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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第8章 心なき者に心臓を
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第85話 フルアーマーウィーナ

 吐く息が荒くなる。

 胸の鼓動も加速する。

 体に纏わせているオーラや魔力の錬成に精彩を欠き始めているのが自分でも分かる。

 気づいたら、スリットから露出した脚の傷に手をあてがっていた。不甲斐ない。

 横に立つ冥王に目配せする。次元十闘士の魂を取り込んでパワーアップをしたようだが、彼も口元から血を流しており、肩を揺らしていた。

 一方、目の前の敵は相変わらず無機質な表情でこちらを見据えるのみ。人の心を持たぬ、ただひたすらに純粋な暴力装置。リアルが何者なのか。また、どのような目的を持っているのか。女神の力を取り戻したウィーナであれば、その本質を見抜くことは可能かもしれない。しかし、彼女はあえてそれをしなかった。敵は強大である。そして、その強大な敵を、この冥界の存在をかけて打破しなければならぬ。そのことだけが分かっていれば十分だった。これ以上、相手のことを理解しようと色気を出せば、自らの破滅を招きかねない。命のない者など、女神とて理解はできない。

 リアルの遥か背後で、先程冥王が振りかざした大鎌で切断された山肌が、今更ながら断面に沿ってずれ始め、激しく崩落した。

 足元が振動し、マグマから吹き上がる火の粉がリアルの緑髪を彩る。

 周囲の激しい天変地異とは対照的な、静謐なる睨み合い。そんな中、ふと、リアルは剣を持たぬ方の手を頭上に掲げた。

「これは?」

 ウィーナが思わず声を漏らした。奴の掌から感じる波動めいた感覚。間違いなく彼女の神器、霊鎧(れいがい)サリファが放つオーラであった。

 光と共に空間が割け、そこから白銀の光を湛える鎧が姿を現した。彼女が天界を追放されて以来、冥界の各所に散らばっていた三つの神器。その最後の一つであった。

 リアルはサリファを手に取ると、ウィーナの足元へ放り投げた。ガシャンとした金属音が鳴り響く。

 屈辱。

 何という屈辱であろうか。気付いたら、また歯を食いしばっていた。

 敵からむざむざ施しを受けるとは。これほどの屈辱は、かの昔、ウィーナが神兵を率いて戦った魔界大戦でもなかったことだ。

「OH……。トラップではないようデースが……」

 冥王が訝しげに言う。確かにそうだ。このサリファは間違いなく本物である。何か罠をしかけているような気配もない。

「神器が揃っている場合とそうでない場合。俺は両方の強さを知りたい」

 リアルの黄金の瞳がマグマに照らされて鋭く光ったような気がした。灼熱のマグマが、波を打って彼の顔にかかる。だが火傷を負ったり皮膚がただれたりなどといったことがあるはずもなく、素知らぬ顔で直立不動であった。

「後悔させてやろう」

 ウィーナは自分が三流の悪党のような台詞を吐いていることの気づき、フッと自嘲の笑いを漏らした。

「鎧を装着する。その間の援護を頼む」

 ウィーナが言うと、冥王は鼻の下を伸ばしてにやけてみせた。

「見てたいのデースが」

「お前の期待しているような光景は映らんぞ」

 ウィーナは呆れた表情を作った。

「OK!」

 冥王は前へと踏み出し、リアルを牽制する。リアルがわざと鎧を与えたのだから、邪魔をするということは考え辛い。だが万が一、気が変わったということもあるかもしれない。あらゆる可能性を想定しなければならない。

 ウィーナは右手に剣を握ったまま、両腕をすっと左右に広げた。そして、深く息を吸って霊鎧サリファに対して念じてみせた。我が元へ戻れと。

 すると、霊鎧(れいがい)サリファはウィーナの呼びかけに応えるが如く、黄色い光を纏った。そして、ウィーナの体からは、現在装備している黒を基調とする鎧が光を帯びて消滅していく。

「ハアアアアッ!」

 ウィーナは勇ましく掛け声を上げた。すると、地面に転がるサリファが、一瞬にしてウィーナの胴体に瞬間移動。自動的に装着された。

 次に、胸部装甲の両肩口から、青白い稲妻が発生した。その稲妻がウィーナの両腕を囲む。すると、一瞬にして両腕部に装甲が現れ自動的に装着された。

 次は同じように脚部に装甲が出現した。最後に、青い宝石と羽飾りををあしらった兜が頭上に出現し、自動的に頭部に装着された。

 只今をもって霊鎧サリファ、装備完了せり。


 聖剣ジーク。

 破理(はり)の指輪。

 霊鎧(れいがい)サリファ。


 三種の神器が全て揃ったのだ。ウィーナの真の力をより強力に引き出す待望の装備。それが揃ったのだった。

「待ったか……? リアルよ」

 ウィーナが剣を構える。すると三つの神器が、まるで戦いを今か今かと待ち望んでいるかのように激しいオーラを放出し、彼女を輝かせた。

 湧き上がる力、希望、興奮を抑え込み、理性によってそのオーラを自らの周囲に収束させ、洗練させていく。

 一部始終を見守っていたリアルは唇を歪めた。すると、彼の左手に青い光が立ち込め、それは剣の形を成した。

 赤の剣と青の剣の二刀流となったのだ。

 音もなく両方の剣をクロスさせ、両腕を広げ振り払う。

 刹那、ウィーナの視界がすべて紫色となった。膨大な規模の紫色の衝撃波だ。

 ウィーナと冥王はすぐさま跳躍して衝撃波を回避し、リアルに両サイドから突撃。

 聖剣ジークと大鎌の超高速の応酬がリアルに降り注ぐ。

 リアルは超高速かつ軽やかなステップで後退しながら、二本の剣で聖剣ジークと冥王の大鎌を受け流す。しかし、その表情に余裕はない。

 余裕がないのに、わざわざ敵に神器を与えたのだ。リアルがどういうつもりなのかは分からないが、どうしても彼がこだわる部分があるのであろう。

「せええええええいっ!」

 真っ白な光を纏った聖剣を渾身の力で振り下ろす。少々の損害は覚悟の上の一撃。

 頼りない一般的な鎧から、霊鎧サリファへと衣替えしたことで、ウィーナの剣は攻撃重視へとシフトしていた。

 鍔迫り合いをしたまま、背中に光の翼を展開し、真っ直ぐに押し込む。

「はああああああっ!」

「だああああああっ!」

 押し込む。構わず押し込む。山を砕こうが。天を裂こうが。関係ない。

 リアルの肉を斬らんと、力を振り搾る。ただ前へ。僅かでも前へ。この聖剣ジークが相手の肉に到達せんとす。

「あああああああああああああっ!」

 振り搾る! 力を! 斬る! 殺す! こいつを!

「マイハニー!」

 冥王が警告じみた声をかけるが、ウィーナは毛ほども気にしなかった。

 だが次の瞬間、冥王がウィーナに押されるリアルの背後にワープし、リアルの背中へ突っ込んだ。

「なっ!?」

 ウィーナは面食らった。その瞬間、三者の力が一点に衝突した。再び大爆発が起こる。

「くっ!」 

 たまらずウィーナもリアルも冥王も吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 爆発の中心に、水を溜めれば湖になりそうな程の巨大クレーターが生まれてしまった。そして、三人の周囲にも小さいクレーターが生まれた。

「冥王、どういうつもりだ?」

 ウィーナは苦々しい思いで、冥王の行動を咎めた。

 冥王が片腕をかばいながら、息を切らし立ち上がる。

「いつの間にか、戻って来てマース」

「何?」

 ふと周りの景色を見ると、冥界の首都が草原の向こうに見えていたのだ。丘の上の冥王城も荘厳にそびえ立っている。先程、最後の戦いに赴くため、あの城の窓から飛び出したのである。

 冥王が押されるリアルを背後から止めなければ、そのまま城下町に突っ込んでいた。

 今巻き起こったクレーターの規模から考えると、どれほど甚大な被害が生じていたか想像がつかない。危なかった。まさか先程の押し合いでここまで移動していたとは。

「そうか。すまなかった」

 とりあえずの謝罪。

「ノープロブレム」

「場所を変えるぞ」

 ウィーナが復帰したリアルに向き直って言った。

「断る」

 即答。勝利の女神すら、ぞっとさせる程の冷たい口調だった。

「どうしてもか」

 再度ウィーナは敵に打診してみる。

「俺には関係のない話だ。お前がこの世界の民をかばって力を発揮できないのであれば、それを含めてのデータだ。甘さも優しさも含めての強さ。そうだろう?」

「マイハニー……」

 冥王が顔に悔しさを滲ませている。これからの展開を予測しているのだろう。

「やるしかない。我々がやらずして誰がやる」

 ウィーナは一切の迷いなく、聖剣を構え直した。


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