第95話 生き返すとか絶対NG
突然の冥王の登場。左右に座る六人の神々は一様に息を飲む。リップルーナだけは「あああんんっ! 冥王! ああんっ!」などと、色っぽい嬌声を上げていたが、誰もが彼女を無視した。
「冥王アメリカーン。天界へようこそ」
天界神エタナールが整った笑みを作り、冥王を真っ直ぐに見る。冥王は「Oh、yeah……」と唸り、軽く会釈した。
「エタナール様がお呼びになったのですか?」
エタナールはミナに向けて一瞬だけ目線をよこしたが、彼女の問いには答えなかった。愚問だった。本来、冥界の統治者である冥王は、冥界を離れることができないという掟があるはずだ。その掟を破って天界に冥王を招くのは、言わば超法規的措置だ。そんなことができるのは天界神エタナール以外にいるはずがない。
「言われた通り、一人で来マーシタ」
冥王は、会釈を解いて、若干不機嫌そうな表情をした。彼は供の者を連れずに、たった一人でここまで来たようだ。これもミナには信じられないことだ。
「そのようですね……」
エタナールの態度も、若干冷たいものを感じる。黙っている冥王。
対峙する天界神と冥王。
神々の会議室に緊張が生まれ始めた。
「さて、私とあなたは、今更厚く礼を交わすほどの仲でもありませんね。単刀直入に要件をお話しましょう」
エタナールが冥王を見下すような目線と口調で切り出した。
「はい。何でしょう?」
渋い顔を作りながらも、飄々とした風の冥王。
「勝利の女神、ウィーナを返して下さい」
エタナールの言葉を聞いて、ミナはすぐに察しがついた。
冥界でリアルと相打ちになって死んだウィーナを生き返らせて天界へ寄越せと言っているのだ。天界、下界、魔界、そして元々冥界に住む者も。全ての死者の魂が集い、受け入れる役目を持つ冥界。その冥界の頂点に君臨する死者の王。確かに全ての生と死を司る彼なら造作もないことだろう。
「Oh……。残念ながら、ウィーナは既に死んでおりマース」
「建前は聞いておりません。あなたなら造作もないことでしょう」
「う~ん。そうですね~……」
冥王は腕を組み首をかしげ、わざとらしく長考してみせた。
「そしたら、アンデッドになりますが、よろしいデースか?」
頬をポリポリと指で掻きながら冥王は答えた。
「いいえ。生き返らせて返して下さい」
「ウィーナは死んでますから。生き返すのは無理デース」
「真面目に話しています。ふざけないで下さい」
エタナールの言葉に対して、冥王は静かな怒りをにじませたように見えた。
「ふざけているのはどっちデースか。ウィーナを冥界に追放したのはあなたでしょう?」
「……いずれは許すつもりでした。今、冥界で起きている次元の変異。あなたにも分かるでしょう。今は一人でも強き者が必要なのです」
「かと言って、勝手に魂を持ち去ろうとされてはねぇ……。まずそのことを謝罪してもらいまショーか。ユーの口から」
「その必要はありません」
「Why!?」
「神族にとっての死とは、他の者達にとっての死とは同列にはできません。その魂に関しても、本来は天界で処理すべきもの。勝手に冥界に魂を留め置かれたので、それを連れ戻そうとしただけです」
「ウィーナは冥界に追放され、もう勝利の女神ではなかったはずデース」
「ウィーナはリアルとの戦いの前に力を取り戻していました。これは再び勝利の女神に戻った何よりの証です」
「女神だろうが何だろうが、冥界の民として受け入れた者の死を、冥界で引き受けるのは当然のことデース。事前に断りもなく、天使達を冥界に潜り込ませ、勝手に時空の大穴を調べるだけでなく、ウィーナの魂も持ち去ろうとした。そしてそのことに対して謝りもせず『生き返らせて返しなさい』とはアメリカンジョークも大概にしなサーイ!」
冥王が怒りの表情を作り、語気を荒げた。それに対して、エタナールはあくまでも冷たい静かな様相を崩さない。
「こちらは不法に冥界に留め置かれている、天界に納められるべき魂を当然の権利として、持ち帰ろうとしただけです。それなのに我が天使達を殺したのは許せません」
ミナは驚愕した。そのようなことも起きていたのか。エタナールは続ける。
「そちらこそ我々に謝罪し、その謝意の証としてウィーナを生き返らせてお返し頂きましょう。ウィーナは我が天界の最高位七神の一人。あなた方が思っているよりも、大きな役割を果たしてきた神なのです。少なくとも、冥界で悪霊退治の仕事をするに収まっているような存在ではありません」
「再三の警告に関わらずこちらをシカトしたんデース! 冥界人でもないのに、生きている状態で勝手に冥界に入ってきやがりマーシタ! そんな不法侵入者、キルするのは当然デース! それにそっちがマイハニ……ウィーナを勝手に追放しといてよく言えマースね!」
天界神と冥王の話は長く続いた。
しかし、双方の主張は平行線を辿った。冥界に侵入し、次元の裂け目の調査や、ウィーナの魂の奪還を図ろうとしていた天使達を冥界側が殺害に及んだこと。
その報復として、エタナールは再び天界の手の者を差し向け、冥王四天王の一人であり、冥王の股肱の臣・アツアーを天界に連れ去り拘留していることも分かった。更に、百年程前に、高位三十三神の一人、鎮魂の神・ガルーダと婚儀を結んだ冥王の妹・コネチカットが人質として機能していることも話に出てきた。
「天界神様の仰せの通りじゃ。次元の奥から第二、第三のリアルが現れたら、今の全ての世界の秩序が失われることになりかねん。あの次元の穴は我ら天界が管理すべきだと思う」
「……ああんっ……! 最高神様が、天界、下界、魔界、冥界、四つの世界を分かち、その中でも天界が一番上に位置し、他の……あんっ、世界を管轄する役目よっ……! 冥界如きがでしゃばるんじゃないわ」
議論の中でルチアやリップルーナはエタナールの行為を肯定し、支持していたが、その手段を選ばないやり方にミナは少しばかり疑念を抱き始めていた。
交渉が紛糾していく中、ついに冥王は一戦をも辞さない構えを示した。
彼は人質は好きに殺せばいいと言うし、次元の裂け目は天界に管理させる気も、修復させる気もないと言う。 そして、ウィーナを生き返らせることも絶対にしないと言った。
「冥王、あなたは……」
エタナールは次第に苛立ちを露わにし始めた。彼女は、今までの厳然たる世界の理が、他の次元の干渉によって脅かされることを恐れていた。また、次元の外の世界の技術や情報が冥界に流入し、冥界に力をつけられることを嫌っていた。
事実、冥王は新たな次元との通路ができたことをニュージェネレーションの幕開けだと言い、リアルのことはリアルのこととして、積極的に異次元との交流はしていきたいと言っている。
エタナールは、想定される様々な脅威に対抗すべく、リアルを倒した実績のある勝利の女神を天界に戻したかったのだ。
両者とも一切妥協のそぶりを見せない。
このままでは天界と冥界の戦争になりかねない。それこそ世界の理が失われることとなろう。
意を決して、ミナは訴えた。
「エタナール様」
「何か」
「ここは、最高神様にご裁断を仰ぐというのはいかがでしょうか?」
「最高神様に……?」
にわかに、場の雰囲気が変わった。
「でも、それは……」
エタナールが呟き、少しばかりうつむいて考え込むそぶりを見せた。
「何を言うか。天界神様は最高神様の代弁者。最高神様の絶対の信を得ている天界神様のお言葉こそ、最高神様のお言葉と心得よ!」
ルチアが、先程スビーダに見せていた駄々っ子のような態度とは打って変わって、芯の強さを感じさせる力強い口調で言った。
「それは違うわ。ルチア。前例のないことであれば、最高神様のご判断が前例となる」
ミナの反論に、ルチアが唇を歪めた。
「……じゃが、最高神様のお言葉を聞けるかどうか……」
ルチアが上目遣いでエタナールに視線を移す。
「あん、そうよ。あっ……気持ちっ……んはあんっ……。最高神様は、滅多にお姿を現さない……。だから、エタナール様が……ずっとお一人で……はあぁぁんっ……! 背負ってこられたのよ……あんっ、あんっ」
リップルーナが巨大な手をミナに回し、髪を撫でながら喘いだ。ミナはその手を振り払うと、リップルーナは一際大きな喘ぎ声を会議室に轟かせ、アヘ顔でビクンビクンと悶絶した。一同無視した。
冥王は、言いたいことは全て言ったと言わんばかりに、押し黙っていた。
「エタナール様、このままでは天界と冥界は戦になります。どうか最高神様にかけ合って下さい」
ミナは力強く訴えた。
「冥王も、それで」ミナが冥王の方を向いて言いかけたところ、言葉を遮って「ミーはそれで構いまセーン。最高神が言うのであれば従いマース」と言われた。
「白々しいことを。もし、最高神様がウィーナを生き返らせ、次元の裂け目を我々に管理させるよう仰せになったら? それこそあなたは従わず、戦いとなるのでは?」
エタナールが冥王をキッと睨みつけた。
「従いマース。冥界男児に二言はありマセーン」
「……分かりました。あなたが冥界を守りたければ、今の言葉を忘れないことです。最高神様にかけ合いましょう」
エタナールが腰を上げた。
「天界神様!」
ルチアも共に立ち上がり、エタナールにつき添おうとするが、エタナールはそれを静止した。
「ルチア。大丈夫です。最高神様ももう既にこのことを分かっておられることでしょう。すぐに終わります。それまで、冥王のお相手を頼みます」
エタナールはルチアに優しく微笑みかけた。
ミナはエタナールに楯突くような意見を言ったことを若干後悔していた。
しかし、天界と冥界の取り決めの曖昧な部分の問題、更には次元の裂け目という、前例のない出来事や冥界でのかつてない危機。更には死んだ勝利の女神の復活。
このような事例への判断は一つ誤ると取り返しのつかない事態を招きかねない。たとえそれが全知全能と言われる天界神エタナールの判断だとしても、それが正しいかは限らない。だとしたら、誰もが納得し得る判断を下せるのは、最高神しかいない。ミナは思ったのだ。
そのようなミナの心情を察したように、エタナールはミナにも微笑みかけた。
「ミナ。ありがとう」
「あ、はい……」
不意に礼を言われ、ミナは思わず言葉が上ずった。
「大丈夫です。最高神様のお言葉を歪めたりはしません」
「そ、そんな……!」
動揺するミナをよそに、エタナールは他の神々を見回した。
「リップルーナも、フォゴーも、ゼルバドルも、ロードも、後はよろしくお願いします」
そう神々に言葉をかけ、エタナールは会議室を後にした。
「眠い! アイムベリースリーピー!」
扉が閉まってすぐ、冥王が大きな欠伸をかました。ミナは冥王をきつく睨んだ。
◆
天界神エタナールは、秘書的な役割を担う大天使コスモエルを伴い、最高神との対話ができるとある場所へと向かっていた。
「エタナール様、よろしいのでしょうか……」
コスモエルが不安げに問う。
「最高神様はとてもお優しく、それでいて孤独なお方。あのお方を悩ませるようなことは私が引き受けたいのですが……。私も、今回は流石に迷いました」
エタナールは自嘲の笑みを浮かべながら「最高神様……」とつぶやき、それきり黙ってしまい、ただ最高神と対話のできる場所へと歩みを進めた。
◆
一時間程でエタナールは会議室に戻ってきた。
そして、最高神の決定により以下のことが決まり、エタナールの口から六人の神々と冥王に伝えられた。
次元の扉は勝利の女神・ウィーナの神器の一つである『破理の指輪』、その最も危険な赤信号の力によってできたもの。最高神が一時的にウィーナの力を代執行し、その力を持って次元の裂け目を修復して別次元とは行き来できないようにする。
そのため、ウィーナは復活させる必要なし。あくまで冥界の為に戦い、リアルと相打ちになって戦死した彼女の遺志を尊重し、その魂は冥界に留め置き、冥王が管理する。
勝手に天使を遣わし、冥界の魂を連れ去ろうとしたのは天界側の越権行為であり、事前警告したにも関わらず従わなかった天使達を殺害したのはやむを得ないものとする。冥界側に謝罪の必要はない。
人質のアツアーは速やかに冥界側に返還すること。
冥王は上記のことを承諾し、交渉はまとまった。
争いは回避された。




