第92話 ファイナルアタック
ウィーナが抱えている冥王の首を、すっと放すと、冥王は首を漆黒のオーラに包みながら宇宙をたゆたう。
「きえええええいっ!」
ウィーナが甲高い掛け声を上げ、リアルに突貫する。リアルも加速して双剣を振りかざす。両者火花を散らしてすれ違う。再び両者加速して突撃。両者が衝撃波を残してすれ違う。
「冥魔獄炎波!」
冥王が口から漆黒の炎を放射する。剣を交差して防御するリアル。炎が彼を起点にV字に分かれる。その脳天にウィーナが急降下。リアルが急上昇。両者加速して突撃。互いが互いに肉を斬り裂き合う。
「ぐっ!」
「がっ!」
霊鎧サリファを突き破り、腰から出血を伴う。聖剣ジークは相手の礼服を切り裂き、腹部の一部分を切り裂いた。敵の傷跡から無機質な空洞が除く。相手が体勢を立て直す前に、なけなしの回復魔法を即座に唱え、傷跡を塞いだ。
ウィーナの有効打を無駄にすまいと、冥王も即座に動いていた。その首だけの身体でリアルに肉薄し、腹部の傷口に噛みついたのである。
「冥王っ……!」
苦々し気に吐き捨てるリアル。首を振り解こうとするが、ガブリと噛みついた冥王の顎の力がそれを許さない。冥界の頂点に君臨する者の、威厳を捨てた意地であった。
「ウウウウウウッ!」
冥王がうめきながら体中を漆黒の炎で燃やし尽くす。距離を置いたウィーナの場所からでも伝わる激しい熱気。己の命を燃やしているのだ。
「冥王! 貴様、死ぬ気か!」
ウィーナが叫ぶ。
(元より覚悟の上デース!)
ウィーナの頭の中に冥王の声が響く。
(貴様は冥界の王だぞ!)
(あなたの為なら!)
(馬鹿を言え! 軽々に命を捨てられる身分ではあるまい!)
(ユーだって勝利の女神でしょう!)
(元、勝利の女神だ!)
リアルは体中を漆黒の剛炎で燃やしながら、冥王を引き離そうとしているが、彼自身も長期戦によって力を相当に消耗しているらしい。それができないでいる。
「ハアッ!」
ウィーナは聖剣を鞘に納め、両手に魔力を込めて掌を正面にかざした。
冥王とリアルの両人がそれぞれ別に結界に包まれる。両者を燃やしていた黒い炎は一瞬にして消化される。
「マイハニー!」
「ぐ……」
冥王は驚愕し、リアルは結界を出ようと剣を突き出す。力をふり搾っており、手を震わせている。
そこでウィーナは、左手をかざしてあえて結界を解除した。
「なっ?」
結界を突き破ろうと頑張っていたリアルは、急に結界が消滅してせいで勢いあまり、つんのめって前傾姿勢となった。
「はあああああっ!」
その隙にウィーナは右手をかざし、光属性の攻撃魔法である光線(ウィーナの得意とする攻撃魔法の一つだ)を、『速射可能な最大出力』で撃ち放った。
シンプルだが破壊に特化された、極太の光線がリアルに迫る。
直撃。
冥王星の上で、眩いばかりの大閃光が巻き起こった。ウィーナはすぐさま冥王を囲んでいる結界も解除した。
その直後、光の爆発の中から赤い剣が飛び出て、ウィーナに向かってカーブを描いて迫ってくる。
「しまった!」
剣を納めているので打ち払うには間に合わない。ウィーナは両手をかざして全面にシールドを展開する。
剣はドリルのように回転がかかり、前方のシールドを貫かんと迫ってくる。
「ぐぐぐ……」
ウィーナは全身全霊をもって壁を維持するが、徐々に剣はシールドに食い込んでいく。
今青い剣もやってこられたらまずい。
案の定、背後から気配。唸りを上げて飛来する青い剣。しかし。
「Hey!」
冥王が青い刀身に噛みつき、真剣白「歯」取りをやってのけた。
(助かる冥王!)
(言ったはずデース! 首だけの方が却って身軽だって!)
力みながらも、心の中での言葉を交わす。
ウィーナと冥王が必死に剣を押さえていると、閃光が収まり、その中央にリアルの姿が現れた。彼は苦々しげな表情で、腕を交差して身を守りながら、体中から煙を上げていた。
「うおおおおおおっ!」
リアルが緑色のオーラで全身を包み、両手を頭上にかかげた。
すると、冥王星の遥か天空、漆黒の宇宙に光の亀裂が入り、傷口のように一筋の空間がぱっくりと刻みこまれる。そこに映るのは。
「冥界?」
剣を抑えながらウィーナは空の傷跡を見た。そこからのぞく黄色の幕は、ウィーナが破理の指輪の力で呼び出した、冥界を修復する光の幕だった。
(この次元と冥界を繋げたんデースか?)
青い刀身を噛みながら、剣と格闘している冥王の声が頭の中で響いた。
その傷跡から、何かの物体が一つ落ちてきた。それは、時計塔の頂上で取り合いをした黄色いネジだった。
ネジは光を帯びて、本来の姿であった黄色い刀身の剣へと姿を戻し、リアルの手に納まる。
「リアリー」
リアルが呟くと、彼の身体から、聖とも邪ともつかない、無機質極まりない純然たる力のオーラが無尽蔵に放出されていくのが分かった。
その瞬間、ウィーナのバリアを貫かんとしていた赤い剣がパッと消滅した。
そして、冥王が食らいついていた青い剣もパッと消滅した。
二本の剣は、黄色い剣を掲げるリアルの周囲にワープしていた。そして、その赤と青の剣は、それぞれの色に輝く光を放ち、黄色い剣と重なり合った。
「ケリをつける!」
リアルの凛とした宣言。その手には黒い刀身の長剣。鋭く剣を薙いで空を切ると、彼の周囲に渦巻いていたオーラは全て黒い刀身に吸い込まれ、真っ白な光に染め上げる。刀身の周りには青白い稲妻を纏う。
「行くぜ! 冥王! 勝利の女神!」
ウィーナも聖剣ジークを構え、残り少ない余力を全て剣へと注ぎ込む。
「マイハニー! ミーも力を貸しマース! 持ってけバンディッド!」
冥王がウィーナの元へ飛んできて「ミーがユーの翼となりマース!」と言うと、彼の首が魔王を思わせる漆黒の翼となる。禍々しい造詣だ。
そしてその翼は霊鎧サリファの背中の装甲版から生えている光の翼の代わりに貼り付いた。その瞬間、背中から凄まじい冥王のパワーがウィーナの身体に雪崩れ込んできたのだった。
(これは?)
沸き起こる力にウィーナは少しばかり動揺した。
(こうすることによってミーの力を全部ユーに注ぎ込みマース! 数日前、図らずもアツアーと合体して戦いマーシた! ワーパというウチの宮廷魔術士が使った不思議な術デース。それの応用でーす! 一介の宮廷魔術士ができてミーにできないはずアリマセーン! ミーだって遊び呆けているように見えて日々成長してるんデース!)
(今はその話はいい!)
(名前は『アメリーナ』なんてのは……)
(今はいいと言ってるだろうが!)
ウィーナはツッコミを入れながら、聖剣ジークを構えた。冥王のバックアップを得たことで倍近くの力が剣に注ぎ込まれる。
リアルの方も準備完了といった具合で、既にこちらへ切っ先を向けている。
(天界流剣術・勝ち斬り!)
(ディメンションスラッシャー!)
「きえええええええっ!」
「だあああああああっ!」
両者の心の声が頭の中で交錯し、両者の剣が最後の交錯を演じる――。
ウィーナとリアル、冥王星の上でぶつかり合った両者最強の技。
その結果は。
聖剣ジークによって下半身を切断され、上半身だけとなったリアル。
そして、黒い剣が胸に深々と突き刺さり、背中まで突き出ているウィーナ。
(マイハニー!)
頭の中で響く冥王の声も霞む。
ウィーナと冥王、両者の全力を傾けたの渾身の一撃、リアルに一歩及ばず。
胸から、口から熱い血が溢れ出る。ここで終わるのか。
まだだ。まだ終われない。ここで終わったら、今まで自分のために死んでいった部下達は。冥界は。
そう思ったとき、ウィーナの血まみれの手は、胸に刺さった黒い剣をつかんでいた。
◆
「お~っほっほっほっほっほっほ!」
「お~っほっほっほっほっほっほ!」
「お~っほっほっほっほっほっほ!」
「お~っほっほっほっほっほっほ!」
ロシーボット1号の周囲360度から、ファウファーレのクローン達の高飛車な笑い声が響き渡る。
巨大なクローンをいくら撃墜してもきりがなかった。いくらでも亜空間の向こうから代わりのファウファーレがぞくぞくと現れる。オリジナルのファウファーレは、ロシーボを値踏みするかのように冷酷な目線で見下しながら、高みの見物を決め込んでいた。
「こ、こんなことならあんな風にカッコつけなきゃよかった……」
ロシーボがアラームの鳴り響くコクピット内で、後悔の念を漏らした。
レーザーガン、レーザーソード、六連ミサイルポッド、オートホーミングビットシステム、マシンに搭載されたあらゆる武装を使い尽くしても、敵は一向に減っていかない。
逆にこちらは敵の攻撃を少なからず浴び続け、機体が徐々に破損していく。
「だけど! 科学の力さえあれば俺だって戦える! 何の取り得もない駄目な俺を、ウィーナ様が認めてくれた。他の誰でもなく、俺にだけできる戦い……」
ロシーボは、レーザーソードを構え、オリジナルのファウファーレに突撃した。
「さようなら」
オリジナルのファウファーレが冷酷にささやく。
ファウファーレは既にロシーボの動きを見切っていた。戦術的に無知で戦闘プログラムに依存しきったロシーボの行動パターンを、クローン達を使い潰すことで既に把握していたのだった。
ファウファーレは、攻めあぐねて焦ったロシーボが接近戦をしようと距離を詰めてくるのを見越して、クローンを自分の周囲に呼び寄せていた。
無数のファウファーレ達が両手を構えて、雷撃の魔法を放つ。
「わあああああああっ! 冥界男児を舐めるなああああああっ!」
ロシーボは一切減速することなく、正面にバリアフィールドを展開し、雷撃をかき分けながらレーザーソードを構えファウファーレに突っ込む。
戦術的に拙いロシーボが、読み合いや駆け引きでファウファーレに勝てる道理などなかった。
愚直に直進するロシーボに、無数の雷撃の洗礼が駆け巡った。
「ウィーナ様あああああっ! ニチカゲ殿おおおおっ!」
ロシーボは震える左手で機体を守る唯一の生命線、バリアフィールドを解除した。
「ぎゃあああああ!」
当然の結果として、ロシーボット1号の機体は雷撃を派手に浴びる。
「父さん、母さん、みんなああああっ!」
たちまち機体は激しく損傷し、あちこちから小爆発が巻き起こる。限界だった。
「俺は負けない! レーザーソード、リミッター解除!」
ロシーボは苦痛の中、涙目になりながらも、左手でコンソールを操作し、バリアフィールドを解除したことで生じた余剰エネルギーの全てをレーザーソードの出力へ転用した。
構えているレーザーソードの刀身は太く伸び、周囲に青白いエネルギーの稲妻が発生する。
そして、左手でのコンソール操作は放棄し、両手の渾身の力で操縦桿を突き出す。
その手に握るレーザーソードは、オリジナルのファウファーレの丁度胸元寸前まで迫っていたが、オリジナルファウファーレの長い前脚の蹄が、頭部のカメラアイを叩き潰し、その全身を止めていた。
「惜しかったわねぇ」
コクピットのスクリーンモニターに映ったのは、腕を組んでこちらを見下すファウファーレ。そして拡大された蹄の裏がモニターの視界を覆いつくし、砂嵐に混ざり、画面が暗転した。
「動け……」
既にコクピット内でも爆発は巻き起こり、超高温で溶解した金属が滝のように流れ込んでいた。
パイロットであるロシーボも、既に爆発した内部装甲の破片が腹部に突き刺さり、そこから腸が吹き出て、バイザーヘルメットのガラスの破片が顔に突き刺さり、左目しか開いていない状態だった。
それでも、前が見えない状況でも、前へレーザソードを突き出そうと力の入らない手で操縦桿を倒し続ける。
「ウィーナ様……」
ロシーボが掠れた声で漏らしたとき、コクピットが爆炎に包まれた。最期に、勝利の女神の部下に恥じない戦い方ができてよかったとロシーボは思った。きっとウィーナだって今頃、誇らしく戦っているのだろうから。
「お~っほっほっほっほっほ!」
爆発して消滅したロシーボット1号を前にファウファーレは亜空間で笑った。
「ロシーボなんてこの私の敵じゃないわ。今頃ウィーナもリアルが倒している頃……」
「そうよ。だってリアルに勝てる者なんて存在しないから」
クローンが妖艶に笑いながらオリジナルに応える。
「リアルにはこの私がいればいいの。だって私とリアルは愛し合ってるんだもの」
他のクローンもオリジナルの側へと飛んできて楽しそうに言う。
「その証拠に、次元十闘士なんてリアルの錬金術の力なんて何も授かってないじゃない。私がこの万能の力を授かったのは、私が選ばれた存在だから」
「新たなる世界の女王として」
「全てを支配するのは、リアルと私、二人だけで十分」
「圧倒的な力」
「永遠の命」
「永遠の美」
「無限の富」
「全ての上に立つ女王の地位」
クローン達が陶酔したように言いながら、オリジナルの周囲を飛んで回る。
「あんな惨めな死に方を一度はしたけど、こうして蘇り、今私は全てを手に入れたわ! ほ~っほっほっほっほっほ!」
再び高飛車に笑うファウファーレ。周囲で突如として異変が起きたのはそのときだった。
「う、ぐああああああっ!」
「ぐ、ぶえええええっ!」
「き、気持ち……ぐええええっ!」
突如、周囲のクローン達が口を押えて、次々に苦しみ、嘔吐し始めたのだ。
「な、何? 何なの?」
驚愕するファウファーレ。心が得体の知れない恐怖に包まれていく。
「ああああ、助けて……」
「苦しい……あああああっ!」
ある者は腕を交差して自分の胸を抱え込み、ある者は嘔吐を必死で口で押え、ある者は喉をかきむしり、ある者は頭を抱える。
「あ……あ……ああ……」
「い、嫌……そんなの嫌……」
クローンのファウファーレ達の体から煙が上がり、その肉体が焼けただれたようにデロデロに溶けていく。この醜い死に様は見覚えがあった。
サクスだ。
あの不完全な錬金術で造り上げた使い捨ての実験体。定期的なファウファーレのキスという制約を達成できず、体が腐り死んでいったサクスと同じだ。
「ねえ! ちょっとどういうことなのこれ?」
「私達がクローンだからなの? ねえ、嫌よこんなの!」
まだ体が崩れていないクローン達がオリジナルに殺到した。
「知らない、私だって知らない!」
オリジナルのファウファーレは目に涙を浮かべて首を振り、追いすがるクローン達から逃げ回る。
そうしていく内に、他のクローン達も時間差があるものの、同じように苦しみはじめ、リアルへの未練やオリジナルファウファーレへの呪詛の言葉を吐きながらドロドロに溶けて死んでいった。
「な、なんなのこれ……。私のクローン達が……。量産化計画は完璧じゃなかったの……。ねえリアル! どういうこと! 私がこの計画に自分の体を提供するのにどれだけの覚悟をしたと思ってるの? ねえ! 私だって自分の分身を作るなんて嫌だったのに!」
亜空間ではついにオリジナル一人だけになった。
ファウファーレは、死んでいった大量の自分の醜い死骸に囲まれながら、頭上を仰ぎリアルに叫んだ。
すると、ドクン、と、自らの胸の内から一際大きな鼓動。何かの始まりを告げるかのような不吉な鼓動だった。
まさか。
まさか。
「ウ、ウウウウッ!」
突如押し寄せる吐き気。
口から溢れ出る、緑色に光る液体。自らの胃の中からこんなおぞましい液体が吐き出されるなんて。
体中が熱い。息が苦しい。翼が、足が、腕が、体中がぼろぼろに崩れて溶けていく。
「ああああっ! そんな、嘘よこんなの! 嘘よおおっ……! リアルうぅぅ……!」
ファウファーレは、自分が死してもリアルに利用されていたことにようやく気付いた。
「あああ……。リアルぅ……リアルぅぅぅ……。酷いわよ……こんな……の……」
四本の脚が、両腕が、骨や内臓と共にボロボロと崩れ落ちていく。
「ウィーナ……様……。勝利の女神……。助けて……下さい……。リアルの……万能の力に……私は……」
最後にふり搾ったリアルやウィーナへの言葉だが、無論、亜空間で限りなく孤独な彼女である。その言葉は届くはずもなかった。
「アンヴォス……。アン……ヴォス……」
身体の崩壊は止まらない。脳が形を失うひと時を、彼女はアンヴォスを思い返すことに費やし、二度めの死を遂げた。あの三つ子達になぶり殺された一回目の死と同じように。
こうして、亜空間の戦いは、ロシーボとファウファーレ、その両者が死んだものの、勝敗ははっきりと別れた。
ウィーナと冥王を先に行かし、決戦の場へと送り届けたロシーボが、自らの役割と目的を果たしたことで、戦闘に負けて勝負に勝った形となった。
一方、ファウファーレは、ロシーボを倒し、全てが手に入ったと確信した瞬間、自らの望みが何一つ叶わないことを思い知らされた上で、不毛な死を遂げたのである。
◆
「ぐっ……とどめだ!」
上半身のみになったリアルが、こちらに掌を広げて魔力を凝縮させた。
駄目押しのとどめの一撃を放つつもりだ。
ウィーナは震える手で胸に刺さったリアルの剣を引き抜く。
引き抜かれた剣の先には、力強く鼓動するウィーナのみずみずしい心臓が突き刺さっていた。
「マイハニー!」
冥王が背中から離れ、再び首の姿になりウィーナに詰め寄る。
「これで……決める!」
ウィーナは聖剣ジークに向かって念じ、弓の形へと変化させた。
そして、一本だけ出現した矢を自分の心臓に深々と突き刺し、リアルに向けて弓を引きしぼった。
「冥王……」
「ファッ!?」
「ありがとう……」
「Why! 命ならミーが捨てればOKですのに! Why!」
首だけの冥王はウィーナの命を賭した一矢を止める術はない。
「婚礼の儀……生きて帰れば受けよう。お前も生きて帰れ」
口から血を流しながら、ウィーナは弱々しく言った。
それは、心臓を引き抜いた自分には既に、生きて帰る術がないことを分かった上での言葉だった。
その上で、命を賭けて共に戦った冥王に対して、最大級の賛辞を込めた言葉だった。
一瞬の感傷を捨て去り、ウィーナは力強く弓を引き、心臓の矢を放った。
解き放たれたウィーナの心臓から、女神の生命そのものといっていいエネルギーが放出される。
「だあああああっ!」
リアルも、とどめを刺すべく掌から紫色の衝撃波を放った。
冥王は、顔中に皺を刻み、気迫を感じる表情でその行方を見守る。
心臓の矢と衝撃波が両者の中間点で衝突。
しかし、心臓の矢は激しく鼓動しながら、リアルの放つすさまじい衝撃波を少しずつかいくぐっていく。
「くそ……。こんなもの……!」
消耗しきった体で、必死に矢を押し返そうとするリアル。敵ももう、とっくに限界を超えているのだろう。
霞む視界の中、ウィーナは既に自らの勝利が見えていた。しかし、残念ながら、実際にその光景を目に収める前に、自らの命が尽きるのが早いようだ。
既に自らの肉体のあちこちから光の粒が霧散して舞い上がっている。
「冥王」
「はい」
既に冥王は平常心で、威厳と重々しい雰囲気を纏い直していた。
ウィーナを失う覚悟ができているようだ。流石に、冥王を統べる者として相応しい胆力である。
「冥界に追放され十年少し……。悪くない……」
ウィーナは自らが霧散して霞んでいく中で、冥王に目を流し微笑んだ。
空いた胸中には、自らの命を燃やし尽くしたことによる、安らぎにも似た感情。そこには憂いも喜びもない。
「ありがとうございます。この冥王と、あなたに付き従った全ての戦士があなたを愛してます」
冥王はそう言って頭を下げた。
ウィーナは、安らかに微笑みながら、静かに消滅した。
勝利の女神の最期だった。
これで、この空間に残るのは冥王とリアル。二人だけ。
心臓の矢は、既にリアルの間近まで迫っていた。
放った主が死んでもなおその威力を失わず、リアルを貫かんと衝撃波をかき分ける。
後は。冥王として。彼女の死を無駄にしないためにも。
「この冥王と勝利の女神の名において! Go TO Hell!」
冥王は首だけの体にオーラを発生させ、幽体の牙を形成した。そして、その巨大な牙でリアルの体を食い付くように包みこんだ。
もちろんリアルもそれは分かっていたが、この状況でもはやリアルに冥王を防ぐだけの余裕はない。
「リアリー……十闘士……俺に力を!」
冥王の幽体の牙で動きを封じられたリアルは、目前に迫った心臓の矢の直撃を受けることとなった。
「これで、終わる……」
リアルはそうつぶやいて、心臓の爆発に飲みこまれた。光の中、金色の瞳を潤ませ涙を流しながら消滅していくリアルの姿を見た。
女神の心臓の爆発が収束し、そこに残ったのは限りない静寂。
一人残された冥界の王。
「そうデース。これでフィナーレ。The・Endデース」
冥王は悲し気に言い残し、先程リアルが作った冥界とこの次元をつなぐ傷跡へと飛び去っていった。
戦いは、終わった。




