑えられない、ということじゃ」
キヌーゴが勝ち誇ったように言う。
「冥王様も心の広いお方だ……」
玉座を見つめてアツアーが言う。冥王は、今回の反乱に参加した将兵達は、ミズキに無理矢理脅されて反乱を強制されてたということで、極めて軽い処分で済ませたのだった。
当然、正規軍側から非難の声が上がったが、冥王の威厳で全て反対意見はねじ伏せたのだ。
「リアルの一件の衝撃がまだ民の間で収まっていない。今、要の冥王軍が揺らぐとまずいんじゃ」
キヌーゴが極めて現実的な意見を言った。
「なるほど……」
「それはそうと、早く欠員を埋めないとな」
キヌーゴは、脇に抱えた書類の束をアツアーに見せた。欠員の出た四天王の後任候補達である。しかし、この中には四天王最強であったミズキはもちろんのこと、最弱であったグヮンモドキにも遠く及ばない連中ばかりだった。
「無理して決めなくてもいいじゃん?」
アツアーが面倒そうに言った。
「駄目じゃ。このままでは『二天王』だと冥王様に言われたわい……」
「二天王でも別にいいよ」
「そうか?」
「うん」
それきり、黙ったまま二人は空の玉座を見続けて、深くため息をついた。
「これからが……」
「大変じゃな……」
◆
冥界の王都、次元の破壊や修復がひっきりなしに繰り返され、最終的に次元は修復されたが、戦いの余波は多くの爪跡を残していた。
そんな中、生き残ったウィーナの部下達、トリオンフ、フィーバ、リザルト、メクチェート、ユーイが往来を行き交う浪人や冒険者達に、チラシを配っていた。ワルキュリア・カンパニー戦闘員募集のチラシで、破壊された屋敷の倉庫から偶然出てきたものだった。勿体ないので使おうということになったのだ。
「我々は貴殿の腕を必要としてます!」
メクチェートが声を張りながら剣士風の男にチラシを渡す。
「そこの強そうな魔術士風の御仁! 我々と一緒に悪霊を退治してみないか!」
フィーバも声を張り通行する人にチラシを配る。
「あーん、全然減らなーい! もー休みたーい!」
ユーイがチラシの束を抱えたまま、道の隅に座り込んだ。
「おい、ヒラが最初に休むな!」
トリオンフがユーイに言った。ユーイは渋々立ち上がってビラ配りを再会する。
「俺達今回全然戦わなかったからなー。こんぐらいのことはしねーとな」
リザルトがフィーバに目配せして言った。
「いやいやいや! 俺すげー戦ったぞ! お前とトリオンフだろ戦ってないの!」
「お前だって言う程戦ってねーからな? サクスとだけだろ? 大げさに言ってんじゃねーよ!」
トリオンフの指摘に対してフィーバはバツが悪そうに唇をすぼめた。
「お前ら! ゴチャゴチャ無駄話してないでしっかり配れ! ワルキュリア・カンパニー再興のため、今は強力な戦士が一人でも多く必要なのだ!」
偉そうに戦闘員達を叱咤する人物。
その声の主はフィーバの被るウエスタンハットの上にいる小さい鳥類タイプの男・ハチドリその人であった。
あのリアルとの地獄のような大乱闘の最中、ハチドリはリアルに握り潰され、地面に投げ捨てられた。誰もが死んだと思っていたが、戦いが終わった後、ウォーンによって、全身を複雑骨折して死にかけているハチドリが発見された。
ハチドリが戦いに持参してきた鞄も別の場所に転がっていたので、その中に入っていたエリクサーを慌てて使ったところ、彼はあっという間に元気になったのだった。
「うるせーな、一度は逃げたくせに。死にゃあよかったのに……」
トリオンフがぼそっと呟いた。
「何か言ったか!? トリオンフ!」
ハチドリがすかさず凄む。
「い、いや、別に何も」
トリオンフは苦しい取り繕いをし、塀を挟んで隣の路地に移動し、チラシ配りを続けた。
「そうだ。死ねばよかったかもしれんのに、俺は生き残ってしまった。生き残ったからには新たな社長、弟君の下で……ウィーナ様の死を無駄にしないために……」
そう言って、ハチドリは薄暗い冥界の空を見上げたのだった。
◆
ロシーボが壊してしまったウィーナの屋敷を、冥民調の構成員達が、土建ギルドの指示の元、再建に取りかかっていた。
その様子を、委員長のダッシが腕を組んで見守っている。
「どういう風の吹き回しだ」
背後から、豚の獣人・フンニュー副委員長が、落ち着いた鼻息でダッシに声をかけてきた。
「これはこれは。……まあ、これくらいのことはさせてもらおうと思いましてね。格安で」
「金を取るのか」
フンニューが嫌な顔をして言う。
「まあ、タダではどこのギルドもやってくれないですから」
ダッシは深く溜息をついて、言葉を続けた。
「副委員長、私はね。冥王の絶対王政を排して、民による治政を実現させたかった。あのヘイト・スプリガンの騒ぎで冥王の権威が地に落ちた。ここしかないと思った。だが、この冥界が滅びていいとは思っていない。あの勝利の女神は、命を賭してこの冥界を救ってくれた。同じ戦士である我らが、それに報いねばならない。敵対したとはいえ、一度は志を同じくした者として。それに……」
「それに?」
「我々のやったこと、その後の戦いでうやむやになった。ウィーナには感謝しないと」
ダッシが苦笑した。
「なるほどな……」
今度はフンニューが豚鼻から大きな溜息をついた。
「オラオラァ! ボケッとすんな! お前達もサボってないで手伝って来い馬鹿息子共!」
現場監督のレディコマンドーが恐ろしく野太い声で、三つ子の息子達を叱咤していた。
「ひぃ~!」
慌てて駆けずり回るシュート・カーブ・スライダーの三人。相変わらず似てない母子である。よほど息子達は父親に似たのだろう。
「副委員長、この前のことは、誠に申し訳ない……」
そんな光景を見ながら、ダッシはフンニューに向き直り、頭を下げた。
「責任のこととか、戦死者への補償のこととか、色々あるが、また協力してもらえないだろうか。虫のいい話だが」
ダッシが気まずそうに切り出した。
「共に委員会を、冥界を立て直そう」
フンニューはダッシの目を真っ直ぐに見ながら、一切の迷いなく手を差し出し、互いに固い握手を交わした。
「お願いしますよ。フンニュー『委員長』殿。……おいコナミー! ドーニンテン! それはそっちじゃない!」
ダッシは言いながら握手を早々に切り上げ、現場に飛びこんでいった。
「え? 今何て言った?」
フンニューも面食らった表情で鼻をヒクヒク震わせながら、ダッシの後を追った。
◆
委員会による再建工事が進む、ウィーナの屋敷の正門前。
ハイムとウォーンが旅支度を整えたジョブゼを見送っていた。
「やっぱりどうしても行っちゃうの? 本当は残ってほしいんだよね」
ハイムが寂しそうに言う。
残った仲間はほんの僅かであった。幹部従者も、シュロン、ニチカゲ、レンチョー、ヴィクト、ロシーボ、みんな死んでしまった。
そして、勝利の女神・ウィーナもだ。
結局、この一連の戦いに身を投じた戦士達の中で、組織の上層部で生き残ったのは、ハイム、ジョブゼ、ハチドリの三人だけだった。
「ああ……。決めたことだ」
ジョブゼはそっけなく、しかし決意の固い表情で言った。
その少ない口数からは、彼の思うところを伺うことはできない。しかし、彼がシュロンの転移魔法によってウィーナに合流して、共に最後の決戦へと向かう間の時間。
その時間に、ジョブゼはふらっと街へ出かけ、一人の女性の死体を担いでやってきた。
そしてその亡骸を、庭先に眠る他の戦死した仲間達の脇に葬った。
ハイムはその女性のことを知らなかった。ジョブゼも積極的に彼女のことを語ろうとしなかった。
しかし、ウィーナ直属の『忍び』であるハイムは、彼女が組織に籍を置かない、いわゆるスパイであったことは何となく想像できた。
彼女を葬っているジョブゼの表情から、ハイムは初めてこの男が悲しみの色をその悪人面に宿しているところを見た。
「修行の旅が終わったときは……また会えますかね?」
ウォーンが柔らかい笑顔を浮かべて言った。
「いや……どうだろうな。もう会うこともないだろうな」
ジョブゼが少し陰のある表情で苦笑した。
「そうですか……。短い間でしたが、あなたのような誇りある戦士と共に命懸けで戦えたことを光栄に思います」
流石は姉の見込んだ幹部従者だ。ウォーンはそう思っていた。
「いや、まだだ。今回のことで分かった。もっと強くならんとな。俺はウィーナ様なしでも強くなる。あんたらも、ウィーナ様の跡を継ぐなら強くなれ」
「はい……!」
ウォーンは力強く頷き、握手の手をジョブゼに差し出した。しかし。
「へっ、ガラじゃねえ。じゃあ達者でな」
ジョブゼはその握手は受けず鼻で笑い、そのまま踵を返してその場を去ろうと……したところ。
「もう、何なの! ほら!」
「うおっ!?」
「わわっ!?」
ハイムがジョブゼとウォーン、両者の腕をつかみ、無理矢理握手させた。
そして、自分の手もそこに重ねた。
ハイムがその三人の手の団子を、力強く上下にゆすり、ひとしきり握手をしたあと、パッと手を放す。
ジョブゼは一瞬肩をすくめると、すぐ気を取り直して「じゃあな。墓の管理任せちまうが」と言い、庭先に視線を向けた。
「任せて」
ハイムが力強く微笑むと、ジョブゼはハイムとウォーンに背を向け、女の亡骸をくるんでいた青いマントを翻し、足早で颯爽とその場を去っていった。
「行ってしまいましたね」
ウォーンが言う。
「ええ」
これで幹部はハイムとハチドリだけになってしまった。あとはウィーナの弟ウォーンと、最後までウィーナの屋敷に残っていた一部の中核従者。そして唯一残った平従者ユーイ。
彼らはみなワルキュリア・カンパニーに残り、組織の再建に協力すると言ってくれた。十回以上転職を繰り返してきたあのリザルトも、残留を希望したのだ。ヘイト・スプリガンの登場に恐れをなして逃げ去った戦闘員達の中にも戻ってくる者はいるだろう。
「ハイムさん。至らないところも多々あると思いますが、どうかご助力下さい」
ウォーンがハイムに微笑んだ。
戦いの後、ウォーンは、ウィーナのワルキュリア・カンパニーを引き継ぐため、冥界に移住することを希望し、冥王にその旨を申し出た。
そこで、冥王が天界へ交渉した際に天界神エタナールにその話をしたところ「好きにしなさい」との言葉が返ってきたのであった。
「はい! 私のほうこそ。よろしくお願いします。新社長!」
ハイムも笑顔で応じた。
「Oh! みんな頑張っているようですね! エ~クセレンツ! 冥民調もなかなかのもんですネ~。バリアナ、公共の事業を民間のギルドに任せるのもいいかもしれまセーン」
そんなときに来訪者が現れた。
この冥界の統治者。ウィーナと共に最後の決戦に臨み、唯一ウィーナの死に立ち会った人物。
冥王アメリカーン。
半漁人の姿をした女性執政官のバリアナと、数人の兵士や役人を引き連れていた。
「冥王様!」
ハイムとウォーンは慌てて跪いた。
「いいデスいいデース。フランクに行きまショー」
冥王は豪快にHAHAHAと笑いながら、ハイム達に手を振った。
「そ、それでは、このようなところでは。ひとまず中の方へ」
ウォーンが冥王を敷地の中に案内しようとする。
「ノープロブレム。ミーが行くとあいつらの作業が中断してしまいマースから、ここでOKデース」
「恐れ入ります」
ウォーンが恐縮した。
「ミス・ハイム。新しい体の調子はどうデースか?」
「はい、とても馴染んでいます。やはり私はこの体がしっくりきます」
ハイムは戦いの後、ヴァンパイアとしての真の肉体を再び封印し、再び冥王から寿命のある、限りある命の仮初めの体を貰い受けていた。
「それはよかったデース。ミーは勿体無いことだと思いますけどね」
冥王の言葉に、ハイムは寂しく笑った。これでいいのだとハイムは思う。自らに課せられた宿命から解き放たれるために、自由のために。
冥王はウォーンに向き直った。
「マイハニーのブラザーよ」
「はい」
「ミーの愛した勝利の女神がこの冥界でやっていたこと……。悪霊を鎮める仕事、頼みましたよ。あなたの姉が命をかけて守った、この冥界のための、誇りある仕事と思いなサーイ」
「ハッ!」
「引き続き、冥王政府との窓口役はこのバリアナがやりマース」
「リアルとの戦いの影響で、冥界も悪霊でざわついてるわ。どんどん仕事回してあげるから」
バリアナが大きな目をぐるりと回して言った。
「今後ともよろしくお願いします」
ウォーンが頭を下げると、バリアナも「こちらこそ」と頭を下げた。
「マイハニーのブラザー! 今日はユーにこれを渡しに来ました! バイル!」
「はっ!」
バイルと呼ばれた、煌びやかな鎧に身を包んだ護衛の近衛兵の一人が、鞘に納められた剣を持って前へ出た。
「これは!」
ウォーンが仰天した。
「聖剣ジーク!」
ハイムも驚愕した。これはハイムがウィーナからの命で何年もかけて探し出した神器。忘れもしない、聖剣ジークであった。
バイルが跪いて、両手で恭しく差し出した鞘を冥王は大きな手で受け取り、眼前にかざしてしばらく眺めた後、ウォーンに差し出した。
「冥王様……」
「マイハニーのブラザー。勝利の女神の跡を継ぐユーに、その魂が宿った剣を託しマース。ミーが戦場跡の次元の隙間までわざわざ出向き、自ら探し出しマーシた」
「有難き、幸せにございます」
ウォーンはこの世界の王に対して最上級の敬意を払い、両手でその剣を受け取った。その瞬間、気のせいか、あの姉の厳しくも暖かい温もりが伝わってくるようだった。
「ウィーナ様……」
ハイムが目から一筋の涙を流した。
「励みなサーイ!」
冥王はウォーンの肩を力強くつかんで激励した。
「では、ミーはこれで。行きまショー」
「デッキ、ジョアン。城まで走り、これから冥王様がお戻りになられると伝えて来い」
側近らしき赤い肌をした上級魔族の騎士が近衛兵の二人に命令すると、二人は「ハッ!」と応え、城へと走っていった。
続いて、冥王が供の者達を率いてウォーンやハイムの横を通り過ぎ、重々しくその場を去っていった。
「ありがとうございます!」
ウォーンは小さくなっていく冥王の背中に対して、深々と礼をした。
ハイムが、聖剣ジークの鞘にすっと手を乗せた。
ウォーンとハイムは、しばしの間、共にウィーナの遺した剣を手に取り、心晴れやかに屋敷の再建作業を眺めていた。
生き残った者達は、既に新たな道を歩み始めていたのだった。




