第87話 広がる波紋
リアリーの無差別攻撃により、冥界の王都のそこかしこは爆炎に包まれ、まさに世界の終わりの様相を呈していた。阿鼻叫喚の地獄絵図である。
「こおおおの! クッソチンカス小娘があああああっ! なああああにやっとんじゃコルァァァァッ!」
冥王アメリカーンは、煮えたぎる怒りによって、その顔を歪めに歪めていた。
首都の上空に存在する真っ赤なオーラ、その中央にいるリアリーに向かって全速力で飛翔する。
「死ねクソがあああっ! 冥王秘儀! 『大鎌の断罪』いいいいっ!」
冥王は自らが湛える暗黒の力を振り絞り、次元十闘士の魂を吸収して得た力をもつぎ込んだ。そして、その全てを大鎌に注ぎ込み、遥か遠方にいるリアリーに向けて全力の一太刀を振り下ろす。
リアリーが巻き起こした爆発群を遥かに超える力を持った漆黒の衝撃波が鎌から放たれ、冥界の空に荒々しい傷跡を引きながらリアリーに迫る。
衝撃波はリアリーを飲み込み、薄暗い天空を貫くように上昇し、広大な空に裂傷を残した。
しかし。衝撃波の爪跡から人影が出現する。リアリーだ。圧倒的な冥王の一太刀を受け、彼女の左半身は消滅していたが、彼女は涼しい顔をして残った右手に持った黄色い剣を冥王に振り下ろす。彼女の体の断面は、影のように真っ黒で、内臓や骨のようなものは全くない。グロテスクではないが、逆にそれが底知れぬ不気味さを漂わせる。
「お兄様の邪魔はさせない!」
右半分しか残っていないにも関わらず、圧倒的な剣技の応酬を冥王にたたみかけるリアリー。冥王も秘儀を出した後の反動からすぐに体勢を立て直し、大鎌で敵の剣を迎え撃つ。
「このクソアマがあああっ! 調子こきやがってええええっ! 我の愚民共の命をてめえらの都合で勝手に奪いやがってえええっ! 貴様には法の裁きはいらぬ! 兄共々、我自らが裁く! 我が作りし冥界の底の底の! もっと底の地獄で、百兆回の苦悶死を与えてやるぞ!」
冥王は怒りに燃えていた。自らが治める、死者の魂が集うこの冥界を、よその次元からきた者に蹂躙されたことに。もはやその口調にフランクな王族言葉など微塵もなかった。
「私もお兄様も命がない存在。それは無駄なことよ」
リアリーが剣を振りかざしながら、左半分が欠損した口で言い放つ。
「馬鹿が! 我は全ての魂の生死を司る冥王! 命ぐらいいくらでもその空虚な器に与えられるわ! それこそ百兆個の命もなああああっ! そのとき感じろっ! 死の苦痛の恐怖を!」
冥王が両目から漆黒のビームを発射。リアリーを射抜かんとする。しかし、リアリーはビームが当たる寸前にその姿を消した。
「何!」
その瞬間、また爆発。王都だ。
「何いいいいいっ!?」
敵は瞬間移動をしたらしい。リアリーは再び遠方の空に滞空し、下方に真っ赤なエネルギーの塊を発射していた。ここからでも冥界の民の悲鳴が聞こえてくる。
「冥王様!」
そのとき、城の方角から聞き慣れた声が聞こえてきた。大神官キヌーゴだ。
その姿は、いつもの小柄な竜族のものとは違い、巨大な翼を羽ばたかせた堂々たる巨竜であった。顔に刻まれた深い皺と、顎から生える白い髭から風格を感じさせる。
「キヌーゴ! その姿は! 久しぶりにそっちの姿になったんデースか!」
「冥界の一大事ですから! 普段は生活し辛いからこっちにはあまりならないんですがね」
キヌーゴが大地を揺るがすような低く響く声で応えた。
「冥王様! この終騎士アツアーも、決して話の流れとかではなく、義によって助太刀致します! この戦いを終焉に導くため!」
キヌーゴの巨大な背中に、アツアーも乗っていた。
「おお、アツアー! ユーも!」
四天王である彼らの増援に、思わず冥王は平静を取り戻し、普段の言葉使いを取り戻していた。
「冥王様! ここは私とアツアーにお任せを! 冥王様は女神ウィーナのところへ!」
「キヌーゴの爺さん、突っ込むぞ! 迎撃は俺が剣で防ぐ!」
キヌーゴとアツアーが言いながら、冥王に背を向けた。キヌーゴが巨大な翼を羽ばたかせリアリーの方へ向かいながら、紅蓮の炎を吐きかける。灼熱の炎がリアリーを飲み込み、すれ違いざまにアツアーがミラージュソードを振るう。
「あなた達の存在など何の障害でもない。全て予定通り!」
リアリーも負けてはいない。炎をものともせず、黄色い剣でアツアーと斬り合いを繰り広げる。先程失われていた左半身はいつのまにか修復されていた。
「お前達……」
冥王は彼らに感謝しながら、すぐさまウィーナの援護するため、リアルとウィーナが戦う空間へと戻っていった。
◆
「畜生! 一体どうなっていやがる! 何なんだこの有様は!」
ジョブゼはウィーナの弟・ウォーンと共に、街で暴れる悪霊を片っ端から斬り伏せていたが、突如街中で発生した大爆発を目の当たりにしているところだった。
この短い時間で、一体どれだけの悪霊を鎮圧しただろうか。救えた者もいれば、救えなかった者もいる。
冥王軍の兵士は総動員で住民の避難にあたっているが、とてもこのパニックを収束できそうにはない。
「姉上達の戦いが激し過ぎるんです!」
ウォーンが真っ赤に燃える街並みを見ながら、苦々しげに言う。
「こっちを巻き添えにするなというのも、虫のいい話か……。戦わなくては冥界が滅びるんだったろ? 確か」
「ええ……。それは間違いありません」
ジョブゼが途方にくれていたそのとき、逃げ惑う住民の中に、ロシーボがいるのを見つけた。人の流れに入り込み、街の外れへと向かっている。
「ん、あれは、ロシーボさん?」
ウォーンもロシーボに気付いたようだ。
「あっ、あの野郎……! この期に及んで」
ジョブゼは舌打ちしてロシーボのところへ向かおうとした。すると、ウォーンがジョブゼの肩をつかんだ。
「ちょっと、無理して戦わせたって……」
「いや、いつものアレだ。例のヘタレ病だ。あいつはよくあるんだ」
「いいじゃないですか。意思のある者だけで戦えば。こんな状況じゃ誰だって……」
「違うな弟さんよ、それは力のない者にだけ許されることだ。ロシーボの野郎には立ち向かうだけの力がある。それで誰かを救うことができるなら、戦わん選択肢はない」
ジョブゼはウォーンの手をどかし、人ごみをかき分けてロシーボを追いかけた。
「おいロシーボ」
「ジョブゼ?」
ロシーボはびっくりした様子でこちらを見た。ジョブゼはロシーボを威圧的に睨んだ。
「どこへ行く気だ。お前も戦え。どこへ逃げたって無駄なことは分かってんだろ」
「お、俺は逃げるわけじゃない。職場へ武器を取りに戻るんだ!」
「はあぁ? 武器だあ!?」
「そうだ。とっておきの、最強の切り札がある。使うなら今しかない!」
確かに、ロシーボが向かっていたのはウィーナの屋敷がある方角だった。そして、彼自身は科学技術によって作られた道具がないと非力そのものだった。
ジョブゼは深くため息をついた。やれやれ。
「……じゃあさっさと取ってこい!」
「言われなくたって! 見てろよ! ウィーナ様をお助けするんだ!」
「……お前、今なんつった?」
ジョブゼが聞き返したとき、すでにロシーボは人の流れに溶け込んでウィーナの屋敷方面へと歩を進めていた。
◆
ウィーナの屋敷の屋上、ハイム達は燃え上がる街並みをただ見つめることしかできなかった。
「うう……何でこんなことに……」
眼前に広がる惨状を見て、フィーバが怯えた様子で声を漏らした。
「城下町が……。これ一体何人死んだ?」
普段は豪胆で肝の据わっているリザルトも、ただ茫然と、そうつぶやくことしかできなかった。
「やられたのは街の北側だったから、たまたま運がよかったが……」
トリオンフがそう言うと、横に立つメクチェートが「さっきのがここに落ちてきたらこの結界でもつかどうか」と続けた。サクス襲撃時に破壊された結界だが、ウィーナが冥王城へ向かった後、再び新しい精霊石を設置し直し、改めて屋敷を結界で覆っていたのだ。
「ハイム殿、何とかならないんですか?」
ユーイが途方に暮れた様子でハイムに言った。
「私達はウィーナ様の勝利を信じることしかできないよ。だけど、みんなは私が守るから。安心して」
ハイムは笑顔を浮かべ、部下達を安心させるよう努めて明るい口調で言った。ユーイは心なしかほっとしているようだった。
◆
その頃、ロシーボはウィーナの屋敷まで戻ってきていた(メクチェートが結界を張り直しているのだが、味方識別のロシーボは問題なく結界の壁を通過できる)。
そして、屋上に集まっている仲間達のことなどお構いなしに、真っ直ぐに自らに宛がわれている開発室へと向かっていった。
色々な発明品や、愛用の工具や機械の部品で溢れかえった彼の空間。その床下には彼しか知らない秘密のトンネルがあったのだ。
ロシーボはそのトンネルへと入り込み、屋敷の地下に(ウィーナにも)秘密で作った格納庫へと向かった。
いつの間にやらこんなものを製造していたのか。
胸躍らせロシーボがやってきた、秘密地下格納庫。そこには、巨大な二足歩行機動兵器が、すぐにも発進できる状態でスタンバイしてあったのだった。ウィーナの屋敷の屋根にも届きそうなほどの巨大ロボットだった。
ただしそれは、明らかにガラクタを無理矢理つなぎ合わせたようなツギハギだらけの代物で、各部のバランスも計算されているとは言い難く、一部に至っては関節部や内部のコードやパイプまで露出している有様だった。
端的に言ってしまえば『オンボロ』そのものなのだが、ロシーボはそうは思っていなかった。彼にとってはこれが最高傑作の最終兵器だったのだ。
「今こそ……今こそこの秘密兵器『ロシーボット1号』を動かすときだ! 待ってて下さいウィーナ様!」
ロシーボは勝手に決意表明をして、目を子供のように輝かせながら、夢中で梯子を上ってコクピットに乗り込んだ。手早い動作で操作盤のレバーやボタンを操り、発進準備を整えた。
「ロシーボット1号! 発進!」
ロシーボの勇ましい宣言と共に、頭部の目が赤く光り、各部のノズルから真っ白な蒸気を吐き出す。そして、そのまま背中のバックパックから大量の蒸気を排出し、格納庫の天井をぶち破ったのだ。
「あははははは! 行くぞおおおおっ!」
そして、彼は勢いそのままに、真上に位置する屋敷へと頭から突っ込んで、そのまま上昇を続けたのだった。
◆
「うわ、何だ何だ! こっちに攻撃がきた?」
「うひいいいっ! 助けてー!」
屋敷が突如として激しく揺れ始めた。フィーバとユーイが浮足立って騒ぎ始める。
「いや、攻撃されてる様子は……」
「地震?」
トリオンフとメクチェートも、一応は平静ではあるが、その表情に動揺を隠しきれないでいた。
「ここにいたら危ない!」
ハイムはすぐに、背中に闇の力を凝縮させ、ヴァンパイアを象徴するコウモリの翼を形成した。
「つかまって!」
ハイムがフィーバとメクチェートの手をつかむ。
「みんな!」
激しい振動の中、ハイムが呼びかけながら周囲を見ると、ユーイはとっくに自分のホウキに跨って空中へ逃げていた。
「レッドアロー!」
リザルトがポケットから取り出したホイッスルを思いっきり鳴らすと、すぐさまどこからか赤い鱗に覆われた小型の翼竜が屋上へ飛んできた。竜騎士であるリザルトの愛竜・レッドアローだ。
リザルトとトリオンフがレッドアローの背中に飛び乗る。ハイムもフィーバとメクチェーとを両手でつかんで背中の羽を羽ばたかせ、地面から足を離す。
全員が空に逃げてしばらくすると、屋敷は更に激しく揺れ、凄まじい衝撃音を放ちながら崩落していった。
「うわあああっ!」
目を丸くしてフィーバが叫んだ。ハイムも内心驚愕している。
「これは一体?」
手綱を引きながら、リザルトがレッドアローに屋敷の周りを旋回させている。
ユーイはポカーンと口を開け、茫然とその様子を眺めることしかできなかった。
屋敷を結界ごとぶち破って、煙の中から姿を現した人型のシルエット。その正体は、全身を金属に覆われた、煤けた灰色の巨人だった。
「ウィーナ様の屋敷が……!」
崩れてしまった。メクチェートはこれでもかというほどに顔面蒼白。
「何なのこれ……」
ハイムは呆れたように声を漏らした。あまりにもあり得ない事態。馬鹿げた事態だ。
「ハイム殿、とりあえず降りませんか? ちょっと高いところ怖くって……」
「え……うん……」
フィーバの呼びかけに応じて、ハイムはゆっくりと地面に降り立った。リザルトとトリオンフの乗るレッドアローとユーイもそれに続いた。
◆
「よーし、行くぞ!」
ハイテンションなロシーボは、操縦席で一人掛け声を上げた。
ウィーナが戦う空へと一気に進撃すべく、操縦桿を倒した。
すると。
「あ、あれ、エネルギーが切れた!」
肝心の燃料を雀の涙ほどしか入れておらず、発進した段階で燃料切れになっていたのだった。燃料の入れ忘れだった。
背部のバックパックから動力となる蒸気が噴射されず、推力を失ったロシーボット1号はあっという間に落下した。
「うわああああああああっ!」
急転直下。
屋敷の瓦礫に背中から落下したロシーボット1号は、地面に墜落した衝撃で、憐れにも右手・左手・右足・左足・そして頭部が根元から吹っ飛んでしまった。
元々オンボロで、各部の接合が甘かったのである。
「そんなあ! ウィーナ様ああああっ!」
操縦桿を握ったまま悲嘆に暮れるロシーボだったが、あっという間に精神を立て直した。
早く修理せねば。ロシーボの思考はこれだった。
操縦席脇にある、修理道具が入った箱を取り出し、すぐコクピットのハッチを開けて外へ出た。
「お帰りなさい」
「ふへっ!?」
すぐに聞こえたハイムの声。
外から出たロシーボだったが、コクピットの周りを、ハイム・リザルト・メクチェート・トリオンフ・フィーバ・ユーイが総出でぐるりと取り囲んでいたのだった。
「な~にをやってんのアンタ?」
正面に立つハイムが、腰に両手を当てて、ずいと顔を乗り出してきた。赤い瞳が怒りで更に燃え上っているようだ。
ロシーボは顔面蒼白になり、滝のように汗を流した。
「いや、別に……。ちょっとね……」




