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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
エピローグ
94/98

第93話 天界の神々

「エタナール様。コスモエル、只今参上致しました」

 遥か天空に存在するという、神々の住まう世界、天界。

 その頂上にある天界神・エタナールの神殿に大天使・コスモエルが参上した。

 コスモエルは頭に光る輪を掲げた金髪の女性で、背中には純白の天使の翼を有している。正に下界の神話に伝わる天使そのものの姿をしており、神々に仕える天使一万人の頂点に立つ『大天使』であった。

「ご苦労様」

 膝を折るコスモエルに声をかけた人物。コスモエルに後ろを向いたまま、眼前に広がる泉を覗き込んでいる。腰まで伸ばした光り輝く金髪。シンプルながらも裾など各所に金の煌びやかな刺繍が入った、背中を大きく露出した純白の衣装。そして頭部に被る黄金のサークレット。

 コスモエルは相対する相手、天界神エタナールが纏う神聖なオーラに思わず息を飲んだ。

 コスモエルは泉を遠目に眺めた。水面には、星々が輝く宇宙が広がっている。

 エタナールは手にした杖を静かに泉へ向けると、水面に映る宇宙は消え去り、青々としたただの水へと戻った。

 エタナールが長い金髪を揺らして、ゆっくりとコスモエルに振り向く。均整の完璧に取れた、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい位の美貌がそこにはあった。

 エタナールは静かにこちらへ歩み寄る。女性としては大分長身であるコスモエルでさえ、頭一つ分くらいの身長差がある。エタナールは天界を治める神にして全知全能の女神。『最高神』より天界神の位を与えられ、最高神に成り代わり、天界・下界・魔界・冥界、全ての世界の神羅万象を管理・監督する使命を担っている。

 最高神と直接会い、その声を聞くことができる唯一の存在であり、他の神々や天使、天界人にとっては実質的にエタナールが最高神なのである。

「コスモエル」

 跪くコスモエルをエタナールは青い瞳で見下ろす。

「ハッ」

「勝利の女神ウィーナが……死にました」

 エタナールは重々しく、悲し気に言った。

「ウィーナ様が!?」

 コスモエルが驚愕してエタナールを見上げる。ウィーナは天界の神々の中でも、天界神エタナールの側近である最高位七神の一人である。コスモエルは信じられなかった。まさかあの圧倒的な強さを誇る勝利の女神が死ぬなんて。それに、最高位七神に欠員が出るなど、それこそ天界始まって以来の、前代未聞の出来事ではなかろうか。

「コスモエル」

「ハッ」

「他の六神達に、急ぎ我が下へ集まるよう伝えなさい。これはいかなる使命にも優先することである、と」

 言いながらエタナールは杖をかざすと、青白い光に包まれた六通の書状が表れ、ゆっくりとコスモエルに向かって落ちていく。

 コスモエルは両手を伸ばし、それを恭しく受け取った。

「かしこまりました……。エターナル様」

「何ですか?」

「なぜ、ウィーナ様は?」

 コスモエルの問いに対し、エタナールは少しの沈黙を置き、口を開いた。

「……そうですね、あなたには話しておきましょう。ウィーナは、我々の次元とは異なった次元からの侵入者により殺されたのです」

「異なった次元からの……?」

「そうです。この天界や、下界、魔界、冥界……。この世の理を形成している全ての世界とは、別の系列を辿る、無数に並行せし別の次元から来訪した存在。彼女はその者を倒しましたが、相打ちになったのです」

「それは、何という……」

 言葉が出なかった。聞いたこともないような話である。これから、この天界や、他の世界はどうなってしまうのか。コスモエルの想像には及ばないところだ。

「今話したことはまだ誰にも言ってはなりません。私とあなた、二人だけの秘密にしておいて下さい。他の六神にも話してはなりません」

「ハッ」

「では行きなさい。大天使コスモエル」

「ハッ!」

 コスモエルは深々と頭を下げ、泉の間を後にした。



 神兵が跨るペガサスに引かれた空飛ぶ馬車が、雲に浮かぶ天界裁判所にやってきた。

 馬車に乗っているのは上級天使ヴァラエルと、護衛を務める数名の神兵。

 大天使コスモエルの命により、裁判所にいる裁きの女神・ミナをエタナールの神殿に送迎するため、迎えに上がったのである。

 ペガサスはゆっくりと下降し、雲の上にふわりと降り立った。

「ヴァラエル様、到着しました」

 御者を務める神兵の呼びかけに応じ、ヴァラエルは立ち上がった。

「あなた達はここで待ってなさい」

 ヴァラエルはそう護衛の兵達にいい、背中の翼を広げて馬車から飛び出した。太陽の光に照らされ、頭上の天使の輪が輝く。

 そこは、神殿のような佇まいをした建物であった。エンタシスの柱の間を進むと、門番の神兵が声をかける。

「これは、ヴァラエル様」

「コスモエル様の命により、天界神エタナール様からの書状をミナ様に届けに来たの。ミナ様に会わせてちょうだい」

 ヴァラエルは書状の入った筒をちらつかせた。天界神という言葉を聞いて、門番が仰天する。

「了解しました! お待ち下さい!」

 門番の一人は裁判所の中へ走っていき、もう一人の門番はヴァラエルを応接室へ案内した。

 ソファーに腰かけてしばらく待っていると、ドアを開けて入ってきたのはハンチング帽を被ったコート姿の、パイプをくわえた青年だった。真実の神・ギルファスである。最高位七神の一つ下の位である、高位三十三神の内の一神であった。

「ギルファス様?」

 ソファーにでかい態度でもたれかかっていたヴァラエルは慌てて立ち上がり頭を下げると、ギルファスは口のパイプを手に取り「ああ、いいよいいよ」と言って向かいのソファーに座った。

「エタナール様からの書状だって?」

「はい。コスモエル様から預かって参りました。ミナ様にお渡ししたく……」

 ギルファスは少しばかり困ったような表情をした。

「ミナ様は今、裁きの仕事をしてらっしゃるんだ。お会いになることはできないな」

「裁き? 裁判ですか?」

「いや、略式だけど……。量が多いってことで、集中したいから誰も入るなと」

「お言葉ですがギルファス様、これは全ての事柄に優先すると、エタナール様からの仰せです」

「エタナール様の?」

「はい、コスモエル様がそう言ってました」

 ヴァラエルは筒を取り出し、押しの強い口調で言った。

 ギルファスはパイプを口にくわえ、フッと白い煙を吐いた後、ヴァラエルから書状の入った筒を受け取った。

「分かった。俺が話してくる」

「お願いします」

 ギルファスは立ち上がり、コートを揺らしながら応接室を後にした。



 ギルファスは裁きの女神・ミナの執務室の前までやってきた。

 入るなと言われてドアを叩くのは気が乗らないが天界神直々の書状、しかも最優先事項と言われては仕方がない。

 ギルファスはドアを二回ほどノックした。

「誰?」

 ミナの声が聞こえてくる。

「ギルファスです。今しがた使者がやってきて、天界神様からの書状を預りました。急ぎミナ様にお渡しするようにと」

「ギルファス、朝私が言ったこと聞いてなかった?」

「いや、誰も入るなってことは聞いてましたが、これは最優先事項ってことです」

 ギルファスのその言葉を最後に、しばらくの間沈黙が場を支配した。

 十数秒の後、入っていいとのミナの声が聞こえてきた。

「失礼します」

 ギルファスがドアを開けて執務室へ入った。

 正面のデスクに最高位七神の一人、裁きの女神・ミナは座っていた。淡い栗色の髪に、大きく丸い水色の瞳の目を持つ、利発な印象を受ける女性の姿をしている。首元や袖口に黒い毛皮をあしらった白銀の装束の上に、深緑の胸当てを身に着けていた。

 左右のデスクには、法曹の姿をした理の女神・リネンと、法の女神・セナスが山のように積み重なった書類を仕分けしている。彼女達二人は、高位三十三神の下に位置する、六十神の内の一角である。

「天罰、天罰、天罰、天罰……」

 ミナはそう言いながら、セナスから受け取った書類に片っ端から判を押している。

 彼女が「天罰」という度に、手にする判子が黄色い光を帯び、書類に印を押すたびに、ジュッと白い煙が立ち登る。

「ミナ様」

「天罰、天罰……」

 ギルファスの呼びかけを無視し、ミナは黙々と書類に判を押し続ける。

 ギルファスは顔をしかめ、部屋の隅にあるソファーに向かった。手を触れるとまだ温かく、隅に栗色の髪が一本落ちている。

「天罰、天罰、天罰……」

 そしてギルファスはミナの机の横まで歩き、黙々と作業を続けるミナの机の裏側へと手を伸ばした。その手には、広げて伏せてあった本が握られていた。

 ギルファスはしかめっ面のままその本を表側にひっくり返し、内容を確認する。

 漫画だ。

 ミナが手を止め押し黙る。

「『逆転サイパン』ですか。もう新しいの出てたんですね」

 そう言いながら、ギルファスはソファーの方を向いて続ける。

「私が部屋に入るまで、ミナ様はそこのソファーに寝転がって漫画を読んでいた。そして、私がドアをノックして開けるまで不自然な間があった。慌ててこの机に座って、読みかけの漫画をこの下の部分に隠して、さっきから仕事をしていた風に装った」

 ミナはふてくされた顔で黙ったままだ。ギルファスは漫画を閉じて、静かに書類の上に置いた。

「集中したいって、漫画を読むのにってことだったんですか?」

 ギルファスが呆れて言うと、ミナはむっとした顔で、椅子に大きく寄りかかり、机の上に両足を投げだした。太ももまで覆う、細く黒いブーツがスラリとした長い脚を際立たせている。

「何よ。悪い? ちゃんと全部の案件を滞りなく裁いてるんだから。余った時間で何しようが構わないでしょ」

 ギルファスはミナが処理した書類に目を通した。

 下界の様々な人物や事柄に対して、裁きを承認するミナの刻印がなされている。

 書類の内容は、全て横にいるセナスとリネンに目を通させ、自分は判を押しているだけらしい。

「よく内容も見ないで裁いて大丈夫なんですか? 見た感じ怪しげなのもありますが」

「大きなお世話よ。こんな些末な案件私がいちいち判断するわけないでしょ。あなたに言われたくないわ。真実の神(笑)の滅茶苦茶な推理を信じたおかげで、とんでもないミスジャッジをするところだったの、忘れてないわよね?」

「うっ……。それは……」

 痛いところを突かれた。

 以前、ある下界の事件に対して、ギルファスは自信たっぷりの推理をミナに披露した。ミナはギルファスが明らかにした真実に従い、裁きを行おうとした。だが天界神エタナールからの指摘により、その推理が間違っていることが発覚したのである。危うく無実の者に天罰を下すところだったのだ。神がそのような間違いを犯すなど、あってはならないことだった。

「まあいいわ。エタナール様の書状ですって?」

「はい。こちらに」

 ミナは書状に目を通した。そして少し首をかしげる。

「最高位七神は、すぐにエタナール様の神殿へ集まるように、だって。と言っても、今はウィーナがいないわけだから、六神だけど……。何があったのかしら」

「分かりません」

「七神の私が知らないんだから、三十三神のあなたが知るわけないでしょ」

「すみません。迎えの馬車はもう来てます」

「分かったわ」

 ミナは面倒臭そうな様子で漫画を持って立ち上がり、セナスとリネンに「後は頼むわね」と声をかけた。

「かしこまりました」とセナス。「行ってらっしゃいませ」とリネン。

 ギルファスはミナの後に続こうとしたが、彼女から判子を渡されて、書類に押しておくように命じられてしまった。

「何で俺が……」

 ギルファスは執務室を出るミナの背中を見送り、渋々セナスから渡される書類に印を押し続けるのだった。


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