第90話 破理の指輪・赤信号
いよいよ佳境!
ウィーナの掲げる指輪から、真っ直ぐに伸びる光の筋が八方から放出された。
周囲の全ての戦闘が止まる。
「姉上……。赤信号を……」
ウォーンは驚愕の表情で空中のウィーナを見上げた。
その真っ赤な光はウィーナの体全体を包みこんだ。そして、その光はリアルも包み、ウィーナと共に光り始めた。
「うっ、これは……。何の真似だ」
リアルが双剣を持つ手を眼前に構え、ガードを上げる。
そのまま両者は虹色に光りはじめ、二人の周囲の空間が揺らいだ。
「マ、マイハニー!」
冥王は胴体に二つの大穴を開けられ、キヌーゴの背中でぐったりと伏していた。
しかしウィーナとリアルの様子を見た冥王は、突如として側に落ちていた大鎌を拾い上げ、自らの首を断ち切ったのである。
「冥王様!」
キヌーゴが首を回して自分の背中を振り返る。そこには自らの首を小脇に抱える首なしの冥王がいた。
「冥王様! 何を!?」
キヌーゴは目玉をひんむいて驚愕した。
「冥王様がどうしたって? うおっ! デュラハン!?」
そのときアツアーは、手負いのウォーンを援護すべく、リアリーと相対していた最中だったが、彼も冥王の様子を見て度肝を抜かれていた。
「マイハニー! 今助けマアアアアス!」
冥王の胴体が、ウィーナとリアルが包まれる七色の光の幕に、自分の頭を勢いよく放り投げた。
「冥王様あああっ!」
キヌーゴとアツアーが同時に叫ぶが、時すでに遅し。
ウィーナとリアル、そして冥王の生首は光と共にその場から消滅してしまった。
「お兄様!」
リアリーが叫ぶ。
「姉上!」
ウォーンも腕の傷口を庇いながら叫んだ。
静寂。
三人とも消えてしまった。
一体どうなったのかは分からないが、各々が自らの戦いを続ける以外にできることはない。こうなった以上、敵はリアリーただ一人。
「ウィーナ様……。ハチドリ……」
ジョブゼは時計塔の頂上からその様子をただ呆然と眺めることしかできなかった。
そのとき。
背後から気配を感じて咄嗟に身をかわす。頬をかすめる斬撃。
斬撃の正体はサーベルだった。
細身のサーベルを構えた、片目を前髪で隠した線の細い男が鋭い視線を向けていた。
「お初にお目にかかります。次元十闘士が一人、シュレーダーと申します」
礼儀知らずの不意打ちの割には、礼儀正しい挨拶だった。
しかし、ジョブゼにとって相手の名前などどうでもよかった。左手の手斧を床に落とし、小脇に抱えたネジをしっかりと握り、相手には渡さないという意思表示をしてみせる。
「へっ!」
ジョブゼは鼻で笑い右手の長剣をシュレーダーへ構えた。
「不覚です。急いで決戦の場へ臨もうとしましたが、こうも到着が遅れるとは……。この様子では、十闘士も私とあと一人を残して全てやられたようですね」
「ああ、そうだ」
ジョブゼはそっけなく答えた。
「我々の同志を殺した報いを受けて頂きます」
「テメーらも随分とこちらの仲間を殺してくれたじゃねえか」
ジョブゼは唇を歪めて笑った。たった今死んだハチドリや、ファウファーレの策によって葬られたチューリーのことを思いながら。
「それは確かに……。お互いさまというわけですね。では、参ります!」
「行くぜっ!」
ジョブゼとシュレーダーはネジを賭け、剣とサーベルで火花を散らした。
「ぐはああああっ!」
リアリーの放った火球。冥界の王都を火の海に沈めた恐るべき火球がキヌーゴに直撃した。
巨竜は天に向かって野太い悲鳴を上げ、背中の冥王の胴体と共に、炎に包まれ墜落していった。
「爺さん!」
「うわあああ!」
ウォーンとアツアーも、たまらずキヌーゴの背中から飛び降り、遥か地面へと墜落していく。
「ぐ……。なんて強さだあの妹さん……。どうかしてんじゃないの……」
真っ逆さまに地面へと叩きつけられたアツアーは、口から血を吐きながら愚痴った。
キヌーゴは真っ黒こげで、白目をむいてピクピクと痙攣していた。そして、真っ白な煙をモクモク吹き出し、巨竜の姿から、元の小柄の老人の姿へと戻ってしまった。
空中のリアリーは、ジョブゼとシュレーダーの一騎打ちに割って入るべく、時計塔の頂上へ飛来せんとする。
「まずい!」
アツアーはすぐに身を起き上がらせ、時空の塔へと疾走した。
「ジョブゼさんが危うい……」
アツアーと共に地面に叩きつけられていたウォーンも、僅かな隙に自らに回復魔法をかけ、アツアーの後を追おうとした。
「待てい!」
背後から老人の声。
振り返ると、筋骨隆々で道着を来た格闘家風の男性が仁王立ちしていた。
「お前は……」
「ワシは次元十闘士最後の一人、ゼロテーヴ。ワシがお相手いたそう。貴様の全てを賭してかかってくるがいい」
ゼロテーヴの放った拳から衝撃波が放たれ、ガードしたものの、ウォーンは吹き飛ばされ、遥か背後の岩盤に叩きつけられた。何の拳法かは分からないが、凄まじい威力だ。
「うう……」
ウォーンが体勢を立て直そうとすると、既にゼロテーヴはこちらを見下ろすように、すぐ前に立っていた。
「ハアアッ!」
「わああああっ!」
再びゼロテーヴの拳が襲う。
ウォーンはやぶれかぶれで迎え撃った。
「未熟未熟未熟ゥ!」
「わああああっ! わああああっ! わあああっ!」
繰り返すがやぶれかぶれだ。
ジョブゼとシュレーダーは幾重にも斬り合いを重ねた後、両者間合いを取り、ネジが刺さっていた穴を中心にじりじりと足を擦った。
「その程度の実力で……。どうしてあなたがブリンターやボルーペンを倒すことができたのですか?」
シュレーダーは真っ二つに分かれたブリンターの亡骸に目線を移して言った。
ジョブゼは答えない。戦闘中、意味のない会話をする必要もない。
そのとき、攻撃のタイミングをうかがっていた両者に向かって飛来する存在がいた。リアリーだ。
ジョブゼは野性的な勘で、相手の次元の違う強さを感じ取った。そして、左手のネジを塔から投げ捨て、両手に握りしめた剣で相手の槍を受け止めた。渾身の力で。
「くっ!」
シュレーダーは、ジョブゼの動作ですぐに悟り、慌てて放られたネジが飛んでいくであろう方角へ走った。そして、塔から身を乗り出してギリギリでネジをキャッチした。
シュレーダーは穴にネジを差し込む。ネジは回転を始め、修復されていた次元が再び崩壊を始める。
「もう諦めれば? あなた達に希望なんてないの! みんな死ぬの! 全てなくなるの!」
リアリーは冷酷な笑みを浮かべジョブゼを嘲笑った。
「ぐぐぐ……」
ジョブゼは奥歯が軋んでヒビが入るほどに歯を食いしばるが、水晶の槍の穂先は確実に自分へと押し込まれていく。
「ここまでです!」
シュレーダーは無防備なジョブゼの首筋を、背後からサーベルで斬り裂こうとしたが、何者かが塔を上ってくる気配を感じ、咄嗟に後ろを向く。
それは、時空の塔の外壁を跳躍して、あっという間に頂上まで上がってきたアツアーだった。
「なっ……?」
一瞬の動揺を見せたシュレーダーだったが、すぐにアツアーを迎え撃つべくサーベルを構える。
「死ね」
そのとき、シュレーダーの背筋に寒気が走った。彼はアツアーと自分の圧倒的な実力差を理解したのだ。だから、瞬時に迎え撃つという選択肢を放棄し、回避という選択肢へと切り替える。
アツアーの神速の一振りは、すんでのところで空を切った。
シュレーダーは緊急避難的に、塔から飛び降りて地面へと落ちていった。
アツアーは構わずネジを引き抜いた。崩壊が止まり、再び時空は加護の光へ包まれる。
「しつこいのよ!」
リアリーはジョブゼを薙ぎ払い、左手から中型の火球をアツアーに放った。
身をかわすアツアーを尻目に、彼女はネジを突き刺した。時空が崩壊を始める。
「しゃあああっ!」
ジョブゼが斧を拾い上げ、剣と共にリアリーの真紅の髪へ振り下ろす。受け止めるリアリー。
アツアーがネジを引き抜く。時空が修復されていく。
「させません!」
シュレーダーが再び塔へ戻って来て、アツアーにサーベルを振りかざした。
しかし、アツアーはシュレーダーに二度チャンスは与えなかった。
アツアーはシュレーダーの剣の筋を一目で見切り、カウンターの一撃で、シュレーダーをあっさりと袈裟切りにした。
「がふっ!」
苦悶の表情で、シュレーダーは分割されたブリンターの死体の上に重なるように倒れ、絶命した。
「シュレーダー!」
リアリーの叫びが戦場に響き渡った。
「貴様あああ! 放さんか! このくたばり損ないがああ!」
ゼロテーヴが、足元にしがみつくキヌーゴを必死で振りほどこうとしていた。
ウォーンとの戦いの際に、戦闘不能と思われていたキヌーゴが乱入し、満身創痍の状態でゼロテーヴの足へとしがみついたのである。
「放せえええ!」
「うぐぐぐ……。ここで何としても冥王様への点数稼ぎをして、謀反の一件を挽回せんといかんのじゃああああ!」
「冥王は死んだのだ! 分からんか! たわけ! たわけ! たわけええええっ!」
ゼロテーヴはキヌーゴをげしげしと足蹴にしながら吐き捨てる。
「冥王様は死んではおらん。首が外れた程度で死ぬようなお方ではない」
「黙れ! まだ言うか!」
「うおおおおおっ! 食らえええええええ!」
ウォーンはその隙に、剣に闘気を注ぎ込み、全力の一撃を叩きつけるべくゼロテーヴへと疾駆した。これを外せば、ほとんど戦う力の残っていないウォーンとキヌーゴに勝ち目はない。これが最後のチャンスだろう。
「はあああ……」
ゼロテーヴは、キヌーゴを無視してウォーンへ注意を向け、体中のオーラを収束させ、洗練された構えを取った。
ウォーンは構わず、必殺剣の『クレッセントドライブ』を打ち込もうと突撃。
まさに両者が激突するそのときだった。
「はああああああっ!」
キヌーゴが最後の力を振り絞り、ゼロテーヴの股間を思いっきり握ったのである。
「アッー!」
ゼロテーヴは叫びにならない叫び声を上げた瞬間、ウォーンのクレッセントドライブが三日月形の弧を描き、ゼロテーヴの体に月食のように消し飛んだ。
「馬鹿なあぼっ……! あばばばあびばーっ!」
次元十闘士最後の一人、ゼロテーヴは断末魔と共に爆発四散した。
これで次元十闘士は全滅したが、ウォーンとキヌーゴはもはや全ての力を使い果たし、立つことすらままならず、時計塔を口惜し気に見上げることしかできなかった。
「ゼロテーヴ老師!? あなたまで!?」
遠くの爆発を見て、リアリーが驚愕の表情を作った。
「妹さん、残りはあんただけ」
時計塔の頂上。
上半身だけになって這いつくばるリアリーをアツアーが見下ろす形で対峙していた。
ジョブゼは屋上の床をぶち抜き、下のレバーがあった機械室に叩きつけられてぐったりとしていた。しかし、うずくまる彼は、引きちぎったリアリーの下半身をしっかりと握っていた。
アツアーは、戦いの中でリアリーの槍の一撃をもらったが、先祖代々伝わる真紅の鎧に助けられ、深手を負うまでには至らなかった。
正直、奇跡と言ってもいいだろう。アツアーより遥かに強いリアリーであったが、ジョブゼの命を厭わぬ援護のおかげで、彼女の半身をもぎ取ることに成功した。
しかし彼女は再生が可能だ。
このまま長引かせるわけにはいかない。ジョブゼの決死のアシストを無駄にしないためにも。
「負けない……。私は負けない……。お兄様のため……。私は、お兄様の目的を達成する為の重要なパーツ。次元の破壊を担う装置……。私は、果たさなければ……」
腕で地面を這いつくばるリアリーの、真紅のロングヘアーがわさわさと震えだした。
そして、髪は突如として伸びはじめ、うねりを上げてアツアーの全身に絡みついた。
「なっ!?」
咄嗟に反応して髪を幾重にも斬り裂いたが、手首に髪が巻きつき、自由を奪われる。
髪が収縮してリアリーの上半身が急接近し、アツアーに密着する。
髪の抵抗に負けじと腕力をふり搾り、リアリーの背中にミラージュソードを突き刺したが、彼女はそれをものともしない。
髪はアツアーの持つネジを絡めとり、再び頂上の穴に差し込まれ、時空の崩壊が進行する。そして、リアリーの両手がアツアーの首をしめる。
(死になさい!)
アツアーの頭の中でリアリーの声が響いた。
「ぐ……」
抵抗しようにも髪はますます絡みつき、もはや抵抗もままならない。呼吸ができず、意識が遠くなっていく。万事休すか。
そのとき、リアルとアツアーを中心として、床に丸い切れ目が走った。
その途端、時計塔の屋上の床が抜け、アツアーとリアリーはネジもろとも機械室へと転落する。
眼下には、息も絶え絶えの様子で、剣を振り下ろしたジョブゼが立っていた。
彼が床を丸く切り抜いたのである。
リアルとアツアーは瓦礫と共に、時計塔の内部構成の一つである巨大な歯車の上へと落下した。
一方、ジョブゼは瓦礫に混じって落ちてきた、リアリーの槍をキャッチした。
「うおりゃあああああ!」
すかさずジョブゼは、機械室の中央、レバーがすっぽ抜けた箇所にその槍を差し込み、レバーの代用品として、力強く押し倒したのである。
ごとり、と、重々しい音を立て、ゆっくりと歯車達が動き始めた。
リアリーの長くなった髪が歯車に巻き込まれ、歯車と歯車の間に吸い込まれて、リアリー本体とアツアーも引き込まれていく。
「アッ、アアアアアッ!」
リアリーが悲鳴を上げる。慌てて両手で歯車をつかむが、全く意味を成さない。
「くっ!」
アツアーも抵抗するが、リアリーの髪はまるで意思を持っているかのように絡みつき、アツアーを逃がさない。リアリーと共に歯車と歯車の間に吸い込まれていく。このままではリアリーの道連れにされる。
「アアアアアッ!」
リアリーは絶えず悲鳴を上げ、両手に凄まじい魔力を凝縮させ、歯車に掌を向けた。魔法で歯車を破壊するつもりだ。
しかし。
「うおりゃあああ! 死ねえええええっ!」
ジョブゼがリアリーに向かって走り、魔法の発動を妨害した。
右手で剣を振るいリアリーの左手首を切断し、同時に左手の手斧でリアリーの右手首を切断したのである。
「アアアアアアッ!」
その瞬間、リアリーの注意がそれた。アツアーはミラージュソードを振るい、髪の毛を細切れにして自らの自由を勝ち取った。
「アアアアアアッ! 貴様ああああっ!」
「ハーッハッハッハッハ! ヒャーッハッハッハア!」
強敵を打破する悦びに打ち震え、ジョブゼは狂的に笑う。
そして、リアリーがその表情を、恨みと怒りで歪ませながら、髪の毛ごと歯車に飲みこまれていった。
バキバキと嫌な音が聞こえるが、油断ならない。
ジョブゼとアツアーは歯車がかみ合う接点に向けて剣を構え、リアリーの復活を警戒した。
しかし、いくら待ってもリアリーはぐちゃぐちゃに砕けたまま、蘇りはしなかった。
(これで済むとは思わないことね……。私は崩壊の部品の一つでしかない。お兄様がいる限り、あなた達の……行く末は……変わらない……)
ジョブゼとアツアー、そして、時空の塔の周囲で突っ伏しているキヌーゴとウォーンの頭の中に、リアリーの声が鳴り響き、かすれるように消えていった。
ジョブゼは、レバーの代わりに刺さった水晶の槍を引き抜いた。
すると、水晶の槍はまるで氷が溶けるように融解し、時計塔は蜃気楼のようにゆらゆらと揺らぎ、ぼんやりと薄くなっていく。
「まずい! 降りるぞ!」
ジョブゼはアツアーに構わず、さっさと階段を折り始めた。
「ま、待てよおい!」
アツアーも後を追う。
「あんた死にかけの割には随分元気だな!」
アツアーが言う。
「どうも!」とジョブゼ。階段を下るペースは緩めない。
二人が塔から脱出すると、その場にそびえ立っていた時計塔はすっかりと消え去ってしまっていた。
そして、空は破理の指輪によって出現した神聖なる黄色い光に再度覆われ、亀裂の入った世界を修復しているところだった。
「はーっ!」
ジョブゼが剣と手斧を地面に放り投げ、そのまま倒れ込んだ。
そこによろよろとやってくるキヌーゴ。
「……やったか。疲れたわい」
彼の法衣は既にぼろぼろになっていた。
「爺さん」
アツアーがキヌーゴに向き直る。
「後は冥王様にお任せするしかあるまい……」
「しっかり点数稼ぎしてやんの。トイレ掃除から倉庫番ぐらいには昇格するんじゃない?」
アツアーはミラージュソードを鞘に収め、ニヒルに笑った。
「隠居したい……」
キヌーゴはその場にへたり込んだ。
そこから少しばかり離れた場所。
ウォーンは、戦いの余韻を味わいながら、一人、優しい光に包まれた冥界の空を見上げていた。
「姉上……。どうかご武運を……」
勝利の女神の弟の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。




